道具屋さん、始めました   作:飛沫

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しばらくはアイテム作成パートが続きます


蛙(帰る)キャンディ(委託販売)

 コピアさんの店で買い物をしてから三日。パッと思い付いた新商品だったけれど、何となく構想が纏まってきたのと、材料が揃ったので試しに作ってみることにした。

 朝食を片付けて何時もなら、地下室に籠もっている時間。私が台所で準備をしているとエンスがはて、という顔をしてきた。

 

「シルキちゃん、さっきイタズラ妖精の骨を使った魔導具を作るって言ってなかったかニャン?」

 

「ええ、けれど今回は『道具』じゃなくて『料理』だから、コッチの方でやる方が都合がいいのよ」

 

 鍋やらトレイやらを持って往復するのも面倒だしね。

 

「じゃあボクも見てていいかニャン」

 

「いいわよ。どうせ今回作るのは試作品みたいなものだし。何だったら手伝って」

 

「分かったニャン!」

 

 元気いっぱいに返事をして、エンスが隣に並ぶ。それを横目で見ながら、持ってきていた料理本を開いて道具と材料を並べていく。砂糖に水飴、水。肝心の妖精の骨も忘れないようにしないと。

 私が持ってきた材料を見て、エンスも何を作るのか察したようだ。

 

「キャンディ作るニャン」

 

「正解ー」

 

 今回作ってみるのは、妖精の骨を混ぜたキャンディだ。個人的に骨を食べるのは抵抗があったので、甘い菓子に混ぜ込めばまだマシかなと思ってのこと。クッキーとか他にも候補はあったけれど、日持ちの事を考えてこっちにした。

 

「まずは骨を砕いて、と。お願いしていい?」

 

「任せるニャン。これ、全部使うニャン?」

 

「そうねぇ……使うのはコレだけにしておいて。残りは無事に試作品が完成してから使うことにしましょ」

 

「ニャーン」

 

 三本の骨をトンカチで荒く砕いてから、すり鉢に入れてエンスに渡せば、ゴリゴリと音を立てて骨は粉になっていく。

 

「シルキちゃん。もし、前のランタンみたいに失敗したらどうするニャン?」

 

「そうしたらコピアさんじゃないけれど、スープの出汁に使うしかないんじゃない?」

 

「妖精のスープって美味しいかニャン」

 

「さぁ。でも不味いってことは無いんじゃない? 一応骨からとる出汁だし」

 

 互いに首を傾げながらも、手は止めない。私は深めのバットに油を塗ってから、キャンディの材料を鍋に入れてグツグツと煮詰めていく。

 キャンディは何度か作った事があるので、酷い失敗をすることはないだろう。温度計を差し込んでキャンディの温度に気を配りながら、持ってきたジャム用の瓶の蓋を開ける。

 中に入っているのは、三匹の食用ナメクジ。身体が半透明の緑色になっているのは、数枚のミントの葉っぱを食べさせていたからだ。どうもコイツは、食べさせたモノの色になるらしい。リンゴの皮を食べさせれば赤い色になって、青い花の花蕊を食べさせたら青い色になったし。

 モゾモゾしているナメクジに大さじ一杯分の砂糖を振りかければ、身体を微かに震わせた後、鮮やかな緑の液体と化す。量としては、瓶の半分といったくらいね。

 見た目とかは別として、このナメクジは食用としては本当に優秀だと思う。懐くことはないから溶かすことに罪悪感は湧かないし、溶ける時もあっさりとしたものだから、使う時に最後の姿を思い起こすこともない。つくづく、外見がナメクジってのが惜しいわね。じゃあ何だったらいいのかと問われると、答えられないけれど。

 

「そろそろいいんじゃないかニャン」

 

 指摘されて我に返り、温度計の表示を確認する。うん、ちょうどいい感じ。キャンディも僅かに色がついている。これ以上煮詰めると茶色くなってしまうから、もう火は消してしまおう。

 鍋の下の火を消したらエンスがすり潰してくれた骨の粉と、作ったばかりのミント水(シロップ?)を数滴垂らす。木ベラでよくかき混ぜれば、たちまちキャンディは綺麗な緑色になりながらミントの香りを辺りに漂わせた。私は爽やかなミントの匂いは結構好きなんだけれど、エンスはあまり好きではないらしい。鼻を押さえて文句を言う。

 

「シルキちゃん、臭いニャン!」

 

「ちょっと、私が臭いみたいな言い方やめて!!」

 

