提督に優しくしてもいいですか?   作:あーふぁ

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天使古鷹

 軍の上層部から他の場所でやっている物資輸送に関する資料を渡されてまとめる作業をしている、午後2時を過ぎたあたりの今日。

 そんな忙しくしている執務室のソファーにはビスマルクとグラーフがいて、熱心に手伝ってくれている。

 俺は2人とは別に苦情に対する言い訳の文章を考えるので頭をたっぷり使っている。

 いかに相手を怒らせず、こちらも物資手配で横領や差別はしてない文章を作るかを考えることを。そして、その文章が今まで書いたのと矛盾しないように過去の手紙をチェックしながらだ。

 

 前線の提督とは役割が違う俺。その管理職の仕事は胃が痛くなる。

 なにもかも投げ出したくなり、汚してもいい書類に言葉の意味をなさない線をぐちゃぐちゃ書いていると2人の視線を感じた。

 その2人は俺の机までやってきて、仕事の様子を見ると盛大なため息をついてから俺を執務室から追い出した。

 別に反乱や嫌がらせではなく、息抜きをしてこいと。

 

 軍服の上に茶色のコートを着させられた俺は冷えている廊下に出て、執務室の扉に背を預けてはでどこに行こうか考える。

 本来仕事をする時間なのに、仕事をしないでの息抜きはどうすればいいか悩んでしまう。

 思えば、休憩はいつも執務室だ。コーヒーやおやつはビスマルクが持ってくるから、あまり出る必要はない。体を動かすのなんて早朝のマラソンと不定期にやる格闘訓練だけだ。

 でも疲れていることや寒いこともあって体を動かす気分でもない。

 なら息抜きは何をすればいいのか。たっぷり10分は扉の前で悩んだ末に出た結論がひとつある。

 

 それは仕事だ。

 書類仕事で疲れたなら、別の仕事をして息抜きをすればいいじゃないかと。

 その仕事は艦娘たちとのコミュニケーション。愚痴や不満を直接聞いてこそ労働環境に繋がるからだ。

 考えが決まれば、非番の艦娘たちがいることが多い寮の談話室へ行こう。

 執務室がある建物から出ると、日に照らされようとも冬の寒風で体がぶるりと震えてしまう。寒さで白い吐息を出し、ランニングしている艦娘や港で物資コンテナを船に積んでいる軍人の作業を遠目で眺めながら寮へと着く。

 

 静かな寮の談話室にはいくつかのソファーとテーブルに暖炉、アップライトピアノを置いてある。

 普段は艦娘たちが何人かいるものだが、今日は珍しく1人しかいない。

 その1人は重巡の古鷹だ。

 古鷹は4人ほどが座れるソファーのはじっこに座っていて、楽しそうに微笑みを浮かべながら本を読んでいた。

 本のページをめくる音、火がついている暖炉の薪が爆ぜる音。

 そんな様子を見てしまうと読書の邪魔をするのも悪いから、どこかへ行こうと思った途端に古鷹が俺に気づいた。

 

 古鷹は読んでいた本をテーブルの上へ置くと、嬉しそうに手を振ってくる。

 俺も手を振り返しながらコートを脱ぎ、近くにあるポールハンガーにコートを掛けてから古鷹へと近づく。

 古鷹は淡い茶色の髪色をしたボブヘアの髪型だ。

 着ている制服は丈を切り詰めていて、青のセーラー服に大きめの赤いリボンを胸に着けている。

 短いスカートに、靴下は黒で左右の長さがオーバーニーとハイソックスで長さが違う。

 高校生の16歳ぐらいのかわいらしい顔は庇護欲が湧いてくる。でもこの場所では、みんなのお姉ちゃんとして頼られている。

 その古鷹に片手をあげて挨拶をしながら声をかける。

 

「隣、座ってもいいか?」

「はい、構いませんよ」

 

 ひとり分の距離を開けて座ると、うきうきといった様子で古鷹が話しかけてきた。

 

「今日はどうしたんですか? 話をしに来たのなら、しばらくは私しかいませんよ?」

「他の子たちはどこか行ったのか?」

「陽炎ちゃんと時雨ちゃんは敷地内にある山で面白いのを探してくると言い、五十鈴ちゃんと木曾ちゃんは街までお買い物に行きました」

 

