惑星ロビンソンのジャンプポイント、天の南極方面にあるナディール点に、3隻の航宙艦がジャンプアウトした。1隻はマーチャント級クレメント号、1隻はインベーダー級イントレピッド号、最後の1隻は同じくインベーダー級ズーコフ号だ。これらの艦は、全て混成傭兵大隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』と専属契約をしている。
その内の一隻、マーチャント級クレメント号の重力デッキでは、『SOTS』部隊司令であるキースと、MRB管理人であるウォーレン・ジャーマン氏が会談を行っていた。
「なるほど、『SOTS』は恒星連邦帰還後、しばしの休暇を取るのですね?」
「はい、部隊結成以来まともな長期休暇を取らずに働きづめでしたし。まあ駐屯任務では何事も無い時期もありましたが……。今回の契約満了で、かなり多額の報酬も入って来ますからね。それと、ちょっと休暇中にやりたい事があるのですよ。」
「ほほう。ま、その内容は聞かないでおきましょう。聞いてしまえば、私の立場からして上に報告せねばなりませんからね。ははは。」
「助かります。」
キースは軽く頭を下げる。ウォーレン氏の言い様では、どうやら長期休暇中にキースがやりたい事が分かっている様だ。と、ここでウォーレン氏は長く息を吐いた。
「ふぅ……。しかし、もうずいぶんと長くお付き合いしてまいりましたね。『SOTS』が結成以来、ずっと連続して途切れる事無く任務契約を続けていた事で、私も『SOTS』担当を外れる事なく今までまいりましたが……。
長期休暇を取ると言う事になりますと、私はいったん惑星ガラテアへ帰還する事になりますね。次に再び『SOTS』の担当になれるとも限りません。『SOTS』とて、MRB仲介ではなしに恒星連邦との直接契約になる可能性とてありますからね。特に金銭での契約ではなしに、爵位や領地が報酬の場合などは、その傾向が強いですし。」
「ウォーレンさんには、色々とお世話になりましたね。何と言いますか、もはやウォーレンさんも我々の部隊の一員の様な気がしていましたよ。ですが、これでお別れと決まったわけでもありますまい。自分は『SOTS』を恒星連邦から離れさせるつもりはありませんが、MRBに仕事の仲介を頼まないわけでもありません。
MRBに仕事の仲介を頼めば、任務管理人の方が派遣されて来るでしょう。それが貴方である可能性とて、無いわけでは無いのですから。」
「まあ、そうですね。それに今すぐおさらばするわけでも無いですし。ジャンプポイントから惑星ロビンソンまで7日、そして『SOTS』の口座に報酬が入金されている事の確認が済むまでは、ご同道させていただくのですから。惑星ガラテア行きの民間の商用貨客降下船に乗るのは、それからです。」
キースとウォーレン氏は、顔を見合わせて笑った。ここでウォーレン氏が席を立つ。
「さて、それではそろそろ降下船に移らねばなりませんな。」
「はい、では私は一度ブリッジに上がります。後ほどまた。」
「はい、では。」
ウォーレン氏は降下船連結部の方へと歩み去る。その先には、フォートレス級降下船ディファイアント号がドッキングしているのだ。それを見送って、キースもブリッジへと歩き始めた。
艦の先端部にある艦橋にキースが辿り着いたとき、クヌート・オールソン副長が声を掛けて来た。彼はおざなりに敬礼をしつつ、用件を語る。キースも適当に答礼を返す。
「あ、キース隊長。惑星上の深宇宙通信施設より、メッセージが届いてますよ?」
「む、俺宛か?」
「はい、隊長を名指しですな。差出人は……。ああ、隊長のご友人のバレロン伯です。」
クヌート副長は、通信文を手渡して来る。キースはそれを一読した。
