ビスマルクに甘やかしてもらった翌日の、12月が始まる1日目。
今日は気分よく朝を起きることができ、誰かに甘えるっていいことだなと思うも、それと同時に甘えすぎれば人としてダメじゃないかという恐怖がやってくる。
かといって今までのように、1人で頑張るのは疲れる。だから週に1度ぐらいなら甘えても大丈夫なんじゃないかと思う。
そう考えながら軍服に着替え、鎮守府へと行く。
職場である執務室はすでに暖かく、暖炉には薪がくべられているのが見えた。
部屋のカーテンも開けられ、晴天の外から光が入って部屋が明るいけれど、中には誰もいない。
秘書であるビスマルクはどこに行ったんだと思い、ポールハンガーに帽子とコートをかける。
それから執務机に向かうと椅子へ深く腰掛けると、ぼぅっと天井を見上げて今日は訓練だったかと思い出せた。
頭の動きが鈍く、まだ昨日の精神的疲れが残っているらしい。
別にビスマルクの癒しが足りなかったわけじゃなく、それ以上に会議は非効率的すぎたための疲れだ。
会議は効率よく、無駄な足の引っ張り合いなしでやりたいものだ。
と、盛大なため息をついてから仕事をやっていく。仕事は昨日できなかった、報告書の確認と整理、それと砲弾の残数などといった計算だ。
それを見つつ、メモを取り出して計算式を書いていく。
―――そんなことを2時間か3時間ほどやった頃だろうか。
執務室の扉から、軽いノックの音が3度聞こえる。
俺は扉を開けるために立ち上がり、思いのほか肩や体の節々がこわばっているのを感じつつも扉へ行くとゆっくりと開ける。
廊下から冷えた空気を感じつつ、そこに立っていたのはグラーフだった。
クールで仕事ができるキャリアウーマンという感じが少し苦手だ。
グラーフは20歳ぐらいの顔立ちで美しく整っている顔と透き通るような白い肌は、美人過ぎて初めて見たときにはしばらく呆然とした。今となっては厳しい目で見られると、怒られたような気分になってしまうが。
淡い金色の髪はツインテールにまとめられて肩まで伸びている。
髪は美しく、彼女の髪が風でなびくたびに、俺の視線を奪っていくのはずるいと思うこともある。
胸がけっこう大きく、灰色の瞳で常に半眼でにらまれているような感じなのもまた印象によく残る。
そんな苦手だけれど、ついつい見てしまうグラーフは普段通りの軍服だった。白を基調とした服と同じく白の帽子。黒のミニスカートに黒のタイツだ。
「なにかあったかい?」
「ああ。だけど、用件を言う前に入っていいか? 廊下は寒くて」
「それは気づけなくて悪かったね」
俺は体を引いて執務机に戻って座ると、グラーフは部屋に入ったと同時に扉を閉める。
そしてグラーフは机越しに俺の正面へ立つと、無表情でじっと俺を見つめてくる。
何を考えているか分からないグラーフに見つめられるのは居心地が悪く、ひとまず仕事を続けることにする。
1枚目の書類を見たときに、グラーフが声をかけてきた。
「朝、ビスマルクに聞かされたのだが提督は疲れていると聞いた。それは本当か?」
「特に昨日が疲れていたけど、今日は大丈夫だ」
書類を見たまま、ちらりと視線を合わせると、まだ見続けられていた。
俺は目をそらすと、そのまま静かな時間と俺が書類をさわっていく音、暖炉の薪が燃えていく音が響く。
「普段世話になっている礼だ。私もビスマルクにならい、Admiralに優しくしたいと思う」
そう言うと俺の後ろに回り込み、俺の両肩に手を置いた。
「マッサージか?」
「そうだ、やってもいいか?」
「あぁ、ぜひともお願いするよ」
ビスマルクのように心配されるのは嬉しいことだと思いながら書類を置き、肩の力を抜いた。
グラーフは普段から張ってしまっている俺の肩を軽く揉むようにしてさわって筋肉の疲労具合を確認していく。
