仮面たちの宴   作:雑草弁士

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争乱の終わり

 鋼打つ鎚の音が響く。ここはロモー高原の端に急造された、スカード島連合軍の宿営地である。その宿営地中央付近に組まれた操兵の整備櫓では、2騎の狩猟機が夜を徹して大急ぎで修理されていた。1騎は、薄めの装甲を身に纏った、優美な外観の高機動型狩猟機、エルセ・ビファジール。

 もう1騎は、機体の美しさも含め、全てに対し高い基準で均衡が取れている強力な狩猟機、フォン・グリードルである。これらの狩猟機が突貫で修理されているのは、スカード島連合軍の総指揮を執っている、オルノーサ王家女王の夫であるクロイデル・ギンガス=オルノーサの直接指示による物であった。

 それらの狩猟機の持ち主であるフィー達一行は、今現在クロイデルとの面会を終え、1晩の休憩を取っていた。彼等のほとんどは、昼間行われたスカード島連合軍対西海岸同盟軍の戦いで、獅子奮迅の活躍を見せたため、疲れ果ててぐっすりと眠っている。しかしフィーは何故か気が高ぶって眠れずに、なんとなく先程までのクロイデルとの面会を思い出していた。

 

 

 

 ロモー高原での会戦が終わって数刻経って夕刻近くなった頃、クロイデル率いるスカード島連合ミレイル奪回軍は、元キムナスト救援軍にして現北西ミレイル派遣軍と合流した。ミレイル奪回軍の方はまずミレイル南西部を攻撃したのだが、そちらを護っていた兵力は数少なく、抵抗は殆ど無いも同然だったのだと言う。それでクロイデルは予定を繰り上げ、ミレイル北西部の味方を助けるために急行してきたのだ。

 そして部隊合流後、クロイデルはフィー達一同を呼び、内密の話を行った。その内容は、彼等が追っていたダーヅェン・バリスタの行方と、宝珠『オルブ・ザアルディア』についてである。クロイデルは、フィー達の報告を聞き、言った。

 

「そうですか……。ダーヅェンはザハル砦に逃げ延びましたか。トオグ・ペガーナなどと言う邪教の力を借りてまでして。」

「はい、あそこまで追い詰めながら、結局奴を逃がしてしまいました。申し訳ありません。」

 

 クロイデルの言葉に、フィーは頭を下げて詫びた。そんなフィーを、シャリアが慰める。

 

「フィー、あれは仕方無いわよ。トオグ・ペガーナの連中の術には、そう簡単に対処できないもの。それにあたし達は、あの化け物退治に全力を注がないといけなかったんだもの。」

「その通りだな。責めがあるとすれば、私だ。うかうかと、あの化け物を出現させてしまった。更にその上、彼の白翼と言う練法師に気を取られて、ダーヅェンとトオグ・ペガーナの僧侶の動きを見過ごしてしまった。」

 

 クーガが頭を下げる。ハリアーもまた、それに倣った。

 

「それについては、私も同罪ですね。あの化け物が出現した時、それから逃げるので精一杯で、折角追い詰めたダーヅェン達から目を離してしまいました。それがダーヅェンに宝珠を再奪取された事と、トオグ・ペガーナ僧の手によって脱出されてしまった事に繋がっています。」

「そう悪い方にばかり考えないでください。幸いにも、化け物による被害は西海岸同盟軍に集中しています。我々スカード島連合軍には、化け物による損害は出ていないとの報告です。そしてそれを成し遂げたのは、殿に残ってくれた貴方がたのおかげだと、テラー・マクガナル殿より聞いています。」

 

 クロイデルがフィー達を宥める。彼は続けて言った。

 

「現在、貴方がたの操兵は最優先で修理と整備、補給を行わせています。貴方がたには、明朝すぐにザハル砦へと向かっていただきたいのです。よろしいですか?」

「そりゃかまわねぇけど……。かまわねぇよな、皆?元々最低限の整備と補給が済んだら、即座に出発するつもりだったし。って言うか、それ以上の修理とかは諦めても、即座にダーヅェンを追うつもりだったんだが、俺達。」

 

 ブラガが言った台詞に、クロイデルは首を左右に振る。

 

「それはいけません。貴方がたは、今は気が高ぶって疲れを感じていないかもしれませんが、これだけの会戦を戦ったのです。絶対に疲れは身体の奥底に溜まっているはずです。少なくとも、今夜はゆっくりと休んでください。疲れが溜まったままでは、何か大きなしくじりをしかねませんよ。」

 

 そう言うと、クロイデルは櫃の中から地図を持ちだした。

 

「これがザハル砦の地図です。ミレイルとキムナストの国境付近に作られた、国境警備のための小さな砦ですね。現在は無人になっているはずです。」

「ずいぶん小さな砦ですね。」

 

 フィーが呟く様に言う。クロイデルは頷いた。

 

「元々、スカード島におけるペガーナ信仰の総本山ですからね、ミレイル国は。直接ミレイルを攻めるなんて、畏れ多いと言う国の方が多かったんですよ。少なくとも、以前の争乱前までは。

 だからそれまではミレイルの軍備も、操兵の数で1桁程度しか無かったんです。この砦も戦争目的の物ではなく、密入国、密出国を見張るための物でしかありません。」

「行くのは我々だけですか?ダーヅェンを捕らえる、あるいは首を取るなどすれば、此度の戦における一番手柄は間違い無しですが……。」

「その一番手柄が問題なんですよ。」

 

 クーガの疑問に、クロイデルは渋い顔をする。

 

「我々は連合軍です。言い方は悪いですが、寄せ集めです。何処の国が出した部隊に花を持たせるかで、もめるでしょうね。かと言って、全軍で押し寄せるわけにもいきません。地形的に大軍を展開するには向きませんし、我々の主力は部隊の再編成が未だ終わっていません。結局の所、貴方がたを私の私兵扱いにして送るのが、一番角が立たないのですよ。

 その他に兵を送れるとすれば……。私直轄のオルノーサ王家軍から、騎兵隊を100騎ばかり抜き出しましょう。彼等を連れていってください。術で逃げ出されてはどうにもなりませんが、彼等にザハル砦を取り囲ませると良いでしょう。」

「……あんたも苦労してるんだな。」

 

 ブラガが憮然として言う。クロイデルは苦笑してごまかした。

 

 

 

 クロイデルとの面会を回想していたフィーは、そうこうしている間に、何時の間にか眠ってしまった。彼らの天幕の中を、静寂が包みこむ。だが全員が眠ってしまったのを待っていたかの様に、動き始めた『物』が存在した。『それ』はクーガの懐からふわりと浮き上がると、クーガの顔にひとりでに被さる。『それ』はクーガの仮面であった。

 

「う……。うう、む……。」

 

 クーガは呻き声を上げる。クーガの顔を覆った仮面の裏側から、ちらほらと輝きが漏れた。仮面に埋め込まれている聖刻石が輝いているのである。クーガは再び呻いた。

 

 

 

 クーガは夢を見ていた。彼には、それが夢である事が『何故か』分かっていた。彼は今、険しい岩山の続く地形の上を飛翔している。彼が飛んで行くに従い、その地形が彼の頭の中にすんなりと記憶されて行く。彼はそれを多少不思議に思う。

 そしてクーガは、とある岩山の上に降り立った。そして突如、彼が知るはずの無い合言葉が、彼の口から自然と発せられる。その合言葉は、その場に至るまでの地形と同様に、彼の頭の中へ記憶された。合言葉を唱え終わると、岩山の頂上にあった大岩が、左右真っ二つに割れて転がる。そこには岩山の内部へと通じる階段が隠されていた。

