遅れましたが持ってきました。
その日、村崎 透は加藤の家に逃げる様に足を運び、彼と対戦ゲームで連戦していた。
いつもなら連戦連勝が当たり前の透が、何故か今日に限って言えば敗戦が多く、凡ミスであったり不注意であったりとつまらない理由で負け戦を繰り返している。
わざと負けているのかと思えばそうでもなく、本人は手元が狂うたびに苦しそうに声を漏らし、感嘆のため息を吐いて肩を落としていた。
「なぁ村崎」
「なんだ加藤」
「痴話喧嘩でも、したか」
「違う」
加藤の慈しみが溢れる質問に透はキレ気味に答える。
「何だって急にうちに来たんだよ。いつもならオンラインでやるーって言い張るくせに」
「今日は、その……」
歯切れの悪い言い方に加藤は一つ息をはいて出していたジュースを飲む。
「シロさんとなんかあったのか?」
「いや、そうじゃない。ただ俺が、勝手に避けてるだけで……」
透の言い分に首を傾げる。
何故避ける必要が? いつも見てるこっちが恥ずかしくなるほど初な感じであんなにイチャイチャしているというのに。
本当に喧嘩でもしてきたと言うのか。
こいつらが?
「まぁなんだ。気が済むまでゆっくりしていけよ」
「ありがとう……」
昔から何かある度家に来て時間を潰したりしていた。
今回もきっとそんな調子なんだろうと思うが、詳しいことは後から聞けばいい。
今は落ち着くことが大切だ。
「ところで村崎」
「なんだ」
「昼飯作ってくれ」
「しばくぞ」
◇
「珍しくシロさんが私の部屋に来たわけだけど。透くんとケンカでもしたの?」
「いえ、そうではなくてですね⋯⋯」
あの夢を見てからどうにも気分が落ち着かず、今日は早くから透が出掛けているのでまだ気が休めているが、それでも浮わついた感情が地に足をつける事がなくあてもなく楓の部屋にお邪魔したシロ。
部屋主の楓はタンクトップとホットパンツと布面積の少ない格好で髪を後ろでまとめており、冷房のかかった部屋の中で透から借りたゲームで遊びながらゴロゴロしていた。
楓の目の前に律義に正座で座り込み、楓はその場で胡坐を掻いて面と向かう。
「実は先日、変な夢を見まして⋯⋯」
「どんなの?」
シロは今朝方見た嬉し恥ずかしい夢の内容を顔を赤らめながらも出来るだけ事細かく津々浦々に楓に伝えてみた。
真面目な顔をして話を聞いていた楓は初めは不機嫌そうに半目だったのが聞き入っていくうちに前のめりになっていき、鼻の下を伸ばして興味津々と言わんばかりに最後までじっくりと耳から頭の奥まで情報を押し込んでいた。
「という夢を見ました」
「なにそれ羨ましい」
好きな男の子に言い寄られ、しかもそれだけでなくベッドインで愛撫されまくりの前戯の果てに最後まで⋯⋯などと妄想豊かにも程がある内容を詳細まで教えられたら流石に顔も赤くなってしまう。
「それで、透君の顔みたらその夢を思い出して興奮すると」
「興奮するわけじゃ、ないこともないですけど⋯⋯そうではなくて!」
シロはもごもごと口の中で言葉を転がして選びながら歯切れの悪い返事で言葉を濁す。
おっとりとしながらも決断はそれなりに早い彼女は、今は手遊びをしながらもじもじとじれったい態度をとるものだから、楓は内心驚きながら話を聞いていた。
「何度もお世話になっている人に、
「ふぅん。申し訳ない、ねぇ」
とうの昔にそんな感情は捨てた。とは口にできようもない雰囲気なので素知らぬ顔で黙っておく。
襲う、なんて事は今のところしたことはないが、してないよな? 好意など数えきれないほど送ってきたのだ。今さら羞恥心なんてあってないようなものだ。
「で、シロさんはどうしたいの?」
「私は……」
◆
昼飯にと作ってやった冷やし中華を加藤の家でつついている。
なんで自分が作ったのか定かではないが、満足そうに食べているので良しとしよう。
「皿洗いは俺がするぞ」
「当たり前だ」
そこまでやれと言われたら、こいつをしばいて帰る。
「うめ、うめ」
「おかわりもあるぞ」
加藤はなかなかよく食べるので多めに麺を茹でておいたが、それもあっさりと平らげてしまった。
満たされた腹を擦りながら、加藤は二人ぶんの食器をもって流し台で洗い始めた。
皿洗いをする加藤の背中を眺めながら冷えた麦茶を啜り、村崎はここに来た、いや逃げてきた理由を話始めた。
「……夢を見たんだ」
「なんだ、ラ○ボーか?」
「違う。いいから聞けよ」
村崎は今朝方見た夢の内容をポツポツと加藤に聞かせた。
怖いのかそうでないのかさっぱりわからない。
どろどろした感情が自分も他人も飲み込んで、けれど自我だけはやけにハッキリと浮彫りになっていた夢の中でシロに、シロのような何かに追われ、喰われた。
恋愛観は人よりも疎い自覚はある。
シロに対する気持ちに人に見られたくないような下心が無いと言えば嘘になるが、だからと言ってカニバリズムに発展するほど歪んでいるとは思ってないし、思いたくない。
「怖かった。好きとか嫌いとか、そんなのが滅茶苦茶になったような気持ちがずっとずっと渦巻いてて……けど、シロに喰われる寸前でさえ可愛いとか綺麗とか、思ってた」
