キリンちゃんとイチャつくだけの話【完結】   作:屍モドキ

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最終話 起きたらシロが隣に居た

 声が聞こえた。

 誰かに名前を呼ばれている。

 

『……ーーっ!!』

 

 声の発生源が近づいてきているのか朧気だったそれはだんだんと明白なものに変わり、かすかに聞こえていた呼び声は明確に意味を持つものへと置き変わる。

 

 だが見回しても姿は見えない。

 そもそも誰に呼ばれているのかもわからない。

 

 何度も耳にした彼女の声。

 木漏れ日のように優しく、鈴の音のような可愛らしい声。

 

 聞いたことがあるはずなのに、胸の奥でつっかえるような蟠りが邪魔をして答えを放り出せずにいる。

 

『マスターっ!!』

 

 俺をマスターなんて呼ぶ、少し変わった女の子。

 

 純白に黒い稲妻模様が入った革のドレスよのような装備、蒼角の一本角と紅の双眸、玉のような肌、華奢な体躯、勇ましい意思。

 

 あぁ、思い出した。

 否、覚えている。

 

 剥離した魂の奥に刻まれた、彼女と過ごした日々。

 思い出、約束も。

 

 

「◯◯」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 がむしゃらに走っていた。

 地面があるのかもわからない、上下も左右も無いようなところをひたすらに走っていた。

 

 大切な人に会うため。

 もう二度と離れないと誓ったあの人に会うため。

 

 踏み心地のしない地をひたすら走り、地平線の果に鎮座している彼の朧気な後ろ姿だけを頼りに延々と走り続ける。

 

「マスター!!」

 

 焦燥感が胸の奥を支配してくる。

 それを一縷の希望で押しのけながら彼のことを叫ぶ。

 

 輪郭など溶けてしまいそうだった彼の後ろ姿が近づくに連れて闇の中で明確に、鮮明に形作られていく。焦点の合っていない双眸で虚空を眺めていた彼へ向けて、一倍大きな声で彼を呼んだ。

 

 

「マスターっ!!」

 

 

 その声に気が付いた彼は瞳の中に光を取り戻し、不意に此方へ向いた。

 

 有無を言う間もなく彼に飛び付た。

 

 やっと追いついた。

 

 

 もう、離れない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 何処に行けばいいの。

 

 命令が無い。

 道も見えなければ自分の姿形すら視認出来ない。

 元々色黒の肌をしているが、それを差し引いても光一つ無い暗中で行く宛もなく彷徨っていた。

 

 こっちにいらっしゃい 

 

 誰かの声がする。

 聞き覚えのない優しい声。

 

 もう誰からも、ご主人からの指示も無いのなら、今はこの声に従おう。

 

 ………

 ……

 …

 

 

 不意に目が覚めた。

 

「あ……生きてる」

 

 感じたのは自分の脈拍と呼吸。

 黒い炎に焼かれた時は死を覚悟し、さっきまで見ていた夢は死後の世界とでも思っていたが、存外そうでもないようで身体はちゃんと存在しているししぶとく生きているらしい。

 

「お目覚めかしら」

「黒姫、レシカ……」

 

 白金色の女性がコチラを覗き込みながら穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

 身体を起こして周りを見れば、フローリングと壁紙が貼られた洋風の室内で、海綿体とも羽毛とも取れないような質感のベッドに寝かされていたらしい。

 

「私の、世界じゃない……」

「あ、もしかして向こうのほうが良かった?」

 

 レシカの言葉にクロは無言で首を横に振る。

 

「きっと、いつかご主人は遊んでくれなくなるから、そうやって会えなくなるくらいならこの世界に居たい」

「そう。好きなようになさい」

 

 ゲームはゲームであるからこそ、新しいゲームで遊んだり別の趣味を見つけたり、大切な人が出来たのならその人と時間を共にして……そうやって、楽しかった記録は思い出となり目のつかないところにしまわれる。

