「アシュリン」と「ケーキ」と「憧憬の少女」   作:トド

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第5話

 <三日月同盟>のメンバーの頑張りで、<アキバ>の街で初の食のイベントであるケーキコンテストは、無事に開催の日を迎えることとなった。

「まだ参加者全員が集まっているわけやないのに、すごい数やな。……ほんまにこの部屋だけで収まるんやろか?」

 マリエールは書類仕事に追われていたため、ケーキコンテスト会場を見たのは昨日の最終打ち合わせの時が初めてだった。その時は人気がなく、ダンスパーティでもするのかと思えるほどの大部屋にケーキスタンドとテーブルなどが配置されているだけの状態で、広すぎるのではないかと密かに心配していた。

 だが、会場の入場可能時間になり、続々と今回のコンテストの参加ギルドのメンバーが入って来ると、一転してこの会場だけで足りるのかと危惧してしまうほどの人数が集まって来た。

「当たり前ですわ。五十名程の参加とは言え、そのアシストに各自二名まで参加することを許可していますし、必要な道具などを搬入するだけであれば、特段の人数制限は設けていませんもの。

 もっとも、他の参加者の邪魔になっている場合には警告をし、従わない場合には退場、失格とさせてもらいますけれど。まぁ、その辺りのことは小竜達が目を光らせてくれていますから安心ですわ。それと、会場の収容人数もきちんと計算していますから、少しは落ち着きなさい、マリエ」

 コンテストの開催時間が迫り、段々不安になっていくマリエールに、ヘンリエッタは至極落ち着いた様子でそう窘める。

「わっ、わかっとる。せやけど、開催にあたっての挨拶なんかもせなあかんと思うと、段々不安になってきてもうて……」

「それがギルマスの仕事でしょうが。他のみんなも頑張っているのですから、しっかりなさい」

 なんともつれない言葉だが、普段と変わらない、そして先日までの悲壮感を感じさせないヘンリエッタの物言いが、マリエールを少しだけ落ち着かせる。ヘンリエッタが落ち着いているのであれば、大抵の物事は乗り越えられるはずだ。

 ヘンリエッタが普段の彼女の有り様に戻れたことだけでも、シロエの提案を受け入れて、このコンテストを開催したかいがあったとマリエールは思う。

「せやけど、やっぱり梅子の言うてたとおりやなぁ。うちのギルドだけでは、こういった催し物を一般公開で行うんは無理やな。正直、これで一杯一杯や」

 派手な物事が好きなマリエールは、「せっかくのコンテストなんやし、一般公開にして、バーンとやったほうが盛り上がるんやないの?」とヘンリエッタに提案したことがあったのだが、にべもなく却下された。だが、今ならその理由がよく分かる。

 みんなが持てる力を全て使って、なんとか今日の開催に間に合ったのだ。これ以上仕事が増えていたら、過労で倒れるものが続出していた事は間違いない。

「ええ。分かって頂けてなりよりですわ。……ところでマリエ。今日のコンテストの採点方法は分かっていますわね」

「わかっとる。大丈夫や。耳にタコが出来るほど聞いたんやから。<海洋機構>、<ロデリック商会>、<第八商店街>、<グランデール>、<RADIOマーケット>の各ギルドの審査員がそれぞれ十点満点で点数をつけて、その合計点数を競い合う。せやけど自分のギルドの採点を自分でするのは不公平になるから、その場合はうちがそのギルドに代わって点数をつければええんやろ?」

 何度も何度もヘンリエッタから言われ続けたことだ。さすがに忘れるはずがない。

「ええ。それと、審査員から代わってほしいとの要請があった場合もお願いしますわ。試食するだけとは言っても、さすがに五十種類近くのケーキを食べるのは大変でしょうからね。ですから、前半での余計な試食は厳禁ですわよ」

 ヘンリエッタにそう釘を差され、「どのケーキも美味しそうやなぁ」と食べる気が満々だったマリエールはガックリと肩を落とし「わかっとる。我慢するわ」と心底残念そうに了承した。

