この前ミネラルマルシェで見つけたのですが、想像以上の値段で、買うのにはかなり勇気がいりました。
「ミャウ~~!」
酒蟲の鳴き声で、私は眺めていた石を掌に握りしめたまま、カウンターへと戻った。「どうしたの?」と声をかければ、酒蟲はバチャバチャと水槽の中で水を叩いている。ああ、構えってことね。
頭の辺りを人差し指と中指で軽く撫でてやってから、水槽に立て掛けてある柄杓を手にして水槽の中をゆっくり掻き回してやる。流れの渦ができると、酒蟲は流れにそうようにして泳ぎ出す。すると、待ってましたと言うように、チョコが木のお椀を被りながら寄ってきた。どうやら、お椀を船代わりにして船旅に出るつもりらしい。
チョコがお椀の中で座りこんだのを確認してから、ゆっくりと水槽に浮かべてやる。そんなに広いわけではないが、チョコにとっては立派な冒険になるのだろう。身体を傾けることによつて、舵取りをするチョコをカウンターから応援するトリュフ。ほのぼのする光景が広がっていた。
トリュフもお椀に乗ればいいのにと思うのだが、用意しても首を振るばかりで乗る素振りはみせない。生き人形のトリュフは精霊の魂という魔力の塊で動いているから、魔力の伝導を良くするために鉱石を素材として作られている為、見た目よりもずっしりしている。
だから、沈む可能性を考えてトリュフは拒否を続けるのだろう。私はそんなに気にはしてないんだけれどね、例え重さでお椀や水槽が割れたとしても高級品じゃないし、酒蟲もエラ呼吸じゃないから死ぬわけでもないし。
トリュフだって人形だから呼吸してるわけじゃ……ないわよね?
そんな事を考えながら、チョコたちの姿を眺めていると、握りしめたままの石の事を思い出す。そうだ、ちょっと試してみようかな。
「ごめん、チョコと酒蟲。お楽しみの最中悪いんだけれど、ちょっといい?」
言いながら、酒蟲をチョコの乗っているお椀に移して、水槽から出す。それから、握りしめていた宝石を水槽の中に沈めてみる……反応なしか。
「やっぱり、普通の水じゃなんもなしか。当然と言えば当然だけれど……法則がよく解らないわねぇ」
袖を捲って底に沈んだままの宝石を拾う。緑の中に白い円のような不純物が入っているようなエメラルド擬き、これは二日前に奇跡の人から色を上げたお礼としてもらった物なんだけれど、コイツが意外とクセモノだと解ったのは数時間前の事だった。
* * *
奇跡の人から貰った宝石は、あまり綺麗なものじゃないけれど宝石な事は間違いない。なので、ワイヤーで即席の指輪を作ってステリアちゃんにプレゼントしてみた。前に、私が指輪を買ったことによって使える魔術が増えて、作り出せる魔導具の種類が増えたことを話したら、羨ましがられたことを思い出したからだ。
なにぶん素人が作ったものだから、少々不格好な指輪だったけれど、それでもステリアちゃんは喜んでくれて、今度猪か鹿を仕留めたら良い箇所のお肉を分けてくれると約束してくれた。
だがその数時間後、ステリアちゃんが困惑した顔でお店にやってきて、私が何かを訊ねる前に一言告げる。
「あの指輪、ヤバイんだけれど」
どういう意味かと首を傾げていると「説明するよりもみて貰った方が早い」と私の腕を掴み、狩り場である森の中へと案内してくれた。そして、ステリアちゃんの言っていた「ヤバイ」を見て思わず呟く。
「なにこれ?」
あったのは、氷漬けになった一本のとちの木。勿論、そろそろ夏になろうという時期なので、自然に出来たものじゃないだろう。
「え、ステリアちゃんの魔術ってこんなに威力あったの?」
「そんなわけないじゃん。シルキがさっき指輪くれたじゃない? あれはめて凍結の呪文唱えたら、狙いがそれてこの木にあたっちゃったんだけれど、その結果がこれってわけ。ヤバくない?」
「ヤバイってか……不味いよねぇ。一応村長に報告しとく? 私としては見なかった事にしたいけれど」
「私だって言いたくないよ。だいたいこの森に毎日入るの、私と狩り教えてる双子の弟子くらいだし。ただ、そうやって高を括ってる時に限って、フラフラと村長がやってきてバレたりするんだよね」
「そうなんだよねー、じゃあ軽く報告だけしよ。燃えたわけじゃないから、そこまで詳細に言わないで『氷の魔術使ってたら森の木に当てちゃって駄目にした』程度に」
「見にこないかな?」
「淡々と報告しとけば『解った』で済むと思うわ、村長に『言った』って事実があればいいのよ。見に来るとしても明日以降でしょ、その間には氷も多少は溶けてると思うわ。最近暑くなってきているし」
まぁ、万が一直ぐに見にきたとしても、林業やってるわけじゃないからそこまでキツイお咎めが来ることはないだろう。
だいたいこの森管理しているの、実質ステリアちゃんみたいなもんだし。
「けれど、これだけ魔術が強化されるとなると、火の魔術なんて使わなくてよかったね。あっという間に山火事になっちゃうし」
「いや、火の魔術も使ってる。ついでに雷も。ただ、そんなに威力は上がらなかったんだよ。氷の魔術だけ、こんなことになったのは」
「え、そうなの?」
氷というか、水系統の魔術にだけ凄く反応する宝石なんてあるんだ? 初めて聞いた。