 わざわざ疲れることをする陽炎と時雨には行動的だなと感心する。休みと言えば、無気力になって部屋に引きこもる俺とは違う。

 だが、山に行って何を遊ぶんだ。雪は積もってないとはいえ、冬の山なんて見るところがないんじゃないのか。

 五十鈴と木曾は、古鷹から話を聞くまで外出申請を受け取っていたのを忘れていた。許可したことを忘れていたなんて。

 普段ならチェックしたのは覚えているものなんだが、やはり疲れが溜まっているらしい。

 

「私でよければ、一緒にお話しをしませんか?」

「じゃあ付き合ってもらうか。古鷹とふたりきりなんてのは、ひさしぶりだったかな」

「えっと、2年ちょっと以来ですね」

 

 あごに人差し指をあて、首を少し傾げてから言う古鷹。

 部下になってから5年ほどの付き合いなのに、2年もふたりだけで話す機会はなかった。別に仲が悪いというわけではないが、いつもどちらかに艦娘の誰かがいるからだ。

 しかし、なんでそんなすぐに2年ぶりなんて思い出せるんだ。俺は思い出せなかった。これが35歳である俺との差か。歳を取ると思い出しづらい……。

 

「提督は目に隈ができていますけど、今もお忙しいんですか?」

 

 落ち込んでいると心配される。部下の前だから見栄を張るか、正直に言うか悩んでいると古鷹が笑みを消してまっすぐに見てくるのが怖く、正直に言うことにする。

 

「うまく寝れなくてな。ビスマルクやグラーフにはマッサージや愚痴を聞いてもらっているんだが」

 

 睡眠薬を使うと起きたあとが辛く、精神安定剤は時間をかければ寝れる。でもいつも寝苦しく悪い夢を見ることが多いのが辛い。

 

「でしたら、ここで私がリラックスのお手伝いをしましょうか?」

「リラックス?」

「はい。加古からの評判はいいんですよ。気持ちよく寝れるって。その方法は、ここでもできる簡単なものなんです」

「お願いしようかな。俺はどうすればいい?」

「ソファーにあおむけで寝てください」

 

 古鷹が立って場所が空いたところに、俺は靴を脱いでソファ―へと横たわる。

 ソファーの端に足を置いて倒れていると、頭のすぐ隣に古鷹が座ってくる。

 古鷹とこんな至近距離になるのは滅多になく、ビスマルクやグラーフとは違う、シャンプーの香りと思えるフローラルな匂いを感じる。

 

「この次はどうすれば?」

 倒れた姿勢から、座っている古鷹の顔を見上げると古鷹は優しく微笑んでくれた。

 

「はじめに目をつむって、力を抜いてください」

 

 言われるままに俺は目をつむったあと、大きく深呼吸をする。

 

 何をするか、されるか分からないとどうにも緊張してしまう。古鷹を信頼していなくはないんだが、初めてのことは緊張して仕方ないと思う。

 

「では落ち着いて、ゆっくり呼吸をしてください。鼻から息を吸い、口から出すんです。ではいきましょうか。吸って……吐いて。吸って……吐いて」

 

 古鷹の指示に従って言われるままに、その呼吸法をしていく。そして、古鷹の指示に合わせ、息を吸い、吐く。

 この繰り返しを続けていく。

 

「吸って……吐く。呼吸というは身心のバランスにとって大事なものなんです。呼吸のやりかたによって、心は落ち着くものなんですよ」

 

 そう言われ、目をつむって息をしているだけなのに普段より心が落ち着いている気がする。

 それは呼吸のやりかたもあるが、古鷹の優しい声の影響もあると思う。

 今の古鷹の声は普段聞く機会がない、俺を気遣ってくれる優しい声。

 

「何度もゆっくり呼吸することによって、新鮮な空気が体を巡っていくんです。心が落ち着き、癒されるんですよ? では続けて吸って、吐いて。吸って、吐いて。……どうです、落ち着きましたか?」

「……ああ。とても落ち着く」

 

 呼吸を意識するだけで、これほど落ち着くだなんて。いつもと違う場所、静かな環境。古鷹の穏やかな声があるからかもしれない。

 自分の体というのは、自分ではわからないものだな。

 ―――ここ何日か、艦娘たちに癒されている。なんでこんな癒しの方法を艦娘たちが知っているんだろうかと考え、艦娘だからこそという考えにいきつく。

 戦闘で溜まる緊張感とストレスを自分たちで軽減しようとして覚えたのだろうと。

 そんなことを考えていると、古鷹のほっそりとした手が、服越しに胸の上へとあてられた。

 

