アル・カサス城指令室の司令席でキースは、サンタンジェロ城の指揮官である第2中隊中隊長ヒューバート・イーガン大尉と回線を繋ぎ、会話していた。ヒューバート大尉は、時折報告を兼ねた会議のためアル・カサス城に帰還する他は、サンタンジェロ城に詰めっぱなしである。
「ヒューバート大尉、この間は二日酔い状態でサンタンジェロ城に帰った様だったが、大丈夫だったか?」
『はい、なんとかまあ……。ははは、無様を晒しました。面目ない。』
ヒューバート大尉が二日酔いで帰ったと言うのは、キースの誕生祝の宴席を開いた次の日の事だ。ヒューバート大尉は二日酔いの状態でフェレット偵察ヘリコプターに揺られてサンタンジェロ城まで送られ、地獄を見たらしい。
それはともかく、キースはヒューバート大尉に惑星撤退の準備について色々説明する。
「あと10日前後で、交代の傭兵大隊『アバークロンビー雷鳴大隊』が惑星に到着する予定だ。その1日か2日後になるが、3027年4月25日には惑星公爵私邸で『SOTS』送別会と『アバークロンビー雷鳴大隊』歓迎会を兼ねたパーティーが開かれる事になっている。その翌日、4月26日に最終引継ぎをして、俺たち『SOTS』は惑星ソリッドⅢを撤退する予定だな。
で、だ。『アバークロンビー雷鳴大隊』の第3中隊が直接そちら……サンタンジェロ城にユニオン級で降下する。そしてそのままそちらへの駐留任務を引き継ぐ事になっているから、4月26日の最終引継ぎは、そちらの城の分はそちらでやってくれ。そして第2、第4中隊はそのままサンタンジェロ城から降下船に乗って発進し、惑星撤退だ。
あらかじめ、そちらに駐留させてある歩兵部隊はアル・カサス城に移動させる。代わりに臨時雇いの第2歩兵中隊の一部をそちらに送るから、その臨時雇い歩兵たちは当日現場で部隊解散して、最後のボーナスを支給してやってくれ。もっとも『アバークロンビー雷鳴大隊』が継続雇用するかもしれんが。」
『第2、第4中隊が使用する降下船は、どれを?』
「ユニオン級降下船ゾディアック号と、同級レパルス号を今日明日中にサンタンジェロ城に送る。ついでと言っては何だが、それに載せる気圏戦闘機ビートル3、4、5、6も共にな。」
ヒューバート大尉はキースの答えを聞き、自分からの報告を締めくくる。
『了解です。こちらからは特にありません。第2中隊も第4中隊も、第2歩兵小隊も第4歩兵小隊も、のんびり過ごしてますよ。交代の歩兵がこちらに着いたら、第2と第4の歩兵小隊はそちらに帰還させます。』
「了解だ。以上、交信終わり。」
通信を終えたキースは、司令席卓上の通信設備を切った。
司令執務室でキースはジャスティン少尉と共に、『アバークロンビー雷鳴大隊』への引継ぎ書類を作成していた。と、そこへ机上の内線電話機がインターホンモードで鳴る。キースはそのスイッチを入れた。
「誰か?」
『総務課のシュゼット・アンペールです。キース中佐にコムスター施設を介してのメッセージが届いておりますので、お届けに参りました。』
「入室を許可する。」
総務課の事務員が入室して来て、たどたどしく敬礼をする。キースとジャスティン少尉は答礼をした。事務員はメッセージの印刷された専用の便箋を机上に置く。
「ではこれにて失礼いたします。」
「ああ、いや待ってくれ。場合によっては今この場で返事を作成する。それをコムスターのHPG施設まで届ける様手配をして欲しい。」
