キリンちゃんとイチャつくだけの話【完結】   作:屍モドキ

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五十八話 君といる夏の夜 (増量しました)

 あの日、話を聞き付けた姉が部屋に飛び込み「着付けの時間だァ、ゴラァ!!!」とシロを連れ意気揚々と出ていった。

 

 あの様子なら殆ど話を聞かれてたと思うが、別に構うもんか。

 

 

 ややあって縁日。

 神社近くの祭囃子の外で何故か待たされるとは思っておらず、仁兵衛の袖に腕を通してうで組をし、まだかまだかと時間を潰す。

 

 同じ場所から移動するのだから、一緒に行っても良かったのではと姉に相談したところ「現地で待つのが男の矜持よ」といい笑顔で言われた。

 ちょっとムカついたが良しとしよう。

 

「お待たせしました~!」

 

 耽っていた回想から戻ると同時にシロの声が聞こえてくる。

 

「そんなに待ってな、い⋯⋯」

 

 彼女の声のする方を振り向けば、いつもと違うシロがいた。

 水面の柄が入った白練色の着物を纏ったシロが、下駄をからん、ころん、と鳴らして小走りにやって来る。いつもは降ろしてある背中まであろうかという白髪だが、今日は後ろで纏めてうなじが眩しい。

 

 暮れる寸前の真っ赤な夕陽を浴びて尚その白さを保つ全身の中で唯一煌々と輝く紅の瞳に吸い込まれそうになる。

 

 慣れない格好で急いできたからか、乱れた前髪を整えもみ上げを耳にかける仕草までもが初々しく、一挙一動に心が跳ねた。

 

「ん、どうかしました?」

「いや、うん。その着物って」

「これですか? お姉さんから貸してもらいました! その、似合ってます⋯⋯か?」

 

 その場で一回転して全身を見せ、後ろ手で尋ねてくる。

 あざとらしさも然ることながら可憐な仕草は疑う余地もなく可愛いと断言出来る。

 

「おう、うん、かわいい」

「えへへ、行きましょうっ!」

 

 浮き足だったまま、屋台の並ぶ祭囃子に溶け込んでいった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 たこ焼き、焼きそば、金魚すくいに射的やお面屋など、定番な物は軒並み揃っており、またバリエーション豊かで水風船だったりくじ引きなんてものもあった。

 

「お嬢ちゃん、それ以上は⋯⋯」

「ここにいた、店主が悪いの⋯⋯」

「俺はただ、みんなにもっと、夏祭りを楽しんでもらいたかったのに⋯⋯」

 

 自分の隣に景品の山を作っている何度も目にしたことのある褐色の少女が、額にお面を身に付け焼いかを咥えながら鋭利な眼光で射的に挑んでいた。

 

 本当に何処にでも出てくるのなアイツ。

 

 屋台のおじさんには悪いがそっとしておこう。

 

 さてまずは何から手をつけようか。

 少しずつ食べ歩くことにして、先ずはそんなに重くもないわたあめでも食べようということになって屋台に並ぶ。

 

「おじさん、わたあめ二つ」

「まいど!」

 

 ドーナツ型のタライのような機械の中央から吹き出る飴の糸を竹串で絡めとり、あっという間に飴の雲を成して渡してもらう。

 

 薄桜色をしたわたあめを受け取り代金を手渡して屋台を離れる。

 

 片方をシロに渡して自分の分を食べようとしたら、隣でかじりつこうかそれとも千切ろうかと慌てているシロがいたので、自分の分から一欠片千切って食べさせる。

 

 今まで感じたことのない食感と、ほんのり香る甘さに口許を隠して咀嚼している彼女。飲み込んだ後にお礼を述べて黙々と食べる様子は見ていて愛らしかった。

 

「トオル君、あれはなんですか?」

「あれはベビーカステラ。小さい焼き菓子だよ」

 

「それじゃあ、あっちのは」

「あっちは焼そば」

 

「あのつやつやしたりんごは」

「りんご飴」

 

 見かけては足を止め、一つ二つ注文して頬張る。

 手元は両手一杯に食べ物が入れ替わり立ち替わりで入っては消え入っては消えを繰り返し、全てシロの口のなかに吸い込まれていく。

 

 そのどれもに新鮮な反応を示し、目を輝かせて美味しそうに食べる様子を見たいると自分も無性に腹が空き、一緒になって食べ歩く。

 

 一通り屋台も回り、腹拵えも済んだので、ラムネを買って離れのベンチに腰かける。

 

「はぁ、遊んだ遊んだ」

 

 屋台を回る途中で飲食店以外の店も回った。

 金魚すくいだったりくじ引きだったり射的だったり、事あるごとにシロがスキルを使ってより良いものを狙いに行くので、その度に引き留めて俺が変わりにやることになった。

 

 傍から見れば彼女にイイところを見せたい彼氏とでも思われていたのか冷やかしや奇異の目が強かったが、逆に悪目立ちしないための横やりだった。

 ただでさえ人目を引きやすいシロが大事を起こせば、それこそ大変なことになる。

 

「これ、どうやって飲むんですか?」

「あぁ、貸して」

 

 捻っても引っ張っても取れないラムネの蓋に四苦八苦していたシロから瓶を受け取り、上部に備えられていた簡易式の栓抜きでしゅぽん、と小気味良い音を立ててビー玉の栓を外す。

 

「はい」

「ありがとうございます!」

 

 受け取った瓶ラムネを勢いよく呷り、転がったビー玉でまた栓をしてしまったシロは舌先を口に突っ込んでちろちろと中のビー玉を転がしてなんとか飲んでいた。

 その様子を微笑ましく眺めながら自分も栓を外し、すっかり暮れた夜空を見上げながら淡いソーダを一口飲む。

 