 誤解されそうな言い方に大声を出しながらも、まだ作業は続く。骨粉が綺麗に溶けて混ざったのを確認してから、バットの中にキャンディを流し込む。冷ましている間に、多少ミントの香りは落ち着いてきた。それでも消えることはない。流石、半日近く匂いが残るだけあるわね。タイミング間違えると熱で匂いが消えちゃうことがあるけれど、その心配はないみたい。

 冷めたキャンディが固まったのを確認したら、手を洗って今度は練る。何時ものように私の背中に顔を埋めて匂いをやり過ごそうとするエンスをくっつけたまま、キャンディを両手で掴んで伸ばす。引っ張ってはくっつけて伸ばしをくりかえせば、鮮やかな緑色をしたキャンディは空気を含んで優しい黄緑色になる。色合い的にはコッチの方がドギツくなくていいかも。

 最後にキャンディが完全に冷たくなる前に形を整えて、ハサミで均等な大きさに切って丸めれば完成だ。エンスも丸めるのを手伝おうとしてくれたけれど、やんわりと止めさせた。伸ばす時に、ちょっとスースーしたのよね。させたら絶対にニャンニャン騒ぐわ。

 

「よし、とりあえず……こんなモノかな」

 

 後は私の予想が正しいか確かめるだけ。このキャンディが、考えている通りの効果を発揮してくれるといいんだけれど。

 バットの中で転がっているキャンディを空になった瓶に詰めると、エンスに外に出るよう頼んで地下室に降りる。作業場の前に着たら、キャンディを一つ取り出してパクリ。ん、コレは!

 

「美味しい」

 

 ミントの爽やかな香りと、すーっとする感覚が鼻を通って目が覚めた。けれど辛すぎるわけではなく、ちょうどいい塩梅。

 悪くない、全然ありだわ。もし失敗したら、骨粉を入れないキャンディを作って売り出してもいいんじゃないかしら。砂糖水単品で売り出したけれど、使い方が限定的過ぎるみたいで、手にとってもらえないし。うん、そうしよう。

 と、想像以上の美味しさに満足しながら舐めているけれど、肝心の効果は一向に現れない。うーん、コレだと駄目か。だったら。

 ならばと、私は舌で転がしていたキャンディを奥歯の間に挟み込み、力を込めてキャンディを砕く。ガリッと音がした瞬間、目の前が一瞬青く染まり、浮遊感に包まれる。そして。

 

「あ、シルキちゃん! おかえりニャン!」

 

 気がつくと私はお店の外の扉の前に立っていて、鈴をリンリン鳴らしながらエンスが抱きついてきた。

 まだ浮遊感は抜けていなくて頭はぼんやりするけれど……成功したみたいね、コレは。

 

「やっぱりイタズラ妖精の右腕そのものに、ダンジョン……というか、地下から一瞬で地上に出られる能力が備わっていたみたいね」

 

 冒険者の人たちが右腕を切り落とすという話を聞いてもしかしたらと思っていたんだけれど……読みが当たってくれて嬉しくなる。

 

「じゃあ早速、コピアさんの所に送って売ってもらうニャン」

 

「そうね。でもその前にやる事はいくつかあるから、お店に並ぶのはもうちょっと先になるでしょうけれど」

 

 何しろこのキャンディは冒険者に、コピアさんが売ってもらうことをお願いする品だ。値段とかお互いの取り分とか売り方とか、決めなきゃいけないことがいくつかある。

 それを聞いて、思うところがあったのだろう。エンスはあっ、と声を上げる。

 

「そういえばこんなキャンディ作ったら、マクナベティルさんのお仕事、取ることになっちゃうニャン。あのおっかないドラゴンが許してくれるかニャン」

 

「それは大丈夫だと思うわよ。アキュニスちゃんが機嫌悪くするのは、マクナベティルさんが自分以外の誰かに関心を持つことだから。仕事云々で怒ることはないわ。多分、きっと」

 

「その言い方、凄く不安だニャン」

 

 とはいえ、確かに仕事を奪う可能性があるから、値段設定は慎重に決めないと。

 

「ま、駄目なら駄目でしょうがない。その時は骨粉を入れない普通のハーブキャンディとして売り出せばいいわ。食べて分かった、コレは売れる」

 

「だったら、キャットニップのキャンディも作って欲しいニャン!」

 

「それ喜ぶのエンスかフェルパーくらいじゃない? まぁ、考えておくわ」

 

 残ったキャンディを眺めながら、返事をしておく。素直に喜ぶエンスを見て、あんまり需要がないのは解っていたけれど作ってしまったのは、それから数日後の話だったりする。

 甘い? だって可愛い顔するんだもの。仕方がないわよね。


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