キリンちゃんとイチャつくだけの話【完結】   作:屍モドキ

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六十六話 お別れ

 突然現れた謎の女性。

 

 白金色の長髪を靡かせ紅の瞳でこちらを見据えながら自慢気な笑顔を浮かべて様になっている立ち姿で部屋の入り口から逆行を全身で浴びている。

 

 正にヒーロー然とした雰囲気に思わず見惚れてしまう程だが、如何せん相手の事を何一つとして知らないので反応に困る。

 

「っ……その目、あの時のゴア娘?」

「ご・名・答。久しぶり、黒いガンナーさん」

 

 どうやらこの女性とクロは面識があるらしく、クロは仮面を外して女性のことをまじまじと無遠慮に見回していた。

 

 無遠慮に向けられる視線に嫌悪感を示さず、逆に己の恵体を全身で見せつける謎の女性は背を反らしたり胸を寄せたり、グラビアアイドルがやるようなあざといポーズを幾つも披露してくる。

 

「さて、こんなものかしら」

「おっきい……」

「ぐぬぬ……」

「本題忘れてねぇかお前ら」

 

 自慢げに胸に手を置いて勝ち誇る白金色の女性をシロとクロは自分の胸と相手の胸を見比べて悔しそうにわなわなと震えている。

 悔しさの僻みから戻ってこない二人をデコピンで連れ戻し、なんとか話せる空気を取り繕う。

 

「あなたは、何者なんですか?」

「そうねぇ。なんて言えばいいかしら……見てもらったほうがはやいわね」

 

 そう言いながら彼女は皆の前にたち「久しぶりだからできるかな……」とかなんとかぼやきながら肩幅に足を広げて腰の位置に拳を構え、つんのめるように力む。

 

 何が起こるのかと見ていたら彼女の頭から一対の捻れた角がメキメキと姿を表し、腰部からは身の丈ほどもあるゴア系統の怪腕が伸びて石畳の床を叩き、バサリと翼膜が開かれて白金色に輝く。

 

「二つの世界に干渉するもの。人でもモンスターでも、勿論ハンターでもない存在。それが私、黒姫 レシカ」

 

 突然見せられた本来の姿に圧巻され、言葉を失うシロと透。

 以前目撃したことのあるクロはそこまで驚いてはいなかったものの、あの死闘の末に進化を遂げて成長したレシカの姿は見違える程の変化をしていた。

 

「さて、本題に入るけど」

 

 怪腕で腕組みをしながら自分の腕で頬杖を付くと言う器用なことをしながらレシカはいかにも悩んでますと言わんばかりのポーズでわざとらしく悩むふりをする。

 

「あなた達はどちらの世界に居たいの?」

 

 据わった眼差しで射抜かれるシロは居心地の悪い固唾を咽んでその質問に答える。

 

「私は、マスターの……トオル君の隣に、居たいです」

「初心ねぇ、アナタは?」

 

 シロの答えに茶化すようにニヤニヤしながら受け流すレシカは続けてクロにも同じ事を問うた。

 

「どこでもいい。もう、どうでも……」

「あ、そう。じゃあウチに来なさいな」

「は?」

 

 仮面をつけ直しながら半ば放心気味に答えたクロだったが、何を思ったかレシカは自分の家に来るように促してきた。

 さすがのクロもこれには驚いたようで、素っ頓狂な声を上げてレシカに詰め寄る。

 

「な、なんで私があなたの所にいかなきゃいけないの……?」

「なんかねー。嫌なのよ。そうやって大事な事も何もかも有耶無耶にするの」

「答えになってない……」

 

 珍しく饒舌になっているクロを眺めながら二人の様子を傍観する透とシロ。

 

「この世のこと全部嫌になるときだってあるわよ。何処にも行きたくないなら落ち着くまでウチに居なさいな。悪いようにはしないからさ」

 

 そう言いながらレシカはクロを優しく抱き締めてそのまま頭を撫でてやる。

 突然の事にされるがままレシカの豊満な胸に吸い込まれたクロは借りてきた猫のように暫く硬直したままだったが、やがて脱力して彼女の胸に体を預けていた。

 

「それともう一つ確認取りたいのだけど」

「今度はなんですか」

 

「この子達を向こうに送るにはそれ相応の代償が必要なのよ」

 

