キリンちゃんとイチャつくだけの話【完結】   作:屍モドキ

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 話が出てこなかったからストックをいじってもってきました。


五十六話 悪い夢であってくれ

 家の廊下に立っていた。

 視界は物凄く暗い。色だって分からない程に見えていない筈なのに、識別は問題ないと頭は認識し、採光もしっかり拾っているらしく、忍び足で歩くような事はなかった。

 

 格好は制服を着ていて、今から学校に行くのか、足は玄関に向かって進んでいる。手にはいつの間にか鞄が握られていて、玄関を抜ければ真っ暗な朝陽を浴びながら学舎に辿り着いていた。

 

 教室に入れば見慣れた顔ぶれのクラスメイトがちらほら見つかり、彼らは楽しそうに雑談している。

 はずだが耳にはなんの音も聞こえない。だが、彼らが話している事は確かにわかる。

 

『村崎、おはよう!』

「おはよう、●●」

 

 

 あれ、こいつ何て名前だ。

 詰まることなく確かに声に発したはずだが、その名前は全く聞こえず、頭の中にも目の前の同級生の名前が出てこない。知っている筈なのに。憶えている筈なのに。

 

 見慣れた彼の顔は消ゴムで荒く消したようにぼやけ、残っているのは輪郭ぐらいだった。それでも、コイツは大事な友達なんだと思う反面、記憶が欠落していることに違和感が無かった。

 

 よくみれば他のクラスメイトも同じように顔は消え、声は発していないのに騒がしくしている。誰もそれをきにする素振りはしていなくて、当たり前のように過ごしていた。

 

 

「……」

 

 喉につっかえるような気持ち悪さを感じていたら、いつの間にか場面が入れ替わって、俺は自分の家にいた。

 無音の室内には頭に響く音で、台所から料理をする音が聞こえてきた。

 

 

 覗いてみると鍋を煮込んでいる横で、まな板を鳴らす、自分が組んだ見慣れたキリン装備を着た彼女の後ろ姿が見えた。

 だがその後ろ姿は微動だにせず、ただたっているだけのようにも感じた。

 

「○○?」

 

 呼び掛けてみるが、やはり名前は出てこない。

 どうして名前が出てこない。ちゃんと発している筈なのに。

 どうしようもなく不安になって、地に足が着いていない事にも気付かず俺は彼女の手を握った。触れる彼女の手は硬く、作り物のような冷たさをしていた。

 

「○○!」

 

 手を引くと彼女は俺の胸に倒れかかってきたので慌てて受け止める。その勢いで彼女の真っ白な長い髪が、角飾りごと鬘のようにずるりと、その場に落ちた。

 さぁ、と顔から血の気が引いて、頭、指先、爪先から体温が消え去り、あっという間に肝まで凍えきる。

 

 彼女の肩を掴んで顔を拝もうとしたら、彼女は力無く項垂れて俺の腕の中で仰け反る。そして俺がみたものは、いつもの彼女ではなかった。

 

 関節の切られた節目の見える四肢。鳴子のようにカラカラと揺れる体は明らかに人のものではない。

 

「ひっ、ぅうわぁぁぁああああッッ!!?」

 

 思わず人形を捨てて後ずさる。

 目の前にはキリン装備の人形が、有らぬ方向へ関節を向けて転がった。

 

 腹は冷たく、背中からは嫌な汗が吹き出て内臓が抉り出されたような気分だった。

 視界はいつの間にか真っ暗になっている。足元が見えない。地に足が着いている感覚がない。それでも逃げなければいけないと、頭の中で誰かが叫んでいた。

 

 縺れそうになる足を只管前に出し、後ろにある人形から逃げようと必死に走る。だが前に進んでいる気はせず、それがなんとももどかしかった。

 

 背中には得も言い表せない恐怖心が纏りついて足を引っ張る。

 立ち止まるな。止まればあれに捕まってしまう。そうなれば、俺はどうなってしまう。

 

 だが、そんな思いも儚く、誰かが俺の足を掴んできた。

 

 その場に倒れて足を掴むソイツを引き剥がそうと手を伸ばすと、その手もソイツは握ってきた。

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 その手の根本に繋がっている頭は首の座っていない赤子のように揺れ、パーツが一つもない顔は嗤っているようにカラカラと鳴る。

