年末が近づく12月は多くの人が忙しくなる。それは軍人も同じだ。
そう、執務室での書類仕事がとても忙しい。去年よりも格段に。
なぜなら軍が進出している全方面で同時一斉攻撃をかけるからだ。言葉ではかっこよく聞こえるも、実際はちょっと手を出すだけの嫌がらせ攻撃の計画だ。
何の目的で、となったが単なる牽制だ。いかにも大規模攻撃を次にかけるような雰囲気で、どこの拠点が弱いのかの偵察として見られるためだけの作戦。
そう、"次の作戦"があるように思われるためだけのものだ。
牽制する意味は、年末年始をゆっくり過ごそう! ということのために。
現場をいかに効率よく酷使するかが基本姿勢な上層部が考えるにはおかしいが、俺には知らされない場所で反乱未遂や苦情が言ったに違いない。
……休みをあげようと考えてくれるのは嬉しいが、補給や調整をする俺の休みはとうぶん来なさそうだ。
各方面への物資手配、それに伴う艦娘の護衛調整。戦闘が終わってからも必要な物資を輸送する計画案を考えるのに心休まらない。
そのうちに、長い休みをくれると信じて働くしかないのが悲しいところだ。
作戦が決まってから、俺は小さな希望のために忙しく働き続け、輸送計画のピーク時には家に帰らずに隣の仮眠室で4泊もした。
特に昨日と今日は机で突っ伏して寝た2時間以外は寝ていない。シャワーを浴びる元気すらなく仕事を頑張った俺に勲章を与えてもいいと思うほどに脳が疲れている。
その疲れ具合は、普段から元気なビスマルクでさえ元気をなくして会話も少なくなるほどだ。
ビスマルクがいなくなって3時間ほど経った午後2時の今は、1人静かに仕事をしている。
ビスマルクも終わるまでいてくれるとは言ってくれたが、一緒に倒れると困るために強引に帰らせた。
さきほどまで暖炉薪が爆ぜる音が聞こえていたが、薪を入れる元気もなく、火が消えて静かな執務室。
その中で響く音は紙をめくる音、ペンで文字を書く音だけだ。
だが、その音も今この瞬間になくなった。
そう、終わったのだ。仕事が!
なくなった仕事だが喜ぶ元気もなく、ビスマルクにもらったピクルスの瓶にフォークを突き刺してピクルスをぽりぽりとかじっていく。
きゅうりの酢漬けは疲れた脳をすっきりさせてくれる。ぽりぽりという感触、ただ酸っぱいだけではない酢の味が実にいい。
あとは別室で待機している軍人に書類を渡し、完了だ。そして寝よう。たっぷりと12時間は寝よう。でもその前に風呂へ入りたい。
ふらふらとした足取りで執務室の隣にある提督専用の仮眠室へと向かう。
その部屋は6畳ほどの広さがある洋室でベッドと風呂、トイレがある。ただ、寝て起きるだけの場所だ。
靴を脱いで部屋に上がると、着ている軍服の上着のボタンを外して部屋にあるオイルヒーターの電源を入れる。そうしてから風呂場に行って蛇口をひねり、浴槽にお湯を入れていく。
待っている間、風呂場の床に膝をついた姿勢でじっとお湯が貯まっていくのを見る。
お湯が入っていく音を聞き、蛇口からお湯が落ちていくのを見るのは心が落ち着く。
ぼぅっと過ごしていると、ふと忘れていたことがあったのを思い出す。執務室に書置きを残すというのを。
立つのが面倒なほどにダルさがあるも、気合を入れて立ち上がって浴室から出る。が、出てすぐに脱衣所の壁や棚に体をぶつけて疲れているのを実感する。
体のあちこちを痛めながらも執務室へ行き、『仮眠室にいます』との紙を扉に貼ってから仮眠室へと戻る。
脱衣所で五十鈴からもらった、ゆずの入浴剤を手に取ると浴室の蛇口を止め、貯まっていた風呂の中へと入れた。
いい香りがしたところで脱衣所にて紺色の軍服を脱ぐと、浴室でシャワーを浴びて軽く体をお湯で流してから風呂へ入る。
―――楽園だ。
