道具屋さん、始めました   作:飛沫

2 / 66
途中で出てくる物語の元ネタは、アッシュールバニパルの炎です。
クトゥルフ神話大好き!


魔力を帯びた銀の竪琴

「よしっ! 今日の営業は終了ー!」

 

 お客さんを見送って、私は家の鍵を掛けた。勿論、その際に扉を開けてやって来そうなお客さんの有無を確認したのは言うまでもない。

 思いっきり伸びて身体の凝りを解していると、「お疲れ様だニャン」とエンスが鈴を鳴らしながら隣にやってくる。

 

「ご飯かニャン? お風呂かニャン? それとも可愛いボクをモフモフするかニャン?」

 

「んー、とりあえずはご飯にしよう。お風呂はその後で入ろうか。あ、あと今日はエンスのことモフらなくていいから」

 

「何でニャン! ボクの毛並みは月の光を浴びてもキラキラ輝くくらい艶々だニャン!」

 

「いや、エンスの毛並みが最高なのは知ってるわよ。今日はこの後もうちょっと仕事しないとだから、アンタの毛が付くと不味いのよ」

 

「ニャン?」

 

 全身の毛を逆立てて威嚇をしていたエンスが、キョトンとした顔で私を見上げた。

 

「私が昔作った道具の直しを頼まれててね。明日引取りに来たいって言われているから、これからやらないと間に合わないの」

 

*  *  *

 

「ボク、久しぶりに工房に入った気がするニャン」

 

「何時もはエンスが掃除と洗濯している時に作業しているからねー。ニヶ月ぶりくらいじゃない?」

 

 地下への階段を下りていると、リンリンと鈴を鳴らしながらエンスがついてくる。毛の問題が一瞬頭に浮かんだけれど、エプロン着けているならまだいいか、と思い直す。口に入れるモノじゃないし、私が毛だらけじゃないのなら、大丈夫だろう。

 作業台の前に立ち、何時ものように銀の燭台に火を灯す。預かり物を包んだ布をめくれば、黒ずんだ銀の竪琴が姿を見せる。

 

「うわぁ、こんなにボロボロになるまで使っていてくれたんだ。嬉しいな」

 

 しかも、あの時私が渡したのは銀ではなくて普通の木の竪琴だった。それを銀の竪琴に移してまで使ってくれるなんて。頑張った甲斐があったなぁ。

 

「シルキちゃん、こんなの作った事あったかニャン?」

 

 覗きこんだエンスが、不思議そうに首を傾げる。そうか、エンスは知らないんだもんね。

 

「コレを作ったのは四年前だから、エンスがくる前ね。ちょうどこの店を始める頃かな」

 

 私自身がこの竪琴の持ち主に憧れていて、応援するという気持ちもあったけれど、私の作る道具が世間に通用するかという腕試しの気持ちも入ってた。渡した時に凄く喜ばれたから、メチャクチャはしゃいだのと同時に「やっていける」と自信を持てたんだっけ。

 

「頼まれたのは切れかけている糸の交換だけど、ついでだから竪琴の汚れも落としちゃおう」

 

「せっかくだからボクも手伝うニャン!」

 

「あ、エンスもやってくれるんだ? ありがとう。じゃあ、そこにあるアルミ鍋にお湯と塩を入れてくれる?」

 

「量はどれくらいがいいんだニャン?」

 

「お湯は竪琴が全部浸るくらいで。塩は適当でいいよ」

 

「分かったニャーン」

 

 鍋を抱えるとエンスは階段を駆け上る。少しすると、チャプチャプ音を立てながら戻ってきた。お風呂に使う予定だったお湯を持って来たらしい。鍋を火にかけるのを見届けてから、私は竪琴から糸を外してエンスに渡す。

 

「沸騰したら火を止めて、竪琴を放り込んじゃって。直ぐに綺麗になるから」

 

