カウンターに寄りかかって、この前行商人さんが勧めてくれた物語の本を読んでいたら「ニャーン」とエンスの悲鳴が聞こえてきた。そういえば、さっき天気がいいからシーツ洗うとか言ってたわね。てことは。
「シルキちゃ〜ん、手袋破けちゃったニャン」
両手とエプロンをビチャビチャにしたエンスがやってきた。あーあー、こりゃ酷い。
「先に乾かしてきなさいな。洗濯の残りは私がやっとくからさ」
「始めたばっかだから、ほぼやってもらう事になるけどいいのかニャン?」
「まぁ、お客さん来そうにないし。来たら呼べば戻るから、外でぬくぬくしてれば?」
「お言葉に甘える事にするニャン。お願いニャン」
「了〜解」
外に出ると早速プルプルと全身を震わせて水を飛ばすエンスを眺めてから裏庭へと向かう。すると大きな桶の中に中途半端に泡まみれになったシーツが目に入った。確かに始めたてみたいだが、シーツなんて私とエンスの分だけだから、かかる時間なんてたかが知れている。一時間もかからずに洗濯を終えて家内に戻れば、カウンターの上でエンスが丸まって温まっていた。今日は天気がいいけれど、お客さんが来ない日かもしれない。
「終わったわよ〜。乾いたら宜しく」
「わかったニャーン」
エンスの背中に顔を突っ込んで温さと匂いを堪能していると、眠そうな声で返事がきた。そのまま起き上がって欠伸をすると両手を突き出してくる。
「手袋なくなっちゃたから作って欲しいニャン」
「折角乾かしたのに濡れるわよ。いいの?」
「天気いいから、もう一回日向ぼっこしながら乾かせばいいんだニャン」
本人がそう言うならやるとしますか。
「チョコー、トリュフー、手袋作るから手伝って」
窓から、おそらくハーブ畑にいるであろう二人に向かって叫び、戻って来る合間にエンスと準備をする。この前ジャンダグさんに作ったみたいに、ウンディーネの素材を数枚重ねていると、近くの泉から湧き水を汲んだエンスが帰ってきたので、ジョウロで流して厚みのある素材にしてから、チカトリスの瞳で硬度をつけた。手早く数枚作るうちに、チョコとトリュフがこれまた小さなジョウロを背負ってカウンターを登ってくる。よし、これで役者が揃ったわね。
「はい、それじゃあエンス、手を出して」
「ニャーン」
差し出されたエンスの腕や肉球の形に合わせてウンディーネの素材を貼り付けていく。繋ぎ目の辺りを押さえつけながら、「お願い」と言えばチョコとトリュフは小さなジョウロに水を掬って継ぎ目に水を掛けてくれるので、素材同士がくっつく間にもう一度形を整える。そうすれば、手にピッタリな水を弾く手袋の出来上がりだ。十数回も使っていれば破けるので、素材が無くなるまで作れば七組の手袋が出来た。これで一ヶ月は余裕でもつわね。
「ありがとうニャン。これも売れればいいニャンけどね」
「作り方がねー」
裁縫と違って、水でくっつけながら形を作るには、その手に直接貼り付けないとできないのだ。少なくとも私は。
木材や石材で腕の形を作ればその問題は解決だけど、売り物にするなら大中小のサイズは揃えないと駄目だろう。となるといくらになるんだ? 結構しそうな気がするし、その値段に見合った売れ方をしてくれるか分からない。大体お店に来てくれるのって半分以上が行商人さんたちだから、需要はあんまりなさそうだ。村の人もちょっとは増えたけれど、来る人の目当てって商品というよりも酒蟲のお酒だしなぁ。
「まっ、今はユニコーンの水薬の他にウンディーネの雨避けもあって、売り上げ的に特に困ったことはないから無理に新商品作る必要ないから、様子見ね。今度やってきたお客さんにそれとなく訊ねてみて、欲しがる人が多いようだったら検討するってことで」
「それがいいニャン」
そして、お客さんがくる気配もないので私は再び本を開いた。読み終えて本を閉じると、暇を持て余したエンスが覗き込んでくる。
「それ、どんな話ニャン?」
「んー、凄くざっくり言うと、復讐モノかな」
親友と家族を殺された主人公が、復讐する為に剣術を極め、その甲斐もあって国で五本の指に入るくらいの腕前になった。城に仕える兵士として位も上がり、幼馴染との交際も順調で婚約し、幸せな生活のお陰で復讐心が少しずつ薄れてきた時に、家族と親友を殺した元凶が戻って来てどうするってのがメインストーリーだ。
「それで、主人公はどうするんだニャン」
「ん〜、やっぱり復讐を取る感じ」
勿論、本人も凄く葛藤するし幼馴染も必死で引き止めるんだけれど「今、凄く幸せだ。きっと家族や親友も、生きていたら俺と同じくらい幸せな人生を送っていた筈だ。だからそれを考えると、やっぱりアイツラを許せない」と婚約を解消して、あるだけの財産を彼女に渡して町を出て行ってしまう。