「せやけど、梅子。なんでかはしらんけど、うちらのギルドが最初の試食なんやし、リオンさんのケーキだけは食べてもええやろ? なっ?」

「……全くもう……。ええ、分かりましたわ。好きになさい。ただし、以後は我慢するんですわよ。それと、うちのギルドが最初なのは、<ロデリック商会>と<第八商店街>からそうしてほしいとの要請があったからですわ」

 ヘンリエッタの言葉に、マリエールはきょとんとした顔をする。そんな話は初耳だった。

「……他の審査員がお見えになるまで、まだ少し時間があるようですから簡単に説明しますわ。今回の様なコンテストで高得点を出すためには、試食の順番というものも大きな要素となるのです。

 もっとも簡単な例を上げるのであれば、空腹時に食べるケーキと満腹時に食べるケーキのどちらを美味しいと思うか? ということですわ」

「ああっ、なるほど。言われてみればあたりまえのことやな。満腹になるまで甘いもんを食べ続けてから食べるケーキは、よっぽどのものでなければ印象は悪うなってまう」

 ヘンリエッタの説明に、ようやくマリエールは試食の順番の重要性を理解した。

「んっ? せやったら、試食が最初のうちは有利なんと違うん? 後に回るほど不利になるんやろ?」

「そう簡単に行かないのが難しいところなのですわ。早くにケーキを出してそれなりの評価を得たとしても、後半に素晴らしいケーキが出てきた場合、それ以前のケーキに持っていた好印象が霞んできてしまうことも有るのですわ。

 それらのことから考えると、どの位置が最良とは断言できませんが、最初と最期が不利なのは間違いないでしょうね。ですから公平を期すために、コンテストへの参加受付の際にくじ引きを行って試食順を決める方法を取りましたわ」

 ヘンリエッタは小さく息を吐き、話を続ける。

「ですが、審査する側としても試金石となるものを最初に食べたい。コンテストの音頭を取るくらいなのだから、<三日月同盟>はかなりの自信があると思うので、ぜひ最初にと言われてしまいまして。うちが主催なことも考慮して、この提案を受けざるをえませんでしたわ」

「なるほどな。んっ、そう言えば、<ハーメルン>は何番目やった? たしか後のほうではなかったような……」

 慌ててマリエールは今日の試食の進行順を書いた紙を確認しようとすると、

「ちょうど十番目ですわ。悪くはない位置ですわね。けれど公正な抽選の結果ですわ。仕方ありませんわね」

 それよりも早く、ヘンリエッタは至極落ち着いた物言いで答える。

「いや、梅子。このままやったら……」

「慌てても仕方がないでしょう。後のことはリオンさんに任せるしかありませんわ。……それに、私はこの試食順を不利だとは思っていませんわ」

 ヘンリエッタはそう言って、口の端を僅かに上げた。

「えっ、なんでや? 最初は不利やって言うてたやんか」

 訳がわからず、マリエールが尋ねるが、

「マリ姉。お疲れ様。無事に開催できてなによりだよ」

 耳に入ってきた聞き慣れた声に、話を中断せざるを得なくなってしまった。

「あっ、シロ坊! 来てくれたんか! おおきにな」

 振り向いて声の主の姿を確認すると、マリエールは向日葵のような笑顔で礼を言う。

「いや、礼には及ばないよ、マリ姉。それと、ごめん。できれば準備に協力したかったんだけど……」

「そんなこと気にせんでもええよ。シロ坊達が多忙なのはよう分かっとるし、なによりうちら<三日月同盟>のみんなの力で開催することに意味があったんやから」

 ヘンリエッタが大怪我をした一件での彼女への不信感は、だいぶ薄らぎ、彼女自身も普段の調子を取り戻しつつある。そういう面だけを見れば、すでにこのイベントは成功しているのだ。