 階段の奥からは、クーガを呼ぶ声が響いて来る。クーガはその呼び声に従い、岩山の中へと進み入った。すると突然彼の周囲の様子が変わる。彼は溶けて固まった、溶岩の大地の上に立っていた。遥か地平線まで、その溶岩の大地は続いている。そしてクーガに呼びかける声が聞こえてきた。

 

『お前は資格を得た。だが最低限の資格でしか無い。それでも力を欲するのであらば、試しを受けに、我が元へと来るが良い。』

 

 そしてクーガは目を覚ます。そこは彼が仲間たちと眠っていた天幕の中だ。天幕の外は既に明るくなっている。もうすぐ、仲間達も目を覚ますだろう。彼はふと顔に手をやった。そこには硬い感触がある。それは彼の仮面の感触だ。彼は何時の間にか、仮面を着けていたのである。

 クーガは誰かに見られない様に仮面を外し、懐へとしまい込む。彼は深々と溜息を吐いた。

 

「……ツァード・ローグ・ヴァムガード師の言っていた使命、か。ついにその時がやって来たのか……。」

 

 仲間達はまだ目を覚まさない。クーガの呟きは、誰にも聞かれる事無く消えて行った。

 

 

 

 ザハル砦を望む丘の上に立って、ブラガの狩猟機フォン・グリードルは操手槽の扉を開いた。そこから身を乗り出し、彼は『遠眼鏡』で砦の様子を窺う。無論、まだ『遠眼鏡』の秘められた力を使ってはいない。それはある意味で切り札なのだ。今、彼は『遠眼鏡』を只の望遠鏡として用いていた。

 

「……砦の壁の上に、見張りが立ってやがんな。こっちを見てやがる。……見つかったと思っていいだろうな。」

 

 そう呟くと、ブラガは操兵の拡声器を使って、仲間や足元にいる騎兵達に向かって言った。

 

『奴らは既にこっちに気付いてやがる。ダーヅェン以外に、最低でも何人かはいやがるな、見張りがいるんだから。多分、トオグ・ペガーナのくそったれどもだ。ダーヅェンがあそこに逃げ込んだのを知ってるのは、やつらぐらいだからな。』

『ハーヴェイさん達は、打ち合わせ通りに砦を遠巻きに包囲して、奴らを逃がさないでください。俺達はまっすぐ砦へ向かいます。』

 

 フィーの声が、狩猟機ジッセーグ・マゴッツから上がる。騎兵隊の隊長、ハーヴェイ・トロスは了解を返す。

 

「分かり申した!ではご武運を!おい、各隊に伝令を出せ!あの砦を包囲するんだ!」

「はっ!」

 

 伝令が走り、騎兵隊100騎が20騎ずつの隊5つに分かれて、ザハル砦を包囲する様に動いて行く。フィーはシャリアのエルセ・ビファジールに向かって問いかけた。

 

『シャリア、機体は大丈夫かい?』

『大丈夫。まだ装甲は完璧じゃあないけど、動きには影響ないわ!』

 

 シャリアの狩猟機エルセ・ビファジールは、ロモー高原の会戦にて最も大きな損傷を被っていた。突貫で修理はされたものの、剥離して罅割れた装甲板を完全に修復するには至らなかったのである。だがそれにも関わらず、シャリアの戦意は旺盛だった。フィーはシャリアに念を押す。

 

『もし相手に操兵や、あの化け物みたいなのが出ても、シャリアは前に出ちゃ駄目だからね。相手の後ろに回り込んで、攻撃するんだよ。いいね?』

『何度も言わなくても、分かってるわよ!あたしだって、エルセを失う様な事はごめんだもの!』

「フィー、そろそろ行こう。」

 

 フィーとシャリアの会話に割り込んだのは、彼等の機体の足元で馬に跨っているクーガであった。その傍らでは、同じ様にハリアーが馬に乗って待っている。フィーはジッセーグ・マゴッツの首を頷かせた。

 

『じゃあ行きましょう!』

『応!』

『まかせといて!』

 

 フィーのジッセーグ・マゴッツを先頭に、シャリアのエルセ・ビファジールとブラガのフォン・グリードルが三角陣形を取る。そしてその後ろに、クーガとハリアーの馬が続いた。彼等は砦の門目指して進んで行く。

 彼等は何の抵抗も受けずに、砦の門まで辿り着く事が出来た。ここで、一番装甲の厚く、力も強いブラガのフォン・グリードルが前に出る。フォン・グリードルは砦の門に、体当たりを仕掛けた。

 

『でええええぇぇぇぇいっ!』

 

 砦の門は、わずか1度の体当たりで崩壊する。この砦は、あくまで密入国や密出国を見張るための物であり、本格的な操兵戦を考えて造られた物では無かったのである。だが、敵に備えが無いわけではなかった。

 崩壊した門の向こうに、何か蠢く物が見えた。クーガは叫ぶ。

 

「ブラガ!下がりたまえ!」

『え!?な、何っ!』

 

 ブラガのフォン・グリードルは間一髪、かろうじてその何者かの攻撃を避けた。ブラガは慌ててフォン・グリードルを後ろに下がらせる。フィーはジッセーグに魔剣を構えさせた。シャリアとブラガも、各々の操兵に武器を抜かせる。

 そして彼等の眼前に、不気味な怪物がその姿を現した。遠巻きに見ている騎兵達から、恐れの声が上がる。それは無数の人骨と屍肉で作り上げられた、身長3リート(12m)はあろうかと言う巨人の姿だった。クーガはその正体を一瞬で看破する。

 

「……負の生物では無い。彫像怪物の1種か。」

「彫像怪物、ですか?」

「うむ。擬似的な生命を与えられた、動く彫像だ。もっとも材料は様々だがね。これは死体を材料に作られたらしいな。普通大きさは半リートから1リート程度なのだがね。どうやら特別製の様だな。」

「なんて冒涜的な……。」

 

 ハリアーは死体が材料と聞き、渋面になる。クーガは言葉を続ける。

 

「作り方は一部の練法師の秘伝らしいのだが……。少なくとも、私は知らない。しかし、この彫像怪物がここにあると言う事は、ダーヅェンかトオグ・ペガーナの者達に作られた可能性が高いな。おそらくは、あの宝珠による物ではないかと思うがね。トオグ・ペガーナの者達に、こう言った代物を作る知識があるとは思えん。」

 

 クーガは仮面を被る。そして何時でも術法で攻撃できる様に、両手を前に出した。ハリアーもまた、両手を組んで祈りの体勢を取る。クーガはちらりと上の方を見遣ると、素早く手を絡み合わせて印を組んだ。そして彼は先程見た上の方へ向けて手を翳す。彼の手から、高密度に圧縮された気圧の弾丸が7発、そして同時に小さな電光が発せられる。彼は、2種類の低位の術法を組み合わせて同時に放ったのだ。彼の術を受けて、4リート近い高さのある砦の壁の上から、1人の男が落ちて来る。その男は一言も発せずに、落下の衝撃で大地に打ちつけられて死んだ。クーガはハリアーに向かい、言う。

 

「この男が壁の上から、フィー達の操兵を狙っていた。」

「流石ですね。私は気付きませんでした。」

「石射弓か……。どうやら白粉弾で、操兵の目潰しを狙っていたらしいな。」

 