「は、了解です。」
キースはおもむろにメッセージ用箋を手に取って、それを眺め遣る。
『チュウトンニンムシュウリョウゴ、コウセイレンポウヘキカンシ、ワクセイロビンソンニ、コラレタシ。キョウワコクトノチョウセイハ、カンリョウズミ。ジョナス・バートン。』
「……「駐屯任務終了後、恒星連邦へ帰還し、惑星ロビンソンに来られたし。共和国との調整は、完了済み。ジョナス・バートン。」か。もしかして、ジョナスがロビンソンまで来るのかな?久々に直接会えるか?」
キースは嬉しそうに笑う。彼は早速新品のメッセージ用箋を取って、それにメッセージを書き付けた。
(……惑星ニューアバロン、第9ダヴィオン近衛隊連隊長、ジョナス・バートン大佐宛。メッセージ本文は、「先のメッセージの件、了解。可能な限り最大速度で惑星ロビンソンへ向かう。キース・ハワード。」と、これで良しっと。)
そしてキースはそのメッセージを、事務員の女性に預ける。
「これを頼んだ、シュゼット君。急いでHPG施設まで届けてくれ。」
「はい、了解です中佐。ではこれにて失礼します。」
「うむ、退出を許可する。」
事務員は敬礼をし、キースとジャスティン少尉は答礼を返す。事務員はそのまま司令執務室を出て行った。キースはジャスティン少尉に言う。
「さて、じゃあ引継ぎ書類の続きを作るとするか。」
「はい、了解です。……キース中佐、嬉しそうですね。」
「ん?ああ、大事な友人と久しぶりに直接会えるかもしれんと思うと、な。」
本当に嬉しそうなキースに、ジャスティン少尉も笑顔になる。
「では問題無く惑星撤退ができるように、完璧に引継ぎ書類を作る必要がありますね。」
「そうだな、頑張るか。」
「了解です。」
その後彼らは、黙々と書類作成に取り組んだ。その効率は、それまでの1.2倍にもなろうかと言う程であったと言う。
ぎくしゃくと拙い動きで、40tの中量級バトルメックであるウィットワース2機、同じく40tのクリント、30tの軽量級機体ヴァルキリーが、こちらは滑らかな動きの65tの重量級たるサンダーボルトと45tの中量級傑作機D型フェニックスホーク2機を追走している。先を行くサンダーボルトとD型フェニックスホーク2機からは朗々たる、とまでは行かないが、かなりの大声で歌声が響いていた。
『『『大地を蹴って、大空へ~♪ジャンプジェットの力の限り~♪』』……何やってるの!歌いなさい!』
『『『『りょ、了解!だ、大地を蹴って、大空へ~♪』』』』
後続の4機も歌いだす。少し離れたところから、S型バンシーの操縦席で監督していたキースは、感慨に耽った。
(うーむ。イヴリン軍曹も、エルフリーデ伍長も、エドウィン伍長も、メック操縦に関しては随分成長したなあ。歌ってても機体の制御をちっとも乱さないし、他人……訓練生たちを注意する余裕まである。)
そう、本日は訓練生たちの、初めての実機訓練であった。キースは通信回線をその場の全機に繋いで、言葉を掛ける。
「いいか、訓練生ども!今回貴様らは初めて実機にまともに乗ったわけだが……。これは半分以上お情けだと言う事を念頭に置いておけ!もうあと1週間もしない内に、我が混成傭兵大隊『SOTS』は惑星ソリッドⅢを撤退する!そうなってからでは、実機訓練はしばらく行えん!それ故に、若干予定を切り上げて、貴様らを実機に乗せざるを得なくなった!