「あっ、それと、マリ姉。ちょうど会場に入るところで偶然会ったんだけど」

 シロエがそう言うと、彼の隣にいた女性が前に出る。

「本日はお招き頂きありがとうございます。生憎、ミロードの都合がつかないため、私が代理として参りました」

 凛とした声で優雅に一礼をしたのは、マリエールの予想外の人物だった。

「えっと、<D.D.D>の高山三佐さんやな。いや、ほんま来てくれて嬉しいで。正直、ゲストに来てくれるとこは、シロ坊の<記録の地平線>だけやと思っとったから」

 <アキバ>の街を巻き込んでのイベントである以上、審査員をお願いしなくとも、礼儀として<円卓会議>に名を連ねるギルドには全て招待状を送っておいたのだが、まさか大規模戦闘ギルドである<D.D.D>が招待に応じてくれるとは思わなかった。

「……恐縮です」

 高山三佐は事務的な返答をし、表情を微塵も変えずに軽く会釈する。

 軍人然としたその硬い応対にマリエールは戸惑ったが、彼女が無表情ながらもチラチラと僅かに目を動かして、会場のケーキを物色していることに気づき、マリエールはにっこりと微笑んだ。

「試食が終わったケーキから順番にゲスト席に運んでもらうことになっとるから、今日は楽しんでいってや」

「はい。ありがとうございます」

 そう答える無表情な高山三佐の顔が、微かに緩んだのは気のせいではないとマリエールは思う。あまり表情に出さないだけで、彼女もきっとこのコンテストを楽しみにしてくれていたのだろう。

「ギルマス。カラシン様達がお見えですわ。今日の段取りの最終確認をお願いしますわ」

「わかった、すぐに行くわ。あっ、シロ坊。ゲスト席は奥のあの席や。悪いけど、高山三佐さんのエスコートは任せたで」

 マリエールはシロエに高山三佐の事を任せ、今回の審査員のもとに向かう。

 こうして、慌ただしい中、<三日月同盟>主催のケーキコンテストが始まった。

 

 

 

 マリエールが何とか無事に開催にあたっての挨拶を終え、開会式が終了すると、さっそくケーキの試食が始まった。

「皆様、それではまず<三日月同盟>のケーキからご試食をお願い致しますわ」

 ヘンリエッタが先導役を務め、最初のテーブルにマリエールを含めた審査員達を案内する。

「いらっしゃいませ。<三日月同盟>のケーキコーナーへ、ようこそ」

 白いコックコートに身を包んだリオンとアシュリンが、笑顔でマリエール達を迎えてくれた。

「へぇ。<三日月同盟>からは、ギーロフさんかセコンドさんが出てくると思っていたんだけど。まさか新メンバーを出してくるとはね」

 <第八商店街>の若旦那こと、カラシンがそう軽い口調で言うが、その目が笑っていないことはマリエールにも分かった。

「<三日月同盟>の隠し球、といったところですかな」

「まぁ、お手並み拝見といこうや」

 それは、<ロデリック商会>のロデリックと<海洋機構>のミチタカも同じだった。こと生産系ギルドにとっては、このコンテストでの順位が売上に大きく響くことになるはずだ。ゆえにこのコンテストをただのお祭りイベントと考える訳にはいかないのだろう。それも仕方ないことだとは思う。

「ううっ、せやけどやっぱ怖いで。<グランデール>と<RADIOマーケット>の審査員なんて、もう腰が引けとるやんか……」

 生産系ギルドとは異なり、冒険者の支援ギルドの審査員は各ギルドのギルドマスターではない。そのことだけでも力の入れ方の違いが明らかだ。きっと只でケーキをお腹いっぱい食べられると思い、嬉々としてギルドマスターに代わって審査員を引き受けたのだろうが、生産系ギルドの代表者たちの殺気立った雰囲気に飲まれて何とも居心地が悪そうな顔をしている。

