長かった夕方が、ちょっとずつ短くなり始めた秋。もう少しで日が沈むという時刻に、私とエンスは明日エンスの尻尾に結ぶリボンの色を話し合っていた。
「エンスー。明日は紫色じゃなくて、こっちのオレンジ色のにしたら? 最近寒色系が続いているし」
「でも寒くなってくる時期に、あんまり明るい色だとチグハグな気がするんだニャン。それにボク、明るい色より暗い色の方が好きだニャン」
「うーん」
箱に仕舞い込んでいたリボンを取り出して、ああでもないこうでもないと話し合う。とはいえ、エンスの尻尾のリボンはそんなに重要な用事ではない。ただ単に閉店間際でお客さんが来ないので、暇を持て余しているだけなのだ。
結局エンスの希望通り、明日のリボンは紫色になった。
余談だけれど、エンスのリボンは首輪の代わりみたいなモノだったりする。ダンジョンにも妖精はいるけれど、アレらは意思疎通が出来ないしそもそも友好的でもない。対してエンスみたいに妖精の国や町にいる妖精は、会話もできるし懐けば私の家みたいに住み着いて生活の手伝いをしてくれる。
でも、基本的にそういう妖精は自分の住処から出るのは稀だ。だから珍しがられて、声を掛けられることはしょっちゅうだった。
なので尻尾に鈴付きのリボンを結ぶことにしたのだ。こうすれば飼い主というか、主人がいるということが分かる。エンスくらいの大きさになると、首輪のサイズを見つけるのも大変だし、そもそも「猫じゃないニャン!」ってつけてくれないからね。
以来、しつこい声掛けはなくなった。一回だけ誘拐されそうになったけれど、猫の身体能力を使って本気で逃げ出せば、誰だって追いつくことなんかできないので問題はないし。
カウンターに商品のように並べられたリボンを片付けている間、お客さんがくる気配も皆無だったからちょっと早いけれど店を閉めてしまおうかな、と考えていたら。
「やっほーシルキ。買い物にきたよ!」
扉のベルを大きく鳴らしながら、幼馴染が入ってきた。
* * *
「あ、ステリアちゃん十日ぶり。買い物って……もう無くなったの?」
彼女の姿を見た途端、つい渋顔になってしまう。今やってきたのはステリアちゃんという私の幼馴染で村唯一の狩人だ。普段は鳥や兎を獲っているけれど、頼まれれば鹿や猪、狼や熊まで仕留める凄腕だったりする。勿論、弓や鉈だけで熊に挑むのは無謀もいいところだけれど、彼女は魔術を使うことができる(しかも強い)ので問題はない。猟師なんかよりも冒険者として生活したほうが間違いなく稼げると思うのだけれど、ステリアちゃん曰く「ここのヨーグルトが毎日食べられなくなる生活なんて送りたくない」とのこと。まぁ、ここの乳製品は美味しいからね、気持ちは分かるわ。
「なんでそんなに嫌な顔するのさ。上客がきたんだ、もっと嬉しそうな顔しなって」
「だってステリアちゃん、雷帝の抱擁あるだけ買っていくでしょ。アレなくなる度に、私は体を張って効果を確認しなきゃだから曇り顔にもなるわよ」
基本的にお客さんには失礼な言葉や態度は出さないようにと気を配っているけれど、ステリアちゃんに対しては幼馴染という気安さもあって、つい素を出してしまう。
というか、文句を言うくらいは許されてもいいかもしれない。何しろステリアちゃんはさっき口に出したように、雷帝の抱擁を「便利」と全て買っていってしまうのだ。最近ようやくお店にくる行商人さん全員に行き渡り、これで痺れる二分間から開放されるかと思っていたのに。ダメージは無いけれど、あの痺れは結構キツイのよ。
「まぁ、売らないってことはしないけれど。とりあえず今回は八個でいい?」
「随分と少なくないかい? この前アタシが全部買って、補充したんじゃないっけ」
「いや、コレ作るのにちょっと時間かかるから、全部ステリアちゃんに売るわけにはいかないのよ。作っている間に他のお客さんから欲しいって言われても困るし。その代わり今回作るときにステリアちゃんが欲しい数作るから。幾つ欲しいの?」
「そうだねぇ……可能なら二十以上は欲しいかな」
「そんなに使うの?」
「だってこれから冬に向かうだろ? そうすると猪や熊の駆除の依頼が増えるんだよ。普通に魔術を使って狩ってもいいんだけれど、そうすると毛皮に焦げや傷がついたりして買取価格が下がったりしちまうからね。シルキの作った玉なら、傷つけることなく動きを制限することができるから、値段がそんなに下がることがなくて助かるんだ。頼むよ」
「まぁ、そういうことなら」
お金に関わることなら仕方がない。誰だって少しでも儲けたいわけだし。あ、でも作るときに欲しい数が分かるのはいいかも。今度から事前に欲しい数を聞いて、作ろうかな。
結局作る数は四十になった。材料は……ギリギリ足りるかな?
今度まだコピアさんのお店に行って買ってこないと。あの絨毯を貰ってから、格段にダンジョンの町に行きやすくなったから、本当に楽になってくれたわ。絨毯様々ね。
そんな感じでやりとりをして、いざ支払いと言う時にお金が足りないという事実が発覚した。この数だと金貨が必要になるからね。
「どうする? 取りに戻るなら待ってるけど?」
ちょっと考え込んでから、ステリアちゃんは「じゃあコレと交換とか。どう?」と持っていたウズラを二羽出してきた。丸々としていて絶対に美味しいやつだ。悪い取り引きじゃないわね。
「血抜きと内臓は全部取り出してあるよ」
「どうせなら羽根も毟っておいてほしかったけれど……そこまで言うのは贅沢か。エンス、お願いしていい?」
「任せるニャン!」
受け取るとエンスは鍋を片手に、羽根を毟るために外へ出ていった。おーおー、尻尾立てて興奮しちゃって。でもあれだけ気合入れているなら美味しいもの作ってくれるわね。今日は流石に無理だろうけれど、明日の夕飯はウズラの丸焼きかな。
「それで、いつ出来そうだい?」
「一週間くらい見てもらえる? 雷帝の抱擁は最低でも五日かかるし量も多いから。もうちょっと遅くなるようだったら、連絡するわ」
「それぐらいなら今ある数で、ギリギリ間に合うかな。頼んだよ」
「了ー解。あ、そうだステリアちゃん。冬になったらなんだけれど」
「何時ものアレだろ? ちゃんと取っておくよ。世話になっているし、処理込みでね」
「ありがとう。助かるわー」
覚えていてくれたようで安心していると、チョコとトリュフがカウンターにやってきた。ステリアちゃんを見た途端、凝視しだす二人に首を傾げる。
「シルキ、新しいの増えた? てか、なんでアタシはこんなにガン見されてるんだい? そんなに珍しい格好というわけでもないと思うんだけれど」
「あー、多分弓とか狩猟の服が珍しいんだと思う。この子達に畑の虫取りお願いしているから、参考にしようと思ってるんじゃないかな」
「ふーん。じゃあ、もっとコッチにおいで。せっかくなんだから、よく見ておきな」
ステリアちゃんが手を出せば、二人は素直に掌に飛び移る。そのまま肩にまで持ち上げられると、興味津々といった様子でアチコチ移動しながら眺める姿に、私とステリアちゃんは微笑ましい気持ちで眺めていた。