生き残って役に立て 作:屑の鑑
足りない。何が足りないかと云えば、夜間スコープだ。ついでにサイレンサーが不足している。この前に鉄血の司令部で拾ったパーツは全て銃器の内部構造の交換用予備パーツだ。オプションではない。
由々しき問題だ。ドラグノフしかない現状において、夜間用スコープがないのは死活問題だ。肉眼で捕捉にしたって限度ってもんがある。お相手が馬鹿正直に照明ぶら下げているなら良いのだが、当然ながらそんなことはない。だからといって、夜間用の迷彩を装備しているわけでもないのだが。
簡潔に言えば、夜間において偵察ができない。特に、今いるような森林地帯では、余計に光が差し込まない。ただのスコープで覗いたところで闇、闇、闇ばかり。敵の司令部は最低限の照明がつけられているから、まだのぞき見の余地はあるが。警邏に関してはあまりに不透明になってしまった。
「ちっ、せめて暗視ゴーグルがありゃいいんだがな」
ただ、悪いことばかりでもない。鉄血の奴らは夜間になると暗視ゴーグルを必ず装備している。それで照明要らずの警邏をしているわけなのだが、そのせいで視界制限もされている。警邏の連中は照明のある司令部の方に目を向けられない。あとは、閃光弾を使ってやれば簡単に視界が潰れる。悪いことばかりでもなかった。
「お前、その機体に暗視機能とか搭載されていないのか?」
「搭載されていれば、指揮官の姿をもっと鮮明に見れるのに……」
「ド阿保。偵察のために使えや」
しかし、困り果てた。もう三日も経っているのに、鉄血のエリアボスが姿を現す気配がない。かといって、司令部にボスが居ないかと云えば、それは鉄血の雑魚どもの動きを見て違うと確信できる。何より、警邏にしては数が多過ぎる。ボスが出払っているなら、雑魚も多少は出払う筈なのに。
地図の書き込みを思い出す。俺の考察が正しければ、奴らはまだこの近辺にいる「逃したくない獲物」を追っている筈だ。ボスが出てこないということは、まだその段階ではない、ということ。詰めに入り切れていないのは、思いの外、奴らの獲物が手練れだったということか。こうなるなら、もう少し手を抜いて任務に背きゃよかったのだが。今言っている場合ではない。
「指揮官」
また、あの甘ったるい声だ。少し離れて後方を見張っている筈の「拾い物」の荒い息が聞こえてくる。またかコイツ。見てみれば、発情期の獣の如きギラギラとした目で俺の事を見てやがる。そのくせ眦はトロンと溶けるように柔らかいときたものだ。幼さと大人びた一面がごちゃ混ぜになって、俺に言いようのない背徳感を味あわせてくる。
「もう三日もご無沙汰です」
「あと一日でも我慢しろ」
「昨日も、おとといも、そう言いましたよね」
「ならもう一度命令してやる。あと一日我慢しろ」
昨日なら、この「命令」というワードでこいつは引き下がった。ならもう一日くらいと思えば、近づかれて肩を掴まれる。力強く、逃さないとばかりに人形特有の馬力をもって。あぁ、こうなりゃ仕方ねえ。
俺はもう一度、相手の司令部の方を確認した後、「拾い物」の腰に手を回した。相変わらず、力を少し込めれば折れそうなほど細くて脆く感じられる。だが、今回ばかりは容赦しない。ダンスのように緩やかにターンを決めてアシストしてやり、さっきまで俺が背にしていた木に「拾い物」を押しつける。同時にこいつの両方の腕を肩から解いて木に押さえつけることも忘れない。
「しきか――っ」
その状態で、抵抗させないまま唇を塞いだ。マストゥーマウスだ。限界まで力を込めて押さえつけながら、口の中を蹂躙する。歯茎に沿って執拗に、あるいは舌と舌を絡み合わせて。極力音を立てず、抵抗も許さない。「拾い物」が喉の奥を何度も鳴らすが、その音さえ漏らさせはしない。