(ふむ、「ワクセイロビンソントウチャクゴ、イカノバンゴウヘデンワレンラクヲイタダキタシ。0586-55××××-○○○○。ジョナス・バートン。」……か。「惑星ロビンソン到着後、以下の番号へ電話連絡をいただきたし。」……。本当にジョナスは惑星ロビンソンに来ているんだな。この電話番号からすると、首都ブエラーだな。)
「バレロン伯は、ずいぶん首を長くしてお待ちしていた様ですね。ジャンプアウト直後、こちらが惑星ロビンソンの深宇宙通信施設を通じてロビンソン当局に到着の連絡を入れて幾ばくかもしない内に、そのメッセージが届いたんです。」
「む……。悪いことをしたかな。あ、いや、これ以上急ぎようも無かったんだが。」
ここで黙って聞いていたアーダルベルト・ディックハウト艦長が口を挟む。
「さて、そろそろ降下船の切り離し準備にかからねばならんのだろう?急いだ方が良くは無いかね、隊長。」
「おお、そうだな。ありがとう艦長。と言うか、切り離し前に艦長に挨拶に来たのだが。」
「ははは。相変わらず律儀だね、隊長。では……ジャンプポイントへの帰還をお待ちしております、隊長。」
「うむ、了解した。では行って来るよ、艦長。」
アーダルベルト艦長たちとキースは、敬礼と答礼を交わす。キースは0G環境なので宙を泳いで、降下船連結部の方へと急いだ。
惑星ロビンソンの首都ブエラーに隣接している宇宙港に、今『SOTS』の降下船7隻が綺麗に並んでいた。これらの降下船と宇宙港施設の間を、何台ものバスがひっきりなしに往復して、『SOTS』の隊員たちを運んでいる。なお降下船乗組員たちも、半舷上陸を許可されていた。
そんな中、キース、大隊副官ジャスティン少尉、自由執事ライナー、MRB管理人ウォーレン氏は、一足先に宇宙港の外まで出てコムスター系の銀行まで出向き、とんぼ返りで宇宙港へ取って返していた。ライナーが笑顔で口を開く。
「いや、契約通りの報酬が入っていて安心しましたよ。振り込み途中で事故でもあったらと、確実に受け取るまではやはり安心できませんからな。ははは。」
「わかります。私も万一の事故の場合、抗議の矢面に立たされる立場ですからね。」
ウォーレン氏も苦笑しつつ言う。ウォーレン氏はその手に大きな手荷物を持っていた。あからさまに旅支度だ。キースは眉を顰めて言う。
「しかし、大変ですな、ウォーレンさんも。MRBが予約した民間の商用貨客降下船の離床時刻まで、全然間が無いとは。」
「仕方ありませんよ、私は下請けの人間ですからね。振り回されるのは慣れておりますよ。」
「……寂しくなりますな。」
キースは微笑を浮かべ、右手を差し出した。ウォーレン氏はその手を握り、別れの言葉を口にする。
「さて、それではそろそろ行きます。また何処かでお会いできるといいですね。」
「はい、今までご苦労様でした。また会えることを願っております。」
「……では。」
ウォーレン氏は宇宙港のゲートを潜った。ポーン、と金属探知機の音がして、ゲートが閉じる。ウォーレン氏は一見慌てずに時計とベルトをはずして、ゲートを潜りなおした。と言うか、時計とベルトをはずし忘れていたのは、降下船の離床時刻がぎりぎりであったため、慌てていたのではないだろうか。何はともあれ、色々台無しだった。
キースはジャスティン少尉を連れて、首都ブエラーで一番のホテル、ブエラー・ウィルコックスホテルへやって来た。部隊のジープは使わず、ハイヤーを使っている。流石にこれだけの格式高いホテルへ、武装を取り外しているとは言えど傷だらけの装甲ジープで乗り付けるのは気がひけると言う物だ。
フロントでキースは、ホテルマンを呼ぶ。
「ああ、君。自分は本日、ここにお泊りになられているジョナス・バートン大佐とお会いする約束をしている者だが、混成傭兵大隊『SOTS』部隊司令、キース・ハワード中佐が来たとお伝えしてくれないか?」