 石射弓とは、人間用に作られた対操兵用武器の1種である。普通は大きな石ぐらいの鋼球を打ち出し、操兵の仮面に当てて割る事で操兵を仕留める武器だ。ただし塗料弾や白粉弾などと言った特殊な弾も用意されており、それらは操兵の目潰しに使われる。

 クーガは、他に壁の上に隠れている者はいないかどうかと、上を見上げる。どうやら他に狙撃手はいない様だ。彼はフィー達の戦いに視線を戻した。

 

『この……。しぶといッ!』

 

 フィーは、ジッセーグ・マゴッツの持つ魔力を帯びた破斬剣で、屍肉と骨で作られた彫像怪物を叩き斬る。だが相手の身体は大きく、いかに操兵の一撃と言えどそう簡単に致命打にはならない。そして彫像怪物は、その両手に持った操兵用の長剣で連続して攻撃してくる。操兵用の長剣と言えど、その巨大な彫像怪物が持つとまるで小剣か短剣に見えた。

 ブラガのフォン・グリードルが後ろに回って、両手の武器を叩きつける。

 

『こんの……。いい加減に、倒れやがれっ!』

『ねえ、『気』は使わなくていいのかな?』

 

 シャリアが同じく敵の後ろから攻撃を仕掛けながら、フィーに問いかける。フィーは彫像怪物の攻撃を躱しながら、それに答えた。

 

『まだ後に何か控えてるかも知れない!こいつは見た目ほど手強い敵じゃあない!『気』は温存しておくんだ!』

『分かった!』

 

 シャリアのエルセ・ビファジールがその言葉と共に、彫像怪物の腰に斬り付けた。彫像怪物の身体が揺らぐ。ブラガのフォン・グリードルも、手斧と小剣で攻撃を見舞う。だがブラガはその時操兵の足を躓かせてしまい、攻撃を外してしまった。ついでに言えば、彼の機体はあやうく転倒しかけてもいる。彼が後ろから攻撃しているのでなければ、敵のいい餌食になる所であった。

 フィーは叫ぶ。

 

『……潰れろおおおぉぉぉっ!!』

 

 それと同時に、ジッセーグが握った魔剣が、彫像怪物の右脚を切断する。彫像怪物は無様にひっくり返った。シャリアのエルセが、倒れた彫像怪物に双剣を振るう。

 

『終われえええぇぇぇっ!!』

 

 双剣が、彫像怪物の首を刎ねた。だが胴体はまだ動いている。ブラガのフォン・グリードルがようやく立ち直り、その胴体に両手の武器で斬り付けた。

 

『だから終われっての!』

 

 しぶとかった彫像怪物は、ようやくの事で動きを止めた。辺りには人骨や屍肉がばらまかれている。フィーは溜息を吐くと、ジッセーグを砦の中へと歩み入らせた。シャリアとブラガの操兵も、後に続く。更にその後を、クーガとハリアーの馬が付いて行った。

 

 

 

 砦の中には、かつて兵舎や倉庫であったらしき半壊した建物が残されており、その周囲に幾つかの天幕が張られていた。フィーのジッセーグはその天幕を次々に引き剥がす。天幕の中には誰もいなかった。その時、ハリアーが皆に向かって言う。

 

「《聖霊話》で調べてみます。少し待っていてください。」

 

 そしてハリアーは目を閉じて精神集中に入る。皆はその間、黙って待っていた。やがてハリアーは目を開ける。

 

「……この地下に、ダーヅェンを感じます。あの魔物の様になってしまった気配を……。ですが同時に、負の生物も幾つか感じました。後、何人か……5人ほどの人間もいますね。おそらくは、トオグ・ペガーナの信徒達でしょう。」

『でも、何処から地下に潜ればいいの?』

 

 シャリアがハリアーに訊く。だがハリアーも、それには首を傾げる。と、クーガが砦の外に歩き出した。ハリアーは驚いてクーガに問いかける。

 

「何処へ行くんです、クーガ?」

「外の落下死体の所だ。彼に話を聞く。」

『ああ、例の術か。』

 

 ブラガが頷いた。もっとも彼は操手槽の中にいるため、頷いた所は誰にも見えなかったが。彼の言う『例の術』とは、死人の霊魂を呼び出して話をすると言う術の事だ。その術を用いて、クーガは死者の霊を尋問するつもりなのだ。やがて彼は戻って来る。

 

「地下への入り口がわかった。ついでにその地下室の正体もな。」

「地下室の正体……ですか?」

「ああ。この砦は、古代の砦跡の上に作られた物だったのだ。それ故、その古代の砦の地下施設が、ここにそっくり残されていたのだよ。そこには負の生物……大半は骨人や死人だったらしいが、それが大量にいたらしい。その死人や骨人を一部は宝珠の力で従え、残りはこれも宝珠の力で巨大彫像怪物に仕立て上げたとの事だ。」

 

 ハリアーの問いかけに答えつつ、クーガは崩れかけた倉庫の方へ向かう。そこの地面の一部に、微妙に色の違う土で覆われた部分があった。どうやらそこは、後から土をかけて被せたらしい。クーガは説明を続ける。

 

「奴らは地下施設を、邪悪を探し出す秘術で見つけたらしい。トオグ・ペガーナであっても、僧侶は僧侶、と言うわけだ。その術に、地下にいた負の生物の存在が反応したため、地下に何かある事に気付いた、と言うわけだ。」

 

 クーガは足でその色の違う土を除ける。するとその土の下に、鉄板が敷いてある事がわかった。クーガはフィーに向けて言う。

 

「フィー、ジッセーグの手でこの鉄板を剥がしてくれないかね?」

『わかりました。ちょっと退いてて下さいね。』

 

 ジッセーグは、器用に鉄板を持ちあげる。するとそこに、地下施設への階段が姿を現した。シャリアがその階段を見て言う。

 

『これじゃ、ここから先は操兵は無理ね。』

『そだな。こっからは歩きだな。』

 

 ブラガも同意する。彼等は操兵を駐機させると、操兵を降りて仮面を外した。ちなみにジッセーグに積んであった杭『パイ・ル・デ・ラール』は、穴を掘って埋め、その上にジッセーグを駐機している。万が一にも、『パイ・ル・デ・ラール』をトオグ・ペガーナの連中に奪われるわけにはいかないので、そのための用心だった。

 フィー達一同は、トオグ・ペガーナの信徒と、そしてダーヅェン・バリスタが隠れ潜む、古代の地下施設へと足を踏み入れた。

 

 

 

 ハリアーの掲げたランタンの灯りの中、ひからびた死人がシャリアに向かって殴りかかる。同時に骨人が、錆びた剣でブラガに斬り付けた。だが2人は軽くその攻撃を躱す。彼等の後方では、フィーが後ろからやってきた死人2体を相手にして、1歩も引かない戦いぶりを見せている。

 ここは地下施設の廊下である。彼等は廊下を歩いている途中で、負の生物の一群と遭遇したのだ。そして先に立って歩いていたブラガとシャリアが戦いに入った時、後方からも負の生物がやって来たのである。そいつらの相手は、殿を歩いていたフィーがやっている。

 クーガとハリアーは、廊下が狭くて前にも後ろにも助けに入れないでいた。だからと言って、彼等は術を使う様子も無い。はっきり言って、この程度の相手に術を使うのは、力の無駄と言う物である。

 

「これで……終わりっ!」

「こっちも終わりだぁっ!」

 

 シャリアとフィーが、ほぼ同時に最後の敵を片付けた。ブラガが訝しそうに言う。

 

