親友バレロン伯爵ジョナス・バートン卿が惑星ロビンソンを出立してから2日後、キースはヒューバート大尉にジーン中尉や、アラン・ボーマン中尉、ジェラルド・ハルフォード中尉、アルマ・キルヒホフ中尉と言った、ロビンソン戦闘士官学校卒業の士官たちを連れて、いつものジャスティン少尉を運転手にしてロビンソン戦闘士官学校へと向かっていた。流石に部隊にいる卒業生全員を連れて来るわけにもいかず、本日の人選は運転手ジャスティン少尉含め、この7名となっている。
運転手にサイモン老を選ばなかった理由は、サイモン老が忙しいからである。現在サイモン老は、第1中隊火力小隊『機兵狩人小隊』のマローダーをD型に改装する作業の準備を、彼の弟子たちと共に総掛かりで行っていた。ジョナス・バートンからキースがもたらされた改装仕様書、及び受領したD型マローダー実機を調査した結果、現在部隊にある部品の他に幾つか他所に発注する必要のある部品が存在する事が判明。だが発注部品の数は決して多く無く、すぐにでも改装作業を開始できるとサイモン老は張り切っていた。
まあそれはともかく、彼らの乗るレンタカーのミニバスは、適切な速度でロビンソン戦闘士官学校の門を潜って行く。キースは久しぶりに訪れる母校に、しみじみとした感慨を抱いていた。
キースたちは駐車場に停まったミニバスを降りると、本棟に向かい歩き出す。本棟に辿り着くと、キースは受付に足を運んだ。受付の兵が、キースの階級章に気付き敬礼を送って来る。キースは答礼を返すと言った。
「俺は混成傭兵大隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』の部隊司令、キース・ハワード中佐だ。だが本日は単に、このロビンソン戦闘士官学校卒業生として、かつての教官レオ・ファーニバル中佐に面会に来ただけだ。面会予約の連絡は入れてある、確認してくれ。」
「えっ!あ、あのキース・ハワード中佐!?あ、いえ失礼しました!ただ今確認いたします!」
(……「あのキース・ハワード中佐」?たしかに在学中はトップクラスの良い成績を取ったが、逆に言えば同期で1位とは言えなかったし……。)
キースは怪訝に思う。彼は「あの」とまで呼ばれるほどの成績を、このロビンソン戦闘士官学校在学中に上げた記憶は無かった。少なくともそう思っていた。まあだがしかし、キースは総合トップこそ逃したものの、幾つかの科目でトップは取ってはいた。教官機を相手取り1対1戦闘で撃破判定を取ったのも、同期生たちを指揮して教官機チームを判定敗北に追い込んだのも、同期の中ではキースを除いて存在しない。ましてやキースは同期で最年少の上、年齢に似合わない巨体と老け顔で有名人だった。
だがそれでも在学中は多少噂になれど、卒業してかなり経つ今もなお、「あの」とまで呼ばれるのはいくら何でもおかしいと言う物だ。ここでヒューバート大尉とジーン中尉の2人が、アラン中尉、ジェラルド中尉、アルマ中尉の方へ目を向ける。ヒューバート大尉がぽつりと言う風情で問い掛けた。
「……お前ら、いや貴官ら何かやったか?たとえば、うちの部隊にメック戦士として雇用が決まった時、嬉しさのあまり触れ回ったとか?」
「あ、いえ……。」
「触れ回ったと言う程では無いのですが……。」
「親しい友人には、少し……。」
「なるほど……。帰るべきメック部隊が壊滅した、たった1人のメック戦士候補生。それが当時自分の乗機であったわずか1機のグリフィンから、復讐相手から奪われたバトルメックを奪還して、あっと言う間に大隊規模にまで部隊を拡大して見せた。見事な成功譚……いや、英雄譚か。ああ言った反応も、理解できると言う物か。」
ジーン中尉の笑みを含んだ台詞に、キースは内心引き攣る。キースは自分が為した事を、それほど誇ってはいない。それは幾多の幸運と、仲間たちの助けによって為し得た事であり、自分1人でやった事では絶対に無いからだ。
そこへ受付の兵が、声を掛けて来る。