 手足を掴む人形の手は体を引き摺りながら俺の胸へ向かって登り、転げたままの俺の上に、覆い被さるように這ってきた。

 

 頬に優しく添えられる硬い掌。

 目の前には目も鼻も口もない人形の頭が視界を支配する。

 

「お前は、なんなんだ……!?」

 

 震える声で質問をする。

 口から発した言葉は耳には届いていないが、頭には響いた。

 

『ふふ、ますたー』

 

 質問の答えは帰って来なかった代わりに、無邪気で、慈愛に満ちた、よく知っている彼女の声が聞こえた。

 

 は、となって人形の顔をみる。

 木目調の人形の顔は、顔の輪郭からドス黒い粘液を夥しく溢れさせながら爛れるように剥がれ落ち、木目調の仮面は俺の胸に落ちる。粘液は顔だけでなく、全身の隙間から滲み出ていて、次第に俺の体に纏わりついていた。

 そして爛れ落ちる粘液の中から闇に紛れた腕が二本、ゆったりと伸びて、俺の首に優しくかけられる。

 

 

『マスター。大好きです。愛してます。慕っています。想っています。だから……』

 

 

 ドロドロの顔に浮かんでいる唇が独りでに喋っている。

 囁かれる愛の言葉に何も感じない。

 何もないはずの顔から発する声は、よく知っている声にとてもよく似ていて、それでいて何もかも違うように感じられて、とても気持ちが悪かった。

 更に首にかけられた手に、指先から少しずつ力が入り、時間をかけて首を絞められる。

 

「お前は……」

 

 唇はまだ蠢く。

 悦に浸ったように、口角を吊り上げて。

 

『だから、わたしといっしょに……』

 

 

 

 消えてしまいましょう?

 

 

 

 息苦しい、意識が朦朧とする、もう事切れそうな、ふと時が止まったような、一瞬の静寂の中で、泥が溢れていた彼女の顔が見えた。

 

 常闇に眼や鼻を張り付けたような歪さを放つ彼女の顔つきはとても美しく、恐ろしく、瞬きすら忘れて瞼の裏に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁあああああぁぁああぁッッッ!!!!」

 

 飛び起きた。

 動悸が激しく、血流が耳の奥からどうどうと響くほどに早まっている。

 釣られて全身から滝のような汗が噴き出しており、着ていた寝巻きは搾れるほどグショグショに濡れていた。

 

 時刻は丁度早朝を過ぎて朝になろうかというぐらいで、朝日が顔を覗かせていた。

 

「どうしましたマスター!?」

「ぎゃぁぁぁああああ!?」

 

 扉を蹴破る勢いで入ってきたのは寝巻きが半分ほどはだけた状態のシロだった。

 さっきの夢からくる恐ろしさと、未だ慣れない異性の肌を見たことによる恥ずかしさで、俺は顔を隠してベッドに転がって壁に頭をぶつけた。

 

「なんで服脱げかけてんだよ!」

「着替えているときにマスターの叫び声が聞こえたもので、急いでました!」

「そっか、ごめんね! 取り敢えず着替えてきて!」

「わかりましたっ!」

 

 その勢いのままシロは着替えを済ませに俺の部屋を出ていった。

 

 足音が遠退いたのを確認して起き上がり、先程の夢を思い返す。

 

「……人形、か」

 

 泣き出しそうなほど恐ろしい悪夢を見ていたはずなのに、その記憶は一瞬で風化して穴だらけになっていた。

 

 それでも僅かに覚えている断片的な内容。

 

 『シロのかたちをした人形』。

 

 ゲームではただの自機でしかないが、今は違う。

 血を流し、体を動かし、泣いたり笑ったりころころ表情を変え、生きている。

 

 あんなの、ただの悪い夢だ。

 

 何かに縋るように強く祈り、滝のようにあふれ出る汗を流すのと、夏だと言うのに冷めきった体を少しでも暖めるために浴室に向かおうと、震える手で着替えを収納棚から引っ張り出して重たい足取りで浴室へと向かった。

 

 




 深い意味はあるかどうかわからない。

 では。
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