「はい、すぐご確認いたします。それでは申し訳ありませんが、確認の間あちらのラウンジでお待ち願えますか?」
「了か……ああ、いや分かった。それでは待たせてもらう。ジャスティン少尉、行くぞ。」
「はっ!」
キースはジャスティン少尉と共にラウンジへ移動し、ソファに腰掛けた。ジャスティン少尉もそれに倣う。待つことしばし、キースの感覚に懐かしい気配が捉えられた。キースは立ち上がり、そちらの方へ微笑みを浮かべて敬礼を行う。あわててジャスティン少尉も、立ち上がり敬礼をした。相手は答礼を返して来る。キースは微笑んだまま、言葉を紡ぐ。
「混成傭兵大隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』部隊司令、キース・ハワード中佐。お召しにより、参上つかまつりました。『第9ダヴィオン近衛隊』連隊長、ジョナス・バートン大佐……。伯爵閣下、とお呼びした方がよろしいですかな?」
「どちらでも好きな様に……とか?く、くく……。いや、失礼。だがやめてくれよキース。僕らの間で、それは無いだろう?」
「いや、周囲の部下の方が怖いからなあ。」
キースが苦笑して言った通り、やって来たジョナスの周囲には護衛役と思しき体格の良い――キース程では無いが――男たちがいた。ジョナスは笑って言う。
「大丈夫、彼らは部下ではあるが、それ以前に僕の個人的な家臣でもあるんだよ。彼らは君に感謝する事はあっても、怒ったりなんてしないさ。」
「はっ。バレロン伯の仰る通りです。ハワード中佐と『SOTS』がライラ共和国へ行ってくださらなければ、我々は難しい事になるところでした。我々からも御礼申し上げます。」
「ああ、彼は僕の連隊副官のランドル・マッカートニー大尉だよ。」
「自分はランドル・マッカートニー大尉です。よろしくお願いします。」
キースも自分の副官を紹介する。
「こちらは『SOTS』の大隊副官、ジャスティン・コールマン少尉。色々役に立ってくれるので、つい頼ってしまうんだ。」
「ジャスティン・コールマン少尉です。よろしくお願いします。」
「かなりできますな、その少年……いやコールマン少尉は。下手をすると……いや、確実に自分よりも強い。」
ランドル大尉の言ったそれは、まぎれもない事実である。歩兵上がりであるジャスティン少尉は、生身での戦闘能力で言えば『SOTS』でも上位3位に食い込む。もっとも同着で3位は、歩兵部隊の現役歩兵に数多くいるのだが。なお彼の上に来るのが、偵察兵のネイサン・ノーランド軍曹とアイラ・ジェンキンス軍曹だ。この2名は互いに一歩も譲らずに、白兵戦1位を争っている。
照れて赤くなるジャスティン少尉を尻目に、ジョナスはキースの手を取って引っ張る。
「しかし、執事のロベールに話は聞いてたけど、でかくなったなあ……。さ、ラウンジじゃなしに僕の部屋まで来てくれ、キース。ここ数年、ろくに会えなかったからね。話したいことが、山ほどあるんだ。」
「わかった。だからそう引っ張るなよジョナス。逃げたりしないからさ。」
ジョナスに引っ張られてその後を付いていくキースは、どことなく散歩に連れ出される大型犬を思い起こさせた。
ジョナスの宿泊している部屋は、ホテルの一室とは思えない豪華な部屋だった。流石に最高級のホテルだけのことはある。ジョナス曰く、もっと粗末な部屋で良いのだが、家臣たちも自分の立場も、それを許してくれないとの事だった。
キースはジョナスと2人きりで、ここ数年間の出来事について語り合った。随行してきた各々の部下たちは、別室でもてなされている。ジョナスの執事、ロベール・マクファーソンが淹れてくれた茶を飲みつつ、キースとジョナスは旧交を温め合った。ドリステラ公爵ザヴィエ・カルノーの事に話が及んだ時など、ジョナスは苦笑しつつ言った物だ。