「お待たせしました、ハワード中佐。ファーニバル中佐と連絡が付きました。司令官ディビット・サンドヴァル大佐の執務室にて待つとの事であります。」
「司令官執務室で?了解した。」
受付の兵の敬礼に答礼を返し、キースたちは本棟GF、つまりはこの建物のこの階にある司令官執務室へ向かう。ヒューバート大尉が言った。
「……てっきり面会室で会う事になると思ったんですがね。しかも司令官執務室ですか。当然ながら司令官殿も同席されるんでしょうな。」
ヒューバート大尉の額に、汗が流れている。いや、キース以外の士官たち全員が、額に汗していた。この戦闘士官学校に直接かかわりの無い、運転手として来ただけのジャスティン少尉すらも、緊張のあまりに冷や汗を流していた。内心ではキース自身も緊張はしていたが、これまで各惑星の惑星公爵などと接してきた経験が活きたのか、彼らほどでは無い。
やがてキースらは、時折すれ違ったメック戦士候補生らが敬礼するのに答礼を返しながら、司令官執務室前へ到着する。ちなみにすれ違った候補生たちは、すれ違った後に充分離れてから、何やらキースたちの方を振り返りつつ、ぼそぼそと言葉を交わしている様だった。とりあえずキースは気にしない事にして、司令執務室のインターホンを鳴らす。すぐに応答が返って来る。
『誰かね?』
「本日、レオ・ファーニバル中佐とお約束をしておりました、混成傭兵大隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』部隊司令、キースハワード中佐以下7名です。受付で確認を取ったところ、こちらへ出向く様に言われました。」
『おお、待っていた。入室を許可する、入りたまえ。』
キースは扉を開けて司令執務室へ入室、その場にいる2人の男に対し敬礼を送った。キースの部下たちも、それに倣う。2人の男、レオ・ファーニバル教官……中佐と、ロビンソン戦闘士官学校司令官ディビット・サンドヴァル大佐は、答礼を返して来た。ディビット大佐は答礼を解くと、おもむろに口を開く。
「久しぶりだな、キース・ハワード候補生……いや、中佐。貴官と直接会ったのは数えるほどでしか無いが、貴官の事は未だに印象強く記憶に残っておるよ。……?……あの頃より、更に背が伸びたかね?」
「はっ!もはや今ではスティンガーには搭乗不可能かと存じます。」
「当時も、訓練用のスティンガーに貴官を押し込むのには苦労した物だったがな。」
ディビット大佐の隣に立つレオ中佐が、にやりと笑いながら言う。レオ中佐は続けて問い掛けた。
「連れて来たのは、ヒューバート、ジーン、アラン、ジェラルド、アルマだけか?エリーザベトにハーマン、ルートヴィヒはどうした?」
「はっ。部隊の基幹将校を流石にそうごっそりと連れて来るわけにも行かず、本日は留守番です。」
「そうか……。奴らはどうだ?ああ、いや。そこにいる者たちも含め、紹介した連中は役に立ってるか?」
レオ中佐の重ねての問いに、キースもまたにやりと笑って答える。
「彼らのおかげで、『SOTS』は今まで不敗を貫いてこれました。事に比較的初期段階で『SOTS』に参加してくれたヒューバート大尉がいなければ、今の自分はありませんよ。本日まいりましたのも、彼らを紹介してくれた事のお礼を申し上げるためです。
教官、いえレオ中佐、良い人材を紹介していただき、本当にありがとうございました。」
「そうか……。役に立てたならば、かつての教官としてこれほど嬉しい事は無いな。ところでヒューバート、キースの言葉は真実かな?」
「はい、いいえ、キース中佐の話は褒め過ぎですね。キース中佐自身に危ない所……指揮下の中隊が半壊したところを救われた事も、ついこの間ありました。役に立って無いと言うつもりもありませんが、あまり持ち上げられるのも気恥ずかしい物があります。」
