「はぁ、今日も美味しいご飯だったわ。ごちそうさまでした」
「お口にあって良かったニャン。お粗末様でした」
手を合わせて深々とお辞儀すると、同じように頭を下げてくるエンス。言葉は謙遜しているけれど、顔は若干ドヤ顔だ。自信作だって言っていたから、当然って思っているんだろう。本当に美味しかったしね。
「シルキちゃん、今日のお休みはどうするんだニャン。この前みたいに、畑の草むしりとハーブの手入れに勤しむのかニャン」
「んー。まぁ多少の手入れはするけど、この前ほど丁寧にやらなくてもいいんじゃない? 虫はチョコたちが食べてくれるだろうし」
言いながら窓辺に立ち寄って外の様子を眺める。今日も外はいい天気だ、お日様は雲ひとつない空の上で燦々と輝いているし、林檎の木の葉が揺れてもいないから風も吹いていないのだろう。何かをするとしたら―――あ、そうだ。
「オブラート作ろうかしら。晴れてるし風も強くないから」
「あー、じゃあボク吹く役やるニャン。アレ楽しいニャン!」
「だったらエンスにお願いするわね。酒蟲はどうする? 準備が出来たら私たち外に出るけれど、この前みたいに一緒に来る?」
「ミャウ~!!」
問いかければ水槽の縁に身体を預けた状態で万歳のように両手を上げて叫ぶ酒蟲。これはついていきたいって反応よね。
「はいはい、じゃあ直ぐに準備してくるから待っててね」
酒蟲の頭をポンポンと軽く叩いてから、地下室へと向かう。目指すのは、食用ナメクジが入っているガラスの水槽だ。網状の蓋を開けて、中から花の蜜を食べさせて白い色の身体になったナメクジをスプーンで二匹掬って、縁が少し深い皿に入れる。
最初は持て余していたこのナメクジだけれど、今やすっかり無くてはならない大切な素材になっている。常時十匹は飼っているし、無くなりそうになったら蟲使いの彼の所に行って買い足しているくらいだ。もっとも、彼曰く「買いに来るのは貴女だけだ」と言われてしまったけれど。飼育しやすいし、使い道は色々あるから便利だと思うんだけれどなあ。
皿に移し小匙一杯分の砂糖をかければ、あっという間にナメクジは溶けて水になった。ちょっと掬って味を確認。うん、相変わらず甘くて美味しい、とりあえず一つ目の準備が出来た。次の準備に移ろう、次も簡単なものだけれど。
皿を持って台所へ戻ると、近くにあった鍋に少量の水を入れて火にかけた。沸騰する間に、今度は食器を洗う石鹸を手にとってスプーンで削る。量はほんの少しで充分、溶けやすくなるように細かく刻んでから鍋に投入してかき混ぜ、完全に溶けたのを確認したら、砂糖水の中に少量ずつ足していく。沢山入れると石鹸のせいで苦味がでて甘さが消えてしまうし、かといって少なすぎると泡になってくれないし。意外と配分が難しいのだ。
「んー……これがギリギリの味かなぁ」
何度か舐めてみて味の方はいい感じになったので、今度は輪っかを作った指を浸してフッと息を吹き掛けてみる。すると、輪っかの中に出来た膜が空気を受けて泡になり、一つのシャボン玉になって辺りを漂う。よし、こっちも問題なしね。
「エンスー、準備出来たわよ」
「こっちも準備しておいたニャン」
皿と酒蟲を入れたコップを持って裏庭に出れば、子牛の角から作った笛と使い古した清潔なシーツを地面に敷いたエンスが手を振って待っていてくれた。お願いと皿を渡せば、角笛の先を液に浸しシーツの角にエンスが立つ。
「いくニャンよー、シルキちゃん」
「いいわよ、やっちゃってー」
合図を送ると、思いっきり息を吹く。すると大小様々なシャボン玉ができ、シーツの上をフワフワ移動し始めた。それらが消えたり何処かに行ったりしない内に、私はポケットからチカトリスの目玉を包んだ布を取り出しシャボン玉を見せると、漂っていたシャボン玉がゆっくりと落ちていく。
シーツに触れても、チカトリスの魔力によって弾力を得たシャボン玉は壊れたりしない。何度か小さくバウンドした後、他のシャボン玉にくっついてようやく動きを止めた。全てのシャボン玉がくっついたのを確認してから再び合図をすれば、エンスは大量のシャボン玉を作る。それを何度か繰り返して、シーツにシャボン玉の山が出来たら一度作業を止めて私たちは隅っこに腰を下ろす。
「ニャン、シルキちゃん」
「ありがとう」
ハサミを受け取り、くっついているシャボン玉が壊れないようにそっと剥がしてから切り込みを入れて、シャボン玉を開く。後はその繰り返しだ。ひたすらハサミで切り込みを入れて開き、大きさごとに揃えて重ねる。ある程度たまったら大きめな物は四角に切って、小さめのはそのままにして、また大きさごとに揃える。
これはシャボン玉で作ったオブラート。元は、ユニコーンの水薬を買ってくれた行商人さんにオマケで付けていたものだ。
あの水薬は普通に呑み込んでもいいんだけれど、噛めば一分もしないうちに効果が現れる作りになっている。だけど独特の苦味があって、私は作る度に確認していたから大して気にもとめてなかったけれど、苦手だという人はそこそこいた。
ナメクジは自然に増えるし、石鹸だって使うのは少量でお金も殆どかからなかったから、苦手な人も楽に飲めるようにとやっていたんだけれど、そのうちに村の人が欲しいと言い始める。子供や、家畜が薬を飲みたがらない時に使いたんだとか。なので四角いオブラートは十枚、丸いオブラートは二十枚で銅貨一枚で売ってみたら、行商人さんも欲しがり始めた。
そんなに儲けはないけれど、欲しがる所は沢山あるから、持っていても損にならないんだとか。元々嵩張らないし、重くもないから大した荷物にはならないんだろう。こちらとしても、売れる品が一つでも増えるのはいいことだ。
「シルキちゃん、これ切り終えたらお昼にしないかニャン」
「そうねー、ちょっと風も吹いてきはじめたし、今日はこれで止めにしましょう。おっと」
風で飛んでいこうとしたシャボン玉を捕まえて、元の位置に戻す。こりゃもう少しペースをあげていかないとかも。
なんて考えていたら、ハーブ畑から戻ってきたチョコとトリュフが察してくれたのかシャボン玉を剥がすのを手伝い始めてくれた。酒蟲は手伝えないので、ミャウミャウ鳴いて応援だ。うーん、なんか見ているだけで微笑ましくなってくるわ。
「エンス、剥がしはトリュフたちに任せて、私たちは切るのに専念よ」
「解ったニャン! 早く終わらせてお昼にするニャン」
こうして、スピードアップが出来たことによって、風が強くなる前に作業を終えることが出来た。午後からは風が吹いた関係か雨も降ってきたし、早めに切り上げてよかったわ、本当。