 

 そうして二度と会えなくなるのなら、自由を手にしてしまったこの体で果てしない人生を謳歌しよう。

 

 息巻いてそう決めたのに、視界は潤み喉奥が焼けるように苦しい。

 零れる涙は大粒で、落ちるたびに手の甲に当たって水滴がダバダバ飛び散る。

 

「レシカ……私ね、ご主人のこと、好きだったみたい」

「……そうねぇ」

 

 レシカはそれ以上は何も言わずにクロを抱き寄せ、泣きじゃくるクロの背中を優しく擦ってやる。

 自ら手を切ったはずの過去に自分自身がしがみついていた。

 意中の相手の記憶を自分が消したと言うのに、相手の記憶に自分が居ない事実が受け止め切れないくらい哀しい。

 なんとも滑稽なことか。

 

 行く宛のない感情が涙となって顔を濡らす。

 レシカはただじっとクロを撫でるだけだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はぁ…………」

 

 窓から差す陽光に瞼の下に隠れる瞳孔を焼かれて目を覚ます。

 何故自分の寝床にいるのかわからない。 

 さっきまで違うところに居たはず。

 

 

 

 ん、違うところ……?

 

 何か壮大な夢を見ていた気がする。

 

 誰かと過ごした日々が走馬灯のように駆けめぐって何も残さずに過ぎ去って行き、台風一過の空模様に似た感情がぽつんと居座っていた。

 

 記憶の欠落にもどかしさを覚え、しかし答えは何処にも見当たらずにただ彷徨っているままだった。

 

 ひとまずは起きようと身体を起こそうとして失敗する。

 身体の半身が動かない。

 

 力が入らないとか麻痺しているとかではなく、何かが絡み付いているような抵抗感がした。

 

 ふと下を見ると掛け布団に収まっている自分の身体の膨らみ以外にもう一つ、人一人分の大きさを持つ膨らみがあり、ゆっくりと上下していた。

 

 なんとも思わず掛け布団をめくると、夢で見た女の子がそこにいた。

 

 青い角、白い長髪、ふっくらとした唇、髪と同じく謎の白い革で作られた見慣れているような見慣れないような、不思議な格好をした女の子。

 

 そんな女の子に片腕を抱き枕にされて同じ寝床の中にいるこの状況は誰がどう見ても明らかに不自然であるはずなのに、何故か落ち着いている自分がいた。

 

 そのまま起こさずに彼女の寝顔を眺め、何も思わずに差し出した掌を彼女の後頭部に添えて優しく撫でてみる。そのまま数分経ったか、身動ぎした少女は肩口に顔を押し付けてもぞもぞ起き出した。

 

「ふぁ……ぁ……」

 

 上体を起こして布団の上でぺたんと座り、小さなあくび。

 あんぐりと開いた口から可愛らしい八重歯が覗き、まだ寝ぼけている眼を擦りながら己の身体と部屋の中を見回して首を傾げていた。

 

 腕が開放されたおかげて身軽になったので自分もベッドの上に胡坐をかいて白い少女を間近で眺める。

 

 ある程度眠気が取れたらしい彼女はこっちに気づいた途端に半開きだった紅い瞳が見開かれ、きれいな白髪を逆立てて感銘を受けたかのようにわなわなと震えている。

 

「マス、ター……マスター!」

「うおっぷ」

 

 呼ばれるやいなや飛びついてきた彼女にマスターなどと呼ばれてどうしていいかもわからずにただ受け止める。

 

 だが、彼女にマスターと呼ばれたことによって覚醒しきっていない頭に透き通るような感覚が走った。 靄がかかっていた過去の記憶が掘り起こされ、忘れていた思い出全てが濁流のように雪崩れてきた。

 

 何か感じたのかひっつくのをやめた彼女が突然不安そうな顔を引っ提げて憂いた目でおずおずとコチラを眺めてくる。

 

「私の事、わかりませんか……?」

 