「やれやれ、傭兵部隊『ブラックホーク重機動連隊』連隊長のシャロン・カルノー大佐が、近年やけにこちらに接近を試みて来ると思ったら……。その祖父殿がキースを欲しがって、孫娘を嗾けてたってわけかい。」
「ああいや、ドリステラ公爵ザヴィエ・カルノー閣下によれば、シャロン嬢の気持ちに嘘は無いとの事だそうだぞ。俺の言葉が原因で、ジョナスに誤解されでもしたら、申し訳が立たないよ。」
「大丈夫さ。僕はこれでも人を見る目はあるつもりだからね。彼女に裏表の無いことぐらいは理解してるさ。ただ僕は立場が立場だからね、迂闊に彼女の気持ちに応えるわけにもいかないんだよね……。かと言って、拒絶するのも悪手の上に、彼女はいい娘さんだからねえ……。だけど……。」
ジョナスは右手で、左手の袖口を押さえる。その着衣の下に、どんな傷跡が隠されているのかを、キースは知っていた。キースは両手を伸ばし、その大きな掌でジョナスの手を握った。ジョナスはキースの眼を見て、頷く。どうやらそこまで心配はいらなそうだ、と見たキースは手を放した。
彼らはその後も話を続ける。キースが歴史学者ジョエル・ボールドウィンに資金援助してバトルメックの整備マニュアルを手に入れた話をしたり、惑星ソリッドⅢで手に入った各種技術資料の話をした時などは、ジョナスもそれを欲しがったため、そのコピーを作成して渡す約束もした。無論のことジョナス側が恐縮したため、きちんと適正な価格で買い取ってもらう事になったが。
またジョナスが惑星ロビンソンに、はるばるやって来た理由も聞いた。ジョナスはロビンソン公にしてドラコ境界域大臣アーロン・サンドヴァルへの、恒星連邦政府からの公式の使者としてやって来たそうだ。キースと会うために、少しばかり予定に手を加えたりもしたらしいが。ちなみに既にアーロン・サンドヴァル公との会見は済んでいるそうだ。
ジョナスの政敵である、レイディ・ローレッタ・グリフィスの話も出た。彼女はジョナスの張った罠に引っ掛かり、贈収賄その他汚職の証拠を突き止められて、現在はその権勢を大きく削がれているそうだ。だがジョナスは油断してはいない。それを聞き、キースは安心した。ジョナスの話によれば、サルバーン女伯爵、レイディ・ローレッタ・グリフィスは復権を賭けて、カペラ境界域大臣、ニューシルティス公マイケル・ハセク=ダヴィオンに接近しているとの事である。
「それは厄介だなあ、ニューシルティス公とは……。噂では仇敵カペラ大連邦国首相マクシミリアン・リャオの外交官を、何度か招いているとも聞くからな。火の無い所にも無理をすれば煙を立てることはできるが、この件に関しては轟々と燃え盛ってるんじゃないかと思うんだけどな。」
「うん、分かってるよ。大丈夫、上手くやるさ。」
キースの心配を、ジョナスは微笑んで流す。キースはそれ以上深く訊くことはしなかった。ジョナスがハンス・ダヴィオン派である以上、ジョナスとサルバーン女伯爵の抗争は、恒星連邦国王ハンス・ダヴィオンとマイケル・ハセク=ダヴィオン公の暗闘の一部分と言う様相を呈してきている。となれば、今のキースが無理に知るべきでは無い事だった。
無論キースは、ジョナスの味方であり間接的にハンス・ダヴィオン派だ。だが彼の立場は一介の傭兵部隊の長であり、言ってしまえば政治的には下っ端もいい所だ。その彼が妙に深いところまで知ろうとしては、返ってジョナスの迷惑になりかねない。だからキースは訊くのをやめたのだ。
ところでキースは、彼が抱えている様々な秘密を、どうやってそれとなくジョナスに流すか苦悩していた。このバトルテック世界に関する未来情報をジョナスに流す事ができれば、ジョナスにとって、そして恒星連邦にとって、非常に大きなアドバンテージになるに違いない。しかし信じさせる方法が無い。流石のキースでも親友に、自分が狂ったと思われる事は避けたいのだった。
