道具屋さん、始めました   作:飛沫

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猫のリボンは、日によって色が変わります。多分。


清水のショール

 ベッドに潜って熟睡していたら突然、ビシリと顔に何かがぶつかった。

 

「……?」

 

 正体を確かめるべく薄目を開けると、見えたのはクネクネと動く白いモノ。真ん中辺りに青いリボンと鈴があり、白いモノが動く度にリンリンとなる。あー、コレはエンスの尻尾か。

 

「起きたかニャン?」

 

 降ってきた声に返事をしながら、大きく伸びて眠気を追い出す。時間は五時前。何時もより一時間以上の早起きだ。

 

「こんなに早く起きて大丈夫かニャン? シルキちゃんも、ボクと一緒に昼寝するかニャン?」

 

「子供じゃないんだから平気よ。それに早起きするのは今日だけだから、支障も出ないし」

 

 起き上がってカーテンを開ければ、日が昇っていないので外は薄暗い。気温も低く寒いくらいだ。

 

「さてと。それじゃちょっと出てくるから、ご飯の用意をよろしくね」

 

*  *  *

 

「うー、お日様が出ないだけでこんなに寒いなんてね。お昼の暑さが嘘みたいだわ」

 

 家で一番大きな鍋を抱えて、私は目的地へと歩き出す。生き物を育てているだけあって村の朝は早い。いくつもの家からもう煙や灯りがついているのを見つけて、毎日凄いなぁと感心しながら足を進めていると、大きな泉へとやって来た。

 ここは村にいくつかある湧水の中でも最も大きく、深い泉だ。当然、水温もここが一番低い。

 よっこいしょーとしゃがみ込んで、鍋で水を汲み取る。鍋の縁ギリギリまで水を汲んだので結構重いが、それはこの前買い取った妖精の粉を使えば解決だ。うーん、この前コレ買っておいてよかったわ。

 

「あら、シルキちゃん。早起きね」

 

 フワフワと浮かぶ鍋を抱えて帰ろうとした所で声をかけられた。振り返るとお隣……と言うには少し離れすぎているけれど、そこの家の奥さんが。十数頭の牛を、旦那さんと三人の子供と一緒に育てていて、チーズやミルクなんかをよくお裾分けしてくれるいい人だ。

 

「おはようございます。はい、ここの冷たい水を素材に使おうと思って。まあ、早起きするのは今日だけですけれどね」

 

「あら、早起きすると時間がたっぷりとれていいわよ。これからもお勧めするわ」

 

「いや、遠慮しておきます。出来れば長い時間ベッドと友達でいたいんで」

 

「ほんとに、シルキちゃんたら」

 

 苦笑いを浮かべながら、奥さんも持ってきたバケツに水を汲む。せっかくなので、そっちにも粉を撒く。良くしてもらってるから、こういう時に返さないとね。

 

「ありがとう、助かるわー」

 

「いえいえ、いつもお世話になってますし。あ、そうだ。ちょっとお願いしたいことがあるんですが」

 

「まっ、何かしら?」

 

「えっとですね」

 

 ゴニョゴニョ。

 

「ああ、それだったらお安い御用よ。早速今日から取り掛かるわ」

 

「ありがとうございます。材料費と手間賃は、取りに行くときにでも持っていきますので」

 

「分かったわ。そっかぁ、もうそんな時期かぁ。だからシルキちゃんが態々早起きして、宝珠様の泉まで水汲みにくるわけね」

 

 時間が過ぎるのはあっという間ね、なんてしみじみと呟いた後「あ、そろそろ行かないと」と奥さんはバケツを持ち、頭を下げながら歩いていった。

 後ろ姿を見送ってから、私は鍋を抱え直して泉を覗き込む。

 水底にはこの薄暗い中でもはっきり見える、真珠のように白く輝く珠がある。この珠がさっき奥さんが言っていた宝珠様―――村に伝わる秘宝「水の宝珠」だ。

 話によれば、何百年も前にやってきたドワーフが村人たちに親切にされ、礼として作って置いたのだとか。

 わらしべ長者もいいところだが、昔話なんかはほんの少しの食料を分けたり、優しい言葉をかけたりしただけで、破格の幸運や一生かけても使い切れない程の金貨をもらえたりすることが多々あるので、ありえない話ではないのだろう。

 とにかく、この水の宝珠があるお陰で村は水の豊かな土地になり、天候に左右されずに安定した生活をすることができている。

 勿論、話を聞きつけて盗みにやってくる人間がいないわけではない。だけど、絶えず大量の水を作り出す宝珠は泉から持ち出すのが凄く大変だし、例え色々と犠牲にしながら宝珠を持ち帰っても次の日になると宝珠はこの泉の底に戻ってくる。お陰でここ数年、水の宝珠にちょっかいを出す余所者はきていない。持ち出せないなら、諦めるしかないからね。

 

「おっと、私も戻らないと」

 

 特別忙しい訳ではないけれど、ここでぼんやりしていてもしょうがない。

 どうせお店を開ければ、大半が暇な時間になる。

 のんびりするなら、そのときにしよう。

 

*  *  *

 

 早起きしたついでだ、今日はご飯を食べる前に、仕事に取り掛かることにした。

 まず最初に、マクナベティルさんから買い取った空の木の枝に「消えない松明」という魔導具で火をつける。直ぐにパチパチと燃え上がるので、火事にならないように注意だ。

 二塊分を燃やせば、それなりの量の灰が出る。その灰を集めて、鍋の中に投入。ぐるぐると掻き混ぜて、いい具合に汚くなったところで、布と濾過器を使って水を濾す。何度も繰り返し綺麗になった水を、ガラス瓶へと移しコルクで蓋をする。ロウソクの火で確認すると。

 冷たくて綺麗なだけだった水は今、ぼんやりと淡い水色の光を発していた。空の木の灰を浸したことによって、魔力が染み出したからだ。よく見てみれば水の中には雪のような結晶がいくつもあって、それがロウソクの火を反射して、魔力のとはまた違う光を発している。

 前回この水を作った時は、こんな結晶は出来なかったわね。ということは、今回の方が含まれる魔力の量が多いのかな?

