二重線を引いたり、グチャグチャと文字を消してあちこち黒くなっている数枚のメモ用紙を眺めていると、甘い匂いが漂ってきた。
お、と視線を台所へ向ければリンリンと鈴を鳴らしながらエンスがやってくる。
「シルキちゃん、おやつを持ってきたニャン!」
「ありがとう、エンス。お客さんも来ないし、休憩にしようか」
メモ用紙で散らかっていたカウンターをざっと片付けると、エンスが二枚の皿をヒョイと載せた。今日はリンゴのコンポートか。美味しいのよね、コレ。
「う〜ん、シャキシャキしてしっとりして美味しいわ」
「お口にあって何よりだニャン。ハチミツを使うのがいいって本に書いてあったんだニャン」
「へ〜」
相槌を打ちながらシャクシャクとコンポートを咀嚼する。ああ、本来なら働いている時間に堂々と休憩を取ることの、なんと素晴らしいことか!
しかし、至福の時間も長くは続かず半分くらい食べたところでドアの鈴が鳴り、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
急いでカウンターに載ったお皿を片付けるも、馴染みの行商人さんには見られてしまったようだ。「休憩中にゴメンネ」なんて笑われてしまう。
「あー、すいません」
「いいよ。そんな事で目くじら立てるほど心が狭くはないし。ゆっくりどうぞ」
「イヤイヤ、流石に顔馴染みとはいえお客さんを前にして食べる、なんて失礼な事はしませんよ。今日は何をお求めですか?」
「えっと、ユニコーンの水薬を四つと傷薬を二つ。あ、それにザントマンの安眠香を六つもらえるかな」
「え、珍しいですね。安眠香を欲しがるなんて」
「うん、俺が行っている村で子供さんが生まれた家が何軒かあってね。なかなか寝てくれなくて困っているって言っていたから、安眠香の事を話したら是非とも売ってくれと頼まれてね」
「へぇー」
うーん、私の知らない所で必要とされるとは。嬉しいようなくすぐったいような。
言われた品を棚から引っ張り出してカウンターに置くと、ドサドサと隅っこに追いやっていたメモ用紙たちが床に落ちた。んもう、何やってるんだか。
「ん? こりゃ売上票か何かかい?」
直ぐに行商人さんが拾って渡してくれたので、礼を言ってから首を振る。
「違いますよ。ソレに書いてあるのは新しく作ろうと思っていた獣避けの品です」
* * *
『シルキちゃん、無理だったらいいんだけれどさ。熊とか猪に遭遇しないような、或いは遭遇しても切り抜けられるような道具とか、作ってもらえないかな』
何人かのお客さんにそう頼まれたのは、数ヵ月前。この辺で熊が出たという話はたまにしか聞かないけれど、色んな場所で売買する行商人さんたちは違うらしい。
盗賊たちなんかは奪われたお金や商売品なんかを取り戻す為に、冒険者たちを雇って討伐隊が作られたりするらしいけれど、獣たちにはそんな事はあまりしない。
行商人さんたちも自衛の為に武器を携帯していたり、多少の魔術を使えたりしているけれど、流石に本職の冒険者たち程の腕はない(あったら、冒険者として生活しているだろうし)ので、獣に遭ったら逃げるのが基本なんだそうだ。確かに、剣一本で熊に勝てるとは思えない。
そんな訳で贔屓にしているお客さんの為に、それっぽいものを作る事ができないか、と考え。
メモ用紙にああでもないこうでもない、と書き連ねていたのだ。
* * *
「へー、そりゃ出来たら嬉しいねぇ!」
「やっぱりある方がいいですか」
「使わないに越したことはないけれどね、そういう物は持ってるだけで安心というか……。ちなみにどう? 作れそう?」
「一応自分なりに案を出してまとめてみたりしていますからね。前のと違って今回は成功すると思うんですがね」
「え、前?」
「あ、いや。何でもないです」
* * *
「さってっと。期待されているようだし、これは失敗は許されないわね」
次の日。朝食を食べ終えた私はお客さんたちの期待を背負った品を作るべく、地下室へとこもっていた。今回使う材料は三つだ。
まず一つは青紫色をした水晶の結晶のような形をした物で、数十秒ごとに雷の様な閃光が走る。コレはちょっと珍しい鉱物……ではなく、雷系の魔術が得意とする魔術師が作った『雷帝の咆哮』と呼ばれる戦闘用の魔導具だ。
魔術師の人たちの中でも「この魔術は得意だけれど、あの魔術は苦手」ってのは結構いるらしい。中には「この魔術は凄く強いけれど、あの魔術は全く使えません!」ってバランスの悪い人もいるんだとか。この〜帝の咆哮シリーズと名付けられている魔導具は、そういった不得意分野がある魔術師向けに作られた物だ。
