「頼むよ、姐さん。コイツを買い取ってくれないか」
店にやってきたクヴァンジュ君が、私の顔を見るなり拝むようにして頼み込んできた。
「え? いや、突然すぎて話が見えないんですけど?」
一方の私は、半ば呆気にとられたままそれに対応する。本当に、どうしたっていうの?
戸惑っていると「実は」とクヴァンジュ君が切り出してきた。何でも、お客に頼まれた品物の桁を一つ間違えて、購入してしまったこと。仕方がないので在庫として持っているのだが、かれこれ三ヶ月経っても購入者がでないこと。腐るものではないものの、この様子だと何時まで経っても捌けないから、人助けだと思って買ってくれないかというものだった。
「う~ん、別に買ってもいいんだけれど……蜜蝋でしょ? 使い方が解らないのよね」
「蜜蝋で作れる道具を紹介している紙も付けるから! 姐さん、お願いだ!」
「ん~」
「それならほら、何種類かの精油とオイルもつけるからさ。頼むよ!」
「そこまでいうなら……買おうかしら。クヴァンジュ君にはお世話になってるし、使い方が解るなら新商品が作れるかもしれないし」
「ありがとう姐さん! じゃあ、これ一式置いとくから。あ、もしいい感じの品が出来たら教えてくれよ!」
金貨一枚・銀貨四枚を支払うと、カウンターの上にドカドカと品物を置いてクヴァンジュ君は出ていく。値段がするだけあって結構な量ね。
「こんなにいっぱい、使いきれるかニャン?」
「それは、私が作る新商品次第よね。えっと、これが作り方の説明が書いてあるって紙かしら?」
一番上に置かれていた、折本らしき紙に手を伸ばす。えーと何々、蜜蝋の使い方はハンドクリーム等のお手入れ用品に、蝋燭や艶出しワックス。へぇ、思ったよりも使い道ってあるものなのね、知らなかったわ。
「それでシルキちゃん、なんかいいアイディアは頭の中にあるのかニャン」
「んーん、さっきも言ったけれど蜜蝋なんて初めて扱うから、さっぱりよ。これから考える感じ?」
「本当に案が無い状態で買ったのかニャン? 金貨も出して?」
「クヴァンジュ君困ってたしね。それにホラ、あんまり渋るとあのお守り蟲に目を付けられる可能性がね」
「ニャー……」
少し遠い目をする私に、エンスも得心が行ったように頷く。久しぶりに見た例の物は、立派な角を生やしていた。何故角、お守りに角の必要性は感じないんだけれど。しかも角が袋を突き破るからって、小箱に移されていたし。理解できないわ。
「まぁ、この作り方の説明を見る限り、お店で売るとしたらハンドクリームか蝋燭のどっちかになるわね。持ってる材料を見返しながら、良さそうな組み合わせを考えてみるわ」
* * *
クヴァンジュ君から蜜蝋を買って十日。面白そうな組み合わせが浮かんだので、何時ものように地下室にこもる。
今回作るのはハンドクリームだ。材料は蜜蝋とオマケでもらったオイル(名前は忘れた)に、蜜蝋を受け取るときに一緒に買った人魚の血(というか買い物の本命はこっちだった)、ドラゴンの角の欠片だ。あ、そういえば精油ももらってたんだっけ。折角あるんだからこっちも使っちゃおう。
というわけで、貰った精油の小瓶にも手を付ける。瓶は四本、大きさ的には使いきりという感じだけれど精油は高級品に分類されるから、これだけの量は太っ腹だと思う。金貨は払ったけれど、買った物の総合計を考えれば間違いなく払った以上の額になっているだろう。
さて、どの匂いにしてみようかしらと、ラベルを見てみる。へぇ、バラの匂いもあるんだ。珍しいわね、折角だからこれを使ってみよう。
使う予定の材料を机の端に一纏めにしてから、作り方が書かれた紙を見つつ作業を始める。
まずは蜜蝋とオイルを温める、と。なるほどね。頷きながら、小さな片手鍋に水を注いで火にかける。
で、沸騰する間に使う量を量っておくとしますか。
説明書を参考にしながら、今回使う分の量を取り出す。お試しだからほんの少しでいい。お湯が沸く前に準備が完了したので、そのまま暇潰しに読み進める。
説明書には作り方の他に、蜜蝋に関する蘊蓄や、作る際の詳細なアドバイスなんかも載っていた。こうやって読んでいくと結構面白い、蜜蝋も白と黄色の二種類あって、白い方が精製されているんだそうだ。この蜜蝋は白いから、精製されているんだろう。ということはやっぱりいいやつなんだなこれ、クヴァンジュ君は儲け度外視で売ったのね。
一通り読み終わる頃には鍋の水が温まっていたので、オイルと蜜蝋を瓶ごと入れて溶かす。そして、蜜蝋が溶けきった事を確認したら、細かく砕いたドラゴンの角の欠片を加えてガラス棒でゆっくりかき混ぜる。角の色が白で良かった、黒だったらあまり見映えがよくなくなっていただろう。効果には問題ないけれど、こういう品は見た目も購買意欲に関わってくるし。
角の粉が下に溜まることなく、蜜蝋内に満遍に散らばったのを見てから、今度はオイルへ手を伸ばす。こちらに混ぜるのは人魚の血、やり方はさっきと同じで、オイルの中に血の粉末を混ぜたら瓶をゆっくり回して馴染ませる。オイルだから溶けてくれるかちょっと心配だったけれど、それは杞憂だったようですぐにオイルは鮮やかな赤色に変化した。後はこの二つを合わせるだけだ。