 燭台を買ったお店の人から教えてもらった、汚れ落としの方法だ。竪琴の方はエンスに任せて、私は糸の作成に取り掛かる。

 棚から取り出したのはアラクネの糸と、セイレーンの髪の毛。

 アラクネの糸は蜘蛛の魔物が作り出す糸で、強い強度としなやかさの両方が備わっていてかなり使い勝手のいい素材だ。加えて魔力をとてもよく通すから、魔導具や特殊な効果のついた武器や防具には、かなりの割合で使われていたりする。

 セイレーンは美しい歌声で船を遭難や難破させる海の魔族。

 その災いから逃れられるようにと、船乗り達がお守りとして持つのが主だけれど、音楽で仕事をしている人がその美声を得られたらと、お守りにすることもある。同じような効果は、セイレーンの羽やマーメイドの鱗があったりする。どれをお守りにするかは、その人の好みというやつね。

 糸と髪、それぞれを同じ長さに揃えていると、後ろからエンスの興奮した叫びが聞こえてきた。あー、銀が綺麗になる瞬間はいつ見ても面白いものね。私も何度も見ているけれど、飽きないし。

 

「凄いニャン! あっという間に綺麗になったニャン!」

 

「汚れが落ちたなら、お湯から引き上げていいわよ。後はその辺りに磨き布があるから、それで仕上げをお願い」

 

「了解ニャン!」

 

 エンスが元気よく頷いているのを見てから、私も作業を始める。

 ピンセットを使って、アラクネの糸の中にセイレーンの髪の毛を埋め込んでいく。出来るだけ中央に寄せたほうがバランスがいいから、何度かやり直しながら位置を整えて。

 そうやって、予備の分まで考えながら二十本分の糸を作り終えると「シルキちゃん、こんなんでどうかニャン?」とエンスがピカピカになった竪琴を見せてきた。こっちも終了か。

 

「うん、バッチリ。じゃあ、これで仕上げ!」

 

 チカトリスの目玉に糸を見せる。これで、ちょうどいい硬さの丈夫な糸になるのだ。

 

「よしっ、出来た。後は出来を確認してもらって渡すだけね!」

 

「ところでシルキちゃん。これ頼んだのってどんな人なんだニャン」

 

「ああ、フェルクスさんって言ってね。この村出身の吟遊詩人様よ」

 

 モノはついでだ。目をパチパチさせているエンスに、私はフェルクスさんについて色々と教えてあげることにした。

 

*  *  *

 

「ごめんねシルキちゃん、無理を言ってしまって。頼んでおいたモノ、出来たかな」

 

「は、はいフェルクスさん! ここに! バッチリ!」

 

 次の日、開店と同時にやって来たフェルクスさんに、立ち上がって竪琴を手渡す。

 その際、顔が真っ赤になって声が一オクターブ高くなるのは仕方がないだろう。

 だってこの人、凄い綺麗な顔をしているんだもの!

 心臓をバクバク鳴らしながら、私は前に立っているフェルクスさんの顔を凝視する。

 サラリと溢れる銀の髪に、優しげに細められた緑色の瞳。

 私と似たような色合いの髪と目なのに地味な自分とは違って、フェルクスさんはどうしてこんなにも輝いて見えるのか。美人だからか。いや、でもこの人の場合、本当に後光が差している可能性も捨てきれない。

 荒い息でガン見している私に気にせず、フェルクスさんは弦の調整をしていく。お、笑みが優しそうなものから、満足気なものに変わった。今回も気に入ってもらえたようだ。

 

「糸の硬さも指への馴染み具合も前回と変わらないよ。いい仕事をしてくれたんだね、本当にありがとう」

 

「い、いえ! 此方こそありがとうございます!」

 

 至近距離で向けられた極上の笑顔に思わず「ごちそうさまでした!」と叫びたくなるのを堪えながら頭を下げるとフェルクスさんの「お礼を言うのはこちらだよ」という声と共に腕を引かれ、掌に代金を握らされる。

 ええと、金貨が六……六枚だとぉ!?

