設定がお披露目できる日がくるといいんですけれどね。
マクナベティルさんとブラック・ドッグを連れて、私たちは裏庭にやってきた。
ここは小さいながらも柵があるから、覗きこみでもしないかぎりは見えることはない。中央には大きな林檎の木があるから、適度に日差しも遮ってくれるし。
敷布をしいて、マクナベティルさんに先に座るように促せば、隣にいるブラック・ドッグもしゃがみ込む。……こうやって近くで見ると、規格外の大きさだと改めて解る。
さっきは牛くらいかと思ったけれど、もっと大きいかも。小竜くらいあるんじゃないかな?
ちなみにお店の方は、窓を開けて来客用のベルの音が聞こえるよう対応してある。怖がってるエンスに「接客は私に任せて、店番してていいわよ」と言ってみたんだけれど「シルキちゃんが食べられるかもしれないニャン! 心配ニャン!」とガンとして傍から離れない。その言葉にちょっと感動したのだけれど。
「……ねぇ、熱いんだけれど」
「怖いニャン」
エンスは私の背中にしがみついたまま、一向に動かない。心配ってのは建前で、離れるのが怖いってのが本心な気がする。
「えっと、それで……売りたい品というのはどんなのですかね?」
「ああ、とりあえず持ってきたのはコレらなんだが」
背負っていたリュックを降ろして、マクナベティルさんが品物を取り出す。
出てきたのは掌サイズのガラス瓶にみっちり詰められた白と金の粉物が二つ。
中途半端な長さの物を纏めた木の枝が四塊。
ボロボロの鱗が八枚。
そして、瓶に収められた針のように尖った結晶? のようなものに重そうな袋。
最後は透明な石数個だ。
七点の内の半分は名前が解る。
重そうな袋の中身はザントマンの砂だろう。あの袋私も持っているし。んで、透明な石はこの前使った魔石だ。
ボロボロの鱗は、この前買った火竜の鱗。そういえばアレ、まだ手を付けてなかったわね。アレでどんなの作ろうかな。
そして白の粉物はユニコーンの角の欠片で、金の粉は妖精の粉。
妖精の粉は、妖精や虫っぽい魔物の羽から作られる粉だ。無傷の魔物の羽は帽子やドレスの装飾に使われるのだけれど、少しでも欠けたり折れたりした物は、砕いて細かくする。
するとこんな金色の砂になるのだ。この砂を身体にまぶすとほんの数センチだが、浮くことができるようになり、浮いてる距離は僅かとはいえ、これが結構楽しかったりする。実用性があるかと問われればうーん、という感じだけれど。浮いた状態で移動するのは少しばかりコツがいるし、出来ることって本当に浮くことだけだし。
速さや高さの爽快感を求めるのなら飛行の魔術や箒、鷹の羽衣といった変身具を使うほうがてっとりばやいし確実だ。
なのでこの妖精の粉、冒険者が鎧や剣にまぶして重さを軽減させる他には、人が気まぐれに買うぐらいしかなく、人気的には微妙なところだったりする。私は好きなんだけどな。
(で、あの二つは何だろ?)
じっと、正体不明の品物を見つめる。
木の枝みたいのは他の物に例えようがないくらい、見事なまでに木の枝だ。先端が青くなっているのが多少気になる点だけれど、それ以外に特徴的なモノは見当たらない。
瓶に詰まった謎の結晶も検討がつかない。コピアさんの店に置かれていたのなら、買わなくても用途や効用を聞いたりするから頭に入っている筈だから、記憶に無いってことは初見の品なんだろう。
何だろうなー。結晶ってことは魔力の籠もったアイテムの可能性が高そうだけれど。
「ねぇ、エンス。あの二つのアイテムの名前知ってる?」
背中に引っ付いたままのエンスに訊ねてみれば、ようやく顔を上げて金色の目を細めて、指差す品を見つめる。
「空の木ニャン」
「空の木?」
「ボク覚えてるニャン。あの先っぽが青い枝は、空の木に間違いないニャン。あの木に登って川に落ちて流されたんだから、忘れるわけがないニャン」
「へー」
そういう理由で川に落ちたんだ。知らなかったわ。
嫌な過去を思い出して不快になったのか、背中に押し当てられている前足に力が込められる。
……爪が食い込んで地味に痛い。壁にしがみついてるわけじゃ無いんだから、もうちょっと手加減して欲しいんだけれど。
「エンス、痛い」
「ゴメンニャン」
注意して、ようやく爪が引っ込められる。やれやれ。
「じゃあ、あの枝がどんな効果を持っているか知ってる?」
「うーん、空の木は標高があって魔力を持った土地に生える珍しい木、ってことぐらいしか知らないニャン。使ったこともないし」
「そっか」
まぁ、使わないなら仕方がない。
ならばとマクナベティルさんを見れば、向こうは心得たというように頷き、教えてくれた。
曰く、空の木というのはエンスが言っていた「標高が高く魔力を持った土地に生えた」木の総称で、条件さえ当てはまれば針葉樹でも広葉樹でも空の木になるとのこと。先端が青くなっているのが、その証拠らしい。
特徴としてはとても軽く、更に土地の魔力を取り込んでいることから魔術との相性も良いとのこと。空を飛ぶ為の箒を作るなら、空の木で作るのが一番なんだとか。
他にはこの木で笛を作って吹けば、鳥や虫を集めて使役することの出来る魔法の笛が作れるという話も聞いたけれど、作り方も吹き方もかなり特殊らしく、私じゃ到底作れそうにないから諦めた。