ヒューバート大尉の率直な物言いに、レオ中佐もディビット大佐も思わず失笑する。一方キースを含むロビンソン戦闘士官学校卒業生たちは、かつての教官であるレオ中佐の柔らかい対応に、違和感を禁じ得なかった。今のレオ中佐は、「狂い獅子」とまで呼ばれた厳しい教官では無かったからだ。彼らは自分たちが戦闘士官学校を既に卒業した身分であると、今更ながらに感じ取る。
ディビット大佐が、唐突に話を変えた。
「ところでそちらの少尉を紹介してはくれんのかね?」
「これは失礼いたしました。この者は自分の副官で、ジャスティン・コールマン少尉です。メック戦士ではありませんが、生身での戦闘能力は『SOTS』でも指折りで、自分のボディーガード役もこなしてくれております。」
「ジャスティン・コールマン少尉です!以後お見知りおきください!」
ジャスティン少尉は、声を張り上げる。キースの副官であると言う意識が彼自身の認識を変えたのか、彼はお偉方の前でも必要以上に委縮する事は無くなっていた。……緊張はしていたが。だが彼は委縮はしないが、礼儀も忘れたりはしない。キースや『SOTS』の体面に泥を塗るまいと、彼はこう言った方面でも努力を忘れてはいなかった。
ディビット大佐も、レオ中佐も柔らかく微笑む。レオ中佐はしみじみと言った。
「そうか……。キースの事をしっかり支えてくれよ。アラスターの様にはならん様にな……。」
「……?……教官、いえレオ中佐。アラスターとは、アラスター・アンダーヒル候補生の事でしょうか?ああ、いえ。今はとっくに任官しているのですから、候補生ではありませんでしたね。」
アラスター・アンダーヒル候補生は、キースやヒューバート大尉と同期の人間だ。アラスターは幾つかの科目でキースにトップを奪われたものの、総合トップの座を守り抜いた俊英である。レオ中佐は、キースに答えた。
「うむ。アラスターは、今は少佐だ。……二階級特進して、な。」
「……そうですか。奴が……。」
「勇敢な最期ではあったと聞いている。ただしある意味では愚かでもあった。ドラコ連合ゲイルダン軍管区、惑星デラクルーズへの奇襲任務において、奴の率いる小隊を含んだ中隊は任務を達成したにも関わらず、更に戦果を拡大しようと欲した。奴もそれに賛成票を投じたと聞く。
結果、無理をした奴の所属する中隊は壊滅。奴は賛成票を投じた事に責任を感じたのか、奴とその小隊は残存した味方を逃がすために、自ら捨て駒となった。奴の小隊員たち、それに奴の物を含む小隊のメックは身代金交換で戻って来た。だが奴自身は戦場で奮戦したあげく、ライフルマンの操縦席を粒子ビーム砲で焼かれて死んだよ。」
キースとヒューバート大尉は瞑目する。候補生時代のアラスター・アンダーヒルは、キース他数名の成績優秀者を何かとライバル視しており、キースとは性格の相性もあまり良く無かった。キース自身はあまり成績の順位に頓着しない事もあり、突っかかってくるアラスターを特に相手にしていなかった。そのため、余計にアラスター側ではキースを気に入らなかった物と思われる。
ヒューバート大尉がぽつりと漏らす。
「アラスターは、卒業試験の総合順位でキース他数名の、奴曰くライバルからトップの座を守り切った事で、大いに喜んでいた物だったけどなあ……。ちょっとばかり高慢ちきなところはあったが、そこまで悪い奴じゃなかった。」
「……死んだ奴は、誰だって「良い奴だった」だ。皆、その「失われた幾多の可能性」を惜しむ物だ。だが残された者は、それだけではいかん。逝った者のあら捜しになるやも知れんが、原因を究明し、二の轍を踏まん様にせねばならんのだ。
伝え聞くところによると、アラスターは卒業後もキースの事を何かと気にしていた様だ……悪い意味でな。キースが士官を紹介して欲しいと言って来たのは、大尉として中隊を率いていた頃だったな。アラスターは自分に負けたはずのキースが、自分より先に大尉になった事をどこからか聞き込み、焦っていた様だ。」
ロビンソン戦闘士官学校教官であるレオ中佐は、卒業生などを通じて非常に広い情報網を持っている。かつて『SOTS』入隊前のヒューバート大尉が経済的な窮地に陥っていた事なども、彼はしっかりと掴んでいた物だ。キースはアラスターに関する話を聞き、やりきれない思いを抱いた。
