「アシュリン」と「ケーキ」と「憧憬の少女」   作:トド

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第6話

 <アキバ>の街でのケーキコンテストは無事に終了し、その結果は<三日月同盟>の優勝という結果で終わった。そして、上位の三位までのギルド名が紙媒体で公表されたのだが、準優勝と三位入賞には<海洋機構>と<第八商店街>がその名を連ね、意外なことに、<ハーメルン>の名がそこに上がることはなかった。

 コンテストの終了により、リオンも緊張感で眠れぬ日々から開放され、いつもの生活に戻れるものだと思っていたのだが、コンテストが終わってからのこの一週間、彼はまだ眠れぬ日々を過ごしていた。

「…………」

 リオンはただ静かに椅子に座して考え続けていた。だが、まるでいい考えが浮かんでこない。いや、それどころか思考がまるでまとまらない状態だった。

「……どうして、こんなことに……」

 何度も口にした言葉を繰り返し、リオンは重いため息をつく。

 それは先週のケーキコンテストの閉会式での事。簡易な表彰が行われ、リオンは優勝の栄誉を勝ち取った。それは自分があの忌まわしい<ハーメルン>を打ち倒したという事であり、そのことはもちろん嬉しく、溜飲の下がる思いだったのだが、その閉会式の壇上に、ゲストとして参加していた<記録の地平線>のシロエが現れた。

 シロエは参加者全員の研磨と上位入賞者に賛辞の言葉を口にし、ゲストとしてこの場に参加できたことを嬉しく思う、と無難な感想を述べた。だが、その後が問題だった。

「特に、優勝された<三日月同盟>のケーキは素晴らしい物でした。是非、うちのギルドのメンバー達にも食べさせて上げたいと思うほどに。

 しかしながら、<海洋機構>と<第八商店街>とは異なり、<三日月同盟>が普段ケーキを販売しているという話は聞いたことがありません。ですので、この気を逃すともう口にすることは出来ないかもしれない。

 そこで、図々しいお願いなのですが、この場でケーキを一つ発注させて下さい。最近、僕のギルドの新人たちが頑張っているので、彼らを労うケーキを作って頂きたい。予算の上限は決めませんので、どうかお願いします」

 その場でまさかケーキの発注をされるとは思わず、リオンは呆然とすることしか出来なかった。しかもその内容は、<記録の地平線>の新人メンバーを労うためのケーキ。その新人メンバーとは、トウヤとミノリに他ならない。

「いや、その、急にそないなことを言われても……」

 マリエールの言葉は正しくリオンの気持ちそのものだった。だが、

「おや? 今回のコンテストには参加できても、発注のケーキを作ることが出来ない理由でもあるんですか?」

 そう不思議そうな顔で続けられたシロエの言葉に、退路は塞がれてしまった。

 参加者全員の目の前だ。そこで発注を断るようなことをすれば、シロエの言うとおり、コンテストには参加できても発注は受けられないということを認めることになってしまう。そうなれば、今回のコンテストで<三日月同盟>が何かしらの不正を行っていたと邪推されることは間違いない。そんなことになれば、<三日月同盟>の著しいイメージダウンに繋がってしまう。

 やむを得ず、他の誰にもにわからないようにリオンに申し訳無さそうに頭を軽く下げて、マリエールはシロエの発注を受けることを承諾した。

 マリエールがケーキの発注を受けたことはしかたがないことだとリオンも思う。そしてコンテストが終了してから、何度も自分に謝罪していたマリエールを恨めしく思いはしない。

 だが、無茶な発注をしたシロエを恨む訳にも行かない。強引なやり方だとは思うが、彼は自分の作ったケーキを食べて、それを高く評価してくれたからこそ、あのような注文をしただけなのだろうから。

「……シロエさんが指定してきた期間は後一週間。……だけど、何を作ればいいのか全く思い浮かばない」

 最終的にはアシュリンのお陰で決定したものの、先のケーキコンテストの際には、リオンも自分なりにどのようなケーキが良いだろうかと考えて、思いつく限りのケーキを一通り作ってみた。だが、今回は何も思いつかない。試作をつくろうにも何を作るのかを決められなければ話にならない。

