「さて、じゃあ取り敢えずそこに座って。」
「はい。」
美竹 蘭は、篠崎 朧に言われた通りに椅子に腰掛ける。
二階に上がるとピアノと…ギターが用意されていた。
「あの…えっと…」
「みんなは朧先生って呼んでるよ。」
蘭の表情を見て察すると、小さく微笑み上記を述べる。
「じゃあ朧先生。なんでギターを置いてあるんですか?」
「蘭はボーカル&ギターなんでしょ?だから、蘭がもし良ければだけどギターも次いでに教えようかなって。」
蘭にとっては願ってもない申し出だ。
「是非お願いします!」
ずい、と身を乗り出す蘭。近い、顔が近い…!いい匂い……じゃない!!
「と、取り敢えず落ち着いて…ね?」
両手を小さく上げて相手を落ち着かせると、朧はピアノに手を添えた。
「最初はちゃんと基礎練習からだ。蘭は音階練習は言わなくても分かるよな?」
蘭はコクリと頷く。
音階練習というのは、ドレミファソファミレドの音階を基本とし、そこから半音ずつ上げていくボイトレの中でも基礎中の基礎練習だ。
「よし、じゃあ始めるか。声を出す時は喉の奥を大きく開くイメージで。で、鼻の上がビリビリ響くのを意識して。いわゆる軟口蓋って所だね。」
《軟口蓋《なんこうがい》……詳しい説明は省くが、舌で口の上側の奥のほうに触れてみると柔らかい場所がある。そこが軟口蓋と言われる場所であり、そこをイメージする事で喉が開き響きのいい声が出せる様になる。因みに滑舌などの練習でも意識するといい。》
蘭は首だけで返事を返すと、言われた通りにイメージをしながらボイトレを始める。
…うん、やっぱりバンドのボーカルをしているだけあって、基礎はだいぶ出来ている。
音は少し怪しいところがあるけど、これぐらいならすぐに修正できる範囲だ。これなら次のステップも大丈夫だな。
「はい、一旦ストップ。流石、バンドのボーカルを務めてるだけあって基礎はほぼ完璧だ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、次はオクターブ練習をしよう。これは知ってるかな?」
「声を1オクターブの幅で揺らす練習ですよね。」
「ピンポーン!大正解だ。」
《オクターブ練習…低いドの音から高いドの音までを1オクターブと言う。その低いドから高いドの音を交互に出す練習の事。これも半音ずつ上げていく。》
「分かってるなら話が早い。早速やってみようか。」
「はい。」
蘭は指示された通り、ピアノの音に合わせながら発声をしていく。
…良い感じだ。けど、裏声が少し弱いな…。
「はいストップ。蘭は裏声が少し苦手か?」
「そう…ですか?」
「うん、ちょっと弱いと思ってね。普段はミックスボイスを主に使ってるんじゃない?」
「……!は、はい。そうですけど。」
《ミックスボイス……地声と裏声を混ぜて歌う事により、力強い地声に聞こえるという技術。簡単に言うならダウン〇ウンの浜田〇功、ジャパネットた〇たの高〇社長みたいな声だ。》
「いいミックスボイスだ。響きもあるし声もよく出ている。けど、少しブレる所があるんだ。理由としては、腹筋か声量の問題だ。蘭は声量に関して問題ないと思ってるから、声を支える腹筋が足りないんじゃないかな。」
…図星だった。蘭は普段から筋トレなどは余りしていなかった。
それをこうも容易く見抜かれるとは思ってもみなかった。
「君ほどの実力があれば、それをしないってのはめちゃくちゃ勿体無いからな〜。…これを渡しておこう。」
朧はそう言うと、近くの机から小さなメモ用紙を取り出しそれを蘭に渡す。
「これは…?」
「筋トレ嫌いな人の為に、俺が考えたメニューだよ。一つ一つは全然苦じゃないから、それを続けてみたらいいと思うよ。」
メニューには、腹筋20回×3セット。体幹トレーニングである、フロントブリッジとサイドブリッジを30秒×3セット。と書かれていた。
《フロントブリッジ……体幹トレーニングの中でも1番メジャーなトレーニング。両肘と両足を床につけて、腰を浮かせ腹筋と背筋を効率よく鍛えることが出来る。サイドブリッジは、それを横向きにするだけ。詳細はググッてくれ。》
「…これを毎日、ですか?」
「出来ればね?けど、筋肉痛の時とかは無理しなくていいよ。」
「…分かりました。やってみます。」
この人が言うことだ。間違いはない。
この人の言うことは一つでも多く吸収しなければいけない。
蘭は本気で筋トレを頑張ろうと決意した。
「ん!じゃあ発声練習の続きをしようか。」
「あの…!一ついいですか…?」
「一つと言わずになんでも聞いてくれ。答えられる範囲でなら答えるぞ?」
「…私達の歌を、聞いてくれませんか。Afterglowの歌を。」
今回は少し長めかも知れません。
感想や評価など戴ければ今後のモチベーションに繋がります。
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