「どうしたものかね……。」
「まだ心配してるのかい?」
「あ、いや別件だよ。ちょっと悩んでいる事があってさ。まあ大したことじゃないんだけれど。」
これほど壮大な「たいしたことじゃない」事も無いであろう。キースは今のところ、未来に起きることの知識を活用できているとは言い難い。いや、はっきり言ってしまえばできていないのだ。
「何だい?話してみなよ。」
「う、む。大したことじゃあ無いんだけどね。間違いなく近い将来に起きる第4次継承権戦争に、どう備えたらいいのかとか、さ。」
「……充分大したことだよ、それは。」
「……む、確かに。」
キースの言葉は真実とは微妙にズレていたが、全くの嘘でも無かった。ジョナスはキースに問いかける。
「もしかして、ガラハド作戦かい?」
「ああ。恒星連邦ドラコ境界域ならびにカペラ境界域にて、10個メック連隊と100個歩兵・装甲車輛連隊が参加した総合防衛演習。ただの演習と言い切るには、ちょっと、さ。どこがどう不自然だとははっきり言えないんだけれど、はっきり言わせてもらえば、妙だよ。俺の勘が盛大に警鐘を鳴らしているんだ。
どこがどう妙なのかも、どう動けば、勘の警告を無駄にせずに済むのかも、見えてこないんだけどね。しかし行き着く先は何とはなしに感じているよ。……第4次継承権戦争だ。」
何となくどころでは無く、キースは3028年8月に、第4次継承権戦争が勃発する事を「知って」いる。恒星連邦国王ハンス・ダヴィオンとライラ共和国次期国家主席メリッサ・シュタイナーの結婚式の席上で、ハンス国王はカペラ大連邦国に宣戦を布告するのだ。そしてキースは、第4次継承権戦争におけるおおまかな方針もまた、考えてはいる。その戦争において、キースには選択肢は3つあった。
1つ目の選択肢は恒星連邦の後方、南十字星境界域での守備任務を請け負い、約2年間の戦争中安穏と過ごす事。この選択肢を選ぶことは、実は思ったよりも難しく無い。第4次継承権戦争ではカペラ大連邦国を攻めるために、かなりの部隊がそちら方面へ送られるから、傭兵部隊であっても一定の信用さえあれば、留守番を任される事は可能だろう。だがこの選択肢には、行動のダイナミズムに欠けると言う欠点もある。変事が発生したとき、臨機応変に対処する事が難しいのだ。
2つ目は志願して、カペラ大連邦国を攻める部隊に加わる事。これはけっこう困難を伴う。傭兵部隊『エリダニ軽機隊』並の強烈な信用がなければ、秘中の秘であるカペラ大連邦国への侵攻作戦を明かされることは無い。
3つ目はドラコ境界域を護る事。第4次継承権戦争ではキースの前世の記憶によれば、セオドア・クリタと指揮下のヴェガ軍団の手によって、マーダックなど幾つかの重要な惑星が奪われる結果になるのだ。それを全て防ぐことは困難だろう。だが一部なりと防ぐことは可能かも知れない。
と、ここでキースはジョナスが困っている事に気付いた。ジョナスの地位からすれば、ハンス・ダヴィオンの思惑の一部なりとて知っている可能性もある。すなわちカペラ大連邦国侵攻の計画についてだ。だがいくらキースが親友とは言っても、ジョナスの立場ではそれを話すわけにはいかない。第4次継承権戦争に関する話は、打ち切った方が良さそうだ。
「まあ、あくまで根拠の薄い勘の話だからなあ。一応万一に備えてはおくが、笑い話で終わる可能性だって高い。気にしないでくれ。この話はこの辺にしようか。」
「ああ、気にし過ぎない方がいい。けれど、一応万一には備えておいた方がいいかもね。ところで……。」
「ん?」
ジョナスはいきなり話を方向転換した。角度は270度ぐらいだろうか。
「キースももう18歳だろう?だれか女性とお付き合いはしないのかい?」
