エンスにお昼を頼んだ私は、早速ザベル様を連れて地下室へと向かった。
「へぇ、下はこうなってるのか。上より広いんだな」
「転ばないよう、足元に気をつけて下さいね」
銀の燭台を灯しながら、物珍しげに眺めるザベル様に注意を促す。
光る苔を増やしてあちこちに置いたお陰で、地下は以前よりは明るくなっているが、上に比べればだいぶ暗い。それでも、後ろにいるザベル様の髪は、その僅かな光をも反射させて金色に輝いている。
「じゃあ始めるんで、そこの椅子にでも座って眺めていて下さい」
「おう」
おぉ、流石貴族様。座り方もイチイチ優雅だ。その姿を確認してから、私は持ってきた道具を机に広げる。
「えっと、それじゃあその商家のお爺様の体重を教えてもらえますか? 解らなければ、ザベル様の予測でいいので」
「あの爺の体重? そうだな、結構痩せ型だがあれだけタッパがあれば……七十数キロってところじゃないか」
「なるほど。なら七十五としておきますね」
持ってきた瓶を手に取り、天秤を用意する。
確か三kgに対して一gが適正量だっけ。ということは二十五か。
分銅を使いながら金色の粉の重さを量っていると、早速ザベル様から質問が飛んできた。
「おい、その粉は何だ?」
「これは妖精の粉ですよ。人や物にふりかけると、重さがなくなって浮かぶようになるんです」
「へぇ。で、態々量って使うのか」
「普通に使う分なら、適当でいいんですけれどね。キチンと商品として使うなら量った方がいいかなと」
あまりにも少なければ浮かないし、多すぎるとただでさえ取りづらいバランスが、更に取りづらくなってしまう。お金をもらう以上は、半端なもの作れないからね。
量ったら、粉は一旦鉢の中へ。次に、小さな錠前の付いた木箱に手を伸ばす。
「あ、そうだ。お爺様の好きな色とかって解ります? もしくは、よく身に着けている色とか」
「何で俺が、あの爺の嗜好を把握してなきゃならないんだ。天使ならともかく」
「そうは言いますが、コレお爺様のご機嫌取りの品じゃないですか。少しでも気に入られるような物にした方が、いいと思いますよ?」
「……確か、赤や橙系の装飾品を身に着けていたような気がする」
「解りました」
鍵を差し込めば、カチンと音を立てて錠前が外れる。中身は、行商人さんたちから代金の代わりに受け取った宝石だ。暖色系の色の宝石となると……これかな。
選んだのは数個のカーネリアン。暖かみのあるオレンジ色が、妖精の粉の金色にも合いそうだ。
早速カーネリアンをトンカチで叩いて細かく砕き、更に細かくするべく乳鉢に移して磨り潰す。
「宝石は色合いに使うのか? 何か勿体ねぇな」
「いえ、色合いも多少はありますが、宝石は魔術の効果を増幅する触媒の効果があるので、それ目的で使います。ほら、魔術師の人って杖に宝石を嵌め込んだり、アクセサリーをよく身に着けているでしょう? ああやって宝石を持っていると、魔術の威力が上がるんですよ。ちょっと乱暴な言い方ですが、それと同じです」
「あー、宮廷魔術師がジャラジャラ着飾ってるのはそういう意味か。てっきり金があるのを見せびらかしているとばかり思ってたぜ」
「うーん、そのジャラジャラがどんな意図を持っているかまでは解らないですが、質が良い物ほど高い効果を発揮するのは確かです。ついでに言うと、宝石類は半永久的に使えますからね。魔術師にとっては必需品ですよ」
ゴリゴリと乳棒を動かしながら、会話は続く。うーん、やっぱり石だけあって細かくするのに時間がかかる。ついでだし、魔石も一緒に砕いて細かくするかな。
一旦手を止めて小さめの魔石を取り出し、先程と同じようにトンカチで叩く。カーネリアンと混ぜて磨り潰そうとしたら、ザベル様が手を出してきた。「暇だから俺もやる」そうな。……まぁ、そんなに難しい作業でもないしやってもらうか。
もう一つ乳鉢を出して、お願いをする。向かい合ってゴリゴリと乳棒を回す以外、特にすることもないので、再びとりとめのない会話が始まる。
「そういえば、随分と珍しい猫を飼ってるんだな。あの大きさ、ちょっとしたガキくらいだろ。オマケに喋る、この辺じゃあんなのがうじゃうじゃいるのか?」
