このダンジョンは元は十層構造で、山頂にて魔王との最終決戦がありました。
倒した後、最初は山頂で魔王を封印していたのですが、山頂にて魔物が増殖、町に降りてくるかと英雄たちは慌てますが、魔物たちは何故かダンジョンを掘り始めて新たな層を作り出しました。その度に英雄たち、或いは冒険者たちが魔王を最新層に移した結果、今のダンジョンの状態となりました。以降六十年以上変化はありません。
なので、昔はそんなに攻略が面倒なダンジョンではなかったという。本当にどうでもいいですね。
「うーん、美味しい!」
ゴクリと、口いっぱいに頬張っていた肉の塊を飲み込んでからホウ、と一息。笑みがこぼれるのを止められない、こんなに幸せでいいんだろうか。
手元のグツグツと音を立てたままの食器を見れば、皿の中にはまだまだいくつもの肉がゴロゴロ転がっている。大盛りにしておいて正解だった、並盛だったら絶対足りなくて追加注文して、待っている時間に歯ぎしりしてただろうから。
ホクホク顔で新たに肉を口の中に放り込んでいると、向かい合っているエンスが自分の皿にあるソーセージを半分にして差し出してくる。
「シルキちゃん、そのお肉とボクのソーセージを交換して欲しいニャン!」
「いいわよ。はい、あーん」
「ニャーン、美味しい!」
尻尾をピンと立たせながら、満足そうな顔をするエンス。私が食べているのは、スノーウルフと呼ばれる魔物の肉。特に魔導具に使える素材は無いけれど、この狼の鮮やかな水色の毛皮は美しいだけじゃなくて、滑らかな触り心地としっかりした厚みがあるので、防寒具の方で結構需要があったりする。私も何度か見たことあるけれど、水色のコートとかマフラーとか凄く目を引くのよね。生憎と結構なお値段がするので、いいなぁと眺めるくらいしか出来ないけれど、手袋だったら……いけるかしら。今度、値段を見てみよう。
「じゃあ、こっちをどうぞニャン。あーん」
「んん! ワニ肉のソーセージってのも美味しいのね。見直したわ」
「気にいって貰えて良かったニャン」
モグモグと咀嚼する度に、ハーブの香りと香辛料の味が口の中に広がる。ワニってのは、大きな口に鋭い牙を持ったメチャクチャ凶暴な、トカゲとドラゴンを混ぜたような生き物(クヴァンジュ君談)らしい。正確には魔物じゃないらしいが、この町のダンジョン内の生き物は、全て魔王の魔力から生まれているから、ここでは魔物扱いだ。本来水辺にいるらしいワニが、どうしてダンジョンなんかにいるかというと、さっきも言った通り、封印されている魔王の魔力によって産み出されているというのは勿論だけれど、ダンジョン内に巨大な湖のような水溜まりがあるからだとか。その水溜まりには大蛸や大王イカなんかの海の魔物もいて、他にも火山や氷の世界、夜のように暗い階やあちこちから毒が噴き出している階など、特殊な階層があって変わった魔物はそういう所にいるらしい。それにしても湖に火山に氷なんて、もうダンジョンというより小さな世界って感じ。『英雄たち』はどうやって攻略したんだろう。
考えながらも口と手を動かし続けていたら、あっという間に食べ終えてしまった。大盛りだったからそこそこお腹は満たされたけれど、食べようと思えばまだいける、何しろここの料理は他じゃ滅多に食べられないのだ、無理をしてでも食べておきたい。
何にしようかとメニューを眺めていると、本日のお薦めが書かれている紙がペラリと出てきた。そういえばこれはまだ見ていなかった、どんなのがあるだろうと早速眺めてみると……あ、大王イカのイカスミパスタってのがある。珍しいみたいだけれど、値段はそれほど高くないしこれにしようかな。
頼む物を決めてメニューから顔を上げると、エンスも真剣な顔でメニューを眺めていた。
「エンス、何食べる? 私はせっかくだから、大王イカのイカスミパスタにしようと思ってるんだけれど」
「ニャン! ボクは大王イカのイカスミリゾットが気になるニャン」
「じゃあ、一緒に頼もっか。すいませーん」