「皆さんに召し上がって頂くケーキは、イチゴのショートケーキです。ケーキスタンドに飾られたものと同じケーキをこれからカッティングしますので、少々お待ちください」

 リオンはそんな雰囲気を気にした様子もなく、ケーキナイフを手にケーキをカットする。

「イチゴのショートケーキか。まぁ、基本といえば基本だが、余り面白みはねぇな」

 ミチタカが率直な感想を口にする。

「……そうですな。まぁ、最初に試食するケーキとしてはうってつけかもしれませんが」

 ロデリックがミチタカに同意し、口元を緩める。イチゴのショートケーキというなんの捻りもないケーキは、コンテストの優勝を争うほどのものではないと判断したのだろう。

「ううっ、やっぱり他のケーキにした方が心象良かったんやないかなぁ? せやけど、リオンさんが選んだケーキなんやし……」

 マリエールは笑顔でそれを見つめながらも、内心は心配で仕方がなかった。

「んっ? どないしたん、カラシン?」

 ただ一人言葉を発せず、ぼんやりとリオンがケーキを切る姿を眺めていたカラシンにマリエールが声をかけると、

「ああっ、ごめん。ただ、ずいぶんと綺麗にカットするものだと思って見ていたら、つい……」

 カラシンの言葉にマリエールもリオンのケーキをカットする様を凝視する。

 一度ナイフを入れる度に、ナイフについたクリームを拭き取ってナイフを入れる。ただ単純にカットするのではなく、何故そのような事をするのかは分からないが、カラシンがいうとおり、マリエールもその姿を綺麗だと思った。

 きっと何千回、何万回と繰り返してきたであろうその動作は、洗練された堂に入った動きで、見入ってしまうのも頷ける。それはミチタカ達も同じようで、「ほう」と呟きその様に目を奪われているようだった。

「お待たせいたしました。どうぞお召し上がり下さい」

 リオンは一切れずつを丁寧に皿に盛り付け、笑顔でそれを皆に手渡す。アシュリンもそれを手伝い、審査員全員にケーキが行き渡ったところで試食が始まった。

「……ははっ。参ったな、これは……。正直、こんなに美味しいイチゴのショートケーキは食べたことがないよ」

 一見すると何処にでもありそうなケーキ。だが、それを口にしたカラシンの口から漏れたのは、そんな苦笑交じりの感嘆の声だった。

「ぬぅ……。なるほど、こう来ましたか……。これは参りましたな」

 ロデリックは苦虫を噛み潰したような表情で唸ったが、ふっと表情を緩め苦笑する。

「……悔しいが、旨いな……」

 試食のはずが、切り分けられたケーキをまるまる一個食べ終え、ミチタカも同じように感想を述べ苦笑いをする。

 それは他の二人の審査員も同じで、本来は一口で済ませるはずの試食であるにも関わらず、綺麗に完食していた。

「おおっ、ええ評判やんか! さすがリオンさんのケーキやな」

 みんなの反応の良さに心の中で喜びの声を上げ、遅れてマリエールもケーキを口に運ぶ。

「……うん。前よりも更に美味しくなっとるんやないか? ほんまに、ほんまに美味しい。うん。それ以上言葉にできんわ……」

 以前にマリエールが食べた事がある唯一のリオンのケーキも、今と同じイチゴのショートケーキだったが、記憶の中にある味よりも更に洗練された味になっている気がする。

「良かった……」

 小さな声だったが、アシュリンの安堵と喜びの声が聞こえ、マリエールは思わず頬を緩めた。

「さぁ、皆様方。まだまだ試食は始まったばかりですわ。時間も押しておりますので次の試食に参りましょう」

 ヘンリエッタの声に、マリエールは我に返る。

「せやな。うちのケーキの試食が終わってホッとしてもうたけど、うちは一番手。まだ始まったばかりや。うちよりも美味しいケーキが出てくる可能性も十分ある。……なにより、<ハーメルン>のケーキも残っていることやしな」

