買物話はもうちょっとお付き合い下さい。
次の日。馴れない枕のせいで早く起きた私たちは、宿に今日の予約を入れると外へ出た。
晴れた空の下、市場からは威勢のいい声が響き渡る。軽く一周して美味しそうなスープを提供している屋台を見つけると、備え付けの椅子に腰掛けて朝食を取ることにした。
「昨日のお店は大当たりだったわね」
「今日の夕飯もアソコで食べたいくらいだニャン」
オススメの野菜スープと、プレーンドーナツを齧りながら昨日の事を思い出す。
目当てはモンスターの肉だったけれど、出されるモノ全てが大当たりだった。
特に気に入ったのは、ダンジョンに生えたキノコを使ったパスタ。
ダンジョン育ちのせいか、どことなくカビ臭い料理を出されたとき「あ、コレは頼んじゃいけないものを頼んだのかも」と覚悟をしたのだけれど、食べてみれば凄い濃厚なキノコの味にビックリ。
美味しい美味しいと連呼していると、給仕の女の人が「ダンジョンの中は気温と湿度が一定で、天候に左右されないから良い物が出来るんですよ」と教えてくれた。
それならと頼んだダンジョンで育ったキノコと葉野菜を使ったサラダも美味しかった。相変わらずカビ臭かったけれど。
朝食を食べながら買物する順番や頼まれた品の再確認、ついでに今日の夕飯は何処で食べようかなんて話をしていると、段々と通りが賑やかになってくる。
店が開き始めたんだろう。ココも人が増えてきたので、私とエンスは食器を返して一番の目的である買物をすることにした。
* * *
まず、最初に向かったのは換金所で、行商人さんから代金の代わりに受け取った宝石類を換金する。たまに鉱脈が見つかったとかで値段が変更されることがあるけれど、今回はそんな事は無かったようで、予想していた金額とほぼ同額の銀貨をもらえて胸を撫で下ろす。ついでに更新された鉱石の価格表も数枚もらっておく。一枚は自分用、残りは村で使う用だ。
しっかりしたお金を手に入れたので、今度は頼まれ物の買物へ。お駄賃をもらっているのだ、忘れたり最悪お金が足りなくて買ってこれなかった、という事がないように早めに済ましておく。
何軒かある日用品店をザッと覗き、どの店で何を買うか軽く算段を付ける。だいたいの店は纏めて買えば多少値引きしてくれたり、商品を宿まで届けてくれるので、利用しない手は無いだろう。
「そういえばエンス、この前新しい鍋とフライパンが欲しいとか言ってたわよね。ついでに買っちゃう?」
「嬉しいニャン! それなら一緒にお皿も買って欲しいニャン!」
「えー、割れ物は村の方で買おうよ。お気に入りを買ったのに、馬車の揺れで使わない内に駄目になった、なんてなったら涙しか出ないわ」
「でもこのお皿、ちょうど二組だし描かれている猫もボクに似てるニャン。可愛くないかニャン?」
「うーん」
あーだこーだ言いながら、買物を楽しむ。その後買い忘れが無いか、メモとにらめっこしながら最終確認。うん、ちゃんと全部買ってあるっと。
「よーし、それじゃあお目当てのの店に行くわよー!」
* * *
「コピアさん、こんにちはだニャン」
「いらっしゃ……あら、シルキちゃんとエンス君。お久しぶりね、四ヶ月ぶりくらいかしら?」
「それぐらいですね。何か面白い品とかあります?」
「ウフフ、私の店に置いてあるのは全部オススメ品よ」
「ですよね。それじゃあ色々見させてもらいます」
「ええ、ごゆっくりどうぞ」
許可をもらったので、ぐるりと店内を見回す。
決してお得意様、という頻度ではないけれどケット・シーを連れて買物に来るのは私ぐらいらしく、このお店の主・コピアさんには顔を覚えてもらっていた。
コピアさんの所で買物を始めたのは、年が近そうな女の人が店をしていたことで入りやすそうだと感じた、というのが理由なのだが、思った以上に私の好みの品が揃っていてビックリしたのを覚えている。
とにかくこの店は品数が多いのだ。基本この町はダンジョンにいる魔物の身体や魔力を帯びた鉱石なんかを目当てに人が来るので、どの店も冒険者がダンジョンで見つけた戦利品の買取は行っているのだが、コピアさんは「普通それは要らないだろ」という様な物すら買取る。
どう見ても折れてガラクタと化した剣やボロボロになった鎧、果てはダンジョンにあったというカビ臭いゴミのような物が棚に置かれているのを見たときは軽く感動すらした。そんなゴミを買いに来るお客さんがいるから買い取っているとのこと。何の為に買うんだろう。嫌がらせ用に、とかじゃあ……ないよね?