「……そんな顔をするな、キース。貴官はアラスターの遺した教訓を無駄にせず、貴官と部隊を生き残らせる事を考えればいいんだ。」
「その通りだ、キース中佐。アラスター少佐の件はたしかに残念ではある。されど貴官に責のある事では無いのだ。貴官自身には性格から言ってその心配は無いであろうが……。ヒューバート大尉、ジーン中尉、アラン中尉、ジェラルド中尉、アルマ中尉……。貴官らも妬心には注意せよ。健全なライバル意識は良い物だが、妬心は容易く判断を狂わせる。」
レオ中佐、ディビット大佐の言葉に、キースたちは力強く頷いた。
「「「「「「はっ!」」」」」」
「それで良い。……ところでな、キース中佐。少しばかり訊ねたい事があるのだが。」
「はっ!何でしょうか大佐殿。」
ディビット大佐は、ずばりと本題を口にする。
「今期の卒業生を何人か、雇用してもらえんかな?バトルメックを継げない者の中で、貴官に仕えたいとレオ中佐に嘆願してきた者がおるのだよ。貴官は母校のメック戦士候補生たちの間で、一躍時の人になっているのだ。一族の予備メック戦士として部屋住みの飼い殺しになるよりは、僅かな可能性に賭けたいのだろう。
それとな……。自分のバトルメックを持っておる者の中にも、帰るはずの部隊が破産して解散してしまった者がおってなあ……。」
「このままではそいつらは、将来的に悲惨な目に遭うだろうからな……。奴らはフリーの傭兵になる事を覚悟しているが、成功できるのはほんの一握りに過ぎん。正規軍に入ろうにも奴らには伝手が無い。なんとか助けてやってはくれんか?」
「……いったい何人いるのですか?現状受け入れ可能な人数には、限界があります。」
キースはレオ中佐の言葉に、できる限り平静な声で質問を投げかけた。レオ中佐は答える。
「バトルメックを持たない者が4名、バトルメックを持ってはいるが帰る部隊が無い奴らが2名。計6名だ。」
「レオ中佐、教官としての目で見て、その6名はどうです?」
「まだ甘いが、訓練と実戦で絞れば使い物になるだろう。最低限使い物にならん程度の者は、元より自分が卒業させん。1、2度死線を潜れば一人前にもなれるだろう。……アラスターの様に、人生その物から最後の「卒業」をしなければ、な。その6名は、きちんと卒業見込みの者ばかりだ。」
今の時期は既に最終試験も終わっており、その発表を待つばかりだ。そして教官が「卒業見込み」と言ったからには、卒業は間違いないだろう。キースは少しばかり考えた後、おもむろに口を開く。
「……一応その6名の書類を見せていただけますか?それで問題が無ければ、『SOTS』で受け入れましょう。」
「かまわんとも。少し待ちたまえ。……ああ、庶務課かね?こちらは司令官執務室だが……。」
ディビット大佐は内線電話を使い、候補生6名の考査票や成績表、身上調書など関係書類を取り寄せる命令を下した。電話を切ると、ディビット大佐は再度キースに向き直る。
「これで間も無く書類が届く。」
「ありがとうございます。ジャスティン少尉、帰ったら宿の予約延長が可能か交渉してくれ。駄目だったら、別の宿を手配せねばならん。予定では、明々後日には惑星ロビンソンを出立する予定だったからな。卒業式の後まで出発を延ばさねばならん。
ああ、それと宇宙港の離着床とレパード級格納庫の使用期限延滞願いも、宇宙港の当局に提出せねばならんな。その手配も忘れずに頼む。」
「了解です。」
ジャスティン少尉が予定を書き込んだ手帳を取り出し、修正を加えて行く。ディビット大佐が、安堵の表情を浮かべた。
「いや、感謝するキース中佐。どうかね、卒業式に来賓として参列し、祝辞でも述べてはくれんかな?」
「申し訳ありませんが、その儀はご勘弁下さい。今の自分は確かに成功者に見えるかも知れませんが、実のところメック戦士としては未だ若輩ですからね。技量自体は充分あると思っていますが、それ以外の部分でまだまだです。」
