「ええっと、たしかここにしまっておいた筈なんだけれど……捨てちゃったかしら」
ゴソゴソと、地下室で荷物置き場と化している角で、私は魔導具に使う材料を探していた。おかしいわね、見つからないなんて。動かした記憶はないんだけれどなぁ。
疑問に思いながら奥の方を漁ると、見覚えのある木箱が出てきた。あ、確かこれだ、記憶が正しければこの箱の中に、私が探している物が入っている筈。
木箱を引っ張り出してから、そっと蓋を外して確認する。うん、そうだ、これだこれ。良かった、見つかって。
触れてみて、品質に問題ない事を確認してから、私は箱ごと机の上に置く。さて、早速作っていきますかね。
* * *
まず、最初に木箱から白い粉を使う分だけ取り出す。これは焼き石膏、コイツを使って今からチョークを作っていくんだけれど、かなり久しぶりだから、前みたいに上手く作れるか少し不安が残る。
とりあえず、焼き石膏と混ぜる水を必要な量だけ量っておく。用意が出来たら、今度は以前マクナベティルさんから買い取ったはいいけれど、使い道が見出だせずに仕舞いっぱなしになっていた『精霊の破片』を持ってくる。
鋭い見た目とは裏腹に、意外と硬くないので乳鉢でゴリゴリするだけで簡単に粉末状になってくれるので、粉にするのにそれほど時間はかからなかった。粉になったら、焼き石膏と一緒にしてから水を加えて混ぜる。精霊の欠片は絵の具と違うから、絵の具のように綺麗な色が出る期待はしていなかったけれど、予想に反して綺麗な青色になってくれた。青ということはこの欠片は水の精霊が元だったりするのかしら?
石膏と精霊の欠片がすっかり溶けたら、型に入れて固まるまで待つ。石膏なのでそれほど時間はかからない。数分して型から取り出したら完全に固まるまで数日置けば、チョークは完成となる。それにしてもチョークなんて久しぶりに作ったけれど、意外と覚えているものね。何だかんだいってもずっと作り続けていたから、身体が覚えているってヤツになるのかしら。
実をいうと、チョークは絵描きだったお祖父ちゃんに作り方を教わってよく作っていたのだ。この村は人数の割にはお店が充実している方だと思うけれど、流石に画材を扱っている店はない。この村にきた時にお祖父ちゃんは、貴族様相手の肖像画きは引退して風景画を描いていたのだけれど、そこそこ名が売れていたからか風景画を買いに来る画商さんがたまにやってきていて、使う道具や絵具なんかはよく私が作っていたのだ。
画商さんにも何度か紹介されていたから、多分お祖父ちゃんは私を画家にしたかったんだろう。だけどなれなかった。お祖父ちゃんが色々技術を教えてくれたから、それなりの絵は描けるのだけれど、お金を出してまで欲しいと思えるような個性というか魅力が私の絵には残念ながらない。悪くは無いんだが残念だな、と寂しそうに笑うお祖父ちゃんに、悪いことしたなぁと今でも思うことはある。けれど、頼まれて絵具を作るのは凄く楽しかったし、結果こういうお店を開く事ができて、ちゃんと食べていけるようになったから、全くの無駄というわけでもなかったんだろう。うん。
さて、チョークは出来たので、もう一つ使う予定の道具の作成を行うことにしよう。
用意したのは、チョコが作ってくれたアラクネの布。リボンくらいの細さなので、鋏で切って正方形になるように並べてから、針と糸で縫っていく。できるだけ凹凸が出来ないように注意を払いながら縫い上げれば、掌よりも二回りほど小さい大きさの布になる。それから、小さな片手鍋にこの前作った火竜の琥珀珠を入れ、作ったばかりの布に押し付けて伸ばしていけば皺がとれてピシッとした状態になる。結局この琥珀珠は、皺取りで使う石炭の代わりにした。多分、妥当な使い方だろう。
最後にチカトリスの目玉を取り出して布にかざすと、丈夫な厚手の紙っぽい感じになった。表面もザラザラしているし、イメージした通りの出来になってくれたので嬉しい。
「あ、そうだ。コレにチョークを見せたら、直ぐに固まってくれるんじゃないかしら」