「む……。いや、その件でも少々悩んでいる事があってね。相手から好意を寄せられていることは、何とはなしに感じてはいるんだけれど……。確証は持てないかな。他にもちょっとばかり問題があるしね。」
問題とは、はっきり言ってしまえば相手の年齢の事だ。キースはとりあえず茶を啜る。
「ふーん。じゃあ政略結婚の話は持ち出さない方がいいね。」
「んぶっ!」
そしてキースは茶を吹き出しそうになった。
「ジョナス……。頼むよ、冗談はよしてくれ。本気だったら、正直困るけど前向きには考えてみるけどさ。」
「おや?さっきの話の彼女はいいのかい?」
「言ったろう?まだ好意を持たれてる完全な確証は無いし、自分の気持ちだって実際妹みたいなもんだよ、今は。それに政略結婚て事は、たぶんジョナスのためになるんだろ?」
ジョナスは笑った。この話は冗談で済ませるつもりの様だ。
「あはは、まあやっぱりやめておくよ。キースを困らせるのは嫌だからね。そちら方面では、自由にしてくれていいよ。部下にも釘を刺しとく。」
「そんな動きがあるのかい?」
「想像に任せるよ。あはは。部下と言えば……。」
そしてジョナスは急に真面目な顔になる。キースも表情を引き締めた。
「今回の1年に渡るライラ共和国への出向、本当に済まなかった。君のおかげでレイディ・ローレッタ・グリフィスにしてやられずに済んだよ。部下たちが君に頼みに行ったと知った時には、ほんとに驚いたよ。」
「いや、迷惑なんかじゃなかったから、頭を下げないでくれよ。むしろ頭を下げるのはこっちの方だよ。君が『BMCOS』の遺産を俺に相続させるよう工作してくれたおかげで、仇も討てたし『SOTS』はここまで大きく精強になった。
それに友達を助けることは当たり前だろう?君を助けられなかったら、俺はどうしたらいいんだい?」
「ふふ、その言葉そっくり返すよ。友達を助けることは当たり前、なんだろう?」
「む……。こいつはやられたかな?」
「ふふふ……。」
キースとジョナスは、顔を見合わせて笑う。ジョナスはここで、手をパンパン!と叩く。すかさず執事のロベール氏が、分厚い書類束の入った大封筒を手に入室してくる。
「ジョナス様、これでよろしいですかな?」
「ああ、ロベール。ありがとう。……キース、ライラ共和国からボーナスにとんでもない物をもらったって話だったけど、今回の出向の件では恒星連邦政府も、君たち『SOTS』が上げた成果には大変満足しているんだ。と言うわけで、はいこれ。」
「ジョナス、これは?」
分厚い書類束入り大封筒を受け取ったキースは、それを開けた。そして彼は目を丸くする。
「D型マローダー1機の権利関係書類と、改装仕様書!?」
「ああ、改装仕様書は他所へ流出はさせないで、部隊内秘にしておいてくれよ?S型バンシーの件で、恒星連邦は『SOTS』がライラ共和国に引き抜かれるんじゃないかって心配してるんだよ。たかが1傭兵部隊ぐらい、両国の友好のためならかまわんだろうと言う意見もあれば、これだけドラコ連合に連戦連勝している部隊は惜しいと言う意見もある。
その惜しいと思っている者たちを突っついて、今回の出向のボーナスとしてD型マローダーを1機と、改装仕様書をね。改装仕様書付きなのは、D型マローダー1機じゃあS型バンシーのインパクトに敵わないからさ。それがあれば、君の部隊のマローダーをD型にアップグレードできるだろう?それを黙認する意味もあるのさ。
いや実はD型マローダー1機と、ハチェットマン2機とか言う話も出たんだけれどさ。ハチェットマンは大量投入してこそ意味のある機体だからね。少数引き渡しても喜ばれないって話になってねえ。」
ロベール氏は会釈をすると、退室して行く。ジョナスはキースに向かって言った。
「君と君の部隊『SOTS』は、これからどうする予定なんだい?MRB管理人の人物が惑星ガラテアに帰還したのは聞いてるんだけど、そうなると休暇でも取るのかな?」