「うん、心臓がゆっくり動いていますね。これを夜もできるようになれば、気持ちよく寝れるはずです」

「ありがとう、古鷹」

「いえ。提督のお役に立てたのなら、私は嬉しいです。あ、呼吸は普通のに戻してください。どうです? 楽に感じませんか?」

 

 古鷹の手が胸元から離れてから、目を開けてゆっくりと体を起こすとソファーへと背中を預けた。

 清々しくなった気分の今は、自然に呼吸をするだけでも精神が楽に感じる。

 仕事をしていたときのどうしようもない不安と焦りはなくなってしまったようだ。

 

「提督という仕事をしているから忙しいのはわかりますけど、あまり無理をしないでくださいね?」

「そうは言っても仕事だからな。……なんでにらんでくるんだ」

「提督には健康でいて欲しいんですよ。仕事だけでなく、趣味をきちんとやって息抜きをしてください」

 

 にらまれ、ちょっと怒ったふうに言われて、わかったと返事をしようとした。だが、趣味とはなんだろうか。

 思えば、俺がやってきた趣味は何かあったはずだ。忙しいばかりに趣味なんてのは何をやっていて楽しかったのか思い出せない。

 昔の俺はどうやって息抜きをしていたんだ?

 

「……何を趣味としていたか忘れた」

「以前やっていたのでなくても、新しくやればいいんです。たとえば……昔にやりたくてもできなかったことですとか」

 

 やりたくてもできなかったこと、か。

 視線を床に下げてから天井を見て、昔のことを思い出そうとする。

 士官学校に入る前だった頃なら、色々なことに興味を持っていた。そのときに、やりたくてもあきらめたことがあるはずだ。

 確かあれは……。

 

「ロケットだな」

「ロケット、ですか? 気象衛星を打ち上げる、あの大きな?」

「いや、小さいやつでモデルロケットと呼ばれている、個人で打ち上げられるものだ」

 

 そう説明しても不思議そうな顔をする古鷹。

 モデルロケットの知名度は高くないから、知らなくて仕方がないと思う。

 個人で打ち上げられるロケットで小さいのは全長10㎝ぐらいのものから3mなど様々あり、推進力は火薬式のロケットだ。

 このモデルロケットを打ち上げる目的は、"打ち上げる"までの過程と空に昇っていくロケットを見るだけだ。

 あとは自作する楽しみもある。まさしく趣味と言い切れるものだ。

 ロケットの部品は全部輸入で、昔から戦争をしていた日本にとっては高級品だ。今ではもう手に入れられることもなくなったが。

 

「提督はそれが好きなのですか?」

「ああ。自分で打ち上げたことはないが、火薬がしゅばーと燃えていく音を立てて、30mほど空を昇っていくロケットを見たのは20年以上経った今でも覚えている」

 

 あの時は目をきらきらと輝かせ、いつか自分の手でやりたいと思っていた。けど、いつの間にか忘れていた。あれほど心躍ったというのに。

 今になって思い出せたことに感謝しないといけないな。俺にも憧れていたものがあったんだなと思い出せたから、新しい趣味が見つけれる自信ができたというものだ。

 

「いつかは作りたいと思っていたが、輸入の部品が手に入らないし、今では作れない。いや、あったとしても見るほうが好きだったから作らないかもな」

 

 モデルロケットひとつを飛ばすにも色々と覚えることがあった。資格取得に、パラシュートの降下計算。エンジン推力でどれだけの物を打ち上げられるかなど。

 こういうのは設計して打ち上げるのが楽しみなんだが、俺は空を飛んでいく姿を見るのがとても好きだった。

 少しのあいだだけ昔を思い出したが、そんなつまらない話より古鷹と世間話をする。

 古鷹とする話は落ち着いていて、穏やかな日の光を浴びながら話をしているような、そんな落ち着く空気だった。

 

 

 ◇

 

 

 それから4日後。

 ビスマルクから倉庫に眠っていた武器を改造した試験を実施したいと言われ、書類を渡された。

 試験日は今日。

 それはWG42という駆逐や軽巡が装備できる対地ロケットで、重巡や戦艦でも搭載できるように改造。それと連発式だったのを単発式に。今回は弾頭未装備での試験をしたいとのこと。

 突然のことではあるが、急ぎの用事があるわけでもないし、ビスマルクが無駄な試験をしようとは思えないから許可をした。

 そして許可した途端、強引にコートを着させられると岸壁へと連れていかれる。

 