「……そのせいで、今日もアシュリンにおみやげを渡すことが出来なかった」

 ケーキコンテストが終了してからも、アシュリンは自分のことを心配して頻繁に訪ねてきてくれる。しかし、そんな彼女にリオンが振る舞うことが出来たのはお茶だけだった。

「……チーズケーキでは華やかさにかける。ロールケーキやカップケーキ、シュフォンケーキも同じだ……。パイ生地やタルトを使ったケーキもインパクトが弱い。そうすると、やはりスポンジケーキが一番無難な所。でも、コンテストに出したものと同じケーキを出す訳にはいかない。今回作らなければいけないのは、<記録の地平線>の新人メンバーの……トウヤとミノリのためのケーキだ。コンテストの時とは違う……」

 リオンがあのコンテストに出したケーキは、『アシュリンのためのケーキ』だった。出会ってからずっと心を癒してくれたばかりか、どのケーキを出せばいいのか決めかねていたあの時も懸命に励まし、自分が作るケーキを『魔法のケーキ』だと讃えてくれた彼女に対する感謝を込めて作った。そのおかげか、出来上がったケーキは自分でも会心と思える出来で、結果、コンテストで優勝することが出来た。

 アシュリンは言っていた。食べる人に喜んでもらいたいという思いが自分の作るケーキに魔法をかけているのだと。自分の作るケーキがそんな大それたものだとは思えないが、少なくとも、気持ちの入らないケーキを人に食べてもらうわけにはいかない。ましてや、今回は……。

「……どうしているのかな、トウヤとミノリは。『腹ぐろ眼鏡』なんて、あんまりな二つ名で呼ばれているけれど、マリエさんの話では、シロエさんは信頼の置ける好青年だというから、きっと……」

 リオンはそこでおかしなことを言っている事に気づき、苦笑する。

「ギルドメンバーの事を思いやれる人だからこそ、僕に今回のようなケーキを注文したんだ。そんな人のギルドに入って、悲しい思いをしているはずがないじゃないか……」

 そう思い直し、そしてリオンはトウヤとミノリのためのケーキを作れない理由に、はたと気づいた。

「……そうか。僕が、まだ<ハーメルン>でのことを引きずっているからか……」

 もしもこの依頼が、リオンの全く知らない人物のためのケーキならば、リオンは相手の性別や年頃さえ分かれば、おおよその見当をつけてケーキを作ることは出来ただろう。だが、今回のケーキは自分にとっても『特別なケーキ』なのだ。先のコンテストに出品した『アシュリンのためのケーキ』と同等以上の気持ちを込めて作らなければいけない。だが、

「僕が真っ先に思い浮かべるトウヤとミノリの顔は、悲しい顔だ……。あの子達が心から笑っている姿を、喜ぶ姿が想像できない……」

 気持ちを込めたいと思えば思うほど、その相手の事を深く理解しなければままならない。けれど、リオンが知っているのは、<ハーメルン>での彼らの悲しげな姿がほとんどだった。

 原因が分かっても、解決方法が見つからず、「どうすればいいんだ」と再び悩むリオンだったが、不意に彼の耳にドアをノックする音と、

「失礼致しますにゃ。吾輩は<記録の地平線>のにゃん太と申しますにゃ」

 そんな独特の語尾の男の声が聞こえてきた。

 

 

 

 美しい夕焼けを目にしながら、リオンは久しぶりに<アキバ>の街の入口までやってきた。

「いろいろと無理を聞いて頂き、申し訳ありませんにゃ」

「あっ、いえ……」

 リオンがこんな所にいるのは、このにゃん太という猫人族の<冒険者>の頼みを引き受けたためだ。

「この度は、うちのギルマスの無理な注文を受けて頂きありがとうございますにゃ。ですが、誠に申し訳ないのですが、少々注文内容を変更させて頂けないかと思い、ご相談に伺ったしだいですにゃ」

 リオンの家を訪ねてきたにゃん太は、リオンが家の中に招き入れると、そう前置きをして注文の変更内容を告げた。

「それで、相談したいことというのは、そのケーキの大きさか数を増やして頂けないかということなのですにゃ。先日、うちのギルマスがお願いしましたとおり、今回注文したケーキは、我々のギルド、<記録の地平線>の新人達のためのケーキなのですが、その子達が、短い期間ですが<三日月同盟>でお世話になっていた事がありますのにゃ。

 そのため、彼らを労うパーティーを開き、それに<三日月同盟>の皆様もお招きしてはどうかという話が持ち上がりましたのにゃ。そこで、パーティーの参加者みんなで食べられる分量のケーキに注文内容を変更させていただきたいのですにゃ」

