―――――昼休み、それは一般生徒たちのささやかな休息。4限の授業を終えた時点でそれは訪れる。それは一般生徒だけでなく勇者と巫女も同様だ。
彼女達の通う中学には学生食堂が用意されている。大赦のバックアップ機能が働いているからなのか、それなりにメニューの種類の豊富さ、値段とともに学生向けという非常に財布に優しいというところもあり生徒たちからの人気は高く、いつも人は多い。
「あー、もう私の腕がボロボロで上がんないわよ・・・」
プルプルと震える手で箸を手に取る静流がため息をついている。結局腕立てはきっちりと200回やらされ、その影響で腕の筋肉はパンパンであった。
「おっ、いたいた。座るわよ」
「・・・・」
「どーぞっと」
お盆にラーメンを乗せた桐香が静流の隣に座る。一緒に命も向かいの席に座っていた。
「というか静流、命・・・あなた達、クラスの人たちと一緒に食べないの? もしかしてボッチなの?」
「いや!昼休みのご飯はみんなで食べるようにしようって言った張本人がソレ言うの!?」
静流の言うように勇者と巫女たちの学年はバラバラだ。乃之と桐香が3年に対して命は1年、静流が2年である。当然、彼女達のクラスも普通に他の生徒も存在するため、仲が良い友達がいればその者たちと一緒に昼を食べるのが自然である。
だが、静流が先ほど言っていたように桐香からの提案でこれからの連携力の育成の為に学年関係なく昼休みの食事は一緒に食べようと提案されていたのだ。
「いや、提案しておいた私が言うのもなんなんだけどさ。 ちょっとあなた達のクラスでの立ち位置がなんとなく気になって・・・・」
「私は至って普通よ。心配されるほどのものではないかしら・・・命はどうなのか分からないけど」
そう言われるのを聞いた命は口に運ぼうとしたカレーのスプーンを一旦置いてから静かにサムズアップ。それの意味するところ、あまり問題はない、という事なのだろう。となれば、気になるのはもう一人だ。
「乃之さんは?」
「乃之は・・・察して」
「あー・・・・」
聞いたことを後悔した桐香である。と言っても、ある程度予想はしていたのだが。
「昼食のお誘い、クラスの人から何回か誘われてるんだけどいつもどこかに逃げちゃって・・・・私も誘おうとしたら逃げ始めたから昼休み終わり頃に屋上まで追い詰めてやっと観念したって感じよ」
勇者を追い回す巫女がどうやら徳島にはいるらしい。
「それにしても、乃之さんって戦闘と日常だとだいぶ雰囲気が違うのね・・・」
静流は思う。普段の学校生活で見る彼女の姿は他人に対して少し距離を置き、あまり人とは話したがらないどちらかと言えば内気な少女というイメージがあるのだが。
前回の初の御役目の時、誰よりも指揮を執っていたのは静流や命、桐香でもなく乃之だ。敵の弱点を見抜いた上で危険と分かっていてなおその重役を果たす為には自らも行動に移すという、作戦指揮官という印象が強い。
「凄い子だと思うわ・・・敵の爆弾のある体内まで槍一本で突撃するとか到底真似できるものじゃないもの・・・」
だからこそ、と桐香は続ける。
「この勇者チームの隊長は乃之が適任だと思う訳よ」
「それは賛成ね。 ちょっとぶっ飛んだ作戦だけどもそれが勝利に繋がるなら気にしないわ」
と言っても、と静流は内心で続ける。もし、その作戦が上手くいかないのであれば自分が少しでも体を張るぐらいの事をしてやろうと。
前回の戦いで知ったのはこの御役目が命掛けだということ。四国存亡という重圧の中で一人指揮を執るというのは乃之の精神的負担もかなりきついに違いないのだ。
と、考え込んでいた静流の腕を突くものがある。カレーを食べていた命が何かに気付かせるように指で腕を突いていたのだ。
「あ」
桐香と静流が同時に発した言葉とその先に視線に居たのは、いつもまにか命の隣に座って来ていた乃之。彼女は顔を伏していたが耳を真っ赤にさせてプルプルと肩を震わせていた。
「私・・・・褒められるのって慣れてないから・・・その、ごめん」
