キリンちゃんとイチャつくだけの話【完結】   作:屍モドキ

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 村崎 楓。
 大学二年。専攻科目は税法。
 サークル、部活には非所属。

 持ち前のスタイルと顔の良さからいろんな人間が言い寄ってくるが殆ど断っている。それでも性格の良さから友達は多い。
 大体の事は見てやれば覚えるのでわざわざ専門にする必要もないと言う考えらしい。

 外柄は眉目秀麗、才色兼備と大変受けがいいが、一度自室に戻れば惰性の極みの様な生活に堕ちる。
 無論血縁者以外誰も知らないし、知られないための努力もしている。

 


五十四話 日焼けって痛いよね

 ベッドから動けない。

 

 普段しない運動で全身の筋肉は悲鳴を上げ、あまり出歩かないが故の日光耐性の脆弱さで皮と言う皮は真っ赤に焼けて冷房を掛けていたはずなのに熱い。 

 しかも延長戦に対応するために飲用した栄養剤のツケで体力は絞り切れており、指先だって動かせそうにない。

 

 既視感がすごいが、感心している余裕もないので起きることに全力を注ぐ。

 

「ふぅー⋯⋯」

 

 嫌な汗が腹の中を伝う。

 覚悟を決めて身体を捻り、左手と右の肘をベッドの上に這わせ、そのまま勢いを止めずに軋む体に鞭打って四つん這いに持っていく。

 初動、起き上がりの時に腹と腰、腕と肩、首に激痛が走って泣きそうになったが、ここまでくれば後はなんとかして立ち上がれそうだ。

 

「ぐ、うぅぅ⋯⋯!」

 

 なんとも聞き苦しい呻き声を唸らせ、ベッドの淵まで這って進み、冷水に浸かるかのように床に爪先を付け、少しずつ足の裏を付けて重心の位置をずらし、立ち上がった。

 

 よたよたと扉を開き、壁に手を付いて足を引きずりながら一階に降りると、既に起きてきて料理をしているシロがいた。

 

「あ、おはようございますマスター!」

「おは、ぐっ⋯⋯うぅっ」

 

 嘘だろ、声を出そうとしただけで腹筋が泣き喚く。

 その場にへたり込みそうになるのを気合で堪えるが、力めば力むほど全身は各所で危険信号を過剰に鳴らして悲鳴が連鎖していった。

 夜泣きする赤子をあやすように腹を摩り、すがるように椅子に座ると台所から出てきたシロが心配そうにこちらを覗いてくる。

 

「大丈夫ですかマスター?」

「シロー、また栄養剤ちょうだい⋯⋯」

 

 あれがあればもう少しマシに身体を動けるだろうと思って持ち主のシロに縋るが、彼女はあまりいい顔をしないで首を横に振ってしまう。

 

「だめですよ。あれはあくまで体力の前借なんですから、そう頻繁に飲むと余計に身体を悪くしてしまいます」

「えぇ~⋯⋯」

 

「その代わりっ」

 

 シロは朝食が乗った皿を俺の前と横、向かいの席に置いていく。

 

「しっかりしたごはんで栄養を蓄えましょう!」

「⋯⋯いただきます」

 

 晴れやかな笑顔の前に食い下がる気も起きず、そのまま出された食事に手を付ける。

 震える手で飯を突くさまは介護施設に居る老人の様な気分だが、暫く過ごせば慣れるだろうし、明日とは言わないが数日もすればもう少しまともになるとは思う。そう祈って限界に振り切れた体の元気を振り回して飯を平らげる。

 

「ごちそうさま。⋯⋯姉さん呼んでこようか」

「お粗末様です。いえ、マスターもお疲れでしょうし大丈夫ですよ」

「そう、ならお言葉に甘えて休ませてもらうよ」

 

 俺が食べ終わった頃になってもあの秀才愚姉が降りてくる気配が無かったので、呼んでこようと名乗り上げたが軽く断られたので退くしかない。

 二回の自室に上がるのも億劫なので、すぐ隣りのリビングにあるソファーに腰かけ、モニター代わりのテレビ画面とテレビゲームに電源を入れ、スタイリッシュな化身を呼び出す怪盗団のゲームで遊ぶ。

 

 ジャズ調のゲーム音楽、リアリティが崩壊しない程度に調整されたアニメ作画、だが3DアクションゲームでRPGというあたり結構こだわりがみえるこのゲーム、大変素晴らしい。

 恋愛要素もあるようで、不用意に好感度上げて股掛けたら詰むとかなんとか⋯⋯。

 

 そういう要素も十二分に楽しみながらプレイしていれば体に力が入るのも当然か。ときどき気を抜いて力んでしまい、肩や腹筋、胸筋が軋んで背を反らし、なんとかスイッチのように背筋も痛んでソファーの肘掛けに二の腕にある擦り傷を当ててもだえる。

 

「~~~~~~~~~⋯⋯⋯⋯⋯ッッッ!!」

 