 代償。

 シロがあちらの世界に居た間、徐々に体が弱体化していた原因がそれであり、クロが先述していた誰かの命であったり。

 クロの『蟲』を使ったとしても生まれた世界でなければ長いこと過ごせないようで、結局何かを差し出さなければもう一つの世界には居られないという。

 

「モノはなんだっていいの。大切なものか、関わりが深いものか。何かを犠牲にしなければこの子達は向こうには居られないわ」

「例えば……?」

「アナタの記憶とか、ね」

 

 レシカの言い分はデータそのものを糧にして、二つの世界にある記憶と身体、それぞれ合わせて一つの形に収め、完全な器を創ろうというものだった。

 

 たとえシロとクロがあちらの世界に留まれたとしても、誰一人として彼女たちのことを覚えている人間は存在せず、最悪此処以上の孤独が待ち受けている可能性だってある。

 

「そんなこと許容できるわけ⋯⋯!」

「大丈夫です」

 

 感情を剥き出しにしてレシカに詰め寄ろうとした透を遮ってシロが抑止する。

 

「たとえマスターすら私のことを忘れたとしても、私が忘れません。思い出はここにありますから」

 

 シロはそう言いながら己の胸を抑え笑って見せた。

 震える手を必死に押さえつけながら。

 

「俺も⋯⋯俺も忘れない、シロの事、クロの事、絶対探して見つけ出してやるからな」

 

 少しだけ意地になって宣う透も同じように震えを必死に堪えていたが、二人の目があった瞬間落ち着きを取り戻したようで柔らかく笑い合っていた。

 

 

「さて、みんな向こうに行くってことでいいわね?」

「は、はい」

「それじゃあやっていくわよ」

 

 そういったレシカは長い尾から二振りの剣を取り出して繋ぎ合わせ、でたらめな弓を生み出した。

 

「痛みは一瞬だけだから」

 

 何をするのかと思っていたら、不敵に笑うレシカが弓に手を添えた途端、暗い紫色に発光する炎の弦と矢が現れてアーチェリーのように弓を撓らせて黒い炎の矢が放たれた。

 

「はっ?」

 

 即座に射たれた黒炎の矢は透に向かって飛翔し、咄嗟に防ごうとした透だが飛んだ矢は彼の手をすり抜けて狙い澄ましたかのように彼の胸の真ん中に着弾した。

 

「トオル君っ!」

「ご主人ッ!」

 

 すぐさま駆け寄る二人を怪腕で押し退けるレシカは倒れた透の額に細い指先を添え、軽く叩くとつい先刻透けて入った白いモヤがズルリと出てきた。

 

「君の記憶。触媒として頂くわ」

 

 それは少し前にクロが『ギンコ』と呼ばれる真っ白いトカゲに食わせた透の記憶であり、記憶のモヤに呼応するようにクロのポーチから飛び出てきた当のトカゲがその記憶目掛けて飛びついてきたが、それをクロは懐から取り出した銀色に煌めく小さな針で串刺しにした。

 

「よくもトオル君を!」

「何をする……!」

「大丈夫よぉ。この身体を動けなくしただけだから」

 

 話も聞かずに反射的に飛び掛かってきた二人を両手の鉈で応戦し、怪腕で携えていたパラソルから撃たれた黒炎に当たられ、間もなくシロとクロも意識を失ってしまう。

 

「やれやれ、若いっていいわね」

 

 レシカは一人愚痴りながらトオルを挟んで二人を横たわせ、取り出したモヤをシロに、ギンコから引きずり出したモヤをクロに与えた。

 

「カレシ君の記憶と彼女に関する誰かの思い出。全てを糧にしてあなた達を作り変える」

 

 モヤはすんなりと二人の身体に溶け込み、彼女たちの身体を作り変えていく。

 間に挟まる男の身体はいつの間にか華奢な日本男児のような小柄なモノではなく、この世界であるべき屈強な男のそれに戻っていた。

 透が元の世界に帰ったのだろう、釣られるようにして両隣の二人の身体も綿毛のように消えていき、シロの部屋にはレシカと寝そべるキリン男しか残っていなかった。

 

 

「たとえ記憶を無くしてもアナタたちは巡り合うことは出来るのかしら、ね」

 

 レシカは二人のギルドカードを握り潰した。

 

 

 

 







 次回、最終回。


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