風呂に入った瞬間に深いため息の声が出ながら、そう思ったのは間違いではないと思う。疲れた体に熱いお湯はとてもいい。
目をつむり、お湯の感触を静かな浴室で楽しんでいると、不意に部屋の扉からノックする音が聞こえてくる。それはビスマルクがするノックの音ではなく、他の艦娘だ。
俺が声を上げるまえに扉が開く音が聞こえ、誰かが入ってくる。
慌てて風呂から出て、脱衣所で体の前部分を隠すタオルを取って風呂へと戻る。
そこで気づいた。
風呂から出て声をかければよかっただけだと。
誰かが風呂に来る可能性を考え、慌ててタオルを取りに行くのは間違っていた。だが、もう戻るには遅い。
それもこれも、頭が疲れるほどの仕事が悪い。
「しれーい、いるー?」
風呂場、部屋の扉を2枚挟んで聞こえる、間延びした声の主は陽炎だ。輸送船護衛任務から帰ってきたみたいだ。
のんびりとした声のため、問題や急ぎの用事があるように感じられないから、怪我なく帰ってきただろうと考えて安心する。
「風呂に入っている!」
声をあげて返事をすると、部屋の扉を開けて入ってくる音がし、その足音は脱衣所にまで。
脱衣所の扉が開く音がし、曇りガラスの扉越しに見えるのは黄色いリボンを身に着け、ツインテールの髪型で制服姿をした小柄な陽炎の姿だ。
どこも破れていなそうな制服が見えると、やっぱり怪我はしていなかったなと安心した。
「扉越しに失礼するけど、護衛任務は何事もなく終わったわ。詳細は後にしたほうがいい?」
「ああ。少し前に風呂に入ったばかりで出るのには時間がかかるからな。明日にでも聞く」
そう返事をするが、陽炎がいなくなる気配はなく、腕を組んで首を傾げる姿が見える。
せっかくのふたりきり。他に人がいると言いづらいことがあるんだろうかと、真面目な話に対する心構えをして次の言葉を待つ。
陽炎が何をするのかを何十秒か待っていると、胸の前で両手を打ち合わせて決意したらしい。
「私が髪を洗ってあげる!」
…………予想もしていないことに返事ができない。4㎝ぐらいの長さしかない俺の髪を洗いたいのか。
いや、そもそも、この子は何を考えているんだろうか。
裸の男がいる場所へ入ることに恥じらいはないのか。恥じらいがなくなるほど、俺と陽炎は恋人のような特別親しいという関係ではない。出会って2年の上司と部下であり、一緒に遊び、街へ出かけるぐらいの友達みたいな関係だ。
俺がひたすら戸惑って返事をしないでいると、陽炎は無言を了承という意味で受け取ったらしく、ブレザーベストに手をかけた。
その瞬間、脱いでいくのは見るのはダメだろうと慌てて扉に背を向ける。向けた先は隅っこに置いてある、プラスチックでできた椅子が目に入り、それを手に取って陽炎に背を向けるようにして座る。
俺の目の前に鏡があり、陽炎が服を脱いでいるのを見てしまうが、それを見ないように床をじっと見て、持っていたタオルを腰あたりで結び、局部が見えないようにする。
ここでようやく落ち着くが、自分から脱ぎ始めたんだから別に見てしまっても怒られないんじゃないかとも思う。それにビスマルクならともかく、陽炎のような見た目が小さくて胸も小さい子に興奮はそれほど感じるわけではない。
見てしまう罪悪感と、裸を見てしまいたいという男心と葛藤しつつ、微動だにせず、陽炎が入ってくるのを待つ。
……いや、待たずに止めればいいだろうと思って声をかけようと口を開くと同時に扉が開く音が聞こえる。もしかすると裸か、裸にタオルを巻いただけの姿なんじゃないかと思うとドキドキしてしまう。
落ち着け、俺。陽炎は娘、陽炎は娘、陽炎は―――と念仏のように小さく低い声で何度も繰り返していく。
「入るねーって、なんで下を向いているの? 別にこっちを見ても問題ないんだけど」
