静かな朝。
会話どころか人気すらない。
自分の家だと言うのにこれ程静かなのにはシロがいないからである。
そう、シロが今家におらず、在宅しているのは自分自身のみである。
今朝の事を思い出す透。
………
……
…
突然響くチャイムの音。
朝から誰だと不機嫌にドア開けると、山田さん率いるクラスの女子数名が肌色が多い格好をして立っていた。
『何か御用で』
『シロさん借りにきた』
『……呼んでくる』
自室に戻ろうとしていたシロを引き留め事を端的に話すと漠然と了承したシロは外出することになった。
カードの抜いた自分の財布を渡して落とさないように釘を刺し、渋る理由もないので手放しで見送る。
『はい、行ってきますね』
『気をつけて、行ってらっしゃい』
玄関を出ようとした辺りであ、と立ち止まったシロは振り替えって飛び込んできたので倒れないよう受け止める。
『本当に行ってきます!』
『う、うん』
それを見ていた女子たちにニヤニヤされ、居心地悪さに黙ってしまう。
『それじゃあ借りてくね、悪いようにはしないよ!』
『当たり前なんですがそれは、はいはい行ってどうぞ』
そうしてグループはやいのやいのと駅に向かって消えていった。
回想終了。
朝食も終わったばかりにそんな調子で拉致されて行ったシロを見送ったあと、することもなく自室で残っていた課題を片付けていると、突然背後からモゾモゾと布が擦れる音がした。
「なんだ……?」
振り向くと自分のベッドに人間一人分の膨らみが毛布にくるまって蠢いていた。
暫くそんな様子を眺めていると、一瞬ピタリと止まったかと思うと勢いよくばさぁ、と掛け布団を翻しながら、中から人が出てきた。怖い。
「ん、やっぱりご主人の布団だったか」
「予想の時点で把握してるのなんなの」
筆をおき、褐色肌をくの一のような装備に包んだ不審者に声をかける。
全身が覆われているわけではなく、腹部や肩、内股部分など部分的な露出が見受けられる格好で動き回られるので、多少目のやり場に困ってしまう。
「ん、ご主人。どうかした?」
「いや、なんでも」
「私に見惚れちゃった?」
「……」
「え、ほんと?」
「うるさい」
此方など意に介さずクロは嬉しそうに半目を下に向け、口角を上げてニマニマとしながら頬に平手の指を押し当てていた。
「そうしてれば可愛いよね」
「そんなことないよ。私はいつでもカッコかわいい」
「うん、そだね」
自信満々に胸を張りながら半目のどや顔でそう言ってきたクロに適当な返事を返す。
それにむすっとしたクロは暫し考えてから何かを閃き、するすると透に巻き付く。
「お、おい?」
「ふふふ」
音もなく、それでいて蛇のようなしなやかさで椅子に座る透の膝の上に乗っかり、抱かせるように体を密着させて滑らかな手つきで顔を撫でてくる様は異様に懐いた猫のようだった。
「ご主人⋯⋯」
「近い近い」
愛でる様に、頬を朱に染めて恍惚の表情で撫でてくるクロをどうにか押し返すように引きはがしてみるが、どういう原理なのかそれとも特殊な体術か、クロにかける力が全部すり抜ける様に彼女の身体の表面を撫でて通り抜けてしまう。
それなのに彼女自身は何ともない様に、されどもさっきまで以上に得意げな微笑みを浮かべて今度は大胆に抱き着いてきた。
「えいっ」
「おぐぅ」
すりすりと頬を擦りつけてくるクロにどぎまぎしながら、無意識に体に触れる彼女の柔らかくも引き締まった感触に神経が集中してしまう。
「ご主人、好きだよ」
「あ⋯⋯お⋯⋯そ、そう」
生返事すらままならない。
彼女の大胆な言動に嘘は見受けられないが、そうも憚ることもなく直接的に言われると、どうしても耐性が無いので頭が回ろうとしない。
「ご主人なら、触ってもいいんだよ?」
「いやそれは⋯⋯」
「ね⋯⋯?」
「あ⋯⋯」
近づく彼女の唇。
高鳴る鼓動は速まり、相対的に目の前の光景がだんだんゆっくりと流れていく。
首に這わされた彼女のしなやかな腕が、更にするりと巻き付いてくる。
「あ⋯⋯あ⋯⋯」
「ご主人⋯⋯」
ゆっくりと、着実に近づいてくる彼女を、俺は。
「押して駄目なら⋯⋯」
「ご主人?」
「引いてみろ」