 にゃん太はそれに加えて、期日を数日遅らせる事をリオンに告げた。

「……日数も延ばして頂けるのであれば、対応は可能……と言いたいところなのですが、すみません。正直、今回のご注文は非常に難しく、手を焼いておりまして……」

 リオンは素直な思いを口にした。このままでは期日をいくら延ばしてもらっても、注文のケーキを完成させることは出来そうにない。

「……そうですかにゃ。いえ、それも仕方のない事ですにゃ。そもそも何処の誰に送るともしれないケーキを作って欲しいという注文自体に問題がありますのにゃ。無理難題をお願いしてしまい誠に申し訳なく思っておりますにゃ。

 ですが、うちのギルマスが貴方の作ったケーキをべた褒めるものですから、うちの新人達も貴方のケーキが食べられることをとても楽しみにしておりますのにゃ」

 にゃん太は至極申し訳無さそうに言い、困り顔をしていたが、

「……ああっ、そうですにゃ。重ね重ね申し訳ありませんが、少しだけお時間を頂けませんかにゃ? 素人考えですが、ケーキを贈る相手が分かれば、何かしらのきっかけにはなるのではないかと思いますのにゃ」

 そんな突拍子もない提案を持ちかけてきた。

「えっ、その、それは……」

 リオンは驚いて断ろうとしたが、それよりも早く、にゃん太が口を開く。

「とは言っても、直接彼らとリオンさんが出会ってしまい、期待するあまりに、彼らからまた無理難題を付け加えられては元も子もありませんにゃ。こっそりとその姿を確認するだけにして置くのがいいでしょうにゃ」

 にゃん太は一人で頷き、

「いかがですかにゃ? ご足労いただけませんかにゃ?」

 そうリオンに判断を委ねてきた。

 ……そして、リオンは今、にゃん太と共に<アキバ>の入口の隅で彼らを待っている。

 会いたくないという気持ちよりも、あの二人が今どうしているのかをひと目みたいという気持ちが上回り、リオンはここにやってきた。

「念のためですにゃ」

 にゃん太はそう言い、何かのアイテムを取り出し、それをリオンと彼自身に使った。なんでもそのアイテムを使用すると同じゾーンにいてもフレンド登録している相手にも気づかれることがないらしい。

「ずいぶんと念を入れるんだな。それだけ、あの子達に僕の作ったケーキを食べさせたいと思ってくれているのか……」

 もっとも、アイテムの知識に乏しいリオンにはそれがどの程度有用なものなのかは分からなかった。

 目的の人物が、あの子達が戻ってくるまで、軽くにゃん太と談笑し、リオンは彼が古くからの<エルダー・テイル>のプレイヤーであり、<記録の地平線>で料理を担当していること等を知った。

 その落ち着いた物腰や言動から、きっと自分よりも年長者だろうと思い尋ねると、「縁側でひなたぼっこをしていた頃が懐かしいですにゃあ」と冗談めかして言っていた。

「……どうやら、戻ってきたようですにゃ」

 にゃん太はリオンに静かに言い、視線を街の入口に向ける。それに倣い、リオンも同じように視線を向ける。

「へへん、一番!」

「おおっ、速いな、トウヤ!」

 大鎧を纏った長身の戦士を追い抜いて、街の中に駆け入ってきた少年にリオンは目を奪われた。

「……トウヤ……」

 その姿は間違いなくリオンの知る少年。けれど、悪戯で得意げな満面の笑みが浮かべるその表情は、リオンの全く知らないものだった。

「もっ、もう、トウヤったら。いっ、いきなり競争だ、なんて言い出すんだもの……」

 少し遅れて街に入ってきたのは、少年と同じ年頃の少女。

「……ミノリ……」

 乱れた呼吸を整えながら、トウヤに文句を言う少女もリオンの知っている少女で、けれど、やはりその明るい表情はリオンの知らないものだった。

「……あの少年と少女が、我々のギルドに加わった新人ですのにゃ」

 リオンの呟きが聞こえなかったのか、にゃん太はリオンが二人の名前を口にしたことを尋ねはせず、そう簡単に二人の紹介をする。

「……にゃん太さん。あの子達は、いつもあんなふうに笑っているんですか? あんなに楽しそうに日々を過ごしているんですか?」

 目頭が熱くなるのをこらえてリオンが尋ねると、にゃん太は「ええ」と頷いた。

「いつもあの二人は元気に、楽しそうに毎日を過ごしておりますのにゃ。そして、まだまだいろいろな面で経験不足ですが、熱心に我々の教えに耳を傾けて、<冒険者>としても驚くほどの早さで成長していますのにゃ」