使い方は簡単。この結晶に魔力を込めて、敵に向けて放り投げるだけ。
しかも、込めた魔力の強さによって威力が変わるらしく、なんちゃって咆哮になる時もあれば、名に違わぬ(或いはそれ以上の)威力を発揮する時もあるのだとか。
そして、隣にあるガラスのように透き通った石はダンジョンに落ちているアイテム『魔石』だ。綺麗だけれど、価値はそんなにない。要は、ダンジョンにある石ころやゴミクズが漂っている魔力を含んで変化したものなのだ。ダンジョンに行けばそこかしこに転がっているらしいし、名前の割には含まれている魔力は、下の上くらいで大したことはないらしい。
けれど、弱い魔術を長時間持続させるにはちょうどいい触媒になるのだとか。『ウィル・オ・ウィプスのランタン』や『消えない松明』なんていう火種の材料には欠かせないと聞いたことがある。
最後のは説明は不要だろう。チョコが吐いて巻いてくれた、アラクネの糸だ。
作り方としてはまず、魔石にアラクネの糸をグルグルと巻きつける。魔石が糸で真っ白に覆われたら、今度は雷帝の咆哮をトンカチで叩く。
「魔力を込めなければ大丈夫って話だけれど……衝撃で感電なんて、ならないわよね」
平気だと言い聞かせてみるも、どうしても及び腰での作業になってしまう。コレを砕いて使った、なんて人の話は聞いたことがないから、万が一を考えると、不安でしょうがない。
ビクビクしながらの作業だったけれど、感電することはなく終えることが出来た。砕いた欠片は、更に乳鉢で砂ぐらいまで細かくすり潰す。
それをトレイに均等に降りまいてから蒸留水を注ぎ、糸を巻いた魔石をくっつかない程度に距離を取りながら、置けるだけおく。
「さて、後は様子を見るだけね。上手くいきますよーに!」
* * *
あれから五日後。巻いていた糸を外すと。
「よしっ! 思っていた通りの出来だわ!」
無色透明だった魔石は、青紫の透き通った石になっていた。砕いた雷帝の咆哮の魔術が水に溶け込み、糸を伝って上手い具合に魔石へ浸透してくれたのだ。チカチカと光る閃光もバッチリ入っている。後は何時ものように効果を確認するだけだ。
「さぁエンス! 投げつけて!」
「本当にいいのかニャン?」
壁の方に移動して指示を出すと、困惑顔で問われる。だってしょうがないじゃない、威力確かめる方法なんて、実際にぶつけてもらうしかないんだもの。
「大丈夫! 魔石の魔力程度なら、数分痺れる程度で済むはずだから!」
「でも」
「ていうか早くして! 私も怖いのよ! 覚悟が鈍らない内に早く!」
「わ、分かったニャン! エイ!」
エンスは慌てたように頷くと、机に置いてある五本の砂時計をひっくり返し、青紫の魔石を投げた。ソレが肩に当たった瞬間。
「アババババババ!」
ビリビリとした痺れが全身を駆け巡り、悲鳴が漏れる。痛みやダメージはあまりないが、ただ、痺れて動けない。
「アババババババ!」
どのくらい情けない声を上げていただろう。フッと痺れが消えた。
力が抜けて尻もちをつくと、心配そうな顔をしたエンスがこっちに走ってくる。
「シルキちゃん、痛くないかニャン!?」
「うん、大丈夫。それより時間は?」
駆け寄ってきたエンスの頭をポンポンと叩きながら、机の上の砂時計に視線を向ける。
左から二番目までの砂が落ちきっているってことは。
「二分って所か……」
身動き取れない状態がそれだけあれば、充分逃げられるわね。
「とりあえず合格ね。はー、よかった」
ほっと安堵の胸を撫で下ろす。思った効果が出ない場合は、量や時間を調整して再度効果を確認しないとになる。
正直、痛いのとかは好きではないので、一発で成功してくれたのは本当にありがたい。
「商品名決めないとね……ビリビリ痺れ玉」
「ダサいニャン! せっかくだから雷帝の抱擁とかどうニャン?」
「何がせっかくなのかよく分からないけれど……まぁ、確かにそっちの名前の方がカッコイイのは確かね。じゃあ、コレは『雷帝の抱擁』で決まり」
後は材料費とかを計算して値段を決めないと。
「この商品、売れるかニャン?」
「うーん、作る度に効果確認しないとだから、私としてはそんなに売れて欲しくはないけれどね」
しかし願い虚しく。馴染みの行商人さん全ての手に渡り切るまでの間、私は何度も二分の痺れを味わう羽目になるのだった。