「ああ。ちょっとばかり長期の休暇を。ただジョナスには言っておこうと思う。上手くすれば降下船が手に入るかも知れないんで、それを発掘に行くつもりなんだよ。長期休暇を使ってね。第1次継承権戦争直前から直後ぐらいの古文書を手に入れたんだ。その古文書は暗号で書かれていてね。解析した結果、降下船の基地がある模様なんだよ。
上手くすれば、降下船がその中身ごと手に入るかもしれない。骨折り損になるかも知れないけれどね。ちなみに中心領域から少し外れた場所にある様だから、発掘品の権利関係もクリアだね。」
「そうか……。まあ、詳しい事は言えないけれど今恒星連邦では大規模に部隊を動かす準備をしてるから、ドラコ境界域でもカペラ境界域でも、仕事を受けるにはあまり美味しくない状況だからねえ。今の内に長期休暇を取ると言うのは、いい考えかもしれない。」
キースは内心思う。
(第2次ガラハド作戦だな。30個メック連隊と200個歩兵・装甲車輛連隊が参加する総合防衛演習。同時期にライラ共和国でも、30個メック連隊と100個歩兵・装甲車輛連隊が参加するトール作戦が発動される……か。
これらの作戦が、単なる演習であった事から、敵対国家首脳部は油断をするんだよなあ。そこへ降って湧くハンス・ダヴィオン国王とメリッサ・シュタイナーの結婚話。結婚式場でのいきなりの宣戦布告に、電撃的なカペラ大連邦国への侵攻。第4次継承権戦争の勃発……。暢気に発掘とかしていられるのは、今の内しか無いのも事実だよね。)
「キース、発掘頑張ってくれ。骨折り損にならない事を期待してるよ。」
「ああ。ははは、俺の身体に合う冷却パイロットスーツでも発掘されないものかね。」
「それは難しいだろう、あはは。遺失技術を使用したバトルメックよりも、下手をすれば珍しいよ?」
そろそろ随分と時間が経っていた。いい加減、キースも部隊が宿舎として借り上げた安ホテルへ帰らねばならない。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ帰らなきゃならん時刻だよ。また会えるかな?」
「いや、僕は明日か明後日には惑星ロビンソンを離れないといけないんだ。キースに久々に会いたかったから、できる限りロビンソン滞在を引き延ばしたんだけれど、公用のアーロン・サンドヴァル公との会見はもう終わってるからね。」
「あー、無理をさせたみたいで悪いなあ。わかった。俺はもうしばらくロビンソンへ滞在するから、見送りに行くよ。」
「じゃあ後で出発日時を連絡するよ。それじゃ今日は楽しかった。」
ジョナスは右手を差し出す。キースもその手を右手で握りしめる。彼らは笑い合うと、その手を放した。
翌々日の連盟標準時08:00時、ジョナスたちの乗るユニオン級降下船が、ゆっくりと離床を開始した。キースはそれを宇宙港の施設より見送っている。キースは先ほどの、ジョナスとの別れの言葉を思い出した。
『ジョナス、色々大変だろうけれど頑張ってくれ。何かあったら、すぐ教えてくれよ?宇宙の果てからでも飛んでくるからさ。』
『キースも困った事があったら、遠慮なしに言ってくれよ?キースは自分じゃ気付かずに、遠慮する傾向があるからね。』
(……自分じゃ気付かずに遠慮する傾向、か。今までジョナスをその気なしにやきもきさせてた事もあるかもなあ。注意しなくっちゃな。)
キースはジョナスのユニオン級が、空の彼方に見えなくなるまで見上げていた。
ウォーレン氏とは、ひとまずここでお別れです。もしかしたらまたしばらく後に、出て来るかもしれませんが……。
そしてジョナスとの再会!主人公、引っ張られて行くおとなしい大型犬のごとし。実際、そんなもんですけどね。そして怒らせると怖いのも、いっしょですねー。