 見上げる空はすべてが厚い雲に覆われており、午前10時の昼間でも薄暗い。

 穏やかな風と波。遠くの海に見えるのは艤装を身に着けた古鷹だ。だが、その古鷹の右肩艤装部分がなんかデカい。

 隣にいるビスマルクから双眼鏡を渡されて古鷹を見ると、古鷹はこちらをじっと穏やかな笑みを浮かべて見ていた。

 その古鷹の姿は、元々ある主砲を外した右肩部分にWG42らしきものが見える。

 

 本来の簡易なロケット発射架はなく、代わりに長い筒を3つをくっつけているのがわかる。

 その姿を確認したあとに双眼鏡をビスマルクにへ返すと、ビスマルクは両手を大きく振って合図をした。

 合図をされた古鷹は右腕を空へと向けると、ロケットが黒い煙と大きな音を出しながら空を目指して打ちあがっていく。

 その光景を見て俺は気づいた。

 古鷹にロケットが飛ぶのを見るのが好きだと言ったことを。わざわざ俺のためにやってくれたんだと知り、嬉しくなる。

 その打ちあがっていくロケットは曇り空の下では少々暗くて見づらいが、尾を引いて黒い噴射煙が長く伸びていくのを、じっと見つめてしまう。

 対地用のためか、それほど高度が出ないまま、弾道線を描いて海に着水していく。2発目も同じように。

 

 そして最後となる3発目の発射時に、厚い雲の隙間から光が差し込む。それは『天使のはしご』と呼ばれている自然現象だ。

 その光は古鷹がいるところに当たり、暗い灰色の世界の中、そこだけが輝いていた。

 幻想的に見える風景、そこで打ち上げられるロケットは光の中をまっすぐに昇っていく。

 きらきらと輝く世界で進んでいくロケットを見ると、言葉にできない感動がやってくる。子供の頃、青空に飛んでいくロケットを見たときと同じぐらいの、いや、それ以上の感動を!

 

 ただ空を飛ぶというだけなのに、強く心を動かされるのは不思議だ。

 俺はロケットが打ちあがり、落ちたあともぼんやりと空を見ていた。

 厚い雲の隙間から降り注いでくる光は『天使のはしご』と呼ばれるにふさわしく美しい。

 その光の下にいる古鷹は天使と言っても過言じゃないと思う

 ロケットの発射試験を終えた古鷹がこっちへ来ると同時に光はなくなり、元の厚い雲に覆われた灰色の世界に戻っていく。

 

「あの、どうでしたか。普段お世話になっているので、提督に楽しんでもらえたらいいかなってビスマルクさんと一緒に内緒で用意したんです」

 

 古鷹が岸壁のすぐ下にまでやってくると、不安そうに、でも嬉しそうな雰囲気で話しかけてくる。

 俺はしゃがみ込んで古鷹の目を見つめると、感謝の言葉をたくさん言いたかったが、うまく言葉にまとめられず、短い言葉を言うのがせいいっぱいだった。

 

「綺麗だった」

 

 そう言うと古鷹は固まり、挙動不審な様子で視線をあちこちに動かしては俺に背を向け、勢いよく推進機を全開にして工廠の方へと去っていった。

 あのロケットが撃ちあがる光景は綺麗だと言っただけなのに、なんであんな態度を取られたか見当がつかない。

 不思議に思いながら立ち上がり、古鷹の背を見ながら考えるもそれがわからないまま、ビスマルクに聞こうとしたが、隣にやってきたビスマルクに強く足を踏まれた。

 痛みで悲鳴をあげる俺に対し、強く不満そうににらんできたビスマルクは、俺を置いて工廠へと足早に去っていった。

 

 ……女性の気持ちはよくわからない、と強く思った瞬間だ。

 そうして古鷹とビスマルクがいなくなったあと、静かになった海を見る。

 興奮と落ち着いた気持ちが同居しながら思うことは、俺は艦娘たちに大事にされているんだなと思ったことだ。

 特に今回。ロケットに恋しい俺の気持ちに気づき、わざわざ見せてくれるなんて。それにビスマルクも共犯とは。

 普通なら武器の改造や試験なんて当日の報告なんてない。ただ、俺を驚かせ喜んで欲しいという気持ちには嬉しくなるばかりだ。

 

 俺はさっきの光景を強く覚えていくだろう。

 天使のはしごに照らされ、撃ちあがるロケット。

 そして、そこにいた古鷹のことを、まるで天使があらわれたと思ったときの気持ちを。

 

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