「フーン」
多くない食器を洗い終わった加藤が濡れた手を拭いながらテーブルの向かいの席に荒く腰かける。
冷蔵庫から取り出した、買溜めされてあるらしい缶ジュースを渡されて、ありがたく口につけ、渡した加藤は一気に半分程飲み干したあと、勢い良く卓上に叩きつける。
「夢は夢だ。気にするな」
そう言うと加藤は残りの分も飲み干して流し台に空き缶を放り投げる。そこそこの勢いで投げ込まれたアルミ缶は軽い金属音を鳴らして転がり、ほんの少しだけ反響する。
「いつもそうだが、お前はシロさんの事にかけては臆病だよな」
「悪いか」
好きな人、と言われて素直にうんと言えないぐらいには、恋愛に対して臆病な人間だ。
慎重に、少しずつ、石橋を叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて渡っている。
そうでもしないと落ち着かない。
好きだからこそ奥手になってしまう。
「けどな。もうそろそろいいだろ」
「何が」
わかっている。
加藤の言わんとしていることは。
叩きすぎたらどれだけ頑丈な橋だろうと崩落してしまう。
きっとシロとの関係だって、いつまでも後手、奥手、先伸ばしにしていれば、自然消滅もいいぐらいに勝手に終わってしまうだろう。
そんなのは堪えられない。
この嫌なほど我儘な気持ちも、自分の本心なんだ。
「少し前ならそもそも女気すら見せなかったお前がよぉ、誰かのために必死に悩んでるとか、笑えるな」
「……うるせ」
痩せ我慢も数年来の腐れ縁の前では意味がない。
憎いがどれだけ悪態ついたところでコイツは一番頼りになる。
「ありがとう。加藤」
「なんだよ改まって。気持ち悪いな」
「てめぇ」
お互いに顔を見合せ、笑いあう。
あぁやっぱり、お前は一番の友達だ。
「あ、そうだ」
思い出したように手を打った加藤が立ち上がって何かを探しにどこかへ行った。
待つこと数分、嬉しそうに何かを持ってきて加藤が見せてきたのは、「0.02mm」とかかれた個包装の小さなパック。
通称ゴム。
「バカヤロウ!?」
「いや、使うかなーって」
「やっぱお前に相談するんじゃなかった!!」
ゲラゲラ高笑いする加藤をどついた後、「本題はこっち」とやつは一枚のチラシを手渡してくる。
それを奪い取ってよく見てみる。
「これって……」
「な、要るだろ」
「お前もう喋るな」
もう一度チラシを眺めたあと、透はすっきりした顔で加藤の家を出ていった。
◇
帰ってきたが、家に人気がない。
靴はあるのでシロも姉も出掛けていないようだが、共有スペースに居ないとなると部屋に引きこもっているのか。
シロに用があるのでシロを探すが、物置部屋を改装した彼女の部屋にも自分の部屋にもいない。勿論のことリビングにも台所にも洗面所にも居なかった。
となれば後は姉の部屋。
目安がついたので楓の部屋に向かうと、壁越しに何やら話し声が聞こえてくる。
聞き耳でも立てようかと思いもしたが、それより何よりシロに用事があるのでとっとと部屋に失礼する。
シロと二人、楓の部屋で進まない問答を繰り返していれば、遂に居場所が割れたらしい当の透が扉を蹴破る勢いで楓の部屋に突入してきた。
「シロォ!」
「ぴっ!?」
「一応ここお姉ちゃんの部屋なんだけど! まいいか」
透はシロを見つけるなり這って逃げようとする白髪の残念美人と化した彼女の足を掴み、けして人様にお見せ出来ない有様で引き摺られていくのを楓は面白そうに眺めて手を振っておいた。
「コイツ借りてくよ姉さん」
「いーよー」
「待ってくださいトオルくんまだ私心の準備が出来てなくてだからもう少しお時間をくださいせめてこの格好はどうにかなりませんか自分で歩けますから決して逃げたりしませんからせめて人としての扱いをですねいやあのだからあぁぁぁ~~~~~⋯⋯⋯⋯」
◆
透の部屋の中央で、小さく正座するシロは彷徨う視線の着地点を探して目を泳がせるが、自分の足元に落とすことしか出来ずに、対面に座る透の目を見ることが出来なかった。
「さて、話をしようか。シロ」
「う、うぅ⋯⋯」
透の喋っている口元、半そでのシャツから覗く鎖骨や褐色に焼けた二の腕、細い手首など、彼の体の一部には行き着くのに何故目が見れないのか。どうしても羞恥心が勝って彼の目を見つめることが出来なかった。
いちいち意識してしまってまともに話が出来ない。なんて考えていたら、透は額から伝う汗を顎のしたで拭いながら腰のポケットから折り畳まれた紙切れを見せてきた。
「これなんだけど」
「なんですか、これ?」
見せられた用紙の内容をまじまじと眺める。
提灯や屋台がずらりと並び、人が行き交う絵が描かれており、用紙の上には大きく『祭』の文字が書かれていた。
「あのう、これは?」
何がなんだが理解が追い付かないシロにお構い無く、透はシロの手を取って距離を積める。
「シロ。夏祭りに行こう」
「へ?」
告げられたのは何度目かのデートのお誘いだった。
こっちは終始イチャイチャしてほしい。
あっちのような胸糞なんていらない筈もない(錯乱)