不思議そうに聞いてくる声を聞き、俺は言葉を止めてから、ゆっくりと振り向いて陽炎の姿を見る。
そこにいた陽炎の姿は裸、または裸にタオルを巻いた姿ではなかった。
普段身に着けている白手袋と黒のブレザーベストにスパッツや靴下を脱いだ、白のブラウスとミニスカートの恰好だった。
身長は150前半で淡い赤色の髪をツインテールにし、黄色のリボン。顔立ちは中学生ぐらいの幼さで、全体的にほっそりとしてかわいい容姿をしている。
そんな陽炎の姿を見て、服を着ていて安心したと同時にえっちな姿を見れなくて残念な気持ちになってしまった。
「どうしたの、変な顔して。あぁ、そっか。濡れるのを心配しているの? 私はそんなの気にしないから」
「その服装で陽炎が問題ないならいいが。いや、そもそも風呂は1人で大丈夫だ」
「ダメよ。ここ最近ずっと頑張っていたんだから、感謝の気持ちを受け取って。ほら、洗うから前を向いて!」
陽炎は置いてあるシャワーとシャンプーを持つと、シャワーからお湯を出しながら俺の後ろへと膝をつく。
「髪を洗われることに抵抗があるんだが」
「でも、人から髪の毛を洗われるのは気持ちいいのよ? ほら、美容室でもよくあるじゃない。わしゃわしゃーって手で洗ってくれるの。だから同じように私に癒されて欲しいのよ」
「それはさっき言っていた、感謝の気持ちという?」
「そうよ。司令がここ何日かはいつも以上に頑張っているのがわかっていたし、他の艦娘たちも心配していたのよ? 目に隈ができて、ゾンビのような雰囲気で仕事してるーって」
「心配かけて悪かった」
仕事をミスせず、早く終わらせることばかりを考えていたから、艦娘たちにどう思われているかまでは頭が回っていなかった。
考えなくても、上司である俺が体調悪そうに見えたら不安になるのも当然だ。自分のミスにため息が出てしまう。
「心配かけたのを反省してよね。それじゃ、お湯をかけるまえに温度を確かめてね」
そう言って陽炎は俺の肩にシャワーのお湯をかけてくる。その温度はとてもちょうど良く、頭にあたるだけでも気持ちよく感じる。
「大丈夫? 熱くない? いいなら、これで髪を洗うけど、その前に目をつむってね。シャンプーが目に入ると危ないから」
「いいぞ、好きなようにやってくれ」
目をつむり、暗くなった世界で聞こえるのは音だけだ。
シャワーのお湯が肩を叩く音に陽炎の息遣い。
それらを聞きながら、頭をいい温度になったお湯で濡らされていく。
充分に頭が湿ったあとはシャンプーのボトルから液体を出す音が聞こえ、それが陽炎の手によって頭に乗せられる。
ひんやりとした液体の上に陽炎の小さい手がかぶせられ、シャワーを置いた陽炎の両手がシャンプーを泡立てた音が聞こえる。
「ごしごし。ごーしごしっと。力の入れ具合はこれで大丈夫?」
「ああ。気持ちいいよ」
「なら、よかった」
俺の短い髪を楽しそうに洗い始めた陽炎に、素直な気持ちを伝える。
そのまま陽炎に任せ、陽炎の指が動くたびに気持ちよさを感じさせてくれる。
自分で普段洗っている頭だが、誰かにやってもらうとこんなにもいいものだとは思ってみなかった。
「かゆいところはございませんかー?」
陽炎の指の感触に集中していると、ふと、いたずらっぽく美容師のようなこと言ってきた。
「ない。そのまま続けてくれ」
「はーい。けど、あれね。初めて男の人の髪を洗うけど、なんかこう、変な感じ」
「髪が短いからか?」
「それもあるんだけど、男性向けの清涼感があるシャンプーの匂いが新鮮なのよ。お風呂から出て、少しのあいだは私も司令官の匂いがするかな?」
嬉しそうに言う陽炎だが、それの何がいいんだ。男の匂いなんて、どれも似たり寄ったりだ。それなら女性向けのほうが色々な種類と豊か香りがする。