だからこそ、貴様らにとっては千載一遇の機会だと思え!これは……歌わんか!歌うのを止めるんじゃない!」
『『『『申し訳ありません!飛べ飛べ高く、何処までも~♪』』』』
「それで良い!だがくれぐれも事故には注意しろ!イヴリン軍曹!エルフリーデ伍長!エドウィン伍長!貴様らも、よく監督し、事故など決して起こさせるなよ!?」
『『『了解!!眩い閃光、奔る疾風~♪』』』
キースは頷く。単純な操縦技量、単純な戦闘能力に限っては、かつて訓練生だった3名はずいぶんと向上した。
(あとは座学が満足行く様になれば、充分一流のメック戦士なんだけどな……。座学の方は順調だとは言っても、実技程じゃあないからなあ。まあ生残性を高めるために、実技を徹底して叩き込んだところはあったけどさ。特に予定外の出来事で任官しちゃった後は、その傾向高かったよな。)
『モーリス訓練生!動きが大雑把だぞ!クリントは反応が速い代わりに過敏だから、気を配れ!』
『ジャクリーン訓練生!ゲルダ訓練生!ウィットワースは動作が鈍いから、先を読む動きを心掛けなさい!』
『ブリジット訓練生!今日は貴様が訓練生の暫定隊長だったわね!貴様もちゃんと部下の動きを見て、拙い所があったら注意なさい!』
『『『『りょ、了解!』』』』
先達3人組は、即座に叱責する。
『『『歌わんか!!』』』
『『『『了解!!迫る敵機を飛び越えて~♪』』』』
(うんうん。)
キースは弟子たちの成長に、心から感心した。まあぶっちゃけ、まだまだな所もかなりあるのだが、それでも後で褒めてやろうと思う。まあ、座学ではまだまだ絞り足りないのだが。
(そう言えば、エドウィン伍長とエルフリーデ伍長は数学の成績がよろしくない、と教育担当官のヴァーリア少尉から報告が上がって来ていたな。……さて、どうしてくれようか。面目が立たんだろうからな、訓練生たちの前では絞らんでおくが、はてさて。ふむ、戦術理論の座学の時間に、数学的理解が必要な宿題でも出してやるかね。
イヴリン軍曹は古典がいまひとつだが……これはどうした物かな。メック戦士として直接必要が薄い分野だしなあ。)
弟子たちが訓練生を絞っているのを見ながら、キースはその弟子たちに足りない部分について、色々検討していたのだったりした。
アル・カサス城指令室には、惑星軍との直通電話が設置されているブースがある。この直通電話は、機密保持などを考慮し、他の席には回線を回せない様になっていた。たとえ惑星守備隊の司令であろうとも、いちいちこのブースまでやって来て電話をしなければならないのだ。
今キースは、その惑星軍との直通電話を使って、惑星陸軍情報2課長デイモン・レイトン大佐と話をしていた。
『……と言うわけでして、ドラコ連合スパイ網第2次摘発作戦は、完全な……とは言い難いですが、まずまずの成果で完了いたしましたよ。これも惑星守備隊、『SOTS』のおかげです。ご協力ありがとうございました。』
「いえ、大した事はしていませんよ。これも皆、惑星軍の方々の努力の結果でしょう。」
『いえいえ、そちらのご協力が無ければ、農林業の施設や農業組合等々は捜査対象から漏れておりましたよ。正直心中複雑ですが、財務大臣にも感謝ですね。』
何かにつけ惑星軍の予算を削る惑星政府のタチヤーナ・レオニドヴナ・バラノフスカヤ財務大臣と、富の再生産に繋がらずに消費するだけの惑星軍は、互いに相性が悪い。つい先日、惑星公爵の政敵を失脚させる工作のために協力した事を契機に、その関係は改善に向かってはいるものの、やはり未だ溝が無いとは言えない状況であった。
「……で、大物の半数には逃げられたものの、半数はしっかり捕らえた、と。」
『はい。半数に対しては残念ながらぎりぎりで逃亡を許し、商用降下船の離床を涙を呑んで眼前で見送るはめになりましたがね。しかし半数はきっちり捕らえる事が叶いました。後は尋問官の力量しだいでしょうな。
ま、ですが相手はスパイです。非合法の工作員です。条約の保護下に無い相手ですからね。いざとなれば、手段は問いませんとも。この際ですから、情報を全部吐き出してもらって、スパイ組織の根切りをいたしましょう。得られた情報を元に、ドラコ連合スパイ網の第3次摘発作戦を発動いたしますのでね。』