「ご主人んんん!?」
逆に、抱き締めた。
どうせ避けられてしまうのなら、あえて迎え入れることによって死なば諸共という考えで相手も殲滅する。
まさか抱き着かれるとは思っていなかったようで、クロは目に見えて慌てふためき腕のなかでモゾモゾと身動ぎしている。
だが、それでも離しはしないし、だんだんとクロの動きが小さくなってしまう。そして遂には何も言わないまま顔を肩口に埋めてきて、クロからも控えめに抱き締めてきた。
「ずるいよ、ご主人……」
その時はクロを引き離すことだけを考えていたが、クロのその言葉でふと我に帰り、彼女の高くなっていく体温や速まる鼓動等が布越しとは言え密着状態の体表から伝わってきた。
更に、腿に座る彼女の下半身の柔らかさは鼠径部から大腿部まで露出している分、余計に分かりやすく感じてしまうし、引き締まった腹部やターバンのようなものが巻かれた胸は彼女の性格や行動に反しておしとやかだった。
こうして、彼女に触れることによって改めてクロが女性であることを意識してしまい、今し方自分がやった行いが些か憚れるような行いであることを悟った透はなんとも言えない感情に陥りながら悶々と固まる。
「ご主人、いつまでこうするの……?」
「あ、う、ごめ、ごめん!」
少し息が上がってきたクロが上目遣いに此方に訊ねてきたので慌てて回していた手を離し、飛び上がるように離れる。
物理的距離が遠退いた事でクロは眉を下げながらも、どこか安心したように息をついた。
「……」
「……」
互いに目線をずらし、暫し黙りこくる。
変に密着してしまったせいで妙な空気が漂っていた。
「ねぇ、ご主人」
不意にクロが声をかけてきた。
あれだけ
「私、今日はデンジャーな日だから、いつでも大丈夫だよ」
「そうかわかった何も言うな」
あれだけ密着した状態になったのに、クロは相変わらず飄々とした態度でそんなことを言ってくる。
くそう、敵わん。
◆
透に見えない角度で、クロは引き上がる口角を必死に押さえていた。
火照る頬は未だ熱く滾り、いくら抑えても口が吊り上がる。
「うぅ、ずるいよご主人⋯⋯」
嬉しさと恥ずかしさの混同した感情をどうにかして鎮めようとするも、舞い上がったこの気持ちに嘘偽りなく純粋に嬉しく感じていることにクロは諦めたように頭を振り、飲み下す。
◇
一先ず大人しくなったクロにあまり騒がないよう言いつけ、あと少しで課題が終るから言うと「承知⋯⋯」と素直に聞き入れて部屋を物色して回っていた。
本棚を漁ってみたり飾ってあるフィギュアなどを見て回ったり、後ろからやっている課題を覗き見たりなど、クロは飽きない様に忙しなく動き回っていた。
そうして粗方物色し終わったのか、暇そうにベッドに横になって縁から頭を垂れさせている。
「ご主人、あとどのくらい?」
「あと数ページで終わるから待ってて」
「あい分かった」
そのまま後転するようにして起用に立ち上がり、少し考えて何か思いついたらしく、ごそごそと何かをし始めたが透は何も気にしない様に課題に勉めた。
「よし、終わった。クロー⋯⋯うわぁ!?」
「ん、お疲れご主人」
課題を済ませて椅子を軋ませながら振り向くと、ぎょろりと単眼がこちらを睨む。
良く見れば全身部分的に露出をした藍色の薄い装備に身を包み、単眼の模様が掛かれた前垂れで顔を隠したクロがいた。
「な、なんでそんな恰好!?」
「むぅっ、これはご主人が初めて組んでくれた、私の見た目装備」
そう言いながらクロは感慨深そうに、そして扇情的に身体を曲げ、腰を撫でる。
しかし単眼の覆面が全てを台無しにするあたり、アレのインパクトはすさまじい。
言われて思い返しながら今のクロの恰好を見直す。
EXブランゴキャップ。
カブラレジスト。
チェーンクラブ。
ドロスコート。
スパイオフェルム。
藍色に調整されたその恰好は大腿部や横腹、腰部、胸元など少しずつ露出するようになっており、そこからクロの艶のある褐色肌が見え隠れしている。身体のラインが徐に映し出されるお薄い装甲は紐やベルトを通して結ばれ、至る所に点在する小さな帯がより色っぽさを際立たせていた。