「……候補生時代とかわらず、謙虚だなキース。中佐になったと言うのに……。ヒューバート、こいつは未だにこの調子で、自分を過小評価する癖が抜けていないのか?」
レオ中佐の質問に、ヒューバート大尉は頷く。
「はい。大尉から少佐に、少佐から中佐に昇進するときでも、周囲の者が強く勧めなければ昇進しなかったでしょう。それでも最近は、少しは改善の兆しが見て取れますよ。」
「ほう?実戦に揉まれて、多少は悪癖もなんとかなってきたか。」
「悪癖……。」
キースは唖然とする。レオ中佐はにやりと笑って言った。
「悪癖だろう。敵を過小評価したりしない姿勢は、評価できる。しかし自身が行った成果を過小に見積もるのは、敵に与えたダメージを見誤る危険があると言う事でもあるのだぞ?」
「……ヒューバート大尉からも、以前似た様な忠告を受けた事があります。それ以来、注意する様にはしておりますが……。いえ、確かに悪癖かもしれませんね。」
「かもしれないじゃない、確実に悪癖だ。」
キースはぐうの音も出ない。まあ、これもキース自身が言う通りに、彼が未だ若輩故だと言う事なのだろう。幸いなことに、そこへ先ほど要求した書類が届いたらしく、インターホンが鳴る。ディビット大佐が机上のインターホンを操作した。
「誰かね?」
『庶務課のアネッテ・フルトクヴィストです。先ほど電話で申し付かった書類を持ってまいりました。』
「うむ、入室を許可する。」
落ち着いた細身の中年女性事務員が、書類ケースを持って入室して来る。彼女はそれを執務机の上に置くと、ドアの脇まで下がって待機した。おそらく用事が終わったら、彼女が持ってきた書類をそのまま庶務課まで持って帰るのだろう。ディビット大佐が書類ケースを開け、中身をキースに手渡す。キースは手際よく書類を確認して行った。
「オスカー・ノールズ候補生、ロジャー・マッコイ候補生、ジョーダン・アディントン候補生、テリー・オルコット候補生、イルヴァ・セルベル候補生、カーラ・カタラーニ候補生の6名ですか。
ふむ、その内イルヴァ・セルベル候補生が55tグリフィンを、カーラ・カタラーニ候補生が65tサンダーボルトを所有している……。なるほど、男女差別をするつもりは無いですが、女性ではなおさらフリーの傭兵は事情が厳しいでしょうね。軍隊と言う男社会では、女性蔑視が歴然としてまかり通っている。
技量は……各自が卒業間近ならば、この程度あれば充分でしょう。経験を積ませれば、伸びて行くでしょうね。それより大事なのは人格面です。ふむ……。入学初年度には、各々が色々とやらかしてますね。ですが既にきちんと矯正されている様だ。なまじな無菌培養の優等生よりも安心できますな。」
「キースは初年度から何処か達観していて、風紀上では問題1つとて起こさなかったからな。逆に良い子ちゃん過ぎて、モノになるのかと心配したが……。逆だったと言う事が、ある時その目を見てわかった。貴官はそう言うところを、既にとっくの昔に通り抜けて来ていたのだよな。
ちなみに長距離行軍訓練にて、放熱器の中にヤカンを置き忘れた時は怒鳴ったが、貴官でも抜けたところはあるんだと安心した覚えがある。」
「……教官。いえ、レオ中佐。自分から部下にバラして、緊張を解くのに使おうと思っていたネタを1つ、潰さんでいただけませんか?少なくともここにいる部下の前では、それが使えなくなってしまいました。」
「これは失礼したな、くくく。」
キースの抗議を、レオ中佐は笑って軽く受け流す。キースも苦笑し、そして真面目な顔になって言った。
「この6名、『SOTS』で受け入れましょう。幸い予備メックが、彼らのうちメックを持たない者に行きわたるだけの数、部隊に存在します。メックを持たない者には、それを貸与いたしましょう。ディビット大佐、彼らへの通知はお任せしても?」
「うむ、それは任されよう。連絡先は、先日面会予約の電話をもらった時に教えてもらった電話番号で良いかね?」