「しかしよ。これで何度目の遭遇だ?ほんとにダーヅェンの奴が、大方をあの彫像怪物とやらの材料にしちまったのかよ。それにしちゃあ、残ってる数が多くねぇか?」

「ふむ。それも確かに不審だが、それよりも何故先程の敵は後ろから来たのだね?これまでに存在した部屋の敵は、既に掃討済みのはずだが。」

「そう言われればそうですね。何処かに見落とした部屋か、あるいは隠し部屋、隠し通路でもあるのでしょうか?」

 

 クーガの疑問に、ハリアーが自分の推論を言う。フィーは徐に口を開いた。

 

「……戻って確かめてみましょう。今は弱い相手でしたから大丈夫でしたが、もしも強めの敵に後ろから襲われたら、正直自信がありません。」

「また謙遜して。フィーだって、随分腕を上げてるわよ。」

「ありがとうシャリア。でも俺の剣は魔力を持ってない。もしも魔剣じゃないと太刀打ちできない敵が出たら、まずいだろ?クーガさんに術をかけてもらうまでの間、無防備になってしまう。」

 

 シャリアの褒める言葉にも、フィーは自分の意見を曲げなかった。ブラガも頷いて言う。

 

「もしかしたら、その隠し通路だかなんだかの向こうにダーヅェンがいるかも知れんしな。よし、戻るとすっか。フィー、地図見せてくれや。」

「はい、ブラガさん。」

 

 フィーは描いていた地下施設の図面を差し出す。ブラガはそれを見つつ、唸った。

 

「うーん、なんかみっちり部屋が詰まってやがるな、この地下施設は。待てよ?ここだけ部屋と部屋の間に隙間がありそうだな。行ってみるか。」

 

 彼ら一同は、歩いて来た廊下を戻っていった。

 

 

 

「……ここら辺だが。」

 

 地下施設の図面を片手に、ブラガが言う。そこは何の変哲も無い廊下だった。壁は直方体に切った石を組み合わせた石壁であり、石と石の間には剃刀の刃すら入りそうにない。一見した限りでは、どこにも仕掛けは無さそうに見えた。ブラガは鞘に入れたままの小剣を外し、それで壁を叩き始める。

 その時突然、ブラガの姿が消えた。同時に彼の叫び声が聞こえる。

 

「うわぁっ!?」

「ぶ、ブラガさんっ!?」

 

 仲間達は、彼が消えた所に駆け寄った。すると妙な物が見えた。壁から、ブラガの足だけ、それも膝から下だけが突き出しているのだ。と、その足が壁の中に引っ込んだ。そして今度は、壁の中からブラガの全身が現れる。クーガは平板な声で言った。

 

「幻覚の壁、か。」

「おうよ。壁を叩きながら寄り掛かったら、突然壁が消えちまうんだもんな。びっくりしたぜ。これも練法か?」

「だとは思うが、確信は無い。」

 

 クーガは明言を避けた。フィーは感慨深げに言う。

 

「ここからさっきの死人達がやって来たんでしょうね。これじゃ分からないはずだ。」

「んじゃ、行ってみるとしようぜ。ああ、道幅が狭いから、2人は並べねぇ。今度は1列に並べ。」

 

 今までは罠などに敏感なブラガと戦闘力の高いシャリアが、一番前に並んで立っていた。だがこの幻覚の壁の向こうにある道は、2人並んでは通れない細さの様だ。ここはまずブラガが先頭に立ち、罠などを警戒して行く事になった。

 そして彼等は、細い道を奥へ奥へと進んで行く。やがて彼等は、更に下へと進む階段に行きあたる。彼等はゆっくりとその階段を降りて行った。階段は踊り場で180度曲がり、今まで歩いて来た通路の下へと続いている。一同は黙々と進んだ。

 やがて彼等は、行き止まりの壁に突き当たる。ブラガはその壁を、鞘に入れたままの小剣でつついた。果たして小剣の先は、何の抵抗もなく壁の中に潜り込んだ。クーガは言う。

 

「幻覚の壁、だな。」

「よし、いくぜ?」

 

 ブラガは手斧と小剣を構え、幻覚の壁の中に飛び込む。他の面々も、それに続いた。

 幻覚の壁の中は、広い部屋だった。その部屋は正八角形をしており、床と天井には何やら陣図が描かれている。そして部屋の中心には何か櫃の様な物があり、その前に1つの人影が立っていた。僧衣を着たその姿は、しかし半透明であり、実体は無い様子である。クーガはその正体を一瞬で見破った。

 

「……亡霊だ、皆、気を強く持て!武器による攻撃は通じない!近寄るな!」

 

 一同は息を飲んだ。フィー、シャリア、ブラガの3人は亡霊の放つ霊気に当てられて、恐怖感を抱く。クーガは皆を庇うかの様に、前に出た。亡霊は鬼の形相になると、空中を滑る様に彼の前まで来て、その手で彼に触れた。クーガは亡霊が彼の生気を吸い取ろうとするのに、必死に耐える。

 彼は腰に着けた幾つかの袋の1つから、一掴みの塩を取り出す。彼は死霊払いの術を心で念じただけで発動させ、亡霊に向かって塩を投げつけた。

 

「……馬鹿な、効かない!?いかん、かなり強力な霊だ!低位の術では効果が無いに違いない!ハリアー、頼む!」

『ゴルベッツ、ラグ、ドヴォーリ、アルシ、グラーデ、バル!』

 

 クーガの術は効果を現さなかった。亡霊は現在では意味の通じない古語を叫びつつ、クーガに攻撃を繰り返す。クーガは他の者に矛先が向かない様に、亡霊の気を引くためだけに剣を振るった。無論、実体が無い亡霊に剣などは効かないのだが、亡霊の気を引く事には成功した様である。クーガは亡霊の攻撃をあえて受け、生気を吸い取ろうとする力に抵抗し続けた。

 ハリアーはクーガの言葉を聞くや、急いで腰に着けた袋から小瓶を取り出す。それは旧王朝諸国はモニイダス王国首都、デル・ニーダル市の聖刻教会僧正タサマド・カズシキが清めた聖水である。ハリアーはその小瓶の栓を開け、亡霊に向けてそれを振りまいた。

 聖水は、見事に亡霊の実体無き身体を濡らす。クーガまで濡らしてしまったのは、ご愛敬だろう。そしてハリアーは、八聖者に祈りを捧げて強力な死霊払いの術を行使する。亡霊にかかった聖水が光を発し、次の瞬間亡霊は消滅していた。

 クーガは溜息をつく。ハリアーがクーガの元に駆け寄って来た。

 

「大丈夫ですか!?クーガ!」

 

 ハリアーは、まるで噛みつきそうな様子で詰め寄る。おそらくは、クーガの事をよほど心配したのだろう。そんな彼女の頭……兜の上に、クーガはぽんと手を置く。

 

「大丈夫だ。君の行動が、迅速だったからね。」

「ちょ、クーガ!私は子供ではありませんよ!?」

「ああ、済まない。悪かった。」

 

 クーガは平板な声で謝罪する。声に感情が籠っておらず、まるで謝っているようには聞こえない。

 その時、ブラガがクーガを呼んだ。

 

「おーい、クーガ。ちょいと来てくれ。」

「何かね?」

 

 クーガはブラガの傍、部屋の中央に置かれた櫃の所まで歩いて行く。ブラガはクーガが来ると、場所を開けた。

 

「こん中に、何かめぼしい物はあるかい?一応宝飾品の類は目利きしたんだけどよ。」

 