「では、おそらくはお忙しくなるのでしょうな。」
キースがそう言うと、デイモン大佐はそれを肯定した。
『はい。まず間違いなく、送別のパーティーにも参加できないでしょうなあ。……直接お会いして、お別れを言えないのが残念ですよ。』
「それはこちらとて同じ事ですよ。」
『お電話ですら、もう1度機会があるかどうか分かりません。この場を借りて、お別れの挨拶をしておきましょう。……さようなら、キース・ハワード中佐。もし叶う事あらば、何時か何処かで再会いたしましょう。』
デイモン大佐の挨拶に、キースも最大限の敬意を払い、別れの挨拶を返す。
「はい、何時か何処かの宇宙で。さようなら、デイモン・レイトン大佐。貴方は我々のいる様な戦場とは別種の戦場で戦われる方かも知れない。ですが、まぎれもなく自分の戦友でした。」
『……ありがとうございます。ではこれにて。』
「はい。では。」
電話は切れた。キースは静かに受話器を置く。そして彼は速やかに、直通電話ブースより司令席へと戻った。
2隻の見慣れないユニオン級降下船が、アル・カサス城の離着床に着陸している。これは『アバークロンビー雷鳴大隊』の所有降下船3隻のうちの第1中隊と第2中隊を乗せた2隻だ。残りの第3中隊を乗せた1隻は、今頃は第3中隊の駐留場所となるサンタンジェロ城に直接降りているはずだ。
キースはその2隻のうち、部隊マークと共に大きく「1」の番号が描かれている1隻の乗降ハッチ前まで、ジャスティン少尉のジープに乗ってやって来ていた。用事は当然の事ながら、『アバークロンビー雷鳴大隊』部隊司令の出迎えである。
やがて乗降ハッチから、2名の男女が降りて来る。彼らはキースらに先んじて敬礼をした。彼らは迎えに出たキースが中佐であり、自分たちよりも上官である事をあらかじめ知っているのだ。キースとジャスティン少尉も答礼を返した。2名のうち、男性の方が声を上げる。彼は40代半ばと見えた。
「自分は傭兵大隊『アバークロンビー雷鳴大隊』部隊司令、ヴァレンタイン・アバークロンビー少佐。こちらは大隊副官のエステル・リクセト・シェルヴェン少尉ですじゃ。ライラ共和国惑星ソリッドⅢ守備隊司令とお見受けしますが、いかに?」
「自分はライラ共和国惑星ソリッドⅢ守備隊司令、混成傭兵大隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』部隊司令、キース・ハワード中佐だ。こちらは大隊副官のジャスティン・コールマン少尉。短い間だが、よろしく頼む。」
ヴァレンタイン少佐は、にやりと笑った。流石に歴戦の古兵らしく、キースに対し萎縮する事も無い様だ。一方10代後半から20代前半に見える彼の副官エステル少尉は、満面に汗を流し腰が引けている。キースはジャスティン少尉を促す。
「ジャスティン少尉……。」
「はっ!アバークロンビー少佐、シェルヴェン少尉、これより今後の予定をご説明いたします。
まず本日4月24日は、『アバークロンビー雷鳴大隊』の方々には順次、このアル・カサス城の宿舎へと移っていただきます。間も無く送迎用のミニバスが参りますので、それにお乗りください。その後連盟標準時16:00時から、担当兵よりこの城内の設備、建物の配置などについて説明を受けていただく予定です。
明日4月25日はメック戦士、航空兵身分の方々以外は予定はございません。メック戦士、航空兵身分の方々には予定がございます。12:00時より惑星公爵閣下の私邸にて、我が『SOTS』の送別会を兼ねた、『アバークロンビー雷鳴大隊』歓迎パーティーが開かれます。両大隊のメック戦士、航空兵身分の方々は、全員招待されておりますので、出席願います。」
「ふむ、パーティーの招待とな。事実上の出席命令じゃな?」
「しょ、少佐!」
大胆不敵に言うヴァレンタイン少佐に、副官のエステル少尉は慌てる。だがヴァレンタイン少佐はにやり笑いを崩さずに言う。
「何、ハワード中佐はその様な細かい事を気にするお人ではなさそうじゃ。心配するでないぞ。」
「いや……。自分……いや俺はけっこう細かい所もあるぞ?油断しない方がいい。ははは。」
「おや、そうですかな?ははは。」
