〖音楽を辞めた少年は、少女達と共に夢を視る〗   作:Y×2

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『そして…』

結局朧は父親のステージを見ること無く、逃げる様に会場から去っていった。

俺に追い付いた母は何も言わずにただ俺を抱き締めてくれた。

その温もりは今でも忘れない。

 

母はもう涙を流さなかった。ただ俺に謝りながら、二人で頑張って行こうと声を掛けてくれた。

 

俺も母を苦しめる事はしたくない。だから結局音楽を始める事は無かった。あの日迄は…。

 

中学、高校はエスカレーター方式で上がれる場所を選択し、俺は16歳になった。高校二年ともなれば青春真っ盛りだろうが、俺はそんな事に興味はない。

この高校は吹奏楽部があるらしくそれなりに成績を残していると有名だった為少し覗いて見たものの、自分にとって何の刺激にもなりはしなかった。

 

未だに音楽をやる気は起きず部活にも入らず、家に帰り適当に勉強をしてのんびりする毎日。

退屈だと思われるだろうが、俺はそんな日々を堪能していた。

一通りゲームをこなしたけど、直ぐに全部マスターした為飽きてしまい続くものは無かった。

 

そんなある日、散歩がてら適当に歩いていると一つのライブハウスを見つける事になる。

「…SPACE?こんなライブハウスあったんだな」

 

いつもは通らない道だった故に今まで存在を知らなかった。本当に何となくそのライブハウスへと入って行くと朧は驚いた。

 

「出演、女の人ばっかりのバンドだな。ガールズバンドってやつか」

 

この頃ガールズバンドはメジャーではなく朧自身も余り関わった事はない為とても新鮮に思えた。

丁度バンドが演奏中だった為、ワンコインを払いステージの方へ向かい扉を開くと、中は熱気で煙たく耳が痛い程の歓声で満たされていた。

久し振りに感じる熱気に少し鳥肌を立たせつつも、隅の方へ移動し適当な場所を取りバンドを眺める。

 

何だろ、この感じ。音楽を辞めた筈なのに…嫌いになった筈なのに勝手に身体がリズムを求めて動いてしまう。

どうしても心地良いと思ってしまうんだ。

 

朧の心の深くには刻まれていた。音楽の楽しさ、素晴らしさ、美しさ…沢山の思い出が。

母の前で演奏した時に見せてくれたあの笑顔。嬉しそうな声色。聞いてくれている時の静かな顔。

全て音楽が魅せてくれた景色だった。

初めから嫌いになるなんて無理だったのだ。

 

しかし、いざ楽器を持つと演奏出来る気がしない。父親の顔がチラついて手が震えてしまう。

結局弾けないのなら好きである意味が無い。だったら音楽から身を引く方がいい。ずっと未練を残して生きていくのは辛いから。

 

そのバンドの演奏が終わり、朧は小さく拍手しながら帰ろうとしたその時、隣の女の人に声を掛けられた。

 

「アンタ、もう帰るのかい?」

 

横に視線を向けると、少し年配の女性が壁に凭れてステージを眺めつつそう述べた。

 

何だこの人…と思いつつも、同じ様に壁に背中を預けて言葉を交わす。

 

「まぁ…色々満足したんで」

 

「私にはそう見えないね。まだ身体が疼いてるだろう」

 

図星だ。本当はもっとこの空気感を味わっていたい。でもここで帰らなければまた音楽を始めたいと思ってしまう。

 

「おばあちゃんには関係ないっすよ」

 

「あるよ。音楽が好きな人間は皆仲間だ。無論アンタもね。何抱えてるか知らないけど、ここに来たからには最後まで見ていきな?」

 

女性は朧に着いてこい、と言うように手招きするとステージ袖へと案内してくれた。

一般人の俺をこんな所に招いて良いのかと思いながらも取り敢えず女性の隣で準備中のバンドを眺める。

 

次に出演するバンドの面々は緊張した面持ちでステージを眺めていた。そのメンバーに向かって女性は

 

「アンタ達、シャキッとしな!お客様を楽しませないと承知しないよ!」

 

と激励?の言葉を送る。メンバーはその言葉にこくりと頷き、どこか緊張が解れた様な顔をしている。

 

「このステージに出られるバンドは、私がオーディションしてるんだ。かなりの人数が受けてくれるんだけどね…出られるのはほんの数組程度さ」

 

「そりゃ結構な倍率っすね。基準は何なんですか?」

 

この人オーナーだったのかよ。と少々驚きはしたものの会話を続ける。

 

「…やりきれたかどうか、さ。毎回聞くんだよ、やりきれたかい?ってね。やりきれたと答えるバンドは少ないし、その中でもやりきれたと思っている子達だけを出してるのさ。演奏の上手下手関係なくね」

 

意地悪なばあさんだ。やりきれたかどうか何て聞かれても困るに決まってる。

ま、それは意図があってしているに違いないし何も言わない。

 

「アンタの顔を見てたらね、楽しそうなのにどこか寂しそうだったんだよ。アンタ、まだやりきってないだろう」

 

「やりきりましたよ、これ以上無いってぐらい。でももう弾けないんです」

 

「弾けない、じゃない。弾かない、だろう?」

 

朧は黙り込む。弾けないではなく弾かない。確かにそうかも知れない。ずっと音楽から逃げてきた。

思い出すと言い訳して、弾かない理由を探していた。

この人はそれを直ぐに見抜いてしまったのだ。

 

「おばあちゃん何者よ。怖いんだけど」

 

「おばあちゃんって呼ぶんじゃない。私の名前は都築 詩船だ」

 

「…詩船さん。なんでそんな話を俺に?しかもこんな所に連れ込んでさ 」

 

「アンタ、相当な腕を持ってるにも関わらず諦めた様な顔をしていたからだよ。手や顔を見れば分かる、相当努力してきただろう?諦めた理由は知らないけど、遊ばせておくには余りに勿体ないよ」

 

努力…母以外に初めて努力を認めてくれた人かも知れない。その言葉に朧の心にかかっていた霧が晴れていく。

 

「アンタ、何を躊躇してるんだい。こっち側に来て一緒に楽しもうじゃないか。大丈夫、音楽は裏切らないさ。アンタが努力しただけ、音楽は応えて皆を笑顔にしてくれる」

 

朧は俯き、少し間を開けてからゆっくりと顔を上げる。

 

「出来るっすかね、俺に」

 

「アンタしか出来ない音楽がある」

 

「…アンタじゃないよ、俺の名前は朧。篠崎 朧っす」

 

「朧、私は楽しみにしてるよ。アンタが奏でる音楽の先に何があるか…ちゃんとやりきりな」

 

朧は小さく頷くと、全てのバンドが演奏し終わるまで詩船の隣でステージを眺め続けた。




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