ステリアちゃんの言葉を疑うわけじゃなかったけれど、どうにも信じられずにいたので、私も指輪を借りていくつか魔術を使ってみた結果。
火と風の魔術は、若干威力が上がったかなー程度だったのに対し、水の魔術の効果は劇的だった。
私の魔力程度で、辺り一面水浸しになる有り様だったんだもの。こりゃびっくりだ。
「うーん、ごめんステリアちゃん。これ返してもらってもいい?」
「問題ないよ、返そうと思ってたし。私はこれから村長に報告に行くけれど、シルキはどうするの?」
「これをくれた奇跡の人に、質問してみる。いつもこんな感じなのかーって」
その場で一旦別れて、ワタシは急いで宿屋に向かう。非番らしい護衛の宮廷騎士の姿を外で見かけたので、まだ村にいてくれているのは解っていたが、女将さんに訊ねると領主様に呼ばれて今日は戻ってこないんじゃないかと言われてしまった。
多分アレだ、王都からきたお客様なのにずっと村にいたから領主様がもてなしたいって自分の屋敷に招待したんだろう。領主様、身分問わず人に美味しいもの振る舞うの大好きだから。
食べ放題の時にはよくお世話になってるし、喋った事は一度くらいしかないけど。
戻らないのは残念だけれど、まだ村にいてくれているのが解ったので問題はない、明日の午前中には戻るらしいから、その時にもう一回訪ねることにして店に戻ったのだ。
* * *
「うーん、そんなに詳しくないってのもあるんだろうけれど、さっぱりだわ」
握りしめていた石を太陽に透かして眺めてみるも、納得出来そうな答えは浮かばない。当たり前と言えば当たり前だけれど。
一応、特定の魔術を強化する宝石の存在は聞いたことがあるけれど、そういうのは大抵「色」が関係する。火なら赤系、水なら青系みたいな風に。これはエメラルドで緑だから、強化先なら風とか土とかが普通なんだけどな。何で水なんだろ。
その後、考えるのにも飽きたので、カウンターで転がしたりお手玉にしたりして過ごす。それにも飽きて放置していたら、チョコとトリュフがボール代わりにして遊びだしたのでそれを眺めて過ごしているとお客さんがやってきたので気持ちを切り替えて対応している内に時間が過ぎていく。
最初は散々悩んでいたけれど、他の事に気を取られていると、興味も薄れていって。エンスが作ってくれた夕飯を食べる時には、頭から綺麗さっぱり無くなっていた。
次の日、チョコとトリュフが例の宝石で遊んでいるのを見て昨日の事を思い出した私は、石を持って大急ぎで宿屋を目指す。
ちょうど王都へ帰るところだったのか、外にいた奇跡の人に、申し訳ないなと心の中で頭をさげながら声をかけて昨日起きた事を話すと、返事は予想外のものだった。
「そりゃ妙な話だな。自慢じゃないが儂の作った宝石は、見た目は最高級だが魔術の強化には不向きなんじゃよ。自然の色を使うとはいえ、数日程度で作るものだからな。星と一緒に育つ石とは年季が違うんじゃろ。実際、使われるのは王侯貴族の装飾品用としてばかりで、魔術師に頼まれたことは一度もなくてな」
「えぇ……でも、水系の魔術はシャレにならない強化になったんですよ」
「ううむ……水の色を使ったから、強くなる可能性は無くもないが……ぬ、そういえば」
心当たりがあったのか、ピカピカの頭をかきながら奇跡の人が言う。
「お前さんに渡したあの石は、泉の側に転がっていたガラス質の石を使って作ったんじゃ。予備のガラス玉をきらしていてな。困ってたところ、丁度近くにあったもんだからそこに濁った色を移して……何時もと違うことといったらそれぐらいなんだが」
「あー、ガラス石の事ですか」
奇跡の人が言っているのは、この村周辺でたまに見つかる緑色のガラスの事だろう。石ほどではないかもしれないけれどそこそこ硬くて、光にかざせば透き通って綺麗に見えるから、村の子供は一度は探すのに一生懸命になる。私もいくつか見つけた記憶があるから、家のなかを探せば出てくるかもしれない。
「あのガラス石は自然に出来た物だろうから、水の色と反応して凄い事になっちゃったのかもしれないですね」
それにしても威力高過ぎだったけれど。
「なるほどのう。扱いが面倒なら、引き取ろうか? 元々お前さんに押し付けたもののようだし」
「いえ、原因が解れば扱いに問題ないので。すいません、帰るのに時間とらせちゃって」
「何、構わんよ。こっちも一つ賢くなったからな。それにしてもここのヨーグルトは旨かった。また食べにきたいもんじゃ」
「へへへ、村長と領主様が聞いたら喜びますよ。それでは」
「ああ、また会えたら」
* * *
「えー、それで持ち帰ってきたのかニャン」
「だって、ある意味レアな宝石じゃない? なんか惜しくなって」
「やっぱりシルキちゃんは貧乏性なんだニャン。使い道がないのにとっておくニャンて」
「だって場所とるモノでもないし。いーじゃない、チョコたちのオモチャにもなってるんだし」
再びボール代わりにして遊び始めたチョコたちを眺めながら、事の顛末をエンスに話すと、呆れたような視線と言葉が返ってきた。ですよねー。
「それに、ひょっとしたら意外な所で活躍するかもしれないじゃん?」
「そうかニャン? 性能が尖りすぎてて僕には想像つかないニャン」
うん、実は私もそう思う。でも、この勿体ない精神は性分だから、仕方ないのよね。