そのあとに肩たたきが始まるが、チョップをするような手の形で両方の肩を軽く叩いてくる。
リズムよく、速すぎず、遅すぎずに同じテンポで叩かれるのはなんだか気持ちがいい。
「グラーフはよく肩たたきをしているのか?」
「ビスマルク相手にやっている。胸が重くて肩がこると言っていたから、日本に来てから勉強したんだ。あぁ、マッサージをするのはAdmiralで2人目だ」
「それは光栄だ。この気持ちいいのを味わえるんだから、ビスマルクには感謝をしておかないとな」
さっきの無表情なのとは違い、柔らかく優しい声になった、
その声を聞きながら目をつむり、椅子の背もたれに体重を預ける。その動きに合わせて、グラーフも肩を叩く手の位置を変えていく。
日頃の疲れが段々と取れ、まだ昼にもなっていないというのに寝てしまいそうだ。
だからといって部下であるグラーフの前で寝顔を見せるのは提督としての威厳がなくなってしまう。だからなんとかして我慢しつつ、気持ちいいのを感じていたい。
「よく慣れている動きだな」
「だろう? 何度もやって調整したんだ。強く叩くと筋肉を傷め、弱くすると肩たたきにならない。力加減が意外と難しいんだ」
トントン。
トントントン。
リズミカルに聞こえる音と肩に感じる振動、グラーフの手の感触。
それらが合わさって実に気持ちいい。それだけしか今は感じられない。
「……幸せだな」
「これくらいで幸せになってくれるなら嬉しいものだ。Admiralはいつも頑張っているからな」
「俺は頑張れているか?」
「ああ。艦娘なら誰もがわかっているし、感謝している。提督という仕事以上に仕事を頑張っているよ、Admiralは。さて、次は肩をもんでいく」
そう言ったグラーフは肩たたきをやめ、俺の肩をもんでくれる。
手の平で肩を包み込むようにしてやってくれるが、そのために近づいてきたため、グラーフの胸の柔らかさが背中で感じてしまう。
背中だと服越しというのもあって、胸の感触はそうわからないが、かすかに柔らかいものを押し付けられるのがわかる。
「肩もみは指に力が入りすぎてもダメなんだ。ビスマルクに初めてやったときは力の入れすぎで、叫び声をあげられてしまったよ」
「かわいそうなビスマルクだ」
「なに、それは最初だけで上達した今は悲鳴を上げられていないさ」
苦笑する俺にグラーフも昔のことを思い出しながら気分よさそうな声を出す。
その言葉を最後に、お互い言葉がないままマッサージが続いていく。
寝ないために会話をしようとしていたのに、気持ちよさでもう寝てしまいそうだ。寝そう。寝る。
ぼぅっとした意識の中、ふと右耳に息遣いが聞こえた。
「肩もみは手のひら全体で優しくもんでいくと、固まった筋肉の緊張をほぐしていくんだ」
さっきまで普通に喋っていたのに、小さな声を耳元でささやくように言ってくるのは体がぞくぞくしてしまう。
俺の耳元へ近づくために、さっきより体が密着して胸の柔らかさを強く感じ、そして声が色っぽくてヤバい。何がヤバいって俺の理性が。
眠気なんてなくなってしまい、目を開ける。
「グラーフ、なんでそんな声を出すんだ」
「だって、小さくしないと眠くならないだろう? マッサージは気持ちよくなって寝てしまうのがいいんだ。それに……」
ふっーと優しく息を吹きかけられ、ぞくぞくと電気が流れるように体中がしびれ、快感が来てしまう。その驚きで体が大きく震えてしまうが、それを気持ちよく感じてしまうなんて。マッサージとはこんなにもすごいものなのかと感心してしまう。
「Admiralは頑張りすぎだから、今ぐらい仕事を忘れて私に身を任せて欲しい。あぁ、誰か来たら起こすから寝ても構わない。いつも世話になっていて、いつ恩返しをすればいいかわからなかったから、私はとても嬉しい」