「エンスは猫じゃなくてケット・シーというれっきとした妖精ですよ。二年前、町に買い物に行く途中で川に流されていたのを助けてから、一緒に住んでいるんです。猫扱いすると怒りますよ」
「川で拾ったぁ?」
「ええ、何でも木登りしてたら落ちたとか。そのせいで、すっかりお風呂嫌いになっちゃって。洗濯みたいに、一部分が濡れるのは平気らしいんですがね。毛づくろいしているから汚れているわけじゃないですけれど、一度でいいから洗ってフワフワしたエンスのお腹に顔突っ込んでみたいですよねー」
「結局お前も猫扱いしてるじゃねーか!」
なんて話や。
「ザベル様って凄く綺麗な顔してますよね。女の人に騒がれるんじゃないですか?」
「あぁ。だから態とガラを悪くしたんだが、余計騒がれるハメになっちまった、畜生。……お前は騒がないな」
「私はフェルクスさんが理想なんで。でも、ザベル様もメチャクチャ綺麗な顔してると思いますよ」
「フェルクスって吟遊詩人のか? アイツこの前公爵の令嬢と歩いているの見たぜ。パトロンなのか、色々貢がせてたな」
「フェルクスさんの幻想をぶち壊すのやめてもらえません!?」
なんて会話を三十分ほどすれば、乳鉢の中身はすっかり粉になっていた。
「こんなもんでいいか?」
「大丈夫です。じゃあ、此方に下さい」
受け取ってから鉢に移し、均等になるよう混ぜ合わせた。それから、チカトリスの目玉を使って少し硬くしたアラクネの糸を鋏で細かく切って、捏ねるようにしてまた混ぜる。魔力に反応して粉が充分に絡んだ短い糸たちを、形を整えるようにして丸めれば最後の仕上げだ。
「はい、ザベル様。コレで目隠しして下さい」
「はぁ?」
「今からコカトリスの目玉を使うんで、石化防止の為です」
「予防のアクセサリーとかねぇのか?」
「あるけれど、高いから一つしかないんです。終わったら声掛けますんで、それまで外さないで下さいね」
「チッ、仕方ねぇ」
しっかりと目隠しをしたのを確認して箱からコカトリスの瞳を取り出すと、作ったものを見つめさせる。終わったと声を掛け、ザベル様が目隠しを外してから、完成した商品を見せた。
「はい、妖精のオーブです」
オレンジと金のマーブル状の、一見するとちょっと変わった日長石みたいな石を握りしめながら、使い方を説明する。
「身体に触れた状態で『浮かべ』と念じると、こうやって五十cmくらい浮くことが出来ます。移動は、行きたい方向に少し身体を傾けると、スムーズに動くことが可能です。装飾品として使うなら、ブローチとかに加工するといいと思いますよ」
「確かに珍しい品だ、見たことがない。てか、ちょっと俺にも貸してくれ」
「どうぞどうぞ」
渡せば「おお!」という感嘆と共に、ザベル様の身体がフワリと浮かぶ。こうやってはしゃぐ姿は年相応だな。
「宝石を使って粉の力を強化しているので、浮く距離も安定感も増しています。流石に永久に使えるってことはないですが、魔石で魔力の補強もしているので、一年くらいは持ちますよ」
「それぐらい持てば上出来だ。しかし中々面白い魔導具だってのに、何で売らないんだ?」
「……お金払ってまで欲しいですか、コレ? 楽しいのは確かですが、できる事なんてやっぱり浮くだけだし、一応宝石使っているから結構いい値段しますし」
「……言われてみれば、そうだな」
実際、コレを作って村や店の中で使っていると「貸してくれ」と言われた事は何度かあるが「売ってくれ」と頼まれたことは一度もない。
そういうアイテムなのだ、コレは。
「まぁ、珍しい物全部が全部『価値のある品』ってわけじゃないということで」
「そういうことだな。で、いくら払えばいい?」
「ちょっと待って下さい……(見学料と昼食代込で)金貨一枚に銀貨九枚、銅貨十三枚ってところですかね」
「分かった。ほらよ」
ちょっと上乗せしたけれどあっさりと払って下さった!! やっぱり、貴族様は貴族様だわ!
ニヤケそうになる顔を必死で抑えつけていると、エンスが昼食ができたと叫ぶ。
その後三人でシチューを食べていると、ザベル様はエンスに色々と質問をしてきた。最後は私の方を向いて「お前とは気が合いそうだな」と笑顔で言われたけれど……いったいどういう意味だろう?