「最後は無事、復讐を果たせるんだけれどその時の怪我が原因で数ヶ月後になくなるの。んで、お墓は作ってもらえるんだけれど、身内がいないから誰もお参りにこないかなーって思っていると、誰ともくっつかずに貰ったお金で一人で仕立て屋を開いた幼馴染が花を添えにくるってシーンで終わり」
「なんか、誰も幸せになってないニャン」
「まぁ、確かに。でも、そんなに後味悪い仕上がりじゃないのよ。不思議とスッキリするというか。書いてる人の表現が上手いんでしょうね」
私的には結構面白かったので、ストーリーにもよるけどこの人の書く話ならまた読みたい。が、エンス的にはそれほど心惹かれる内容ではなかったようだ。大きく伸びをすると、掌に額を擦り付けながら「ボクはハッピーエンドの方が好きだニャン」と呟く。
「そりゃ、私だってパッピーエンドな展開の方が好きよ。けれど、そういう少し切ない話を読みたくなる気分の時とかあるのよ」
「え〜、そんな時なんてあるかニャン」
「あるわよ。そうねぇ、例えば」
ふと、人の気配を感じたので、窓へと視線を向けると村長がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。村長も私の視線に気がつくと「よっ」と右手を上げる。
「……今日みたいに天気がいい時は、村長の頼み事を聞かなかった事にしてダラダラ日向ぼっこしたいな〜とか」
「分かるニャーン」
てか、村長の頼み事は面倒臭い案件ばっかりだから、極力受けたくないってのが本心なんだけれどね!
* * *
嫌だとは思うものの、その辺は大人なので笑顔で迎え入れる。そして、村長を室内に案内している時、後ろに人がいることに気付く。歳は村長と同じくらいかな、見たことがない顔だから移住希望の人かもしれないけど、何でそんな人までここに来るの?
「コーヒーどうぞ」
「ありがとうございます」
「悪いな、ちょっとばかし相談にのって欲しくてな」
「構わないですけど、何で毎回私の所に来るんです? 他に話できる人もいるでしょ」
「だってシルキは村で暇してる方だろ。ずっと店にいるから捕まえやすいし」
……確かに、それは否定できない。下手すれば村で一番時間持て余してるかもしれないし。
「他にも、俺たちが知らない事とかに詳しいだろ。畜産以外の相談するならお前が適任だ」
「はぁ、まあ褒められて悪い気はしないですが。じゃあ、用件ってなんですか?」
「あの、それは俺の養蜂の事で」
すると、村長の隣に腰掛けていた見知らぬ人が声を上げる。彼曰く拾われっ子で、拾ってくれた人と共に養蜂であちこち移動しながら生計を立てていたらしい。そして先月、寄る年波と長年の移動生活がたたったのか、育ての親が腰を悪くして長距離の移動がキツくなった。なので、丁度移住者を募集中のこの村にやってきて養蜂を始めようと思ったのだとか。
「蜂って……刺しません? 家畜とか大丈夫なんですか」
「この鈴糖蜂は、蟲使いの方から作ってもらった特別な蜂で、人や動物に危害を加えないようになっているんです。そして、大きくて寿命も長いので蜜も普通の蜂よりもずっと多く集めてくれるんです」
「そうなんですか。あ、その蜂早く隠した方がいいかもしれないです」
見せてくれたのは、掌で大人しくしている銀色をし
た蜂だ。人差し指と中指をくっつけたくらいの大きさで、大人しく撫でられている姿をみる限り、好戦的ではなさそうだ。ただ、チョコが熱い視線を蜂に向けていたので、さり気なくしまう事を提案する。ヤバイ、こっちが加害者になっちゃう。お帰り願ったら、よく言い聞かせておかないと。
「今の時期なら、花はあちこちに咲いているから特に問題ないんだが、寒くなれば咲く種類も少なくなってくるだろう? 寒さに強いような植物、あっちのダンジョンの町には無かったか?」
「さぁ、素材については多少は詳しいつもりですけど、植物系は……あ」
と、ここで地下室に置いてあるヒカリゴケの存在を思い出した。あれは綺麗な水さえあれば勝手にぐんぐん育つ特性がある。つまり、素材にその特徴がある植物が使われている可能性があるかもしれないのだ。……それが魔物の可能性もあるけれど。
「ん〜、絶対って保証は出来ないですけど、心当たりっぽいのは一つあるかも」
「そうか! だったらそれを頼む。資金も多少ならば、俺が用意してやるから!」
村民が増えるのが嬉しいのか、村長は上機嫌で帰っていった。まぁ、そろそろ素材買いに行こうと思ってたからね。コピアさんに訊ねてみようっと。