 クーガはその櫃の中の物を手に取って見る。と、彼は思わずその物品を取り落とした。彼は呻く。

 

「ぐうっ!?」

「ど、どうしたクーガ!こ、こりゃあ……。」

 

 クーガの手に、火傷の様な傷が出来ていた。ブラガは驚く。クーガが今触れたのは、それほど価値があるとは思えない宝石のついた指輪である。ブラガが目利きのためにそれに触れた時は、その様な怪我はしなかった。

 クーガは徐に言った。

 

「むう……。これは掘り出し物かも知れんな。ただし私には毒になる物の様だが。」

「おまえさんには毒って……。なんでまた。」

「高位の練法師は、聖なる力を持つ物品などから害を受ける事がある。聖刻に関わる以上、仕方のない事だがね。これは私がそこそこ以上の力を持つ練法師だと言う証拠だとも言える。そう言う意味では、嬉しい事だがね。」

「怪我して嬉しがってるんじゃねぇよ!ハリアー!」

 

 クーガの手は、ハリアーによってすぐさま手当された。幸いな事に、たいした傷では無かった。クーガはハリアーに言う。

 

「ハリアー、《聖霊話》でこの櫃の中の物を確かめてみたまえ。この指輪もそうだが、何か良い物が見つかるやも知れんぞ。」

「え?は、はい。」

 

 ハリアーは言われる通り、《聖霊話》を行ってみる。すると櫃の中にある2つの物品が、強い聖霊力の加護を帯びている事がわかった。1つは先程クーガが怪我をさせられた指輪、もう1つは粗末な鉄製の環状の冠である。彼女はそれらを手に取ってみる。特に彼女に害を為す事はなさそうだった。

 ハリアーは思い切って、兜を脱ぎ、その冠を被ってみる。すると彼女の身が軽くなった。これならどんな攻撃も躱せそうだ。そして彼女は指輪もはめてみた。すると感覚が鋭くなり、意志の力がいや増さるのが分かった。それだけでは無い。冠と指輪から、その秘められた力に関しての情報が彼女の頭に流れ込んで来たのである。その素晴らしい能力に、彼女は一瞬呆然とした。

 ふとハリアーが周囲を見ると、彼女の仲間達が皆、彼女の方を見つめているのが分かる。彼女は皆に問うた。

 

「どうしました?私がどうかしましたか?」

「い、いえ……。は、ハリアーさんから凄い威厳みたいな物を感じるんですよ。」

「うん、そう。ハリアー、なんか凄い凛々しいよ。」

「い、いや凄ぇな。たぶんその指輪と冠のせいなんだろうけど、よ。」

「その指輪と冠には、その持ち主たる人物の威厳を高める力がある様だな。」

 

 クーガは何時もとあまり変わらない様子だ。流石に練法師として、強い意志力を持つだけの事はある。

 ハリアーは複雑な表情で言った。

 

「正直、あまりそう言う力は好きではありませんね。何か人の『分』と言う物を逸脱している様で……。」

「だが、その他にも有意な能力があるのでは無いかね?」

「ええ。ですから所持しているべきだとは思うのですが……。」

 

 ハリアーは、結局煮え切らない様子だったが、それでもこれらの物品を身に着ける事にした。これからの戦い――今回だけでなく、その後も含めて――は、おそらく困難を極める事になる。それを乗り切るのに必要な力だと、彼女は考えたのだ。

 とんだ回り道になったが、予想外の収穫を得てフィー達一同は元の道へ戻った。彼等は先へ先へと進んで行く。時折ハリアーが《聖霊話》を行い、そしてシャリアが『気』を探ったが、どうやらダーヅェンはこの地下施設のある場所から動いていない様だった。ハリアーがその事を不審に思い、疑念の声を上げる。

 

「皆さん、ダーヅェンが未だに動いていないと言うのは、どう言うわけでしょう。いい加減、我々が地下に入り込んだ事はばれても良いはずです。」

「確かに不気味ね。ダーヅェンだけじゃなく、他の人間も動きが無いのよ。」

 

 シャリアもまた、ハリアーに同意する。フィーとブラガは、正直分からないと言う顔をした。

 

「行ってみるしか、無いな。」

「そうですね。どうせ進むしか無いんですし。」

 

 だが、クーガは何やら考え込む。そして彼は顔を上げた。

 

「まずいのかも、知れんな。」

「まずいって、何が?」

 

 シャリアが眉を顰めて訊く。クーガは答えた。

 

「トオグ・ペガーナの連中の事だ。宝珠を使って、何か儀式でもしているのかも知れない。以前、デン王国であったろう。我々が儀式を妨害していなければ、奴らは強大な化け物を宝珠の力で呼びだす所だったはずだ。」

 

 それを聞いた一同は、顔色を蒼白にした。フィーが泡を食った様に言う。

 

「た、大変だ!お、俺が戻って隠し通路を確かめようなんて言ったばかりに、間に合わなかったら……。」

「フィーのせいじゃ無いわよ!全員が納得して戻ったんだし、収穫もあったじゃないの!」

「後悔するより、先に進むぞ!急ごうぜ!」

 

 シャリアとブラガがフィーを宥め、焚き付ける。彼等はその後、余計な部屋には入らずに、廊下に出現する負の生物だけを相手にして進んでいった。無論その様にした結果、彼等が調べなかった部屋にいたと思われる負の生物に、後ろから襲われる事もあった。しかし彼らは襲い来る敵を蹴散らし、進んで行った。

 

 

 

 ついにフィー達一同は、ダーヅェンがいると思われる部屋の前に辿り着いた。ハリアーやシャリアが、《聖霊話》や『気』を探る事でこの部屋の中にダーヅェンがいる事を確認している。フィー達は、その扉を蹴破った。

 その部屋には、ダーヅェンを含めずに5人の男がいた。彼等の頭目と見られる男は僧服を着用している。そして肝心のダーヅェンは、部屋の中央に置かれた、石で出来た台の上に上半身裸で横たえられていた。

 僧服の男が呟く様に言う。

 

「やれやれ、もう来おったか。だが少なくとも、第1段階までは完了した。今の所はこれで充分だ。」

「ホイル様、ここは我らにお任せを。一刻も早く、ダーヅェンを目覚めさせてくださいませ。」

 

 ホイルと呼ばれた僧服の男は、それに頷くとダーヅェンの上に屈む込む。そして何やら魔神ジアクスに祈りを捧げ始めた。この男は、トオグ・ペガーナの僧侶だったのである。

 フィー、シャリア、ブラガの3人は武器を構え、部屋へと飛び込む。クーガ、ハリアーもその後を追った。クーガは両手を空けているが、ハリアーは手に鎚矛とランタンを持っている。もっともこの部屋には壁に松明がかけられ、充分な灯りがあったため、ランタンは不要であったが。

 トオグ・ペガーナ僧ホイルの手下であるらしき男達は、その手に長剣や鎚矛を持って部屋の真中に展開し、フィー達を待ちかまえる。クーガは途中で足を止めて、術を行使すべく両手で印を結びはじめた。他の仲間達4人は、それぞれ1人の敵に向かって戦いを挑んでいる。

 シャリアの双剣とフィーの破斬剣が、各々の敵を捉える。一方ブラガとハリアーは、攻撃を外してしまっていた。特にハリアーは、敵を殴り付けて躱された際に大きく体勢を崩してしまい、このままでは敵の良い的である。ハリアーを狙って、トオグ・ペガーナ信徒は鎚矛を振り上げた。