キースとヴァレンタイン少佐は笑い合う。別に腹の探り合いをしているわけではない。単に冗談を言い合っているだけだ。どうやらキースとヴァレンタイン少佐は、互いに気が合うらしい。ジャスティン少尉が説明を続ける。
「おほん、えー。翌4月26日06:00時、当アル・カサス城の受け渡しと惑星守備隊指揮権移譲を行っていただきます。07:00時、我が『SOTS』の全降下船が順次発進し、『SOTS』は惑星ソリッドⅢを撤退いたします。その後の事は、貴部隊に全てお任せします。」
「ありがとう、コールマン少尉。……エステル少尉、メモはきちんと取ったかの?」
「は、はいっ!大丈夫です!」
慌ててメモの内容を再確認するエステル少尉に、その場の雰囲気が和んだ。キースはヴァレンタイン少佐に問う。
「ところでアバークロンビー少佐。もうすぐミニバスが来るが、貴官らはどうするね?よければジープで一足先に送るが……。」
「そうですな。自分だけお願いしましょうかの、ハワード中佐。是非中佐の様な、若さに見合わん凄みを持つ人物とは話をして見たいですからの。」
「え゛?若い?」
戸惑った様な声を上げるエステル少尉に、周囲の人間は苦笑を浮かべる。
「なんじゃエステル少尉、資料を見ておらなんだか?ハワード中佐は貴官より若いぞ?」
「え、え、えええぇぇぇっ!?」
「あー、その辺でいいだろう。俺は、老け顔を気にしているんだ。あまり突っつかんでくれると、心の底からありがたい。」
げらげらと笑うヴァレンタイン少佐は、ひょいとジープの後席に乗り込む。キースは助手席に、ジャスティン少尉は運転席に乗り込んだ。泡を食った様子のエステル少尉に、ヴァレンタイン少佐は命令を下す。
「エステル少尉、わしの命令を他の者に伝達してくれ。降下船要員以外の人員は、順次送迎のミニバスに乗って宿舎へ向かう様に、とな。それと、先ほど説明された、これ以後の予定についても伝達しといてくれ。」
「り、了解!」
「では、わしは一足お先させてもらうでの。」
エステル少尉が慌てて敬礼をした。キース、ジャスティン少尉、ヴァレンタイン少佐は慌てずに答礼を返す。そしてジャスティン少尉がジープを走らせ始めた。
翌日の昼、惑星公爵私邸にて盛大なパーティーが開催された。『SOTS』『アバークロンビー雷鳴大隊』の全メック戦士、全航空兵が一堂に会した様は、中々壮観な物があった。『SOTS』以外でキースに話し掛けて来る剛の者は、今日も殆どいない。いるとすれば、『アバークロンビー雷鳴大隊』の者ぐらいだ。今日はデイモン大佐も参加していない事であるし。
そう思ったキースが遠慮なしに食べる物を物色していると、剛の者が少しは居たと見えて、近づいて来る気配がある。そしておもむろに彼に声がかかった。その声に、キースは聞き覚えがある。彼は振り向いた。
「こんにちは、ハワード中佐。ダドリー、貴方もご挨拶なさい。この惑星をクリタ家の侵略から守ってくださった立役者ですのよ?」
「こ、こんにちはハワード中佐。えー、あー、本日はお日柄も良く……。」
「新たな労働大臣ともあろう人が、何をやっているのかしら?ハワード中佐は見た目は怖い方ですけれど、理知的なお人ですのよ?」
相手はタチヤーナ財務大臣と、おそらくはその交際相手たる新労働大臣であった。キースは失笑しかけて、流石に失礼なのでなんとか笑いを抑え込む。
「こんにちは、バラノフスカヤ財務大臣、それにそちらは……自分の記憶に間違いが無ければ、先日新たに就任したダドリー・スリナッチ新労働大臣ですな?ははは、見た目が強面なのは承知しておりますからね。気にせんで下さい。」
「ど、どうも。タチヤーナからお話は聞かされております。あ、貴方と惑星軍のデイモン・レイトン大佐のおかげをもちまして、ようやくの事でスリナッチ家を自分の手で取り仕切る事が叶いました。」
「貴方がたのお家と惑星政府の今後は、貴方がたにかかっております。頑張ってください。」
キースは可能な限りにこやかに、彼らに話し掛ける。ダドリー労働大臣はその笑みに一瞬後ずさりしそうになって、根性で笑い返して見せた。キースは内心ちょっと傷つくが、まあ今更である、と思いきる。