「いえ、宇宙港経由で我が部隊の降下船、フォートレス級ディファイアント号に願います。おそらく……いえ、間違いなく卒業式前後は出立の準備で宿を引き払い、降下船に行っておりますから。ジャスティン少尉、宇宙港の電話番号と、ディファイアント号の通信コードを。」
「はっ!宇宙港の電話番号は、0586-77××××-○○○○、ディファイアント号の今週の通信コードは……。」
ジャスティン少尉は口頭で電話番号や通信コードを読み上げると共に、メモパッドを取り出して書き付けた。レオ中佐がそのメモを受け取り、ディビット大佐に渡す。
「うむ、確かに。ああ、フルトクヴィスト君。この書類を庶務課まで戻してくれたまえ。」
「はい、大佐殿。では失礼いたします。」
「うむ、退出を許可する。」
庶務課の女性事務員が、一礼をして部屋を出て行く。ディビット大佐はそれを見送ると、キースに向かい言葉を発した。
「さて、これから後、キース中佐たちは何か用事でもあるかな?」
「いえ、特には……。このまま乗って来たミニバスで宿へと帰るつもりでしたが。」
ちなみに宿に帰ったら、キースとジャスティン少尉はそのまま宇宙港の離着床にある、フォートレス級降下船ディファイアント号の士官用船室を流用した部隊司令室に行き、各種書類仕事を済ませるつもりだ。5月末のロビンソン戦闘士官学校卒業式後まで出立を伸ばさざるを得なくなったため、宇宙港の降下船を停泊させておく各施設の使用期限延滞願いなどを作成せねばならない。また、予定が延びたために各降下船乗員の半舷上陸期間を再度調整せねばならなかった。
だがディビット大佐はにんまりと笑うと、キースに言う。
「ならば候補生たちの訓練の様子でも、我々と共に見にいかんかね?」
「はっ。では御供させていただきます。」
予定が無いと言ってしまった以上、断るわけにも行かない。しかも相手はディビット・サンドヴァル大佐だ。ドラコ境界域全体の指揮官、大臣アーロン・サンドヴァル公の次男である。嫌だと言うわけにもいかなかった。まあ嫌なわけでも無かったが。
そして連盟標準時で15日後、フォートレス級降下船ディファイアント号の部隊司令室で、キースは急遽『SOTS』に雇い入れた、6人の新任士官の任官を行っていた。キースの傍らでは副官ジャスティン少尉が、新任士官たちに渡す辞令と階級章を用意してくれている。
「オスカー・ノールズ、本日この時をもって君を少尉とし、新設の訓練中隊所属とする。この辞令と階級章を受け取りたまえ。貴官には55tシャドウホークが貸与される。」
「はっ!謹んで拝命します!」
「ロジャー・マッコイ、ただ今をもって君を少尉とし、新設の訓練中隊に配属する。これが辞令と階級章だ。貴官に貸与されるのは55tウルバリーンだ。」
「はい!謹んで拝命いたします!」
「ジョーダン・アディントン、今日この時より君を少尉とし、新設の訓練中隊所属とする。辞令と階級章を。貴官には45tフェニックスホークが貸与される。」
「はっ!謹んで拝命いたします!」
男性3名が終わった後は、女性3人組の番だ。
「テリー・オルコット、本日たった今から君を少尉とし、新設の訓練中隊配属だ。この辞令と階級章を。貴官に貸与されるのは、45tD型フェニックスホークだ。」
「謹んで拝命いたします。」
「イルヴァ・セルベル、今この瞬間より、君は少尉だ。貴官は新設の訓練中隊に配属される。この辞令と階級章を受け取りたまえ。」
「はいっ!つ、謹んで拝命いたします!」
「カーラ・カタラーニ、ただ今より、君を少尉とする。他の皆同様に、貴官は新設の訓練中隊に配属となる。辞令と階級章を受け取る様に。」
「はっ!謹んで拝命いたしましゅ!」
最後に約1名ばかり台詞を噛んだが、皆何も言わずに流してやった。当人からすれば、突っ込まれた方が楽だったかも知れないが。キースは6名を睥睨し、言葉を紡ぐ。