 だがその瞬間、クーガの術が完成する。彼はいつもの如く、2種類の低位の術を合成して行使していた。彼の手から13発の氷の弾丸と、小さな電光が同時に放たれる。ハリアーを狙っていた敵は、氷の弾丸の嵐を身体に受け、あっと言う間に氷漬けになる。そして電光はブラガの前にいたトオグ・ペガーナ信徒を麻痺させていた。クーガは鋭く言葉を発する。

 

「ハリアー!君は敵の首魁を!」

 

 そして彼は再び術の結印に入る。ハリアーは頷くと、トオグ・ペガーナ僧ホイルに向けて走った。

 ホイルは魔神ジアクスに祈りを捧げ、意識の無いダーヅェンを起こそうとしていた。彼の指先に聖霊の輝きが灯り、彼はそれをダーヅェンに押しつける。ダーヅェンの身体がぴくりと動いた。その口から、呻き声が漏れる。

 

「う、ううん……。」

「ふふ、ダーヅェン……貴公は我がトオグ・ペガーナのため、魔神ジアクスのために働ける事を光栄に思うが良い。さて……。

 ダーヅェン様、ダーヅェン様、起きてくださいまし。敵がやって参りました。迎え撃たねばなりませぬ。」

「う……。て、敵?むう……。敵なら……倒さねばならぬ……。」

「そうでございます。倒さねばならぬ敵にございますれば……。」

 

 ホイルはにやりと嫌らしく笑いながら言う。そして彼は、駆け寄って来るハリアーに向き直る。

 

「さて、ダーヅェンが起きるまで、わしがお相手いたそう。ゆくぞ!」

「八聖者よ、お守り下さい!」

 

 ハリアーは鎚矛を振り上げ、振り下ろす。ホイルはそれを自身の鎚矛で受け止めると、力任せにはじき返した。そしてホイルは鎚矛を横に振るい、ハリアーの脇腹を狙う。だがハリアーはそれをなんとか躱し、自分の鎚矛を相手の頭に叩きつけようとする。しかし間一髪、ホイルはそれを回避した。一進一退の攻防が続く。ハリアーとホイルは、白兵戦ではほぼ同じ程度の腕前の様だ。

 そこへ、自分の敵を片付けたシャリアとブラガがやって来る。ちなみにフィーは、クーガの放った電光で麻痺した自分の相手を、今しも倒す所だ。ホイルは笑って言う。

 

「これはこれは。仕方ありませぬな。時間を稼がせていただこう。」

 

 そう言って彼は声高に、魔神ジアクスに祈りはじめる。ハリアーは必死にホイルを倒そうと殴りかかるが、なかなかその攻撃は当たらない。やっと攻撃が当たったと思った時には、既にホイルの術は発動していた。ハリアーの鎚矛はホイルの横面に当たり、そこでぴたりと動きを止める。

 

「これは……しまった!《力殻弄》!」

「その通りだとも。さて、どうするのかな諸君。其処の妖術師の術にも、私は意志の力で耐える自信があるがね?」

 

 ハリアーの叫んだ《力殻弄》とは、術者を中心にした一定範囲内の打撃を封じる術の名前である。この術の効果範囲内では、たとえ操兵の一撃であろうとも、打撃による攻撃は何ら効果を生まないのだ。その術の効果を知っているシャリア、ブラガも打つ手が無く立ち止まる。ようやく自分の相手を倒して来たフィーにも、どうする事もできない。

 だがクーガはホイルの台詞にも動じた様子を見せない。彼は徐に言葉を発する。

 

「ならば、意志の力で効果を消滅させられない術を用いればいいだけの事。」

 

 そして彼は腰に下げた触媒の袋から一掴みの金属粉を取り出すと、ホイルに投げつけた。ホイルは金属粉まみれになる。次の瞬間、その金属粉が白熱し、ホイルは全身に大火傷を負った。

 

「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!」

「今だ。今のうちにダーヅェンを取り押さえ……。」

 

 クーガがそう言いかけた時である。ダーヅェンが、今まで自分が寝ていた石の台の上に立ちあがっていた。彼は陶酔した様に言う。

 

「ああ……。力が湧き出して来る。そうだ、宝珠はこうするためにあったのだ。力を、もっと力を!」

 

 ダーヅェンの胸から、強烈な神力が吹き出す。同時にダーヅェンの身体を光の柱が包み込んだ。光の柱は天井を貫き通し、天へと昇って行く。クーガはトオグ・ペガーナの僧達が何をやったのか理解した。

 

「馬鹿な……。ダーヅェンの体内、おそらくは心臓のあたりに宝珠を埋め込んだ、だと?」

「クーガ、本当ですか!?」

 

 ハリアーが叫ぶ。クーガは頷いた。

 

「見ろ、神力がダーヅェンの胸から溢れて来る。間違いない、『オルブ・ザアルディア』はあそこだ。……ハリアー、術でフィー達を地上まで送るんだ。おそらくは操兵でないと太刀打ちできない相手になるに違いない。」

「!……わかりました!」

「君はシャリアとフィーを、私はブラガを送る。」

 

 フィー、シャリア、ブラガの3人は躊躇する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!クーガさん達をここに置いていくんですか!?」

「そうよ!行くんなら、一緒に行きましょう!」

「そうだぜ!お前ら置いていけねぇよ!」

 

 だがクーガは彼等に真っ向から反論した。

 

「あのトゥシティーアン王国の時、そして先頃のロモー高原での戦いで出現した、人間を元にした化け物の強さを覚えているだろう。君達は先に上へ行って、操兵の準備をしておくのだ。そうしなければ間に合わない。私は万が一の時のために、ハリアーと一緒に行く。

 さあ、ぐずぐずしている暇は無い。急ぐのだ。」

 

 そしてクーガは空間跳躍の術を行使すべく、印を結び詠唱を開始する。ハリアーもまた、八聖者への祈りの言葉を捧げ出した。フィー、シャリア、ブラガの3人は、まだ釈然としないながらも術を受け入れる。3人は順番に、姿をその場から消した。

 ハリアーはクーガに顔を向ける。

 

「さあ、私達も逃げましょう。」

「うむ。」

 

 ダーヅェンの身体は既に、人間の物では無くなっている。体躯は数倍に膨れ上がり、床にその腕――既に前脚とでも言う形状になっている――をついている。臀部からは長大な尻尾が生え、首は長く伸び、まるで以前見た事のある亜竜の様な形状だ。だが顔だけはダーヅェンの物であり、不気味な事この上無い。ダーヅェンは、更に巨大化しつつある。既に部屋いっぱいにその身体は膨れ上がっていた。

 クーガとハリアーは、一生懸命に地下施設の出口へと向かい逃げ出す。後ろから、がらがらと瓦礫の崩れる音が響いて来る。

 

「間に合うでしょうか。」

「……間に合わせるのだよ。死ぬ気で走るんだ。」

 

 2人は息が切れるまで走る。やがて出口の階段が見えて来た。

 

 

 

 フィー、シャリア、ブラガの3人は、転移の術法で一足先に地上へと出ていた。彼等は自分達の操兵へと走る。

 

「くそ、急げ皆!」

「わかってますよ!」

「仮面を着けないと!」

 

 3人は、自分が背負っていた仮面を降ろし、保護のため巻いていた布地を慌てて引き剥がす。そして自分の機体へよじ登り、仮面を装着する。彼等はそのまま操手槽へと飛び込んだ。

 ジッセーグ・マゴッツからフィーが叫ぶ。

 

『ブラガさん!機体の左手に、これを持っていてもらえませんか!?』

『へ?ああ、例の杭か。』

 

