村の乳製品の買い手は大体が行商人で、基本は一対一の取引だ。けれどたまに、大口というか大きな商家が取引にやってきたりする。
「ひゃー。いつも凄いけれど、今回は特に数が多いわねぇ」
「馬車がいっぱいニャン。大行列ニャン」
お客さんもいないので私とエンスは窓から野次馬根性丸出しで、やってきた商家の馬車を眺めていた。ざっと数えただけで十台近くはある。村中のチーズ買い占める気なのかしら?
「しっかし本当に凄いわよね、ここの商家さんは」
頬杖を突きながら、ボソリと呟く。今日来ているのは王都に屋敷を構えているという商家さんだ。半年に一回くらいの割合で沢山の馬車と共に村にやってきて、買えるだけの乳製品を買い込んでいく。その為この商家さんがやってくる日は、村中が大騒ぎになる。最も私は全然縁がないので、こうやって呑気に眺めるだけだけれど。
ボーッと指示を出しているリーダー格っぽい人の仕草を観察していると、不意に目があった。そのまま逸らされるかと思いきや……アレレ、此方に来る?
ズンズンと歩いてくる商家の人に、私は思わず姿勢を正す。エンスなんか完全にびっくりして「シルキちゃん、謝るニャン」と腕を引っ張る。謝るって……ただ見てただけよ。今までも何回もやっていたことだし、文句や注意をされたことも一度もない。今回に限ってというのは……無いと思う。うん。
不安を余所に、商家の人は遂に窓の所にやってきた。エンスは私の背中に隠れている。ど、どうしよう。やっぱり謝ったほうがいいかしら?
「不躾な質問をいたしますが……シルキ様というのは貴女のことでしょうか?」
身構えていたらまさかの様付けで、名前を訊かれた。びっくりして返事も出来ず、それでも何とか頷いてみせれば、相手は真面目な顔を綻ばせる。
「ああ、良かった! 実は大旦那様から貴女様に渡す品物を預かっていたのですが、お顔を存じ上げなかったので。訪ねようにも村の方々も忙しく働いてくれているので声もかけられず困っていた所、貴女様のお姿を見かけまして声をかけさせていただきました。しかし、ご本人様だとは露知らず。どうか、ご無礼をお許しください」
「え、ええと……大旦那様? 渡す品?」
何で、という疑問がグルグルと頭の中を回ってろくな言葉が出てこない。大旦那様って誰。そもそも私はこの商家とは一切取引をしたことがないから、渡す品物と言われてもてんで見当がつかない。
ひょっとして他の誰かと間違えているんじゃないだろうか。でも、シルキって名前は村には私だけだし。
混乱している私に気がついていないのか、商家の人は大旦那様から私への感謝の言葉を述べ「お納め下さい」と長い巻物を差し出してきた。貧乏性の私は反射的に「ありがとうございます」と頭を下げてソレを受け取る。
受け取ると、向こうも深々と頭を下げて馬車の方へ戻っていった。とりあえず用件は終わったらしい。とはいえ私の方は、未だ何か起きたのかよく把握出来ずぼんやりとしていると、エンスがグイグイと服を引っ張ってくる。
「シルキちゃん、ソレ……」
指摘されて、ようやく受け取った物に視線を向ける。そういえば私は何を貰ったんだ?
「ん? コレ……」
絨毯かな? あ、でもなんか紙が挟まっている。使い方の説明書? 絨毯に?
* * *
「いやー、早いし快適だしお金も掛からないし。凄いわねー、コレ」
「ボク、乗り物に乗って青い顔してないシルキちゃん初めて見たニャン」
次の日。私達は早速貰った絨毯を使って、ダンジョンの町にやってきた。そして、綺麗に巻いて腕に抱えた絨毯を見る。
『空飛ぶ絨毯』。コレが私達が大旦那様―――ザベル様が妖精のオーブを贈った相手に貰った品だ。使い方はそれ程難しいものではなく、行きたい方向を念じながら魔力を絨毯に流し込めば、そちらに進むようになっている。魔力がない場合は、魔石を握りしめながら行きたい方向を念じればOKだ。
しっかしこの絨毯、本当に凄いわ。馬車だったらほぼ一日かかる距離が半日で着くし、全然揺れないから気持ちも悪くならないし。お金も魔石代くらいで済むから経済的だし。
「確か大事に使えば、十年くらい保つんだっけ。駄目になったら次も買おうかしら」
「でも、金貨百枚の超高級魔導具ニャン。お金貯められるかニャン?」
「……頑張る」
いや、いっそ自作するという手もあるかも。見たところこの絨毯は、飛行の魔術を掛けたアラクネの糸とシルクで織られている。そこに宝石を数カ所に縫い込んでって感じだから何とか……ならないか。十年保たせられる作りなら、多分もっと複雑で丁寧な仕事をしているだろうし。素人が簡単に作れるわけないわよね。やっぱり地道に貯めよう。
そして、この高級魔導具をポンとくれた大旦那様も凄い。ザベル様は只の商家としか言わなかったから、ちょっと裕福なくらいかと思っていたのに、まさか村に買い付けにくるあの商家だったとは。あそこ確か、王都で十本の指に入るくらい大きくてお金持ちだったはず。
「あー、こんなことならザベル様にもうちょっと吹っかけておけば良かったわー」
「シルキちゃん、悪い顔をしているニャン」
ま、金貨一枚ちょいの品が百枚の高級品になっただけで充分過ぎるか。欲張りすぎるのも駄目だから、よしとしておこう。
「さて、予定より早く着いたしこれからどうしようかな」
今はまだ、お昼をちょっと過ぎたくらいだ。前回の買物からまだ二ヶ月と経っていないから、村からの頼まれ物もそんなにない。今からコピアさんのお店に行ってもいいんだけれど、こっちもそんなに買うものもないしな。
「エンス、どっか行ってみたい所とかある?」
「ニャーン」
訊いてみると、エンスは首を傾げたあと。
「行ってみたいと言うか……ボクたち、行く場所っていつも決まっているから、それ以外の所に行ってみたいニャン」
そんな事を言ってきた。なるほど。
「だったら行くところは決まったわ。観光気分で行ってみましょ」
「ん? 結局何処に行くニャン?」
「とりあえずはこの町のダンジョンの入口。せっかくコピアさん以外の知り合いが出来たんだから、其処を覗いてみましょうよ」