しかし、覆面の単眼を此方に向けながらグラビアのようなポーズをしているのは中々にシュールだった。
「どう?」
「うん、懐かしい」
「他には? こう、ムラムラしてくるとか」
「ないな」
「そんなぁ」
ポーズを崩してうんと項垂れるクロ。
つまらなさそうに拗ねながらいじけるクロの覆面を持ち上げて、彼女の御尊顔を眺める。
「⋯⋯何?」
「やっぱ素顔いいなぁって」
「やっぱりずるい」
そう言いながらも楽しそうに微笑むクロ。
なんとなく彼女の本音のようなものを垣間見た気がした。
その頃のシロ。
「シロさーん、これ着てみて~!」
「こっちも似合いそう!」
「わ、わ、皆さんこれは少し大胆では?」
某デパートの衣装店で試着の嵐だった。
リビングにて透はテレビゲームに興じていた。
その隣でぐでぇ、と横になっているクロはそのままずりずり芋虫のようにずれて、透の膝の上に上体を乗せてくる。
「ご主人、これなんてげーむ?」
「『ROGUE』てパニックホラー」
家族旅行密林ツアーにきたが、不慮の事故で飛行機が墜落。主人公の髭のおじさんを操作してワニの群れが居る熱帯林を家族を探しながら脱出すると言う内容のゲーム。
キャッチコピーは
『割れる悲鳴
喰われる恐怖。
砕け散る希望⋯⋯』
身を隠し、エサで気を釣りながらワニの群れから逃げる様は中々スリリングなもので、最初はあまり頼りなかった髭のおっさんがだんだん逞しくなっていく様子は見ていて面白い。
「ワニだっけ。どんな味なんだろ」
「そんな感想が出てくるあたりさすが狩人って感じだよね」
「ふふん」
嬉しそうな声を漏らすが、とうの本人は透の膝の上で寛いでいるため、あまり格好がついていない。
そんなクロの頭をロード画面の合間で撫でてやる透。
扱いが完全に猫のそれである。
そうして時間が経過していくのを微睡むように垂れ流していると、クロが何も言わないままぬるりと上体を起こして、今度は体重を預けるようにもたれかかってきた。
「暑い⋯⋯」
「うふふ。それも汗だくも良いよ⋯⋯」
「マニアックだな」
そのままするりと腕に絡まってくるクロ。
「ゲームしずらい」
「そうならないようにしてると思うけど?」
彼女の言う通り、絡まれる腕には極力力を入れない様にされており、無理に牽かれるような知彼の掛け方をされていない分、撫でられるような感じがしてくすぐったい。
だがそうしていたのもつかの間、突然クロは透の股の間に手を通し、胸を肩口に当てる様にくっつき、抱える様に胸を当てる方とは反対の肩を持ってそのまま横にぐぐい、と押し倒す。
ついでに透が倒れて手放してしまったコントローラをひったくって操作し、ポーズ画面にするのも忘れない。
「⋯⋯何するんだ」
「ふふ、警戒が解けてるよ。ご主人」
そう言いながら透の上に覆いかぶさり、透の前髪を優しくすくいあげながら優しい手つきで透の頭を撫でるクロ。
クロは野獣のような眼光を灯しながらも、透を撫でる手は慈愛に満ちていた。
「クロ、止めて」
「何もしないよ」
動じない様に無表情を貫く透だったが、内心相当乱れていた。
そんな透の気持ちを見透かしているかのようにクロは愉悦の笑みを持ち上げて顔を寄せる。
一瞬か、数分か、あと少し動けば触れてしまいそうなほど、息が触れるほど接近した二人の距離感で透もクロも動こうとしなかった。
蝉の声が遠くで聞こえ、冷房の音がゆっくり遠のいていくような気がしてきた。
そして、クロが何も言わず、するりと手を腹部に這わせ、指先の腹で上に向かって撫でていく。
腹から胸板に、そして首筋を伝って頬を突き、頬に手を添えてくる。
「⋯⋯⋯」
「ご主人、好きだよ」
扇情的な貌で近づいてきたクロの唇が、どこに当たるのかとぼやける頭で考えていると、突然リビングの扉が開いた。
そしてカバンが落ちる音もしたので振り向くと⋯⋯。
「何してるの、透君⋯⋯?」
「あっ⋯⋯」
帰ってきたのはシロではなく、まさかの姉さんだった。
クロはちょっとえっちに書きたいけど、大事なところでは初心であってほしい。
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ではでは。