「……そうですか……」

 リオンはそう呟くと、言葉を失ったかのように黙りこみ、トウヤとミノリの姿が見えなくなるまで、ただただその姿を見つめ続けた。

 やがて二人の姿が見えなくなると、しばらく無言だったにゃん太が口を開いた。

「……実は、あの二人は以前、<ハーメルン>という初心者救済を謳った悪徳ギルドに加入してしまい、そこで辛い思いをしてきたのですにゃ。……けれど、今、あの子達は笑っていますのにゃ。辛い過去ではなく、明日を、未来を見据えて日々を過ごしておりますのにゃ。

 どうか、そんな頑張っている二人のために、貴方の手で、彼らが喜ぶケーキをお作り願えませんかにゃ?」

 にゃん太の頼みに、リオンはすべてを悟ったかのように「……ええ、分かりました」と答え、笑みを浮かべる。

 それはとても優しくて、そして酷く悲しい笑みだった。

 

 

 

シロエがケーキコンテストの閉会式で、突然リオンにケーキを注文したことは、全くそんな話を聞いていなかったアシュリンにとっても驚きの出来事だった。

 リオンはずっとトウヤとミノリのためのケーキを考え続けている。その事はシロエ達にも説明したはずなのに、どうしてそんな事をしたのかアシュリンには分からない。

 シロエにそのことを尋ねると、

「強引なやり方でごめん。でも、君の依頼を達成するためには、どうしてもリオンさんに、二人のためのケーキを完成させてもらわなくちゃいけないんだ」

 彼はそう答えにならない答えを口にするだけだった。

「……でも、『特別なケーキ』が完成すれば、きっとリオンさんは笑ってくれるはず」

 シロエの考えを自分では理解することは出来ないと判断し、アシュリンはそう考えることにした。

 そのため、アシュリンはなにか少しでもリオンの手助けができないものかと思い、今までと変わらず足繁くリオンの家に通っていた。

「……リオンさんは、毎日どんなケーキを作ればいいのかって悩んでいる……。私にも何かできる事はないのかな……」

 そう思い、アシュリンは懸命に考え続けた。リオンのケーキ作りの何か手助けは出来ないかと。

 そして、アシュリンは些細な案を思いつき、リオンに駄目元でそれを話してみた。

 結果として、そのアシュリンの思いつきが、リオンの『特別なケーキ』を完成させることとなった。

 ……けれど、アシュリンの願いは叶わなかった。

 

 

 

 アシュリンはいつもの様にリオンの家を訪れ、お茶をご馳走になっていたが、そこでリオンから思わぬことを告げられた。 

「……そんな、リオンさん……」

「……ごめん。やっぱり、僕はそのパーティーには参加しないほうがいいと思うんだ」

 ついに明日に迫った、<記録の地平線>の新人達の、トウヤとミノリのためのパーティー。リオンがそれに参加するものだと思っていたアシュリンは驚き、悲しげな顔をする。

「そんな顔をしないで、アシュリン。君のお陰で、ずっと僕が思い描いていた『特別なケーキ』を完成させることが出来たんだ。君の素晴らしいアイデアがなければ、こんなケーキを思いつくことは出来なかったよ。このケーキならきっと、喜んでくれるはずだ……」

 リオンはそう言うと、納得がいかずに泣き出しそうな顔をするアシュリンの頭を撫でた。

「……このケーキが、リオンさんの『特別なケーキ』なんですか?」

 悲しげな顔で尋ねるアシュリンに、リオンは静かに頷いた。

「うん。そうだよ。あの二人に、トウヤとミノリに喜んでもらうためのケーキ。それが、僕の『特別なケーキ』なんだ……」

「……でも、でも、それならどうして、リオンさんは悲しそうな顔をしているんですか? どうしてそんな風に……」

 リオンは微笑んでいた。けれど、アシュリンには分かる。それが心からの笑みではないと。その微笑みは、初めてリオンに出会った時と変わらない、優しいけれど悲しい笑顔なのだと。