横を通るウェイターさんを呼び止めて、共に食べたいものを注文する。村は山に近いから、海の生き物の料理なんて殆ど口にする機会はない、一体どんな料理だろう、楽しみだ。
* * *
「ふー、お腹いっぱい」
「流石にデザートは食べられなかったニャン」
「あれ以上食べたら、食べたの全部出しちゃうものね」
苦笑いしながら、エンスと一緒に腹ごなしも兼ねて町の中を歩く事にした。どうせ用があるのはレイスさんとコピアさんの店だけで、帰るまでの時間にはまだまだ余裕がある。色々と見て回るのもいいだろう、なんて考えていたつもりだったんだけれど。
「ありゃ」
足は無意識の内に知っている場所を目指していたようで、気が付いたらダンジョンの入口にまできていた。誰か知っている人がいるかしら、とキョロキョロしていると後ろから声をかけられる。
「あれ、シルキさん? 久しぶりですね」
「あ、こんにちは。今日は非番ですか?」
振り返れば、いたのはダンジョンで運び屋をしているオルアムさん。冒険者どころか、この町の人間でもない私が顔を覚えて貰っているのは、彼が慕っている上司ことマクナベティルさんの妹さんに似ているからだそうだ。
「いや、もう少ししたら隊長が戻ってくるから、そうしたら隊長と交替してアキュニスで冒険者を送迎しにいきますよ」
緩く首を振ってから、上を指差して教えてくれた。ダンジョンの運び屋は六人いるそうで、一日に三回ほどの送迎を交替でやっているとのこと。
因みにアキュニスというのは、マクナベティルさんと契約? をしている黒竜の名前で、マクナベティルさん大好きっ子。そのせいで、妹に似ているからと気にかけてもらっていた私に、小動物ならストレスで死ぬんじゃないかと思うくらい激しいガン飛ばしを何度もくらったのはいい思い出だ。目で何度も「マクナベティルさんは親切でいい人だと思います、それ以上の感情は持ち合わせていません。誓って! 本当に!」と何度も訴えて、最近漸くお許しを貰うことができた。まぁ、アキュニスちゃんを怖くないと思えるようになったのは、もう一つ要因があるんだけれど。
オルアムさんとそんなやり取りをしていたら、頭上が暗くなったので視線を上げれば、そこにいたのは話題に上がっていたマクナベティルさんとアキュニスちゃんだ。向こうも私たちに気が付いたようで、乗せていた冒険者を降ろすと、此方にきてくれた。
「シルキ、元気にしていたか。今日はどうしたんだ?」
「偽妹。何の用だー」
怖がりのエンスは直ぐに後ろに隠れるが、私は幾分か馴れたのでアキュニスちゃんの言い種に苦笑しながら対応する。
アキュニスちゃんを怖がらなくなったのは、彼女の声のお陰。見た目とは裏腹に、とにかく可愛らしい声をしているのだ。これを聞くと「ああ、小さい子がお父さん(?)をとられたくないんだな」とほっこりした気分になり、恐怖心が吹き飛ぶ。尤も、この可愛らしい声はアキュニスちゃんも気にしているようで「喋るとなめられるー」とぶうたれていた。可愛い。
「こんにちは、マクナベティルさんとアキュニスちゃんもお元気そうで。今日はお店で扱う商品の素材を買いにきたんです、コレってあります?」
せっかくダンジョンから戻りたての冒険者グループがいることだしと、ある素材の名を口にすれば、マクナベティルさんは頷いて冒険者たちに声をかけてくれる。直ぐに、なん組かのグループが手を挙げてくれたので、早速交渉して全て買い取らせてもらった。私的にはお店で買うよりも多少安く買えて、冒険者的には売れない半端物も買い取ってもらえるということで両者共に悪くない取り引きだと思う。
「これからコピアの店か?」
「その前に、レイスさんのお店ですね。トリュフのメンテナンスしてもらっているので、回収してこないと」
「そうか、じゃあな。何かあったらまた来てくれ」
「はい、その時はお世話になります」
「今日はもう駄目だー、偽妹ー」
「こらアキュニス」
「だってご主人ー」
騒ぎだした二人に軽く礼を言ってから、私はエンスを引っ付けたままダンジョンを後にする。さて、それじゃあトリュフたちを迎えにレイスさんの所に行こうかしら。