だから、洗う手を止めてまで匂いを嗅ぐほどじゃないと思う。
「……つまり、司令と同じのを使えば、司令になれると思っていいわけね?」
「ならないだろ。ほら、手を動かしてくれ」
と、陽炎が変なことを言ったので急かして手を動かしてもらう。
「はーい。じゃあ、次は右耳のあたりをやるからね」
宣言したとおりに髪全体から右耳あたりを丁寧に指でごしごしとしてくれる。
さっきのように全体を洗ってもらうのも気持ちよかったが、部分的に集中して洗われるのはくすぐったく、新しい気持ちよさを強く感じる。
「おつぎは反対っと。なにかあったら言ってね?」
「陽炎の手は気持ちいいな」
「ありがと。私の手がもっと女性っぽかったら、もっと気持ちよくしてあげられたのに」
「これ以上よくなってしまったら、俺は寝落ちしてしまう。それに俺は陽炎の手は好きだ。この鍛えられた指の感触は、日頃頑張っているんだとわかって」
陽炎に左耳あたりの髪を洗ってもらいながら、陽炎に感謝の気持ちを伝えると黙ってしまう。
返事の代わりとしてか、左を洗い終わると髪を優しく撫でてくれる。
「んー、私が優しくするはずなのに、優しくされちゃったなぁ」
陽炎の恥ずかしくも嬉しそうな声を聞き、洗うのとは違う、撫でられる気持ちよさを受け入れていく俺。
「次はお湯で流すから、まだ目をつむっていてね」
頭を撫でられるのが10秒ほどで終わると、今度はシャワーを持ってお湯を流しながら片手で髪を梳くように洗い流してくれる。
「この泡がざばーって流されていくのは見ていて気持ちが―――あ、あー……お湯が跳ねて濡れちゃった。司令が仮眠室でシャワー浴びるってわかっていたら、水着を着てきたのに」
「そんな気持ちを持ってくれるだけで嬉しいよ」
「でも気持ちだけじゃなく、実際にやってこそがいいと思うの。ほら、毎日疲れている司令のお世話をするのはなんか楽しくって」
髪の泡を流し終えたあと、陽炎は体全体にお湯をかけてからシャワーは止められる。
「よし、終了! 目を開けて確認してね。ばっちり洗ったから!」
俺は目のあたりの水分を手で拭いたあとに目を開け、目の前にある鏡を見る。
そこは泡もなく、しっとり洗われた自分の姿があった。それと鏡越しに見える陽炎の姿はシャツが濡れていて、小さい胸にある白いシンプルなブラジャーがシャツから透けて見えた。
つい、マジマジと見てしまうが、理性を以てして視線をずらす。
「ありがとう、陽炎」
「どういたしまして! じゃあ私は脱衣所の外で待っているから、体を洗って着替えたら声をかけてね。次はドライヤーだから!」
元気に言いながら、風呂場から出ていく。風呂場の扉が開いたときに、冷たい風を感じて体がぶるりと震えてしまう。
陽炎がいなくなり、1人になって大きな深呼吸をする。
別に陽炎の残った匂いを胸いっぱいに吸うためではなく、少し緊張していたのが解放されたためだ。
陽炎が裸ではなかったとはいえ、この狭い密室で一緒になるのは結構ドキドキとしてしまった。
そんな気持ちを持ってしまったのが我ながら悲しい。あれはいわば、父親に甘える娘的なシチュエーションなだけで、男女の関係ではないというのに。
落ち着いた精神になってから体を洗い、浴槽のお湯を抜いて風呂場から出る。
脱衣所で置いてあるバスタオルで体や頭を拭いたところで、さっきまで着ていた服を着ていく。
「陽炎、いるか? 着替え終わったぞ」
「いるよー。じゃあ、次はドライヤーで髪をかわかしてあげる!」
扉越しに声をかけると、陽炎はバスタオルで体を拭いたらしく、さっきよりはマシになったがいまだ濡れたシャツと透けて見えているブラ姿のままだった。