 ジッセーグの手には、今しがた土中から掘り出したばかりの『パイ・ル・デ・ラール』が握られていた。本当はジッセーグの背中にでも積んでおきたいのだが、荷を縛っている暇は、今は無かった。ブラガは了承する。

 

『わかった!俺が持っておく!』

『皆!来るわよ!』

 

 シャリアの叫びと共に、大地が鳴動した。彼等の目の前の地面が隆起し、そこから長大な首が突き出す。フィー達は唖然とした。その長い首は、それだけで操兵並の大きさがある。しかもその首の先には、ダーヅェンの頭がくっついていた。あまりに不気味な姿であった。

 そして地面が再び揺れると、そこから巨大な身体が姿を現す。ずるり、ずるりと巨大な怪物が全身を地の底から引っ張り出した。その全長は、頭の天辺から尻尾の先までで、7リート(28m)はある。大きさを別にして、全体的には以前出逢った事のある亜竜に似ていた。ただし背中に退化した翼が無い事と、頭がダーヅェンの物である事を除いては、だが。

 フィーは叫ぶ。

 

『砦から出るんだ!奴の身体が大きすぎて、ここじゃ逃げ場が無い!』

 

 フィー達は砦の外へと機体を走らせる。元ダーヅェンの化け物は、それを追って砦の門側の壁に体当たりする。砦の壁は、門側の物だけでなく、その全体があっさりと崩れた。化け物は砦の残骸の外へと歩み出る。砦を囲んで待機していたオルノーサ王家の騎兵達は、遠目にその化け物を見て恐れおののいた。

 

「な、なんだあの化け物は!」

「見ろ!頭は人間みたいだぞ!」

「なんと不気味な!」

『皆!下がれ!戦いに巻き込まれ無い様に、下がるんだ!』

 

 フィーのジッセーグ・マゴッツから、騎兵達に向けた指示が叫ばれる。騎兵隊長のハーヴェイが命令を下した。

 

「退避いいぃぃっ!」

「うわあああぁぁぁっ!」

「ひいぃぃ、神よ!」

 

 騎兵達は、三々五々散って行く。フィー達の3騎の狩猟機は、各々武器を抜き放ち、待ち構えた。化け物はゆっくりと彼等に歩み寄ると、その長い首を降ろして噛みついて来る。首の先端についているダーヅェンの顔の口が、耳まで裂けた。

 

『ちぃっ!』

 

 フィーは一瞬早く、操兵との同調を強化する短剣の力を使っていた。フィーの精神と、ジッセーグの仮面が、より強く結び付けられる。フィーはその力により、なんとか敵の攻撃を躱した。彼は叫ぶ。

 

『こいつは俺でも攻撃を避けるのが厳しい!注意して!』

『注意しろったって、どうしようがあるんでぇ。』

 

 ブラガは敵の後ろに回って攻撃を仕掛けた。フォン・グリードルの持つ手斧が、怪物の背に深々と斬り込んだ。

 

『ごがああああ!ぐあああるるる!』

『うわっ!?』

 

 ブラガのフォン・グリードルは、尻尾の一撃を受けて弾き飛ばされる。彼の機体は崩れた砦の瓦礫に突っ込んだ。フォン・グリードルの拡声器から声がする。

 

『くう~、効いた。……げ。やっぱりこっちの攻撃した傷は治ってやがるぜ。』

 

 そう、その通りだった。ブラガのフォン・グリードルが攻撃してできた傷は、あっさりと再生していたのである。シャリア駆るエルセ・ビファジールが、凄まじい気合いと共に長剣で攻撃を行う。

 

『きえええぇぇぇい!!』

『ごあああああああ!!ぐぎゃあああああ!!』

 

 その攻撃は、化け物の厚い外皮をものともせずに、深々と胴体に斬れ込みを入れる。そしてその傷は、なかなか再生する兆候を見せなかった。傷口から、臭い体液が流れ出る。シャリアは叫ぶ。

 

『やっぱり『気』の攻撃は、再生するのが遅いわ!……きゃっ!?』

 

 シャリア目がけて尻尾の攻撃が振るわれる。シャリアのエルセは、ぎりぎりでその攻撃を躱した。同時に首が、フィーのジッセーグ・マゴッツに攻撃を行った。フィーはジッセーグを操り、噛みつこうとしてくるその顔に、魔剣による渾身の一撃を与える。

 

『ひぎゃあああぁぁぁぁっ!ぶぎゃあああぁぁぁぁっ!』

『うるさいんだよっ!魔物に堕ちた暴君め!』

 

 深い傷を負った額から、腐った様な臭いのする体液を撒き散らしながら、ダーヅェンだった化け物は身もだえする。魔剣による一撃もまた、この敵には有効な様だ。だが、いくら斬りつけても中々この巨大な化け物には致命的打撃にはならない。更にブラガのフォン・グリードルによる攻撃は、ほとんど効果が無いと来ているのだ。

 ブラガは吐き捨てる様に言う。

 

『くっそ、クーガが今ここにいれば、武器に魔力を与えてもらうのに……。』

 

 だがクーガは未だ、地上に姿を現していなかった。

 

 

 

 崩れた砦の残骸が、一部蠢いている。そして大きな岩が宙に浮き上がり、脇へと動いた。その下からクーガとハリアーが現れる。ハリアーは言った。

 

「大丈夫でしたか、クーガ?」

「うむ、君の打撃を殺す術のおかげでな。」

 

 クーガとハリアーは、脱出まであと少しと言う所で、崩れて来た天井の生き埋めになったのだ。しかし咄嗟にハリアーが、打撃を殺す招霊の秘術を使ったおかげで、彼等は九死に一生を得たのである。

 クーガは周囲を見回す。砦の壁はすっかり崩れ落ち、周囲がよく見えた。彼の目に、ダーヅェンが化けた化け物に苦戦する仲間の姿が映る。シャリアのエルセ・ビファジールが首の横殴りの一撃を受け、軽々と弾き飛ばされた。応急修理の装甲板が剥離し、砕ける。シャリアはそれでも必死に、機体を立ち上がらせようとしていた。そして続けざまにブラガのフォン・グリードルが尻尾による攻撃を受ける。ブラガの狩猟機もまた、弾き飛ばされてクーガ達の傍に落ちた。フォン・グリードルは動かない。機体が致命傷を負った様には見えないので、操手であるブラガが気絶したのだろうか。

 クーガは化け物の方へ走りだす。

 

「ブラガを頼んだ、ハリアー。」

「えっ!あ、はい!任せておいて下さい!」

 

 ハリアーは、フォン・グリードルの操手槽を開けて、ブラガの様子を確かめようとする。その様子を横目で見ながら、クーガは化け物にほど近い瓦礫の陰に移動した。化け物は、フィーとシャリアの狩猟機に気を取られてクーガに気付かない。クーガは腰の『無限袋』から、畳んで丸めた大きな布地を引き出す。非常に薄い布地だとは言え、大きさが半端では無いため、かなり嵩張る。彼はそれを広げた。その布地には、精緻な練法陣が描かれている。彼は心の中で念じ、念動力を働かせる術を行使した。彼が広げた布地は、ふわふわと宙を漂い出す。そしてそれは、四つ足になった化け物の腹の下へと浮遊していった。

 

 

 