桐香と静流の会話でべた褒めされていた乃之は余程恥ずかしかったのか、まだ彼女の顔は赤かった。
○
「そう言えばここにいるメンバーって全員出身地が違うのよね」
桐香の一言で昼食が中断される。彼女の言うように、この場にいる勇者と巫女は全員が違う地方から集められたのだ。例えば、桐香なら愛媛県。
「私は徳島ね・・・一応地元民よ」
と静流が言うのに対して視線が移るのは命の方だ。彼女はいち早くカレーを食べ終えたのか水を片手に
「・・・・高知」
と一言。なかなか一文以上の言葉が生まれないな、と静流は思ったのであった。
「やっぱ徳島県って徳島ラーメンばっか食べるの?」
「んな訳ないでしょうが蜜柑ゴリラ。あなた徳島県民のことどう思ってんのよ」
「静流、アナタ昼終わる前にちょっと屋上に来なさい」
「徳島ラーメンって色々と種類があるんだっけ?」
今にも戦争が始まりそうな雰囲気を察した乃之が会話を作る。 静流と桐香も一旦メンチを切りあうのを止め、静かに席へと座る。その後で、徳島出身の静流が咳払いをして口を開いた。
「徳島ラーメンは大きく分けて三系統。 茶系、黄系、白系に分かれていて豚骨スープに濃口醤油とかたまり醤油とか中細麺を用い、トッピングに豚バラ、葱、もやしを使ってるのが特徴よ・・・・まぁようするに、濃い系の豚骨ラーメンに近いわね」
「へぇ」
と、相槌を打つ桐香に静流が続ける。あまり関心がないようだがここで徳島ラーメンの魅力を語れないのであればそれは県民として失格だ。
「あと徳島ラーメンの具をご飯にかけた丼ものとして徳島丼と呼ばれるものがあるわよ・・・今度食べさせてあげるから楽しみにしておきなさい」
「おお・・・濃い系のスープが掛かった具材をご飯に、ジュルリ・・・やるわね、愛媛県民の私の喉を唸らせるなんて」
桐香の他にも、命ですら興味深々で口から涎を垂らしている。連れて行くときはしっかり命も連れて行こうと思った静流だった。
「命、どうなのよ高知県は・・・何か特別美味しい物ってあるかしら?」
静流は命にも話題を振る。こういう時こそ命には人と会話するということが必要だ。皆で楽しく喋っている今なら気軽に命も話してくれるかもしれない、と静流は考えたのだ。
だがそんな期待を裏切るかのように命はこちらから視線を外し、下を向いていた。
「・・・・命?」
「・・・・あまり、良くわからない」
名前に呼ばれた命が小さく、そう答えた。 周りは命の想定外の発言にポカンとなったが、彼女は続けて
「今度、実家に帰ったら持ってくる・・・多分いいのがあるはずだから」
そう言ったのだ。
「そういえば乃之って香川県の出身だったわね」
「うん」
桐香の言葉に乃之が答える。彼女が食していたのは香川県の名物料理、うどんであった。
「やっぱうどんが好きなの? この食堂に来ても乃之だけいつもうどんを注文してるし・・・飽きない?」
「あ き な い」
彼女は言い切った。
「まず香川のうどんはなんと言ってもコシ、ツヤ、味、どれをとっても四国一。これを一日の内に一回も食べないのはまずおかしい」
「アレ、乃之さんキャラ変わった?」
乃之が纏う雰囲気が明らかに違うのを静流は感じ取る。うどんの事になるとどうやら人が変わったかのように饒舌になるらしい。
「私が聞いた話だと、昔の・・・初代の勇者様も大のうどん好きで、戦闘時も常に持ち歩いていたとか・・・」
一同がほぅ、と興味を持ってその話を聞く。ちょっとだけ勢いのついた乃之は続けて言うのだ。
「敵のバーテックスにも投げつけて、うどんを素通りしていく個体は皆その勇者様に食われたらしいよ・・・もうそれは踊り食いと言っていいほどに」
「え、なにそれは」
あの白い物体を食した初代勇者の奇行に桐香は驚くよりも若干引き気味だった。恐らく、この場に居る乃之以外の誰もが同じことを思ったに違いない。
「でもまぁ、本場の香川のうどんを知っているだけに、ここのうどんは少し物足らないでしょう」