彼らとキースはその後2、3の話をして別れた。キースは料理の物色に戻る。ダドリー労働大臣が自分ではこっそりのつもりで安堵の息を吐き、タチヤーナ財務大臣から足を踏まれているのは、礼儀正しく見ないふりをした。
と、そこで再びキースに声がかかった。声をかけたのは、やはりと言うかオスニエル公爵である。
「やれやれ、今日はハワード中佐たちの送別の儀も兼ねていると言うのに……。その主賓に、一部を除いてまともに挨拶にも来ないとはね。ハワード中佐、惑星政府の者たちの無礼を、代わって謝罪するよ。まったく……。」
「これは惑星公爵閣下。いえ、お気になさらず。自分が強面なのは自分で理解しております故に。それにこの強面は、案外役にも立っておりますよ。近寄って来る者たちを篩にかけると言う意味しかり、自分たちの様な稼業では大事な「舐められない」と言うことしかり。」
「プラス思考だねえ。……ハワード中佐、この半年間、君には本当に世話になったよ。心から礼を言う。ありがとう。本当なら頭を下げたいところだけれど、衆人環視の中で私の様な立場の者が、それをするわけにもいかないのが辛いところだね。」
惑星公爵位に就くまでは、一介の学者として市井に身を置いていたオスニエル公爵らしい言い様である。キースは笑みを浮かべつつ、公爵の礼に応える。
「はっ。その様なお言葉を賜り、とても嬉しく存じますれば。……堅い言い方になってしまうのは、御寛恕くださいませ。」
「うん、分かってるから大丈夫さ。……さて、名残は尽きないけれど、今度は『アバークロンビー雷鳴大隊』のヴァレンタイン・アバークロンビー少佐とも話をしなくちゃならないし、バラノフスカヤ財務大臣やスリナッチ労働大臣とも話をしておかなくちゃね。
アバークロンビー少佐とは、できる限り親密な関係を結んでおきたい。それに成り行きとは言え大臣2人はこちら側に付いてくれたわけだし、その見返りについても話しておかなくちゃ。ああ生臭い。ははは。」
「大丈夫です。分かっております故。……理解者がいれば、人は踏ん張れる物です。」
オスニエル公爵は、頷く。
「それではこれで失礼するよ、ハワード中佐。……君の武運を祈っている。たとえ何百光年の彼方にいようとも、ね。」
「ありがとうございます……。こちらこそ、惑星公爵閣下の御武運をお祈りしております。」
「うん、ありがとう。……では。」
惑星公爵は踵を返すと、その場を立ち去った。見ると、惑星公爵執事のウィリアム氏が、こちらに深く頭を下げて礼をしている。キースも会釈をしてそれに応えた。
フォートレス級降下船ディファイアント号の士官用船室を流用した部隊司令室で、キースは船窓より外を眺めていた。既に惑星守備隊の指揮権は『アバークロンビー雷鳴大隊』のヴァレンタイン少佐に移譲し、アル・カサス城の受け渡しも終わっている。後はキースたち『SOTS』がこの惑星を撤退するだけだ。
と、窓の外に『アバークロンビー雷鳴大隊』第1中隊と第2中隊のバトルメック、及び『アバークロンビー雷鳴大隊』が継続雇用する事にした、これまで『SOTS』第2歩兵中隊であった歩兵たちの姿が見えた。彼らは天空に向け、礼砲としてエネルギー兵器や空砲を発射する。そして歩兵部隊を除く全バトルメックが、その機械の腕で敬礼を行った。
キースは彼らに見えないのを承知で、答礼を行う。船窓のシャッターが下り、壁に埋め込まれている着席を促す赤ランプが点灯した。キースは着席して、シートベルトを締めてシートを倒す。
やがて轟音が響いて来ると共に、強烈な縦のGが彼の身体にかかる。ディファイアント号が離着床を離床し、軌道上目がけて発進したのだ。おそらく他の降下船も、次々に離床あるいは滑走路から離陸しているだろう。サンタンジェロ城でも、同様にユニオン級降下船ゾディアック号、同級レパルス号が第2、第4中隊を乗せて発進している頃合いだ。
こうしてキース率いる混成傭兵大隊『SOTS』は、ライラ共和国惑星ソリッドⅢを撤退し、恒星連邦への帰還の途についたのである。
と、いうわけで、いよいよライラ共和国を旅立って元居た恒星連邦へと帰還いたします。そしてそこでは、親友たるバレロン伯爵ジョナス・バートン卿が待っています。いったい何事があったのでしょうか。ま、悪い事じゃないと良いですねー。