 

「え!? フェルクスさん、金貨でしかも六枚って! 二枚でも多いくらいなのに」

 

「でも、前回はもらいっぱなしでお金払っていなかったし。利子と考えてちょうどいいんじゃないかな」

 

「いや、アレは私が勝手に押し付けたようなもので……」

 

「けれどね、この竪琴のお陰で随分稼がせてもらったんだ。貰ってもらわないと私の気持ちが収まらないよ。だから、ね?」

 

「そ、そういうことでしたら……ありがたく頂戴いたします」

 

 再び笑顔を向けられては、断ることなんか出来ない。それにフェルクスさんの言葉通り、ここ数年でフェルクスさんの名前はかなり知れ渡るようになっていた。元々それなりに有名な人だったけれど、今は知らない人はいないんじゃなかろうか。

 

「あ、あのフェルクスさん。代金を貰って更にお願いをするのは気が引けるのですが。もしよければ、一曲歌ってもらえませんか?」

 

 金貨をしまいながらおずおずと、実は昨日の夜から考えていたお願いを口にしてみる。フェルクスさんは「勿論」と了承してくれた。

 

「確かシルキちゃんは『炎の宝石』の物語が好きだったよね」

 

 竪琴をかき鳴らして、フェルクスさんが歌い出す。

 

 ある小さな国の王様に恋をした魔術師が、王様の力になりたいと旅に出て『炎』と呼ばれる程に赤く輝く、握り拳くらいの宝石を手に入れて戻ってくる。

 魔術師は王宮に住み『炎』を使って予言をし、王様を支えた。王様も魔術師を大切にし、予言の通りに善政を行うと、国は大きく栄える。けれどある日『炎』の話を聞いた大国が国に攻め込み、王様を殺してしまう。

 捕らえられ、目の前で大切な王様を殺された魔術師は悲しみ、大国の支配者を呪った。

 そんなに『炎』が欲しいのならば、世界が滅ぶまで其処で『炎』を握り締めていろ、偽りの王、と。

 すると大国の支配者は『炎』を握り締めたままもがき始め、玉座に倒れるように座り込むと、そのまま事切れてしまった。

 慄く兵士たちに構わず、次に魔術師は自分の命と引き換えに地獄から魔物を呼び出して命令をする。

 大国の兵士たちを皆殺しにして、その後は世界が終わるまで『炎』の番をしろ。『炎』は私と王様の物だ。奪う奴は食い殺せと。

 炎の宝石はその御伽を聞いた二人組の男が、『炎』をひと目見ようと世界を旅する冒険譚だ。

 何度も聞いている話だけれど、フェルクスさんが語るとまるで自分が体験しているように光景が思い浮かぶ。

 歌声にセイレーンの髪が反応しているんだろうけれど、私が同じように歌ってもここまで心に響くことはないだろう。やっぱりフェルクスさんは歌が上手いんだろうなぁ。

 いつの間にかエンスも一緒になって聞き入っていて、彼が頭を下げると同時に精一杯の拍手を送る。

 そのまま扉を開けて見送りまでしようかと思ったけれど、歌声は村中に届いていたらしく、出ると同時にフェルクスさんは何十人もの村人に取り囲まれた。

 きゃあきゃあと歓声を上げる女の人に連れられて行くフェルクスさんの背中を眺めていると、エンスが呟く。

 

「シルキちゃんから話は聞いていたけど、凄い人だニャン」

 

「でしょ。あんなに歌の上手い人なかなかいないわよ。特等席で聞けたし、今日はいい日ね」

 

「いや、それもそうニャンだけれど」

 

 

「……あの人、あんな見た目でもう五十近いなんて、詐欺もいいところだニャン」

 

 あぁ、そっちか。

 

「私が小さい頃から全然見た目変わってないからねー、フェルクスさん。一体何食べたらあんな風になるのかしら」

 

「世の中は不思議でいっぱいだニャン」

 

「ねー」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。