朧と母親はFuture World festivalの会場へと足を運んでいた。
家族を捨てた父親に会いに来たと言う理由が九割方だが、一割は少しの期待だった。
恐らく父親が出て行かずに楽器を続けていたら、間違いなくこのステージを目指して特訓していただろう。それ故に余計に腹が立つ。
自分達を捨てた人間がこんな大きな舞台に出る。不幸にもならずにのうのうと音楽を続けているんだ。本当は顔も合わせたくないが、色々聞くこともあるので渋々この場所へと来た。
「わぁ、凄いわね朧…こんな大きなステージ見た事ないわ」
お母さんは目を輝かせながらステージを眺めている。音楽には無知だが父親の演奏会には良く行っていたし、帰ってくる度に嬉しそうな顔で父親が活躍していた事を俺に報告してきた。
その時のお母さんの顔を今でも覚えてる。…ここ数年はその笑顔を見た覚えはないけど。
「ねぇ母さん。始まる前に控え室に行くんでしょ?」
「…あぁ、そうだったわね」
母の表情が少し曇る。控え室に行くとはつまり、父親と数年振りの再会をするという事。不安も緊張も俺より遥かにしているだろう。
「行きたくなかったら行かなくていいんだよ?」
「…いいえ、行くわ。ありがとう、朧」
朧へ笑顔を向け前に向き直ると、母は朧の手を引き控え室へと向かう。特別招待券にはその様な特典もあり運良く手に入れた人は好きなバンドの人と数分だが会話や握手を出来るのだ。
本当は好きな人に会うための券だと言うのに皮肉な話だ。
控え室へ続く道はスタッフが忙しそうに行き交い、機材やら証明その他諸々を準備している。
各バンドの部屋にはそれぞれ名前の札が付いており一目で誰が何処にいるか分かる状態だ。
邪魔にならない様に通路を進んで行くと、とうとうその文字が目に入る。
『Future World fes. 篠崎 帝(しのざき みかど)様 』
二人の緊張感は一気に高まる。このドアの先に因縁の相手がいるのだ。たかが数秒の間であっただろうが、二人に取っては数時間とも言える緊張の瞬間。
その沈黙を破ったのは母で、扉に手をかけるとゆっくり開いていく。
忘れもしないその後ろ姿。昔は大きく暖かく、そして憧れたその背中。
「…来たかい?」
懐かしい声色と共に振り向く男、篠崎 帝。今年のFuture World fes.の大トリを飾るバンド" Kings "のギター&ボーカルを務める今世紀最大の天才。過去にオーケストラに所属しヴァイオリンを担当。しかしヴァイオリンに限らず弦楽器全てをハイレベルにこなしていた。
オーケストラを抜けた後自身でバンドを結成すると、そのバンドは瞬く間に有名となり今や知らない人の方が少ないだろう。
初発売のシングルでミリオンを叩き出したのは今でも伝説と語り継がれている。
そんな男の背景に家族を捨てたなんて知る由もないファンは狂った様にこのバンドを崇拝しているのだ。俺から見れば反吐が出そうになる。
「久しぶりだね、元気だったかい?朧はかなり大きくなったな…」
呑気に話しかけてんじゃねえよ。なんて言う度胸も無く、今は母の手を強く握る事しか出来ない。
「貴方は変わりないわね、帝さん。チケットを送ってくれたのは嬉しかったけれど、どういうつもりかしら」
流石は母さんだ。昔から怒った時に一番怖いのは母さんだった。俺は怒らせた事無いけど、近所迷惑だった変なおばさんに正論を噛まして引っ越しさせたのは近所で有名な話になっている。
「どうもこうもないよ。私はただこのステージを楽しんで欲しくて呼んだだけだ。それ以上の理由はない」
「いいえ、私は馬鹿じゃないし貴方はそんな理由で人を呼んだりしないわ」
父親は沈黙する。母さんと父親は8年の時を経て結婚した。出て行くまでの12年間でお互いの事は理解出来ている。嘘なんて通用はしない。
「…敵わないな、君には。そうだね…これが今私に出来る最大の贖罪だと思ったからだ」
贖罪だと?
耳を疑う言葉に朧の表情は固まる。この男からそんな言葉が出て来るなんて思いもしなかった。
「私が間違っていたよ。君と朧を置いて出て行き、あまつさえ金を持って行った事。あの時の私は音楽に取り憑かれていた、音楽の全てを理解したかった。その為に海外を飛び回り勉強する金が必要だったんだよ。…君達の事なんて何も考えずに、ね。はは、本当に愚かだった」
やめろ、今になってそんな顔で謝罪するな。悪役は悪役らしく憎まれろよ。なんで本当に悪かったみたいな顔をしてるんだ。自分勝手にも程があるだろ。
「自分勝手ですね、貴方は。それで許されると思っているんですか?お金の事も勉強の事もいいんです。今の貴方が一番謝罪しないといけないのは何も言わずに出て言った事と朧の事でしょう。この子は音楽を辞めたのよ、貴方のせいで。音楽をすると悲しむからって、無理して辞めたの。一番大好きだった物を取り上げられた挙句、それを我慢し続けて今になってこんな舞台見せられて…朧が喜ぶと思うの!?」
母は目尻に涙を浮かべながら激情する。こんな母は見た事がなかったので朧も驚いたが、母の感情に釣られて頬に涙を伝わせる。
ここまで大切に思われて来た事に感謝しか感じない。この母の息子で良かったと心から思えた。
朧が音楽を辞めたと聞くと、帝は信じられないと目を見開きそっと俯き片手で顔を覆う。
「そうなのか…そうだったか。朧…済まない…本当に…」
もういい。お前の顔なんて見たくない…俺は…!!
握っていた母の手を振りほどくと、朧は勢いよく控え室から飛び出した。何処に向かうなど考えていない。ただ遠くへと逃げたかった。
「…幾ら貴方が贖罪しようと私は許しません。会うのはこれっきりにして下さい。ただ…少し安心しました、貴方が謝罪出来る人だって知れて」
母はそう言い残すと、急いで朧を追い掛けていった。
「ふふ、本当に昔から何も変わらない。愛していた…愛していたのに…」
帝は机へと項垂れれば、静かに嗚咽を漏らすのであった。
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