 そう危惧をしたマリエールだったが、それは杞憂だった。

 その後、順番に参加者のケーキの試食に同伴したものの、<三日月同盟>のケーキほど審査員達を唸らせるケーキは出てこなかった。

 あるケーキは眼を見張るような見事な装飾が施されていたが、

「……うん。デザインは「素晴らしい」の一言なんだけど、土台の生地があまり滑らかではないのが残念だな」

 そんな駄目出しをされ、またあるケーキは、

「ムースを使ったケーキですか。なるほど、いい味ですね。ですが、ケーキの切り口が粗雑なのが残念ですな。口当たりに難があります」

 そんな評価をくだされた。

 我慢できず、ヘンリエッタに隠れてそれらのケーキをマリエールも試食をさせてもらった。そして、そのどれもが元の世界で市販されていてもおかしくないほどに美味しいケーキだと思ったのだが、審査員が口にする不満点をマリエールも感じてしまう。

「……最初にリオンさんのケーキを食べたせいなんかな? 普段なら気にしない、細かな点が気になってまう」

 リオンのケーキはシンプルながらも絶品だった。それは、味だけでなく、あらゆる面で欠点がなく完成度が高いということが起因しているとマリエールは考える。そして最初にそのようなケーキを食べ、それを基準にしてしまったため、後に食べるケーキは、その長所よりも短所が気になってしまうのだろう。

「……あっ、なるほどな。梅子が言っとったんはこういうことなんやな」

 もし仮にリオンのケーキが試食の後半に出てきたのであれば、そのレベルの高さに唸りはしただろうが、シンプルなショートケーキということもあり、あまり審査員の記憶に残らなかったかもしれない。

 この試食順は不利ではない、とヘンリエッタは言っていた。だが、それは控えめな表現で、きっと彼女はこの展開を確信していたのだろう。

 件の最初に試食をさせてほしいとの申し出があった際に、きっとヘンリエッタはそんなことはおくびにも出さずに内心でほくそ笑んでいたに違いない。

「……まったく、怖いくらい頼りになるで、うちの<会計士>は……」

 マリエールは呆れと感心を半々に、そんな感想を心の中で呟く。

 そして試食はつつがなく進み、いよいよ十番目の<ハーメルン>のケーキの試食となった。

「いっ、いらっしゃいませ」

 明らかに言い慣れていない歓迎の言葉を口にし、すでに解体したはずの<ハーメルン>のシュレイダがマリエール達を出迎える。

 ケーキは顔で作るものではないが、いかにも小悪党然としたこの男があんな素晴らしいケーキを作り上げたとは、未だにマリエールも信じられない。

「んっ? なんだかえらい疲れとるように見えるんは気のせいか?」

 マリエールはそう思ったが、ケーキスタンドに置かれたチーズケーキを確認し、表情が険しくなる。

「……あの時と同じチーズケーキ。……まずいかもしれん。あのケーキは悔しいけど美味しかった。……リオンさんのケーキと同じシンプルながらも完成度の高いケーキ。だとすると、やっぱ先出しのうちらが不利になってまうんやないか……」

 マリエールは不安でたまらなくなり、黙っていることが出来ずにシュレイダに自分にもケーキをくれるように頼んだ。

「……はい」

 やはりぎこちない対応でシュレイダはマリエールにチーズケーキを皿に乗せて手渡した。

 ケーキを受け取ると、審査員が試食するよりも早くに、マリエールはそのケーキを口に運び、

「……えっ?」

 そう驚きの声を上げた。

 

 

 

 すべてのケーキの試食が終わり、やがて審査員の点数の集計も終了すると、今回のコンテストの結果が発表される事となった。

 司会を務める明日架の口から、優勝ギルド名が告げられると、リオンは安堵の溜息をつき、満足気に微笑んだ。それは、あまりにも控えめな喜び方だったが、

「リオンさん!」

 彼の傍らにいたアシュリンが、彼の分まで喜んでくれた。瞳に涙をいっぱいためて、そして落涙させながら、「よかった。本当によかったです」と喜ぶアシュリンの姿が、リオンにとっては会場中に響く拍手以上の賛辞であり、喜びだった。