「とりあえず、ユニコーンの欠片はあるだけ買うとしてー」
「シルキちゃん、チカトリスの目玉はどうするニャン?」
「あー、アレも結構使ったもんねぇ。そろそろ魔力切れ起こしても不思議じゃないから買っておこうか。お、コカトリスの目玉もある。ちょっと扱いが怖いけれど、これも買っちゃおうかな」
「ニャン、光るコケ? 面白そうだニャン!」
ヒョイヒョイと手にしたカゴに買うものを詰めていく。元々買うつもりだったものに、たまたま見つけた使えそうなもの。あっという間にカゴはいっぱいになった。んー、こんなものかなぁ。
「あっと、アラクネの糸も忘れないようにーーー」
「そうだ!」
突然、コピアさんが大きな声を上げた。何だ、と思わず凝視すれば「そうだ、シルキちゃん。コレどうかしら」と二階へ上がり、少しすると、ピンク色のサイドテールを揺らしながら戻ってくる。両手で抱えている鳥かごみたいのが『コレ』なのだろうか。覗き込んでみると。
「コレって……アラクネの幼体ですか?」
鳥かごの中にあったのは、掌に乗るくらい小さな糸車と機織り機、そして蜘蛛の身体に少女の上半身がくっついた魔物だった。ひょっとしたら少女の下半身が蜘蛛になったのかもしれないけれど、些細な問題なのでどっちでもいいだろう。
私の質問に、コピアさんは首を振る。
「アラクネは正解だけれど、持ってきた冒険者さんたちによれば、この子はこれで成体らしいわ。普通なら子羊くらいの大きさが成体だから、突然変異なのかもね」
「なるほどなー」
物珍しさからしげしげと眺めていると、小さなアラクネは居心地悪そうに下を向く。あらら、意外と恥ずかしがり屋さんか?
「で、この子がどうしたんですか?」
「よければなんだけれど、この子買わない? シルキちゃんあるだけ糸を買っていくでしょ。値段はそうねぇ……全部込みで金貨三枚くらいでどうかしら?」
「え、いいんですか?」
思わぬ申し出に、つい訊き返してしまう。糸はそんなに高額な素材じゃないけれど、使い勝手がいいから、いくらあっても困るものではない。余れば店で売ったっていい。でも、それはコピアさんだって同じはずだ。
「ええ、正直な事を言えばこのまま手元に置いた方が利益が出るのだけれど、一ヶ月くらい王都に行かなければいけないことになってしまって。そうすると世話ができなくなるから。ダンジョンに戻せば退治されちゃうだろうし、それならと思って……」
薄紫の瞳を細め、苦笑しながら理由を説明されて納得した。それなら……いいかな。私も出かけるけどせいぜい三日くらいだし、その間は家の庭に離しておけばいいだろう。元々アラクネはそんなに凶暴は魔物ではないし。
幸いフェルクスさんからもらったお金はまだ残っている、ここは思い切って買ってしまおう。
「……ウチの子になる?」
二年前の、溺れていたエンスを助けたときと同じ言葉をかけてみる。
すると、小さなアラクネは俯いていた顔を上げて此方を見つめた。
いいよって考えて大丈夫かな?
「よろしくね」
返事こそないものの、アラクネはコクリと頷いてくれた。