そこに視線を向けないことを強く意識しながら、俺は脱衣所の洗面台、その鏡に体を向けると膝立ちになって陽炎がドライヤーで髪をかわかしやすい態勢になる。
「それはいいね。司令は背が高いから、そうしてくれるとやりやすいよ」
陽炎は棚に置いてあったドライヤーを手に取り、強い温風を俺の頭へと向けてくる。
ドライヤーを左右に動かしながら、手で髪をかきわけられる。そのドライヤーの音を聞きながら、温かい風と陽炎がわしゃわしゃと髪をさわっていく感触に眠気がやってきてしまう。
こういうのはいつも1人でやっていたが、人にやってもらうのは安心する。
髪を洗ってくれるのも髪をかわかしてくれる今もだが、世話をしてもらうのは良いものだと気づけた。今までもビスマルクやグラーフ、古鷹に優しくしてもらったことを思い出すと、心が癒されているなと思い出す。
彼女たちは俺の世話になっているから、と言って優しくしてくれた。そう言ってもらえるだけでも嬉しいのに、色々としてくれるのはありがたいことだ。
軍の上層部や前線の意見に挟まれ、ストレスで毎日胃を痛めているが、こういう良いこともある。
陽炎に身を任せつつ考えごとをしていると、ドライヤーの風が冷風になった。髪を冷やすことで髪の過度な乾燥を防ぎ、キューティクルを良くするとビスマルクが以前言っていたことを思い出す。
そして、冷風を使うということは、もうすぐ終わることがわかる。
そう思った途端に、陽炎はドライヤーのスイッチを切ると、コンセントを抜いて片付ける。
「司令の髪は短いから、ヘアーブラシは使わなくてもいい?」
「そうだな。これで終わりにしよう」
陽炎が離れてから立ち上がって髪をさわり、よくかわいているのを確認する。
礼を言おうと振り返れば、そこには満足そうに笑みを浮かべた陽炎の姿が。
「私のシャンプーとドライヤー、どうだった?」
「機会があったら、またやってもらいたいぐらいだ」
「うーん、それは嫌だなぁ。だって、またやるってことは司令が物凄く疲れているってことでしょ? だったら私はそんな機会が来ないほうがいいと思うの。だって、元気な司令を見るのが好きだから」
陽炎はそんな恥ずかしさがあるセリフを、恥ずかしげもなく素敵な笑みを俺に向けてくれた。
気遣ってくれる人がいると、心に傷があっても癒えてくるようだ。
「陽炎みたいな娘が欲しかったよ」
「それなら誰かと結婚しなさい。子供が生まれたら、私が英才教育をしてあげるわ!」
「覚えておくよ」
シャンプーの英才教育なんていったいどういうものなんだと苦笑しつつ、脱衣所を出てベッドへ向かう。
着ていた軍服の上着をそこらの棚に置くと、ベッドの上にある羽毛布団をめくって寝る準備をする。
大きなあくびを出しながら、陽炎へと向く。
「陽炎のおかげで気分よくなったし、寝るよ」
「おやすみ、司令」
そう言って陽炎は脱いでいたブレザーベストや手袋を持って部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送ると俺はベッドに入り、1分もしないうちに眠気がやってくる。
今までの仕事で辛いものではなく、幸せな気分に思える眠気を感じて眠る。
艦娘たちがいてくれるから、俺も仕事を頑張れているんだなと感謝しながら。
2.『優しくしてあげたい提督の話』
提督がベッドにある羽毛布団をめくったところで、私、陽炎は仮眠室を出て静かに扉を閉める。
シャワーで濡れた体は、廊下の寒さがしみて体が冷えそうになるけど、今の私は熱い。
恥ずかしさと緊張で! その両方から解放された私は膝をついて大きな、とても大きなため息をついてしまう。
最初は軽い気持ちで髪を洗っていたけど、裸を見るうちに段々と変な気分になって抑えるのが大変だったわ。