湯せんから蜜蝋とオイルを取り出して、ハンドクリームの容器に移す。移しながらガラス棒でかき混ぜれば、白い蜜蝋と赤いオイルが合わさって薄紅色になっていく、うん、色合い的には結構いいんじゃないかしら。
「おっとと、そういえば精油もあったんだ。固まりきる前にいれないと」
危ない危ない、すっかり忘れるところだった。角に置いていた精油を引き寄せて、数滴垂らしたら勢いよくかき混ぜる。途端にバラの良い匂いが、周辺に漂う。うん、私が扱うには珍しいってだけで選んだバラの香りだけれど、こうやって見ると薄紅色の蜜蝋に凄く合ってる。ナイスな判断だったわ。
「よし、後は冷めて固まるのを待つだけね」
再度説明書に目を通し、やり残しややり忘れた事がないか確認をする。どうやら大丈夫みたいだ、蜜蝋は常温で固まってくれるらしいから、このまま置いといて問題ないだろう。
「効果は後で確認するとして、お店を開けるまでまだ時間もあるし、もうちょっと何か作っておこうかしら」
確か、ユニコーンの水薬が在庫の半分を切っていたはずだ。丁度いい、今作ってしまおう。
蜜蝋のクリームが入った容器を邪魔にならない場所にどけてから、次に作る品の材料を持ってくるべく、席を立った。
* * *
夕飯後、片付けやお風呂なんかを終えてもう寝るだけの状態になってから、私は地下室へと足を運ぶ。机の上にある容器を手にとってから、蓋を開けて中身の確認。匂いよし、固さよし、思い描いた通りの出来に思わずにんまりするが、肝心の効能はこの状態じゃまだ解らない。なので机の引き出しに入っていた、黒竜の爪で出来たナイフを取り出すと、手の甲に当てて軽く引く。微かな痛みが走り、少し経つとじわじわと血が滲み出した。痛いのは好きじゃないからこんな程度でいいだろう、と納得しながら持っているナイフを翳してみる。
ここ二年以上、結構な頻度で使っているけれど欠け一つついていない。レイスさんは竜の爪は頑丈だと言っていたけれど、頑丈にも程があるだろう。こんな爪で攻撃されたらなんて考えたくない、冒険者の人たちって本当に度胸があるわね。
改めて感心しながらナイフをしまい、クリームを適量手にとって、傷ついた箇所に擦り込んでみる。滲みたりとか、ピリピリするとかいった感覚は一切なし。そのまま塗り込み続け、クリームが完全に馴染んでベタつきもなくなってから手の甲を見てみると。
滲んでいた血は消え、傷も綺麗に塞がっていた。ようしっ、効果も狙った通りのモノになった!
「エンスー、新商品が出来たわよー」
容器を強く握りしめたまま階段を上ると「おめでとうニャン」とエンスが出迎えてくれたので、そのまま報告を続ける。
「ほら、この前買った蜜蝋で作ったクリームよ。人魚の血と、ドラゴンの角の粉を混ぜてるの。一応、ハンドクリームとして手荒れやひび割れに効果があるようにしているけれど、この治癒の力なら、身体全体に使っても問題ない感じよ」
「フーン、でも人魚の血はともかく、ドラゴンの角の欠片はちょっと値段がするニャン。ユニコーンの水薬はちょっとした病気なら直ぐに治せるから、高めの値段でも皆買っていってくれるけれど、傷だとそこまで需要がない気がするニャン。シルキちゃんが作る傷薬だってそこそこ評判はいいニャン」
「これはアフィアちゃんに渡して、王都の方で売れるか判断してもらうのよ。ほら、妖精のオーブはあっちじゃそこそこ需要があるみたいじゃない? これもひょっとしたらいけるかもしれないわよ」
「それなら、またレシピの代金として纏まったお金が入ってくるニャン? そしたらまた、お祝いで美味しい物食べたいニャン!」
目をキラキラさせて、おねだりをしてくるエンス。あー、前回は大きな牛の肉の塊を買ってローストビーフを作って食べたもんね、あれは美味しかった。ワインも奮発して、結構良いやつ飲んだし。
「そうね、じゃあ無事に商品化できるようだったら、またいいもの食べましょ。超分厚いステーキとか」
「楽しみだニャン!」
そんな会話をしていたと言うのに。
「はぁぁぁぁ~」
一週間後、私はカウンターに突っ伏しながら、長い長いタメ息を吐いていた。
「シルキちゃん、駄目だったニャン?」
脱力した姿をみて、何となく事情を悟ったエンスが訊ねてきたので、首だけを動かして頷いてみせる。
「うん。なんかね、石鹸で似たような効果を持つ物があるんだって。しかもそっちは保湿と肌荒れの予防もついてるとか」
「あー、それは勝てないニャン」
しかも、例の石鹸が販売されるようになったのは、つい最近なんだとか。この蜜蝋クリームを半年前くらいに思いついていて、アフィアちゃんに見せていたら僅かだがチャンスはあったかもしれない、それを考えると悔しい。
「じゃあ、そのクリームはどうするニャン? お店で売るかニャン?」
「いや、ウチの店で売るにはちょっと値段が高すぎるわ。前エンスが言ったけれど、傷薬なら私が作るので充分だし。これは私が使う用にして、残った蜜蝋は普通のハンドクリームにしてお客さんの反応を見てみることにするわ」
その後、お試しで作ったハンドクリームだが、評判としてはまずまずといった感じだった。通年置ける商品にはならないかもしれないけれど、乾燥や寒くなる時期になったらそれなりに売れるかもしれない。とりあえず、買った素材が無駄にならなくて一安心だ。