 ⋯⋯笑えよ。

 これがインドア派の人間が外に出た末路さ⋯⋯。

 

 誰に向けたかもわからない言葉を口の中で弄び、横になったままコントローラーを操作して画面のキャラクターを操作する。彼らは軽快に飛びあがり、駆け巡り、何かを召喚したりミッションをクリアしたり忙しそうに動き回っている。

 それをよだれが垂れそうなくらいに呆けた顔を恥ずかしげもなくぶら下げ無気力を全身で表しながら遊んでいると、目の前にキリン装備がちらりと映る。

 

「ほう、Sか」

「急に元気になりましたね」

 

 全身の激痛よりも、目先のキリン装備(たからもの)のほうが優先順位が上なのは当然だろう。

 

 夏場ということで暑いから薄着になるならこういうハンターの装備になるのも悪くないと思う。

 しかし何故唐突にキリン装備を。

 

「お疲れの様なので、少しでも元気になってもらえたらいいなって思ったら、これかと思い至りまして⋯⋯」

 

 シロは片腕を摩りながら内またを擦り合わせ、視線を少し下の方にずらしてもじもじと赤くなる。

 今まで散々狩りで装備を着てきたと思うが、目的が『狩猟』から『人に見せる』ことに変わるとやはり恥ずかしいのだろうか。

 それも含め。

 

完璧(パーフェクト)だ、シロ」

 

 俺は震える身体を捻ってふるふるとサムズアップをキリン装備を着て見せてくれた彼女を称えるために送る。

 

「あぁもう⋯⋯薬を調合したので塗るから大人しくしてください!」

「え、マジで。ありがとう」

 

 霜降草、薬草を擂りおろし、薄めたハチミツを混ぜた特製の鎮痛薬の塗布剤らしい。

 うつ伏せでシャツを捲られ、キリン装備のままのシロに一枚一枚丁寧に塗布剤を張ってもらう。

 

「うぉ、つめたっ! おっ⋯⋯!?」

「へ、変な声出さないでくださいっ!」

 

 勝手に火照って茹だる身体に塗布剤の接着面が冷やりと熱を吸い取っていく。湿布にも似た感覚だが薬品に濡れたアルコールの様な匂いではなく、野草特有の青い匂いと、ほのかに香るハチミツの甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 

「うっ、もうちょっとゆっくり⋯⋯」

「んしょ、こう、ですか?」

 

 そのまま出来るだけ全身にかけて塗布剤を張ってもらう。

 背後に立っていた存在にも気付かずに⋯⋯。

 

 

「と、とおる、くん⋯⋯?」

「しまっ⋯⋯姉さん⋯⋯ッ!」

 

 まだ寝ていると思っていた姉は、いい年して掛け違えたパジャマを肩からずり落とし、顔が真っ青にしながら立ち尽くしていた。

 傍から見れば完全に勘違いをされてもおかしくない俺とシロを見ながら、ご丁寧にしっかりと勘違いをしたまま。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 悪魔的なほど心地良い目覚めで意識を覚醒し、稼働していたエアコンの電源を落としてこれでもかと乱れきった大変寝心地の良いコンディションに整えられている寝床から這い出る。

 くぁ、と一つ欠伸を吐き出し背伸びをして凝り固まった肩と腰を小気味良く鳴らせば少しは快適になり、肌着も着ずにそのまま身に纏っていたパジャマを捲って横っ腹を掻き毟り、瞼を擦ればもう大丈夫。

 

 学生時代は弟の透君がよく起こしてくれたものだけど、休みの日ともなれば殆どほったらかしにされるのはなんだか寂しい気もする。

 もっと構ってほしい。

 

 ともかく休日もなんだかんだ家事やゲームで規則正しい生活を送ることが多い透君のことなので、きっとご飯もあるのではと高を括って部屋から会談で一階に下る。

 リビングの入り口から見えた光景予想から通り暖かい食事が用意されていたことに、最近大学での一人暮らしで荒んでいた気持ちが溶かされていくのを感じた。

 

 しかし、ありがたく食事に手を付けようと部屋に入ったところ、愛しの透君の姿が見えない。

 食事はあるのに作ったであろう本人が居ないと言うのはおかしい。

 

 いや待てよ?