その感触を堪能しているのか。「拾い物」は目を閉じて、成されるままになっている。こいつら人形の口の中は、油臭いのかと思えばそうでもない。存外に、花のようにリラクゼーション効果のある風味だ。そのせいで、苛立っていた思考は徐々にクリアになっていく。何をしているんだ、と自分自身に新しい苛立ちが湧いて来る。その全てを、こいつの口の中を蹂躙することで発散する。
「――くはっ」
一通り、もはや喉すら鳴らさなくなるまで、足が震えて立っているのすらやっとになるまで、唇を重ね続けてやった。舌で蹂躙してやった。腰を支えていた手と、両腕を固定していた手を放してやれば、その場にぺたんと力なく座り込み、どこか虚ろな瞳で俺の事をぼーっと見上げてきた。
その姿が、あまりにも凄惨な少女の現場のような臨場感があるものだから。俺の中の背徳感が背筋に電流を奔らせた。いっそ、腹の底全部をぶつけてやろうかと睨み返してやると、「拾い物」はへにゃっと溶けるように顔を綻ばせた。
その姿を見て、カッと頭に血が上るのを感じた。抑えていた奔流が溢れ出し、ほぼ本能のままに「拾い物」の腕を引っ張って引き寄せた後、地面に叩きつけて押さえつける。
「命令だ」
蔑むように「拾い物」を見下ろして、俺は冷たく言葉を突きつける。
「声を出すな」
続けざまに「命令だ」と俺は口にする。
「音を立てるな」
どこまでも冷たく、突き刺さるように言葉にしたにもかかわらず。「拾い物」は相も変わらず蕩けた顔で笑っている。触れば今にも崩れ落ちそうなほど儚い姿が、余計に頭に血を昇らせる。
「命令だ」
わかっている。こんな場所で行為に及べば、どれくらい危険かということくらい。理性で分かっていても、しかし本能が抵抗を許さなかった。抑えの利かない感情の奔流に、もはや抗うことはしなかった。ただ、その他すべての激情を「拾い物」の小奇麗な顔、その中でも一際、瞳にぶつける。鼻が触れ合うほど顔を近づけて、瞳と瞳を突きつける。
「抵抗するな」
こいつの瞳の奥底にまで届かせるように、真っ直ぐ見つめて。力強く睨み付けて。「拾い物」の両腕に跡がくっきりつくほどの力を込めて。
「指揮官の望むままに」
こいつは、とんだ毒婦だ。自覚は無いのだろう。天然なのだろう。だからこそ、毒婦なのだ。知らず知らずのうちにではない。わかっているのに、人を破滅の道へと追いやる毒を含んでいる。
この「拾い物」は間違いなく、意図せず「命令違反」を起こした。きっと、こいつ自身も自覚していない。だが、結果として俺の激情を煽っているのだから。
きつい灸を据えてやる。声を出したなら口を塞いでやる。抵抗するのであれば制圧する。音を立てるのなら先を読んで音を殺す。
「人形風情が。随分いい女になったな?」
皮肉を込めて、最大限の侮辱を吐き捨てる。だが、「拾い物」は心底嬉しそうに微笑んで見せるのだ。
「はい」
幸せそうに、百合の花が似合うような清らかで綺麗な顔で。その顔を見て一瞬、呆然として力が緩む。その刹那の隙に目を光らせて、「拾い物」は音を立てずに押さえつけていた俺との立場を逆転させた。あまりに鮮やかで、巧妙過ぎる手さばきに目を瞬かせる。
「指揮官」
「拾い物」の瞳に、怪しい光が宿った。今度はこちらの番だと言わんばかりに。自分の唇をちろりと赤い舌で湿らせて。さっきまでの綺麗な顔とは真逆な。泥沼のように汚いツラして、嗤って見せた。
「私から、目を離さないでくださいね?」
あぁ、やっぱり夜のコイツにはどうやっても敵わない。
とんでもない「拾い物」だと、俺は諦観の念をもって、全てを受けいれた。
これがまさに泥風呂