道具屋さん、始めました   作:飛沫

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チョコの狩り(虫取り)につきあわされ、ゲリラ兵と化したトリュフの話も入れたかったのですが、上手く捩じ込めず。
次回に回すことにします。


人魚の丸薬

 店番中、お客さんが来なくて暇をしていた私は、ポケットから小さな小瓶を取り出して、砂時計のようにひっくり返しながら眺めていた。

 中にある粉末は瓶の動きに合わせて、砂のようにサラサラと動く。それにしても綺麗な赤だ。もうちょっとどす黒い色をしているかと思っていたけれど。これで砂時計を作ったら、案外人気がでるかもね。本来の使い方とはまったくかけ離れることになるけれど。

 

「シルキちゃん、何見てるんだニャン」

 

 背後からかけられたエンスの声で我に返る。自覚は無かったがそうとうぼんやりしていたみたい。

 振り返る前に、エンスが右側に立って覗き込んできた。

 

「綺麗な粉ニャン。シルキちゃん、砂時計を作るのかニャン?」

 

 うーん、やっぱり考えることは一緒みたいね。

 

「それも考えたけどね、需要は解らないけど値段が釣り合わなそうだから止めとくわ。コレで薬が作れたらって見てたのよ」

 

「コレお薬になるニャン?」

 

「そーよ。人魚の血液で、傷なら何でも治せるのが売り文句なんですって」

 

 私の言葉にエンスはますます解らないという顔をして、首を傾げる。

 

「でもシルキちゃんには、残っているような傷ないニャン。お客さんだって、シルキちゃんが作った傷薬で、だいたい何とかなるって言ってるニャン」

 

「自分が使うつもりで買ったんじゃないわよ。今まで大きな怪我なんてした事ないし。使いたい相手は別にいるわ」

 

「えー? そんな知り合いいたかニャン?」

 

「いるわよ、目の前に」

 

 可愛らしい顔で見上げてくるエンスの頭をグリグリと撫でる。そう、この薬はエンスの為に買ってみたのだ。

 エンスとは二年前、わぁわぁ騒ぎながら川に流されたのを助けて以来一緒に生活している。もうちょっと詳細に語るのならば、私がダンジョンの町へ買い物に行く途中、乗物酔いが限界突破し我慢出来ずに盛大に吐いてしまい、体調を整える為に川辺で休んでいる時に大声で助けを求めながらエンスが流されていたのだ。私の体調がだいぶ回復したことと、御者をやっていた人が親切で助けるのを手伝ってくれていなければ、エンスはここにいることはおろか、生きていたかも解らない。

 御者の人が馬を繋ぐロープを川に投げてくれたお陰で、引っ張り上げることができた時、エンスは長い事水に浸かっていたのか、随分と冷えていて。焼け石に水状態なのは分かっていたけれど、ポタポタと全身から雫を垂らしている姿があんまりにも見ていられないモノだったので持っていたハンカチで拭いていたら、大泣きしながらエンスがしがみついてきた。心境を酌んで黙って落ち着くまで撫でていたけれど、服がじんわりと濡れていく感触にゲッと思ったのは誰にも言っていない秘密だったりする。

 その後親切な御者の人が防寒用の毛布を持ってきてくれたのでエンスを包み、助けた手前落ち着くまでは面倒を見ようと、もう一人分の料金を払って一緒に連れてきたのだ。以来エンスは帰りたがる素振りを全く見せずに、住み着いて家事全般をやってくれている。エンス曰く、溺れないように顔を上げているのが精一杯で帰る道を覚えていないのと、ここの方が仕事が少なくて楽(何でも流される前にいた妖精の国では、大きなお城のフットマンとして雑用は何でもやっていたの)だとか。

 私としても、道具の作成に加えて掃除に料理と一人でやっていた時に比べれば自由な時間を持つことができているので、居てもらえるのならばずっと居てもらいたいくらいだから問題はないのだけれど。

 と、そんな感じですっかり元気になったエンスだけれど、やはり川に流された出来事は心に影響を及ぼしている。前脚が濡れる程度はまだ我慢できるようだけれど、身体や顔が濡れるのはひどく嫌がり、洗濯等をする時は不釣り合いなほどの大きなエプロンを着ないと駄目。加えて寝ていると夢に見るのか、たまにだけれど苦しそうな顔をしながら脚をバタバタ動かしたりしている。気付いた時は起こしているけれど、私が知らないまま魘されて目を覚ます事だってあるはずだ。それを癒やすことができたなら、と何度想像したことか。

 

「売っていた商人さんの言葉を信じるなら、心の傷だって治せるでしょ?」

 

「でも見えない傷ニャン。どうやって治すニャン」

 

「そこなのよねー。でも、トラウマを治すのに使えそうな道具を買ってみたから、試してみる価値はあるでしょ? 私はエンスをお風呂に入れて、フワフワになったお腹に顔を突っ込む夢は諦めていないわよ」

 

「シルキちゃん、それニャンだけれど」

 

「お二人さん、こんにちは。雷帝の抱擁が欲しいんだけれど」

 

「いらっしゃいませ、雷帝の抱擁ですね。お幾つですか?」

 

 お客さんが来たので会話を打ち切り、接客に集中する。それからはポツポツと人がやってきたので、話題は再開されることなくその日は終わった。

 

*  *  *

 