心の中で、司令は父親ってのを思い続けないと、体をなめたり、色々なところをさわりそうになるとこだった。
もし、そんなことをしてしまえば、私は変態娘として扱われ、遠ざけられると思う。
そうならなくて、本当によかった。
冷たい空気に触れ、深呼吸をしたあとに私は自分の服を小脇に抱えて自分の部屋へ戻ろうとする。
けれど、隣の部屋、執務室の扉に張ってあった張り紙がなくなり、ビスマルクさんが帰ってきたかもしれないと思う。
今のままだと、変な気分だから少し話をしようかなと思って、執務室の扉をノックすると「入っていいわよ」と扉越しにビスマルクさんの声が聞こえる。
ドアノブを回し、部屋に入ると制服を着ているビスマルクさんは暖炉前にしゃがんでいて、火をつけ始めたところだった。
「特に用事はないんだけど、話をしたくって」
「私とかしら。もし、提督に用事があるのなら何時間かは戻ってないわよ」
「うん、知ってる。ついさっきまで髪を洗っていたから」
ビスマルクさんが不思議そうな、けれど次の瞬間には私の濡れた胸部分を見て納得した顔をした。
私の隣にしゃがみ、暖炉の火にあたる。
ゆらゆらと揺れる炎と、ストーブでは感じ取れない火の暖かさ。それらは心の隙間に入り込み、落ち着かせくれるように私は感じた。
「それで陽炎に提督の匂いがあって、服が濡れていたのね。髪を洗うのは陽炎から言ったの?」
「うん。報告に行ったとき、疲れていた顔だったの。だから、普段お世話になっている気持ちとして髪を洗ってあげようかなと思って」
私たちは隣り合い、暖炉の火にあたりながら静かに話を始めて行く。
「そう。それはよかったわ。あの人はもっと誰かに甘えるべきなのよ。私たち艦娘のことを大事にしている代わりに、自分が犠牲になっているから」
私の言葉を聞いて嬉しそうな笑みを浮かべ、けど段々と悲しい表情にビスマルクさんはなっていった。
私もその気持ちは同じ。司令官はいつだって私たちに優しく、時には厳しいけれど大切に思ってくれている。でも頑張りすぎているのが見ていて辛い時も。私生活ではヒゲを剃らないことも時々あり、ワイシャツや軍服はアイロンがかけられてないこともある。
もう少し自分のことを大切にしてもいいのに、と思う。それと少しは増長してセクハラぐらいやってもいいのに。ストレスが溜まりすぎると、近いうちに髪が全部抜けてしまいそうだ。
「ビスマルクさんは昔から癒してあげたの?」
「いいえ。残念ながら、つい最近よ。1カ月くらい前かしら。会議で夜遅くに帰ってきたときがあってね、その時の辛そうな顔を見てから、私が優しくしてあげなきゃと思ったの」
「そっかー。じゃあ、これからはストレスが少なくなるのよね」
と、そう言ったらビスマルクさんは深く大きなため息をついた。
「癒し方がよくわからなくて。私の他にもグラーフ、古鷹が提督に優しくしているのだけど、殺し方しか勉強していない私たちには難しい問題だわ」
「あー、耳かきはやったの?」
「それは癒されるものなの? 今度、マックスにでも試してみるわ。添い寝と子守歌はどうかしら?」
「あ、なんか意外に良さそうかも。他には…………思いつかない。ビスマルクさんは?」
「耳をなめることかしら?」
「それは癒しに入るのかなぁ……」
いかに提督に癒しを与えるか、優しくするか。仕事の手伝いをしていくかの話をし、お互いに提督が癒された時の状況などを報告しあい時間は過ぎていく。
これから、どうやって癒されるように接していくか、なんていう話をするのは楽しかった。
ビスマルクさんと話すこともあまりなかったから。それに、今では共通の趣味(?)を持てて共感できて楽しい。
そういうことを私とビスマルクさんは1時間も楽しみながら語り合った。