 今にも消えてしまいそうな震えた声で訊ねてくる彼女を引き寄せ、力いっぱい抱きしめる。

 

「ひゃあっ!?」

 

 何がなんだかわからずに動転して目が点になっていた少女はあわあわと言葉にならない声を洩らしていたが、次第に落ち着きを取り戻していき状況を把握していくに連れて目に溢れんばかりの涙を貯め、溢れる滴は止めどなく流れて少年の肩を濡らす。

 

 消えてしまった記憶はここにあって、二度と会えないと思った相手は目の前に居た。

 

「おかえり、シロ」

「〜〜〜〜っ……はい、はい……っ!」

 

 感情入り乱れた嗚咽混じりの問答は実に短く、それ以上の言葉など不要だった。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 その後、知人友人身内などにシロの事を話した。

 案の定誰一人としてシロの事を覚えているものはいなかったが、みなシロを受け入れてくれた。

 

 ゲームデータを見てもシロのデータは残っておらず、その他の二つもついでとばかりに綺麗サッパリ消去しており軽く鬱になりかけた。

 

「誰も残らなかったか……」

「そうなりますよね……」

 

 わかってはいたが実際目の当たりにすると心に来るものがある。

 数年プレイしてどれも徹底的にやり込んだプレイデータが全て吹き飛んだのだ。不正もなく、愚直に臨んだのに何も残らず跡形もなく消えてしまったのだ。落ち込みもする。

 

 だが、妙な事にシロ以外に二つデータがあったことは覚えているのに、どんなデータが残っていたかは覚えていなかった。

 

「私ならここにいますから、元気出してくださいっ!」

「……シロは優しいなぁ」

 

 ゲーマーとしての悔し涙を流しながら、奇妙なかたちで残った彼女におずおずと泣きつく。

 

 シロの胸の中で慰めてもらっていたら、顔に手を添えられて無言で促されるまま彼女に顔向けすると、シロは顔を通り過ぎた。

 

「ちゅ……」

 

 頬に柔らかいものが当たった感触がして、ふと距離を置いてシロを見ると彼女はいたずらっぽくはにかんで頬を朱に染めていた。

 感極まったシロは思わずに抱き締めたままの透の頬に口付けをしていた。

 

「えっと、その、またマスターのもとに来れたのが嬉しくて……」

「……ほぉ」

 

 言うが先かやるが先か、透はもう一度シロに迫って呆けていたシロの唇を奪った。

 そのまま数十秒、数分、十数分、たっぷりと時間をかけて互いの初めてを差し出し、同時に初めてを貰った。

 

 息継ぎをするため唇を離し、体幹に力が入っていないシロの身体を腕で支えてやる。

 

「はぇ……」

「やべ」

 

 耳の先端まで真っ赤に染まったシロはきゅうと音を上げて倒れ、透の胸の中にぽすんと落ちた。

 しまった刺激が強すぎたか、なんて思いながら動かないシロをどうしようか悩んでいたらすぐに起き上がったシロがベッドから飛び降りて軽やかに身を翻す。

 

「ずっと、一緒にいましょうね、マスター!」

 

 いつか目にした、見ている方が安心するような笑顔を浮かべるシロに連れられ部屋を出る。

 

 もうデータは残っていないけど、その代わりシロが隣に居てくれる。

 それだけで、幸せだった。

 

 

  

 





 どうも、屍モドキです。
 キリンちゃん無事に完結いたしました。
 執事だった頃から数えれば5年ほどでしょうか、色々ありましたがなんとか最終回を迎えられたのは読者様の声も大きいです。

 正直煮詰めきれていないところも多く詰めの甘いところが多々あり、煩わしい思いもさせてしまったとは思います。
 それでもここまで読んでくださった方には感謝してもしきれません。

 重ね重ね申し上げますが、これまでキリンちゃんを読んでいただきありがとうございました。

 それでは、また何処かで。

 
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