 あれから数日後。ユニコーンの水薬を作り終えたら時間が余ったので、人魚の粉末の薬も作ってみることにした。

 天秤を用意して、人魚の血の粉末を量る。コレってどれくらいの量がいるのかしら。エンスの身長は子供くらいだからそれを考慮するとうーん。

 悩みながら結局参考にしたのは、ユニコーンの粉末だ。これで効くだろうと思われる量を用意して、次に引っ張り出したのはドラゴンの角の欠片。

 ユニコーンの角が病気や毒に有効なのに対し、ドラゴンの角は呪いに有効だ。粉にして飲めば、その魔力の高さから大抵の呪いは解呪できるし、ある程度の大きさの物を身に着けていれば呪いを跳ね返すお守りになってくれる。

 なので貴重品にもかかわらず、お金持ちやレベルの高い冒険者たちはドラゴンの角を欲しがって、手に入れたらアクセサリーにして持っている。正直呪われることなんて滅多にないから飲んだ方が安上がりなんだけれど、ドラゴンの角の粉末は吐き出したくなる程の苦い物なので、大体の人はそれを飲むくらいならとアクセサリーを選ぶというワケ。お陰で欠片はユニコーンの角同様、私でも手の届く値段で手に入るんだけれどね。

 

「さて味は……ヴォェ」

 

 確認の為に小指に少量とって舐めてみると、思わず声が出てしまった。うーん、この苦さ。とってもじゃないけれど、そのままじゃエンス飲めないわ。味を和らげるとなると……。

 悩んだ末、上からとってきたのはステビアの粉末。畑に植えているハーブの一つで、独特の甘味を持っている。砂糖よりもずっと甘いから、これならそんなに量を増やすことなく味を変えることが出来るはず。

 三回味見をすると、何とか飲み込める程度の苦さになってくれたので粉末を加えて混ぜ合わせる。これで完成と言いたいところだけれど、エンスは粉薬を飲むのが苦手だ。マタタビの粉末も、よく鼻息で吹き飛ばしちゃうし。

 なので薬を小皿に移し、スポイトを使って水を数滴垂らしながら捏ね上げていく。すると、丸められるくらいの粘度になったので形を整えれば、なんちゃって丸薬の出来上がりになる。

 

「よしっ、これでエンスも飲めるわね。後は乾かない内に飲ませちゃいましょ」

 

*  *  *

 

「ハイ、エンス。この前言ってたトラウマが治るかもしれない薬を作ってみたの。飲んでみて」

 

 パンとサラダの朝食をすませた後、私はさっき作った人魚の薬と乳白色の液体が入ったコップをエンスに渡す。

 

「もう作ったのかニャン。って、この飲み物は? 牛乳じゃ無いニャン」

 

「バンシーの涙っていう水薬よ。飲むと涙が出るんですって。ほら、嫌なこととか悲しいこととかがあると、泣いてスッキリすることがあるでしょ? だから人魚の薬を飲んで泣いたら、トラウマも消えるんじゃないかなって」

 

「その言い方だと、試してないニャンね」

 

「私はトラウマができるような悲劇の人生送ってないからね。でも、エンスが飲めるように味見はしてみたから。飲んでみて」

 

 半信半疑という顔をしながらも、とりあえずエンスは薬を飲んでくれた。そして直ぐに渋い顔をする。

 

「変な味ニャン!」

 

「しょうがないでしょ、ドラゴンの角が入っているんだから。それでも、飲めるようにって努力したのよ」

 

 そんなやりとりをして数分後。効果が現れた。エンスの両眼からポロポロと涙が溢れ始めたのだ。ハンカチを渡そうとすると、ブンブンと首を振ってからしがみついてくる。

 

「ちょ、エンス。服が濡れ」

 

「シ、シルキちゃん。ボク、怖かったんだニャン! 大っきな声で助けてって叫んでも、誰も来てくれないし、口を開けるたびに水が入ってきて苦しかったニャン!」

 

(……水を差すのはやめておこう)

 

「その内に身体も冷たくなって、前脚も思うように動かなくなって。ボク、死んじゃうんだって思ってたニャン。だからシルキちゃん達がロープ投げて引っ張ってくれて、陸に上げてもらって助かったのを実感した時、生きてるんだって嬉しくて嬉しくて……。シルキちゃーん、助けてくれてありがとうニャァァァァン!!」

 

*  *  *

 

「落ち着いた?」

 

「ニャン。スッキリしたニャン」

 

 あれから十分ほどエンスは泣き続け、しゃくりあげる頻度が緩やかになった頃を見計い、私は部屋で着替えてきた。戻ってくるといたのは何時もの調子のエンス。あれだけ泣いても目元とかが腫れてないなんて。やっぱり魔法薬は違うわね。

 

「どう? トラウマは克服した感じ?」

 

「多分。思い出しても、前みたいに怖くはないニャン」

 

 よし、目論見は成功したみたいね。なら―――!

 

「そう、じゃあお風呂に」

 

「入らないニャン!」

 

「はぁ、何でぇ!?」

 

 速攻で断られて、大きな声を上げてしまう。トラウマ克服して、濡れるの平気になったんじゃないの!?

 

「溺れる前から、お風呂好きじゃないニャン! ボクだけじゃなくて、ケット・シー族はだいたいお風呂好きじゃないニャン。猫だからしょうがないニャン」

 

「普段は猫扱いすると不機嫌になるクセに……」

 

「それはそれ、これはこれニャン。でもシルキちゃんは命の恩人だから、何時でもお腹撫でていいニャン。モフモフするニャーン!」

 

 叫ぶなりエンスは、仰向けに寝転がって大の字になる。脱力しながら顔を埋めて撫でていると、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきた。

 私を命の恩人だと思っているなら、一回くらい願望を叶えてくれてもいいのに。

 でもまぁ、大切な同居猫だ。これ以上夢に魘されることがなくなったのだから、それで良しとしておこう。うん。

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