肩もみと共にささやかれる声は、身もだえしたくなるほど恥ずかしいというか、エロさを感じてしまう。もうグラーフが何かするだけでもエッチな子に見えてしまいそうだ。
このまま、ずっとささやかれ続けてしまうとグラーフの髪を撫でる、顔をさわる、抱きしめるといった行為をやってしまいそうだ。
それだけは、それだけはなんとか我慢しないと。やってしまったらセクハラと言われ、艦娘たち全員に不信感を持たれてしまう。
だから深呼吸をして精神を落ち着け、グラーフのおでこを押しながら後ろへと振り向く。
「それは上司として当然だ。グラーフ、何か苦情があったらすぐに言うんだぞ」
「ではさっそく言わせてもらおう。前を向いてくれ」
グラーフのすべすべした両手で頬を抑えられ、強引に前へ顔を向けられる。
そうしてから再開されるマッサージだが、今のは苦情だったのか。こう、なんというか、派手に戦闘したいとか演習飽きたっていうのだと思っていたんだが。
そんなことでよかったのか、言いたいことは。
苦情が本当にないのか、苦情を言えるほど信頼されていないということだろうか。……信頼がないんだろうなぁ。グラーフにはよく叱られたことは簡単に思い出せるからな。
たとえばだ。
『食堂でカウンターに並ばないでくれ。私が取ってくるからAdmiralは隣の席を確保しつつ座って待っていてほしい』
『優秀なビスマルクがいるのに仕事が遅いのか。そんなにお前の仕事が進まないのなら私を呼んでくれ』
『食欲がない? 軍人の前に人として健康には気をつけろ。忙しくて食事を忘れる? ……それなら時々私がご飯を作ってあげようか』
ということを笑顔でもない真顔で言われた。
今でもそのときの顔を思い出せる。提督らしくない提督の俺だ。
……信頼はされていないけど、上司としては認めているということか?
1人思い悩んでいると、段々と体が温まってきているのがわかる。
体をほぐされたことで血の流れがよくなったから。でも体は温かくとも心は冷たくなってしまい、深いため息をつく。
「なぁ、Admiral。自分で言うのもどうかと思うが、私は美人だと思う。……ビスマルクより胸は小さいが」
「グラーフは結構な美人さんだとは俺も思うが」
「だったら、その美人な私が肩もみをしているのに、ため息をつかないで欲しい」
「自分はもっとしっかりしないと、とそう思っただけで。あぁ、グラーフのことは好きだぞ」
艦隊のことは気にかけてくれるし、俺にもこうやって心配してくれる。まさしく理想の部下だと思う。こんな子がいるなら、好きにならないわけがない。
「す、好き!?」
その緊張してうわずった声を聞いた瞬間、急いで首を後ろへ向けると頬を赤くし、俺から目をそむけるグラーフのかわいい姿があった。
「どうした?」
そうして声をかけてもグラーフは硬直したままで、動く様子がない。
マッサージで疲れたんだろうかと考え、グラーフの手をさわったら勢いよく手を払われる。
「……グラーフ?」
「いや、今のは嫌だとかそういうんじゃなくて、その、ええと……肩もみは終わりだ。次、次だ! さぁ、ソファーへ行くぞ !この私が膝枕をしつつ耳かきをしてやろう!!」
なぜか妙に恥ずかしがっているグラーフが、俺をお姫様抱っこでソファーへ強引に連れていこうとするのには激しく抵抗する。そんなのは恥ずかしすぎる!
5分ものあいだ、抵抗を続けるとあきらめたグラーフはソファーに1人で座り、俺は仕事を続けることができた。
そのあいだ、ずっとグラーフの恨みがましい視線を感じてはいたが。
今日は食堂でなく、機嫌を取るためにグラーフを連れて外へ食べに行こう。マッサージのお礼も兼ねて。