 

「ご飯できたニャーン」

 

 上からエンスの声が聞こえてきた。返事をしてから手に取った瓶を持ったまま階段を上り、早速完成品を見せる。

 

「ほら、エンス。もう完成したわ、空の木は優秀ね」

 

「早いニャン! 魔石は駄目な子ニャン!」

 

「まあ、あの使い方が間違っていたんだろうけれど」

 

 前回は、同じ魔力の水を作るときに細かく砕いた魔石を使ったのだが、この状態になるまで十日近くかかったのだ。元々魔石は魔術を付加して使う物だから、魔力を取り出すような使い方には向いていなかったということなのだろう。

 

「ご飯食べたら、これ冷やしに行ってくるわ。そして、夜になったら手伝いお願いするから頼むわね」

 

「分かったニャン。じゃあ早くご飯を食べるニャン」

 

 置かれたのは野菜がたっぷり入ったスープに、焼いたパンとベーコン。そして、チーズのオムレツだ。

 やった、大好物ばかり。これで今日も頑張れるわ。

 

*  *  *

 

「エンス、周りに人がいないか確認してー」

 

「えーと……大丈夫ニャン。ここにいるのはボクたちだけニャン!」

 

 ぐるりと周囲を見渡して報告するエンスに頷いて、私は持っていたランタンを置いて準備を始めた。ここは村にある泉の一つで、共同のかばたとして使われている場所だ。当然、今あるのは私が浮かべた瓶数個しかない。

 紐で括り付けていた瓶を引き寄せ、中の水は持ってきたジョウロに注ぐ。そして、持ってきたボウルを地面に置いて、目隠しをすれば私の方は準備万端だ。

 

「エンス、ジョウロの口はこっちの方向でいい?」

 

「バッチリニャン」

 

「ちゃんとお守り持った?」

 

「首から下げてるニャン」

 

 このお守りというのは、石化を防ぐお守り。今回はチカトリスの成鳥であるコカトリスの目玉を使うから、石化防止は必須だ。本当はお守りを二つ買えばいいんだろうけれど、結構高額なので一つで頑張ることにしている。目隠しすれば何とかなるしね。

 万が一に備えて、石化回復の道具も用意してある。夜に作業するのも水を冷やす他に、犠牲者を出さない為でもあるのだ。

 

「シルキちゃん。やってくれだニャン」

 

「はいはーい。流すわよー」

 

 合図を下にジョウロを傾けると。

 ジョロジョロと流れる水は、カランカランと小石の様な音を立ててボウルの中に溜まっていく。やがてジョウロが軽くなり、「片付けたから大丈夫ニャン」という声がしたので目隠しを外して視線を足元に向ける。

 ボウルの中には、淡い光を放つ水色の小石の山が出来ていた。一粒掌に転がせば、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。

 ただの冷たい水を石にしただけでは、こうはならない。透明な石になるだけで、冷たさは失われる。魔力を帯びることによって、不思議なことに温度まで封じ込めることができるのだ。

 

「後は隣の奥さんにショールを作ってくれってお願いしたから、届くのを待つだけね」

 

「じゃあそれまでにひたすら、コレに穴を開ける作業をするニャン。いい暇つぶしになるニャンね」

 

 今回作るのは清水のショール。

 ショールに、今作った石をビーズにして縫い付けるのだ。肩や頭に巻けばひんやりとして気持ちがよく、これから暑くなる時期にはちょうどいい。

 ヒントを貰ったのは氷系の魔法をアラクネの糸に掛けて織る氷のマントという魔導具だ。けれど、それ程高くないとはいえ、アラクネの糸百パーセントで作ればかなりの値段になるし、何より冷たすぎて普段使いには向かない。それこそ砂漠地帯を移動したり、灼熱の炎や魔法を使う魔物と戦う冒険者の為の魔導具だ。

 それを庶民用にしたのが、清水のショールになる。

 

(今回は前に比べれば完成までに時間が掛かってないし、籠もってる魔力も多いから付ける数は少なくてすむかも。お値段もちょっと安くできるかもね)

 

 売れるといいなー、なんて考えていると。

 

「あ、流れ星ニャン!」

 

 急いで上を見上げるが、とき既に遅し。

 見れたのはエンスだけか。

 

「エンス、何をお願いしたの?」

 

「コレが売れますようにニャン!」

 

「ありがとう。じゃあそろそろ帰ろっか」

 

 せっかくだからと手を繋いで我が家へと向かうことにした。

 その途中にも何度か流れ星はあり、最後の奴でようやく、私も願いを掛けることができたのだった。

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