チョークは固くなりすぎると使いづらいんだけれど、チカトリスの目玉ならちょうどいいかもしれない。
名案を思い付いたので、早速実行に移してみる。失敗しても材料はまだ残っているから、また作ればいいだけの話だし。
そしてチョークにチカトリスの目玉を翳せば、読みが当たって数日間乾かしたような硬さになってくれた。これはいい時短だ、売り出す時は大活躍してくれるだろう。
「さってと。それじゃあ完成させちゃおう」
私はチョークを手にして、布にイラストを描く。とはいっても面積はそれ程広くないので、複雑なモノにはしない。青色なのでそれをイメージした雲と雨を描き、もう一つの布にもイラストを描く。同じ物を描くのがポイントだ。仕上げにコカトリスの目玉をかざせば、布はイラストごと石化して薄い石板になる。出来上がった石板を、割れ防止のガーゼを敷いた口が広いガラス瓶に魔石と一緒に入れれば、試作品は完成だ。
「後はエンスに頼んで、狙った効果が発揮されるか確認するだけね。っともうこんな時間。そろそろお店を開けないと」
時計を見ると、結構時間が経っていてびっくり。探し物で手間取っていたみたい。
私は作ったばかりの瓶二本を脇に抱えて、急いで階段を駆け上がった。
* * *
「じゃあ、行ってくるニャン」
「行ってらっしゃい。頼んだわよ」
お昼過ぎ。袋にさっき作った瓶を忍ばせながら買い物に出かけるエンスを見送ってから、私はカウンターに戻る。端にもう一つの瓶を置いて、時々横目で見ながらお客さんを待っていると。
「きた!」
コトリという音と共に、瓶の中に一枚の紙が出現した。コルク栓を外して、紙の内容を確認する。
『お肉屋さんのおばさんが、今日のおすすめは鶏と羊だって言ってるニャン。ボクにはオマケしてくれるって、シルキちゃんはどっちが食べたいニャン?』
成る程成る程、そうきたか。
『じゃあ羊で。料理はエンスに任せるから、買う量は好きにしていいわよ』
新しい紙に返事を書いて瓶の中に入れれば、魔石が一瞬点滅したのち紙は消滅する。そして数分後、再び紙が現れて裏に書いてあった言葉は「それなら厚めに切ってもらって、夕飯はソテーにするニャン」というもの。
「よしっ! 成功!」
周りに誰もいない事をいいことに、私は万歳をする。この瓶に入っている石板は、クヴァンジュ君の故郷の話からヒントを得て作った簡易転移魔法陣、手紙程度の軽いモノをやり取りできる魔導具だ。
精霊の欠片は粉にして分割すると、磁石のように互いを引き寄せようとする効果が現れるらしい。なのでその性質を利用して、彼の故郷では料金を払えば誰でも使える移動魔法陣が国のあちこちにあるのだとか。
勿論向こうの魔法陣は人を動かすからもっと複雑で、加える材料や魔術なんかも桁違いなのだろうが、紙切れ一枚ならこの程度の作りで通用すると解った。そして、コイツのもう一ついい点は『同じ魔法陣同士でしか反応しない』というモノだ。だから一本チョークを作れば、模様のデザインを変えるだけで量産が出来る。当然、私も模様が被らないように注意もしないとだけれど。
お客の行商人さんには、仕事で町や村を渡り歩いている為に、家族や恋人のいる家になかなか戻れないという人も結構いる。会えない分せめてと、需要はそこそこあるだろう。ほうき便もあるけれど、直ぐに届けるってのは難しいからね、この村なんか田舎だから、五日に一度まとめてくるし。
「後は容器の問題かな」
今回はガラス瓶を使ったけれど、割れる心配を考えると行商人さんには向かないかもしれない。まぁ、この辺りは金属とか木の筒に変更すれば解決すると思う。どうせ売り出すのは春がきてからになるから、それまでに村の職人さんに相談してしっかり考えておけばいいや。
とりあえずこれで、手元に置いていた素材は全て使い道ができた。正直、精霊の欠片はこっちじゃ使い方が限定的過ぎて、コピアさんに買い取って貰おうかと考えていたから、ありがたい。
クヴァンジュ君には改めてお礼を言わないと。いつまた、来てくれるかな。