「蘭、声って何処から出す?」
篠崎 朧は、唐突に質問を目の前の女の子へとぶつける。
「それは…お腹ですか?」
美竹 蘭は、怖々と答えを述べた。
「ん~、可もなく不可もなく…だな。」
意地悪そうに蘭を見つめると、蘭は眉をへの字にして首を傾げる。
「違うんですか??」
「合ってるっちゃ合ってるさ。けど、もっと根本的な所を考えてみ?」
「根本的な所…。」
むむ…と目を細めて考え込む。
根本的と言われても…。お腹より更に前が影響してるとなると…。
「丹田《たんでん》…ですか?」
「お、よく知ってるな!そこも確かに重要だが、まだ浅いな。あ、丹田が分からない人は自分でググッてくれ!」
「…誰に話しかけてるんですか?」
「あ、いやいや、気にしないでくれ。ほら、他にあるだろ?」
「他って言われても…。」
蘭はいよいよ答えが見つからない。
お腹以外から声を出す方法なんて、物理的に有り得るのかと困惑していた。
「なんだ、ギブアップか?」
「はぁ…まぁ分からないのでギブアップでいいです…」
「じゃあ教えてやろう。正解は、" 心 "だよ。」
「…はい?」
意外な答えに蘭は眉を顰めてまぬけな声を出してしまう。
「心だよ心。まさか、お前には心が無いのか…!」
「ありますよ!そう言うのいいんで、それがどう関係するか教えてもらえませんか?」
「そんな言い方するなよ。普通に傷つくわ…。まぁ言うなれば、心が及ぼす身体への影響ってどれぐらいあるか分かるか?」
「…具体的には分からないですけど、相当なんじゃないですか?」
「そうだ。相当身体に作用する。つまり、心がいい状態じゃないと、いい声も出ないって事だ。蘭、お前はバンドメンバーと演奏する時、周りの音がよく聞こえて気持ちよく歌えた事はあるか?」
「ありましたね…そんな事も。」
「それは、"ゾーン"と呼ばれる現象だ。聞いたことぐらいはあるな?」
コクリ、と黙って頷く蘭。
ゾーンとは、簡単に言えば極度の集中状態の事であり、スポーツ選手などによく見られる現象である。
試合中、何もかもが上手くいって負ける気がしないだとか、自分の動きが上空から見えていたなど、信じ難いような現象を引き起こすのである。
「ゾーンってのは、心と身体が完全に調和した無我の境地なんだ。つまり、最高のポテンシャルを引き出してくれる一時的な脳のドーピングみたいなものなんだよ。」
「…それが声と関係あると?」
「簡単な話だ。心が乱れてる時は声の調子も悪くなるし、多々ミスしたりする。1番身近なものなら、緊張ってやつだな。」
「成程…。つまり心が強ければ強い程、平均して調子の良い声や音を出せるってことですか。」
「そう!察しが良くて宜しい。だから、声は心だ。物理的には勿論腹から出てるものだが、それ以前に心を通して声は出てるんだよ。」
蘭は納得したように頷くと、小さなメモ用紙にその事を書き込む。
「じゃあ、心を強くする方法ってなんなんですか?」
「ん〜…具体的には俺も分からない。だだ、俺は"心を揺らすこと"だと思っている。」
「心を揺らす…?」
蘭は小さく首を傾げる。
「そうだ。泣き、笑い、哀しみ、嬉しさ、怒り、悲しみ、妬み、好き、嫌い…こういう感情と呼ばれるものは、全部が心を刺激し動かしてくれるものなんだ。これを日常生活の中で、どれだけ感じているか…だな。」
「……。」
私は思わず俯いた。
自分自身意識したことはないけど、クールとよく呼ばれる。
多分…私があまり感情を出さないから、そう言われてるんだと思うけれど…、正直どう感情を出せばいいか分からない。
なんというか、出すのに恥ずかしさを感じたりする。
「蘭は苦手そうだもんな、心を動かすの。」
朧は微笑みながら俯く相手を見つめる。
「…その通りですよ。私は余り意識したことが無かったです。」
「まぁそうだろうな。日常的にそんなこと考えながら生きてる人間なんてそうそう居ないもんだ。なら簡単だ。これから意識すればいい。」
「そんな簡単に言われても…。」
「分かってるさ。だから、もう布石は打ってある。」
ニンマリと笑みを浮かべる朧を見て、蘭は再び首を傾げた。
「布石…?」
「そうだ。俺がただ適当にボケてるだけと思ってたか?」
「…それって…。」
「あぁ、さっきから俺が馬鹿なことばっか言ってたのも、蘭の心を動かす為だ。」
「…それ後付けじゃないんですか?」
「違うわ!ちゃんと布石としてな…!」
「はいはい分かりましたよ。」
くすっと微笑む蘭を見て、朧は安心した。
全く表情が変わらないことはないらしく、きっと身内に気持ちを曝け出すのが恥ずかしいのだけなのであろう。
こうやって先生と生徒という関係ならば、蘭も気持ちを出しやすいと、朧は理解していた。
「さ、声の出す場所も分かった所でさっきの歌、もう1回歌ってみようか!」
「はい、よろしくお願いします!」
蘭は最初より深く頭を下げ、そして再びScarletSkyを弾き、歌い始める。
…先程とは別人のようだ。
さっきはお腹から声を出す事を優先していた声が、心優先になった事により、更に蘭のイメージするものが明確に見えてくる。
技術的なことは特に教えていない。
ただイメージするだけでここまで人は変われる。
それを一番実感していたのは、蘭であった。
たったワンコーラス。しかし、蘭はその中に様々な感情を抱いていた。
…あぁ、私は本当にみんなの事が……。
「…先生、どうでしたか…。」
蘭が歌い終えると、朧は何も言わずに拍手を送った。
額に汗を滲ませ、肩で呼吸をしている。
相当疲れたのであろう。
それもその筈。
人は気持ちが乗ればアドレナリンが放出され、体の疲労が麻痺するため、普通に限界を超えることが可能であるからだ。
蘭は、きっとワンコーラスに相当な神経を使ったに違いない。
それは蘭の表情を見れば分かる。
「さっき歌ったより、格段に良くなったぞ。俺はまだ技術的なことを教えてないのに、な?」
にこりと笑み、蘭を見つめる朧。
「…意識するってことがどれだけ大事か、とても分かりました…先生。」
朧の目を、力強い眼差しで見つめ返す。
刹那───
ゴーン…ゴーン……。
と、時計の音が鳴り響く。
どうやらもう2時間経ったようである。
「もう2時間経ったんですね…。」
蘭は驚きと同時に、名残惜しそうに時計を見つめる。
「俺のボイトレは時間が過ぎるのが早いってことでも有名でな?」
本当か嘘か分からないような曖昧な答えを返すと、朧は椅子から立ち上がった。
「来週も、来たくなったか?」
蘭は、その質問の答えは言わずもがな決まっていた。
「…はい!よろしくお願いします!」
こうして、美竹 蘭の初ボイストレーニングは幕を閉じた。
今回でボイトレ回は終了です。
ここまで読んでくれた方にめちゃくちゃ感謝しています!
次は朧とポピパの皆を絡めた話を書こうかなと思っております。
よろしくお願いします( ´_>` )
新作のバンドリ小説を書くなら、どの様なものが良いですか?
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