「そんなこと・・・ないけど」
桐香の言葉に乃之がそう言う訳だが、うどんが大好きと言っている割にはそのペースは特別早い方ではなかった。 しかも、食しながら見えるその表情は嬉々としているものではなく、何か模索している感じである。
―――コレジャナイ。
と、内心ではそう思っているのだろう。
「実家付近に美味しいうどん屋があるの・・・讃州市の”かめや”っていうんだけどね」
「それ知ってるわ、テレビでも結構有名だし」
静流の言葉に乃之が頷く。讃州市の人間ならその店の名前を聞いて知らない人はいないらしい。
「御役目でこっちに来るまでは、お婆ちゃんと一緒に良く通ってたなぁ・・・」
乃之の遠くを見るように呟いたその一言を桐香は思う。それはどこか寂しげで、懐かしむような表情を見ては考える。もしかして、と桐香は尋ねた。
「実家、帰りたいの?乃之」
「・・・・」
喋りはしないが、彼女は小さく頷いていた。
「そっか」
と、桐香も小さく返す。当然だが、静流以外はこの土地について詳しくはない。当然、初めて来る場所であればそれなりの不安というものがある。
加えて、ほとんどが自分の知らない赤の他人で慣れない学生寮暮らし、化け物との戦闘となれば抱え込むストレスは相当のものだ。
「お婆ちゃん、体調ちょっと悪いって言ってたから」
それも不安の種だろう。そして、もう一つこの場の者たちが気に掛ける事があった。乃之の両親のことである。 どうして故郷から離れた場所で最初に話す身内の事が"お母さん"ではなく、"お婆ちゃん"なのかを。
・・・あまり聞かない方が、いいのよね。
多分、これは皆が思っていることだ。踏み込めば確実に万能地雷クレイモア。辺り一面を焦土と化す最大の爆薬。それを理解した上で桐香は言う。
「大赦の方に休暇申請してみなさいよ」
「で、できるのかな、御役目もあるのに」
乃之が言うように、バーテックスとの戦いは彼女たちの予定も考えず、唐突に始まる。風呂に入っていれば裸で樹海の中に放り込まれるだろうし、戦うことを拒んだとしても関係はないのだ。
「敵さんも毎日攻め込んでくる訳じゃないわ。 ある程度痛手を食らわせれば次の襲来まで間が空くっていうのも、過去の記録にも書いてあったし・・・」
それに、と桐香は付け加えて
「そういう時期は私が神託でしっかり受けとったら一番に知らせるわよ。 それも巫女の務めだし」
「ああ、なるほど・・・少しは役に立つじゃない蜜柑」
「果物扱いは良くないわ、ラーメン」
どっちもどっちだ。と言った表情だった乃之だが、そのやり取りを見て段々と顔が明るくなる。
「ありがとう・・・きりちゃん」
「・・・だからァ、きりちゃん止めてって」
と恥ずかしく視線を逸らす桐香だが、正直、悪い気はしなかった。それはあだ名呼びされたことではなく、自分の巫女としての能力に対して感謝されたことに対してだ。
少しでも、彼女たちの力になれる事が出来ればよい、と桐香はそう思っている。それに、乃之から嬉しい、と言われるとこちらも同じくらいに嬉しくなった。
「だから、私・・・御役目頑張る」
と、意気込む乃之に人差し指を振った静流が不敵な笑みで言うのだ。
「ノンノン、乃之さん・・・皆で頑張るのよ。 何の為に勇者が3人いると思って?」
乃之の隣では命もコクコクと頷いていた。 調子の良いことばかり言うなァ、と桐香は思うが雰囲気自体は悪いものではない、むしろ良い物だと捉えることが出来た。
だからこそ、と桐香は願う。
――――どうか何事もなく、みんなが無事に戻って来てくれることを。
なんだか最後の一文だけでど偉くシリアスになった。 そんなつもりはなかったのに! 若葉様の奇行はえらく捻じ曲がって後世の勇者たちに伝わりました。徳島ラーメン、一度でもいいから食べてみたい....。
さて、さりげなく出身地に伏線が。 讃州とか高知とかにいる勇者はなにかとヤベー奴が多い。やはり蕎麦派はいなかった、ドンマイうたのん。
次回は大赦の人達メインで1話使う予定です。