 

 昨日、朝から出かけた透君とシロさんは夕暮れ過ぎに全身日焼けしてくたくたになって帰ってきたではないか。

 いつもあまり動かない彼の事だ。きっと疲れ果てて今日はシロさんに家事をお願いしていたのあろう。

 そうならおおよその見当はつく。

 よし、後で部屋に行って面倒を見てやろう。

 

 

 そういう結論に至った楓は速めにごはんを食べてしまおうと椅子に手を掛けた時、横から聞こえた話し声を耳が拾った。拾ってしまった。

 

 

「シロ、もう少しゆっくり⋯⋯」

「んしょ、こう、ですか?」

 

 

 ⋯⋯⋯⋯フゥー。

 

 気が付けば私の身体は自動(オート)で気配を断ち切り、屈んで家具の陰に隠れながら二人がいるであろうソファーの裏まで近寄っていた。

 耳を澄まして声を聴く。

 

 驚くほどに冷静になっていた私の耳に届く声は、少しばかり高い男の嬌声と、なんだか息が整っていない女の声。

 予想しうるのは二人の情事。

 それに人が首を突っ込んでとやかく言うのは憚れるべきだとうは思う。理解できる。

 だがそれを良しとしない自分が、心の中で仁王像にも劣らない形相をしていた。

 

 感付かれないように気配は消したまま、ソファーに手を置いて上から覗き込む。

 

 そこから見えた景色に首を傾げる。

 

 ソファーにうつ伏せで寝転がった弟の背中に、露出の多い妙な格好を下シロさんが何やら塗布剤のようなものを貼りつけていた。

 

 随分と突拍子もない、何から突っ込んだらいいのか分からない光景だった。

 

「と、とおる、くん⋯⋯?」

「しまっ⋯⋯姉さん⋯⋯ッ!」

 

 声を掛けたら弟は神妙な顔をして驚いていた。

 私はちょっと傷ついた。

 

 

 ◆

 

 

 痛い動かないという言い訳を足元に隠して必死に弁明したところ、姉さんは渋い顔で了承してくれたが不服なのは変わらないのだろう、ぶすーっと膨れたままごはんを食べていた。

 

「あの、楓姉さん」

「なぁに透くん?」

 

 動けずに顔を上げるだけしか出来ないが、膨れっ面の姉の横顔だけは覗けた。

 早々に食べ終わった楓姉さんは食器を流し台までもっていくが、気が付いたシロが慌てて食器を姉から「私が洗いますから」ともらい受けてちゃかちゃかと洗い始める。

 

 暇になったらしい楓姉さんは俺が横になっているソファーにわざわざ俺の尻の上にのしかかる様に座ってきて、日焼けの酷い背中をその細い指の腹でなぞってくる。

 

「うひぅ!?」

「日焼け痕、あと擦り傷に打ち身。筋肉痛にオーバーワーク。無理しまくったね透君」

「よくわかったね⋯⋯」

 

 ぱっと見ただけでそこまで分かるのか。

 伊達に身体を鍛えていたわけではないようだ。

 

「お尻と太股に変な痙攣。肌の焼け具合と出てる二の腕、顔の傷。敏感になってるのに触ってもあまり体が反応得ないあたりから推測しただけだよ」

「だから凄いんだよ」

 

 当然だと言わんばかりにつらつらと喋るが、観察眼というものが優れている証拠だ。普通じっくり眺めないと分からないし、皮膚より下の話なんてもっと調べないと分からないはずだ。

 それをすぐさま言い当てるのだから、やっぱり楓姉さんは凄い。

 

「透君なら眺めてるだけだと思ったのに、なんでまた大会に出ようなんて思ったの?」

「加藤に無理やり誘われて⋯⋯いや、シロと勝ちたいって思ったんだ⋯⋯」

 

 ゲーム性が絡めば少しでも熱くなるのが自分の性とでもいうか、半ば強引に追われて出た大会ではあったが、シロと一緒に出たのもあって勝ちたい、という気持ちが強まった。

 結果、無理を承知で栄養剤を服用したりして持ちこたえ、決勝まで進んだ。

 

 結局クロに負けてしまったが、後悔はしていない。

 

「なんか焼いちゃうなぁ」

「なんで」

 

 楓姉さんは面白くなさそうな声をあげて俺の尻の上に乗っかったまま背もたれに身体を預けて背を反らし、食器洗いをしているシロを逆さの景色でぼう、と眺める。

 

「あの恰好はなんなの? 透君の趣味?」

「あれは、そのー⋯⋯」

 

 まさか正装ですなんて言えるわけがない。

 もしそんなことを大真面目に話せば、今度は身体ではなく頭の心配をされること間違いない。

 

「えーー⋯⋯と、共通の趣味?」

「なんで疑問形なの。まぁそれでいいや。深くは聞かないことにしてあげる」

「⋯⋯ありがとう」

 

 察しの良い姉は気遣いもできる、本当によく出来た人間だった。

 

 

 生活態度を除いて。

 

 

「今失礼なコト考えたでしょ?」

「そこもノータッチでよかったんじゃないの」

 

 しばらく黙ってやり過ごしていたら筋肉痛のおいところを重点的に突かれ、今日一日中楓姉さんのオモチャにされてしまい腰を痛めた。止めに入ったシロもアルバムをダシにいつの間にか手玉に取られ、露骨に見て見ぬふりをされて実質楓姉さんの独裁状態になっていた。

 

 




 シロのカミングアウトはまたいつの日か。

 誤字脱字等あればご報告願います。

 ではでは。
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