「ようこそ諸君、我が部隊『鋼鉄の魂』、略称『SOTS』へ。今日この日、この時、この瞬間より、この部隊が貴官らの家であり、隊員は家族で同胞だ。貴官らの家族は、皆が貴官らを守ってくれる。だから貴官らも全力で家族を守れ。貴官らの背中や脾腹はかならず家族の誰かが守ってくれている。貴官らも家族たちの背中や脇腹を、それを狙って来る者たちから守り抜くんだ。……できるな?」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
「よろしい。言っておくが、ロビンソン戦闘士官学校の卒業はゴールでは無い。スタートラインだ。貴官らは今までスタートラインにすら立てていなかったのだ。メック戦士になる事は、目標ではなくスタートでしか無かった事を、諸君はいずれ思い知るだろう。もっとも、最初から士官であると言うだけでも、多少は有利なスタートラインなのだがな。
最初は既に実戦を経験した者たちとの、あまりの力量の差に、自信を失うやも知れん。だが腐る事は無い。貴官らと彼らはスタート時点では、同じ程度の力しか持っていなかったのだ。貴官らの素質は決して彼らに劣る物では無い。時間と経験、そして日々の訓練が全てを解決してくれるだろう。」
キースは彼らの眼前を、ゆっくりと左に右にと歩く。そしてキースは彼らに再度向き直った。
「貴官らには期待している。俺だけでは無い、『SOTS』全てが諸君に期待しているのだ。……それを重いと考えるか、それを力と為すかは諸君しだいだ。だができるなら、潰されずにいつか花開いて欲しい。……以上だ。解散!」
新任少尉6名は敬礼をし、キースは答礼を返す。新任少尉たちはそのまま部隊司令室を退出して行った。キースは執務机の椅子を引き出して、それにそれに身を預ける。ぎしり、と椅子が軋み、慌ててキースは体重をかける位置を調整した。筋肉は脂肪の3倍の重さがあるので、筋肉達磨のキースはとても重い。
キースは言葉を吐き出す。
「やれやれ、一段落ついたな。」
「ですね。」
ジャスティン少尉が小さく笑う。キースは執務机の引き出しから、数枚の書類を引っ張り出した。
「さて、いよいよ明日出発だな。」
「そうですね。いよいよですか。」
「宝探しか……。ちょっとわくわくするな。」
キースが引っ張り出した書類は、例の古文書に隠された暗号の解読結果だ。それには恒星パールクを中心とする星系のジャンプポイント座標、及び星系内にある惑星の座標――おそらくは第4惑星だからパールクⅣとでも言うべきか――が記されている。更にはその惑星内の幾つかの地理座標と共に、「降下船基地?」「水浄化施設」「詳細不明」「詳細不明」と言った文字が書き込まれてもいた。
またこの星系内には他にも遺物が存在するらしく、惑星パールクⅣ以外の星系内座標が別個に書き込まれていた。ただしこれも「詳細不明」の文字が躍っている。
「色々詳細不明だが、もし降下船だけでも手に入れば大儲けだ。積み荷と言うか、搭載機まであれば、もっと言う事は無いが。……だが、この発見を隠した人物が「クリタ家を打倒する力にならんことを祈って」なんて書き残しているからには、何かしら重要な発見があると思うんだがな。」
「夢が広がりますね。生のゲルマニウム2000~3000tって言うのはどうです?」
「金に換えるルートに困るな、それだと。だがそれだけの財力があれば、たしかに強力なメック部隊をいくつも雇えるだろうなあ。ドラコ連合に雇われている傭兵メック部隊を引き抜きするのにも使えるだろうし。」
なんだかんだ言って、行ってみるしかないのだ。もしかしたら、発掘済みの遺跡がぽつんとあるだけかも知れない。だが、予想もつかないレベルの物が隠されている事だってあり得るのである。キースの胸は少年の様に踊った。いや、実際少年なのだけれど。キースの意識は、数百光年の彼方に飛んでいた。
ごめんなさい。戦タヒによる二階級特進が、海外とかでは一般的でなく、日本独特の風習っぽかった事、知りませんでした。ですがあえて今回、そこは修正しておりません。