「……ありがとう。アシュリン」

 リオンは泣きじゃくるアシュリンに礼を言い、頭を撫でて落ち着かせていたのだが、

「ちょっと、待ってくれ。あんたのケーキを俺にも食べさせてくれないか?」

 隣のテーブルにいた参加者の男がそう口火を切ると、瞬く間にリオンの元に参加者たちが殺到してしまった。

 今回のコンテストに参加した者は、誰もが腕に自信を持つ者達だ。そんな中で自分の自慢のケーキよりも高得点を出したケーキがどのようなものなのか気にならないはずがない。

「あっ、その、それは構わないですが、さすがに皆さんに行き渡るほどの量は残っていないので……」

「あっ、待ってください。すぐに準備をしますから」

 思わぬ展開に、優勝したという感動と充足感もどこかに行ってしまい、リオンとアシュリンは慌ててその対応に追われることになってしまった。

 

 

 

 リオンのケーキに今回のコンテストの参加者たちが殺到する様子を見ながら、これから直ぐに閉会式を行う予定だったはずだが、この騒ぎが終わるまではそれも難しいだろうとシロエは苦笑する。

「……それで、これから何をなさるおつもりなのでしょうか、シロエ殿」

「何を、とは?」

 二人だけのゲスト席で、シロエに声をかけてくる者は一人しかいない。シロエは質問の意味がわからないとばかりに、高山三佐に聞き返す。

「ミロードが言っていました。またシロエ殿が何かを策謀していると。

 すでに解体したはずの<ハーメルン>の人間がこの<アキバ>の街に戻り、そして貴方が発案したケーキコンテストに参加した。その事柄を単なる偶然というのは無理があるのではないでしょうか?」

 高山三佐の指摘に、シロエは苦笑する。

「やはり耳に入っていましたか。……ええ。無理がありますね。でも、それを無関係だと思ってもらわなければいけなかった。そのために、あまり気の進まない方法を取らざるをえなかったんですよ」

「……教える訳にはいかない、と言う事ですね」

 思わせぶりな事を言いながらもその内容を明らかにしない返答を、高山三佐はそう捉えたようだったが、シロエは首を振って否定する。

「いいえ。この後、僕がするのはたった一つのことだけです。閉会式が始まったら行いますので、クラスティさんに報告をするのでしたら、このままこの場に残って頂ければお見せできると思いますよ。もっとも、本当に大したことはしませんので、がっかりなさるかもしれませんが……」

「……分かりました。ですが、私はミロードからこの件について調査せよとの命は受けておりません。今回のお誘いも、ミロードが参加しないと言うものですから、私が代わって参加させて頂いたまでのことです」

 至極落ち着いた物言いで、高山三佐はシロエの憶測を否定し、

「そして、あの素晴らしいケーキを今後も口にできるのか否かが気になっただけです」

 そう言い切ってケーキの試食を再開する。すでに彼女のテーブルには、三十以上の枚数の皿が重ねられていた。

「あっ、あの。まだ食べ続けるつもりなんですか?」

 一口ずつでも、十皿も食べれば胸焼けがして来そうになったシロエには、どうして彼女が表情ひとつ変えずにケーキを黙々と食べ続けられるのか分からない。

「当然です。これほどの種類のケーキを味わう機会などそうあるものではありません。今後のことを考慮し、各ギルドのレベルを把握しておかねば」

 何のための今後かは分からないが、高山三佐はそう言ったきり、黙々とケーキを食べ続ける。

 シロエはその姿に、言葉の真偽は判断できないが、彼女は本当にただケーキを食べたいがために招待に応じたようにしか思えなかった。

「……まぁ、とりあえず、僕は最後の仕事を済ませるとしよう」

 ようやく閉会式が始まったのを確認し、シロエは静かに席を立った。

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