「まぁ、コイツは軽い事と魔力を帯びているということを覚えていてくれればいいと思う。燃やした灰なんかは、撒けば浮くくらい軽くなるぞ」
「へぇ。それにしてもあの町のダンジョンに、こんな木があるなんて初めて知りましたよ」
「一人前になった証拠として、冒険者が山頂に木を植えるんだ。空の木は魔力を取り込むから成長も早いし、箒や笛にすればなかなかいい値段になってくれる。誰が始めたかは忘れたが、いい風習になってくれたよ」
「え? 態々木を植えに、冒険者の人は山頂を目指すんですか?」
「ん? そうか、シルキは町の人間じゃないから知らないか。あの町のダンジョンは少し変わっていてな。最初の階は上に向かうよう作ってあるんだ。そして山頂に着くと、今度は下に向かうようになっている。だから、無理に目指すわけじゃないぞ」
「ほへー」
こんな感じで、マクナベティルさんは色々と説明をしてくれる。
他にも熟練冒険者たちは、ダンジョン内で全滅しても大丈夫なように、手に入れたユニコーンの角を教会に預けているとか(瓶いっぱいのユニコーンの角の欠片は、そういうのを運ぶうちに溜まっていったらしい)コピアさんに買い取ってもらう物の品の大半は、お金の無い駆け出しの冒険者から代金の代わりに受け取った物だとか、よもやま話を沢山してくれた。
ダンジョンなんて入ったこともないからなかなか新鮮で、面白いのだけれど。
(うわ……機嫌悪いなぁ)
マクナベティルさんが暗い茶色の瞳を細めて笑う度に。楽しそうに言葉を紡ぐ度に。
いつの間にかマクナベティルさんの背もたれになっていたブラック・ドッグから、殺気の籠もった視線をぶつけられる。私とマクナベティルさんが長々と話しているのが、相当面白くないみたいだ。お陰でエンスはすっかり固まっている。
(前からどうして、あのガタイの良さで冒険者をしてないのか不思議に思っていたけれど、今日で納得したわ。こんなに嫉妬深い相棒がいたら、他の人とパーティーなんか組めないわね。食い殺されちゃう)
「で、どうだろう。買い取ってもらえるだろうか?」
「うーん、そうですね」
マクナベティルさんの問いかけに、腕を組んで思案する。とりあえず名前の知っている物は、全部使う物だから買い取ってもいい。妖精の粉は殆ど趣味になるけれど。空の木は初めて見た品だけれど、面白い効果を持っているから買い取り決定だ。ただ。
(これどうしようかな?)
ちらりと、針の結晶を見る。この結晶は「精霊の破片」と言って、要は精霊の魂になり損ねたモノらしいんだけれど、マクナベティルさんも効果は解らないんだとか。
流石に効果が解らないのなら、買い取っても仕方ない気がするけれど、拒否したら前にいるブラック・ドッグが怒り狂いそうだし。
(……いっか)
話を聞く限りコピアさんは買い取っていたようだから、使いこなせないようなら訳を話して、また買い取ってもらおう。
「……全部使えそうなので、買い取らせてもらいますよ。ただ、私は買い取りはしたことないので、コピアさんが払ってくれていた値段を教えてもらえますか?」
「ああ、分かった。だいたいコレの値段は―――」
あまりいい手段ではないが、マクナベティルさんに任せることにした。話してみて彼が誠実な人種だということは確信できたし、いくつかの品は、販売価格は分かっている。
それを踏まえて交渉すれば、そうそうぼったくられはしない筈だ。
* * *
「あー、怖かったニャン」
マクナベティルさん達が庭を出てようやく。エンスが私の背中から離れる。この子結局、会話に参加することが無かったわね。まぁ、仕方がないか。私だって夜道に一人であのブラック・ドッグに出会ったら腰抜かしてるだろうし。
「それにしてもあの犬、凄くドラゴン臭かったニャン」
……ん?
「え? 犬じゃなくて?」
妙な事を言うので、思わず訊ね返すとエンスは力強く頷く。
「ふーん、ドラゴン臭いねぇ……」
「あ! その顔は信じてないニャン!」
「いや、そんな事無いわよ。ただ、犬なのに不思議だなーって」
まぁ、ブラック・ドッグってドラゴンの仲間らしいからね。そんな事もあるのかも知れない。
* * *
山の中。マクナベティルが歩いていると、隣を歩いていたブラック・ドッグが頭を擦り付けてきた。
「どうした? アキュニス」
頭を撫でてやればアキュニスと呼ばれたブラック・ドッグが口を開く。
「ご主人、売れて良かったねー」
「そうだな。全部買い取ってもらえて何よりだ」
「当ったり前だよ。買い取り拒否したら食い殺してやるんだからー」
瞳をキラキラと輝かせながら物騒な言葉を口にするアキュニスに、マクナベティルは苦笑いを浮かべる。ブラック・ドッグはかなり本気なのだが、彼は冗談だと考えているようだ。
「さて、じゃあ帰るとするか」
「了ー解。はー、やっぱり化けるのは疲れるなー」
アキュニスが大きく伸びをすると全身が輝き、目も開けられないほどの強い光が辺りを覆う。
やがて、輝きが収まると其処にいたのは黒い鱗を持った巨大な竜。
マクナベティルが背中に乗ると、竜は咆哮して飛び立つ。
彼がダンジョンの町で、ドラゴンライダーと呼ばれているのをシルキが知るのは、もう少し先のことである。