 夜空には既に数えるには難しい量の星が自らの主張をし合い、夏の星座をかたどっている。

 

 そろそろ時間かな。

 

「シロ、あっちにいこう」

「ふえ?」

 

 半分も飲めてないラムネから口を離したシロの手を取り、境内の裏道を通って暗く、長い石段を登っていく。

 

「あの、トオル君。どこに行くんですか?」

「秘密」

 

 すっかり夜も更けた暗がりの石段とはずいぶんと不親切なもので、不揃いな階段は下手をすれば足を滑らせてしまうそうになる。しかし幸いだった。今日は晴れていたせいか月明かりが出ていて足元が良く見える。しっかりと一歩ずつ段を踏みしめ、けれど焦らないようにゆっくりと、彼女の手を優しく引きながら登り進める。

 

 最後の段差を登り切り、小路を進んだ先にあるのは小さな広場。

 そこにはそれまで阻むように生い茂っていた木々は無く、その空間だけぽっかりと開けてよりきれいな星空が拝めた。

 

 静かに煌煌と地を照らす満月が、空の片隅に鎮座していた。

 

 いいムードだ。

 これならこの後に行われる花火もよく見えるだろう。

 

 そして言おう。

 自分の気持ちを。

 

 そんな決心をする俺の横で、ほう、と息をついたシロが満月を見上げながらぽつりとつぶやく。

 

 

「わぁ⋯⋯月が綺麗ですね」

 

 

 シロの言葉に思考が吹き飛んだ。

 

 まさか先に言おうとしていたことを先越されてしまうとは。

 だが彼女のにその真意があった訳ではないようで、シロは嬉しそうに月明かりが照らしてくる夜空を見上げて三日月を指差していた。

 

 だから俺はからかうように、その言葉に対する返し文句を言ってみる。

 

「『私もう死んでもいいわ』て?」

「えっ!?」

 

 驚愕したシロがすごい勢いで振り向き、肩を掴んで揺さぶってくる。

 

「なんでっ、なんでですか、マスター!?」

「なんだ、やっぱり知らなかったのか」

 

 慌てふためくシロを落ち着かせて言葉の意味を淡々と説明してやると、シロは自分の言動を思い出し、首の付け根から頭のてっぺんまで真っ赤になってふさぎ込む。

 

 頬に手を当てて目を見開き、半端に空いた口からは言葉にならない蚊の鳴くような声を漏らして煙を舞い上げて意気消沈してしまう。

 

「あう、その、そういう、意味では⋯⋯いえそうではなくて、確かに好きですけど⋯⋯そういう意味があるなんて、うぅぅぅ⋯⋯」

「あはははは」

 

 なんとも愛らしい姿にもだえそうになる。

 

「それで? 俺の答えは受け入れてくれるの?」

「えっ」

 

 ひく、と硬直したシロ。次に震え出してずっと俺の目を見てくる。

 

 止まった時間はそれでも過ぎていく。

 

 じれったい間の中でも、くすぶるような嬉しさに胸の中を焦がされる。

 

「シロ」

「は、はい!」

 

 ガチガチに緊張しきった声で返事をするシロ。

 そんな彼女の手を取り、引き寄せる。

 

「あああ、あの、ます、たー?」

 

 何も言わずにじ、とシロの紅い瞳を見つめる。

 何も見落とさないように見開かれた紅い瞳は鏡合わせのように此方を見返している。

 高鳴る鼓動に反して頭の中はずっと冷静に落ち着いていて、よく分からないがなんとも心地よかった。

 

「シロ、君が好きだ。君を愛してる。だから」

 

 聞き逃されないようにゆっくりと、一言一句言い間違えないように、捻りのない言葉で伝える。

 

「だから、これからも、一緒にいてくれないか」

 

 面白味のない、飾らない言葉には心意しか込められなかった。

 だからこそそれ以外の意味は持たず、これ以上の言葉は出てこないと思った。

 

 ひとりよがりとも感じるような想いを伝え、その返事をただひたすら待つ。

 シロは呆けて開いていた口をきゅっ、と結び、唇を噛んで、微笑む。

 

「⋯⋯はい、こちらこそ、おそばに居させてください。マスター」

 

 緊張の解けたシロの目にたっぷりの涙が溜まり、ついには決壊して溢れ出す。

 

 これまで越えられなかった一線を越え、やっと認めることが出来た関係に嬉しくもあり、それまで甘んじてきた曖昧な距離感に寂しさもある。

 

 いつまでもこの幸せが続けばいい。

 そんな青く、淡い願いは叶うはずもないかもしれない。

 それでも今だけは、二人の間を繋ぐこの気持ちを愛と呼びたい。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 一人の少女がお面を片手に、二人が消えていった小路を見つめる。

 

「終わらせちゃったねぇ、ご主人」

 

 賑わう人の波を離れて、茂みの奥へ足を進める。

 

 

「お遊びで済んでたならどれだけ良かったことか」

 

 

 帯に手をかけ、するりとほどいて闇のように暗い褐色の肌を月下に晒す。

 

 

「何処までいってもしょせん人形なのに、本気にしちゃってさ」

 

 

 脱いだ浴衣を一度羽織り、はためかせて脱いだらそこには一人の狩人が居るのみ。

 

 

「ゲームはいつか終わる。そして気が付けば離れるものでしょう?」

 

 

 もう一度浴衣を頭からかぶり、浴衣の中は完全な暗闇になる。

 

 

「もう先は無いよ。サヨナラだ」

 

 

 そこにはもう誰も居らず、人だけが消えたように着物だけが散らばっているだけだった。

 

 




 ある意味で完結。

 これより先は⋯⋯⋯。
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