「……敵わないな、君には。でも、これが僕の『特別なケーキ』なのは間違いないんだ。きっとこのケーキならば、あの二人も喜んでくれると思う……」

 リオンは苦笑し、アシュリンの空になったティーカップに紅茶を注いだ。

「……アシュリン。少しだけ、僕の話を聞いてくれないかな? 聞いていても面白く無い話なんだけれど。そして、とても情けない話なんだけれど……」

 尋ねる物言いだったが、リオンのその言葉は哀願だった。

「……リオンさん。……はい、聞かせて下さい」

 アシュリンはリオンの心からの願いをその表情から察し、そう応えた。

 リオンは「ありがとう」と感謝の言葉を言い、話し始めた。リオンが<ハーメルン>に所属していた時の事を。リオンがどうして『特別なケーキ』を作ろうとしていたのかを。

 アシュリンはその話の内容を知っていた。けれど、当事者であるリオンの口から聞くのは初めてで、そして、わざと淡々と話すリオンの気遣いが、そこに秘められた彼の辛い気持ちを余計に想像させて、アシュリンは堪え切れずに泣いてしまった。

「……ごめん。こんな話を聞かせてしまって。……それと、ありがとう。僕の事で泣いてくれて……」

 リオンはお侘びと感謝の言葉を口にし、落ち着かせようと泣いているアシュリンの頭をまた撫でる。

「それでね。何日か前に、僕はトウヤとミノリの姿を見たんだ。二人とも、笑顔を浮かべていた。楽しそうに笑っていたんだ。きっと、彼らは前を向いて、未来を見ているのだと思う。過去の事を振り返らずに、前に向かって歩き出しているんだと思うんだ。

 僕は彼らの過去の存在だ。今更、そのことを思い出させて、彼らの笑顔を曇らせたくないんだ……」

 リオンはそう言い、また悲しく微笑んだ。

「僕は弱い人間だから、『特別なケーキ』を作って、それを食べてもらうことで、トウヤとミノリに許してもらいたいと思っていたんだ。でも、ようやく分かったんだ。そんな気持ちを込めて作ったケーキでは、二人に喜んでもらうことは出来ないって。だから僕は、彼らに喜んでもらうことだけを考えてこのケーキを作ったんだ」

 リオンの言葉に、アシュリンは涙を堪えて思いを口にする。

「でも! でも……。それなら、リオンさんはずっと悲しい、辛い思いをしたままで……」

「……ありがとう、アシュリン。君は本当に優しい子だね。でも、大丈夫だよ。君のお陰で、僕はあの忌まわしい<ハーメルン>に勝つことが出来た。それだけで僕は満足なんだ。今はまだ辛いけど、きっとこの辛い思いはそのうち薄れていくと思う……」

 悲しくて辛くて、今にも壊れてしまいそうな痛々しい笑顔で、リオンはアシュリンを諭す。

 納得はできなかった。それを良しとはしたくはなかった。けれど、決意を固めたリオンに、アシュリンは掛ける言葉を見つけることはできなかった。

 

 

 

 ――リオンさんの作るケーキには、きっと魔法がかかっている。

 

「……なるほど。うん、素晴らしいアイデアだ。それならきっと、あの二人も喜んでくれる。ありがとう、アシュリン。これで何とかなりそうだ」

「えっと、その、でも、これは前に漫画かアニメでみたお話で……」

「構わないよ。僕自身がそのアイデアを気に入ってしまったんだからね」

 

 ――そして、リオンさんのケーキにかかっている魔法は、この<エルダー・テイル>の魔法とは違う魔法だと私は思う。

 

「大丈夫かな、これで?」

「はい。食べるのが勿体無いって思っちゃいます。本当にすごいです。やっぱりリオンさんの作るものには魔法が掛かっているんですね」

「ははっ。ありがとう。でも、これも君と、にゃん太さんが協力してくれたおかげだよ」

 

 ――それは、みんなを幸せにする魔法。それは、みんなに幸せを運ぶ魔法。お伽話に出てくるような、不思議だけれど素敵な魔法。

 

「すごい、すごいです、リオンさん!」

「ふぅ。数が数だから、土台となるケーキも普段よりずいぶん大きくしなくちゃいけなかったから苦労したよ。でも、ようやくこれで完成だ」

「きっと、みんな喜んでくれると思います。こんなすごいケーキ、見たことがありません」

「そうかな? いや、そうだね。きっと喜んでくれるはずだ……」

 

 ――だけど、どうしてその魔法を使えるリオンさんは、いつも悲しい顔をしなければいけないのだろう……。

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