 フィーは化け物を攻めあぐねていた。先程攻撃を失敗し、機体の平衡を崩した隙をつかれて、敵の頭突きを受けたため、ジッセーグの装甲板がまずい状況になっている。次に一撃を受けたら、下手をすると機体が破壊されかねない。その様な状況にも関わらず、敵は一向に弱った様子を見せないのだ。確かにこちらの攻撃は効いてはいるのだが、体力が無尽蔵にあるかの様だった。

 と、その時フィーは、視界の端に妙な物を見つける。何か細かな紋様が描かれた白い布地が、ふわふわと宙を漂って化け物の腹の下に入り込んで行くのである。

 そして彼は瓦礫の陰から手を振っているクーガに気付いた。どうやらシャリアもそれに気付いた様子である。フィーはクーガの思惑を理解した。クーガはトゥシティーアン王国で用いた事のある、あの必殺の術法を使う気なのだ。

 フィーは敵の攻撃を回避する事に専念し、化け物の気を引く事に集中した。シャリアもまた、同じ様にしている。

 そしてフィーの膝の間にあるジッセーグ・マゴッツの感応石が、眩い光点を映し出した。明らかにクーガの練法行使による魔力反応である。化け物の腹の下に広げられた練法陣から、その上方に向かって物凄い勢いで何か霊体の様な物が発生していく。それは全ての物を喰らいつくす、闇黒の悪霊だった。化け物の胴体は、どんどんと悪霊に喰い尽されて行く。化け物は絶叫を上げた。

 

『ぎゃぎゃぎゃぎゃぎぎげええええぇぇぇぇ!!ぎゃげえええぇぇぇぇ!!』

 

 練法陣の上は、完全に悪霊で覆い尽くされ、完全に真っ黒な空間に見える。そして突然、悪霊と練法陣は消滅した。そこには胴体をすっかり失った化け物が残っていた。化け物は上半身だけで吼える。

 

『ほぎゃぎぎゃがぐげええええぁああぁぁああるるる!』

『こんの……まだ死なないのかっ!』

『とどめっ!』

 

 ジッセーグ・マゴッツの魔剣と、エルセ・ビファジールの『気』が込められた長剣が、這いずる化け物の上半身に突きささる。そこへクーガの声が響いた。

 

「フィー!相手の胸の中に宝珠が見えるぞ!それを魔剣で抉りだすんだ!」

『!!……わかりました!』

 

 フィーはジッセーグを操り、化け物の胴体の切断面側へ移動する。そこには確かに邪悪な神力を纏い、光り輝くあの宝珠『オルブ・ザアルディア』が存在していた。フィーはジッセーグに、その宝珠を狙わせる。

 

『くらえっ!』

『ぎががぎゃぎゃぐりゅうううああああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』

 

 ジッセーグの魔剣は、見事に化け物の身体から宝珠を抉り取った。宝珠は宙を飛び、地面に落ちて転がる。クーガは即座にそれに走り寄ると、あの『神力遮断布』でそれを包み込んだ。その途端、化け物の残骸はしゅうしゅうと煙を吹いて縮んで行く。十数秒もしない内に、化け物の上半身は、胴体を失ったダーヅェン・バリスタの遺骸に変わっていた。

 フィーは溜息をつく。ようやくこれで、第5の宝珠を手に入れる事ができたのだ。そう思った矢先の事である。

 

「……ぐうっ!!」

 

 クーガに電光が突き刺さった。彼の身体は跳ね飛び、地に落ちる。その場の一同は叫んだ。

 

「クーガさん!」

「クーガ!」

「クーガ!?」

 

 そして中空から声がする。

 

「動くな。その男の命が惜しければ、な。」

 

 皆はそちらを見た。そこには仮面を被った男……あの風門練法師、白翼が宙に浮いていた。そして白翼は、精神を集中して何やら念ずる。するとクーガの手元から、『神力遮断布』に包まれた宝珠『オルブ・ザアルディア』が浮かび上がり、白翼の方へと漂い始めた。

 

『き、貴様!それがどういう代物だか、その目で見ただろうに!それは封印して破壊しなきゃならないんだぞ!』

「何を言うかと思えば……。これは力の結晶である。それも強大な。これは我ら亜竜不死合が用いてこそ……!?」

 

 宝珠の動きが突如止まっていた。そして徐々にそれは元あった場所へ……クーガの手元へと引き戻されて行く。クーガが立ちあがった。

 

「……やれやれ。死ぬかと思ったが、我ながらそこそこ頑丈だな。」

「クーガさん!」

「クーガ!大丈夫!?」

「クーガ、傷は!?」

 

 仲間達の声に、クーガは手を振って応える。

 

「正直死にそうだが、なんとか生きてはいる。」

「待っててください、今治癒術を……。」

「いや、それよりもあの白翼とか言う練法師を先に片付けてくれたまえ。」

 

 クーガは白翼を睨む。宝珠はぐいぐいとクーガの元へと引き寄せられて行った。白翼は舌打ちをする。

 

「おのれ……。確かに術師としては貴様の方が上の様だ。だが戦いの技に関しては、我に勝てると思うな!」

 

 白翼は念動力を行使するのを諦めると、急ぎ結印を行う。クーガをまずは倒してしまうつもりなのだ。だが次の瞬間、白翼は空中で横っ跳びに何かを避ける。勿論、結印など続けていられない。

 

「な、何奴!」

『へっへっへー。俺がいるのを忘れちゃこまるなあ。』

 

 ブラガのフォン・グリードルだ。ブラガはハリアーの治癒術により、息を吹き返していたのである。そして彼は、自分の狩猟機にそこら辺の瓦礫を拾わせると、白翼に向けて投げつけたのだ。

 そして空気が唸りを上げる。白翼は再び空中で大きく避けた。強烈な『気』の弾丸が、白翼の脇を通り抜けて行く。だがその『気』の弾丸は向きを変えると、再び白翼に襲いかかる。白翼は叫んだ。

 

「ひゃ、『百歩打』かっ!」

『いい加減、当たっちゃいなさいよ!』

 

 『気』の弾丸を放ったのは、シャリアのエルセ・ビファジールである。操兵によって増幅された『気』の弾丸は、下手をすると一撃で人間を昏倒……いや、殺しかねない。白翼は必死にその『気』の弾丸を躱し続ける。やがて『気』の弾丸は空気に溶ける様に消滅していった。シャリアが悔しげな声を上げる。

 

『ああ、駄目だった……。』

「お、おのれ愚弄しおって……。」

 

 白翼は怒りの声を上げる。彼は新たな術を行使しようと、印を結び始めた。しかしその術が発動する事は無かった。突如として、天空から白翼に向かい、雷が降り注いだのである。

 

「ぎゃあああぁぁぁっ!?」

『やった、ハリアー!』

 

 シャリアが喜びの声を上げる。そう、この雷は、ハリアーが召喚した物である。ハリアーにとっては幸い、白翼にとっては最悪な事に、南の方角、空の片隅に、真っ黒な雨雲がかかっていたのだ。その雨雲から、ハリアーは招霊の秘術で落雷を呼び寄せたのである。

 白翼はかろうじて気絶する事は免れた。しかし落雷によって負ったあまりの重傷に、彼は動く事もままならず、よろよろと地上へと降下して来る。フィー、シャリア、ブラガは各々の操兵をそこへ向かわせる。無論、白翼を捕らえ、場合によっては倒すためである。

 その時、そこへ声が響いた。

 

「その辺にしておくのだな。」

 

 それと同時に、フィー達の3騎の狩猟機がその動きを鈍らせる。操兵の中からは、彼等の叫びが聞こえた。

 

『な、なんだっ……。身体が、身体が重い……。』

『何よこれっ……。う、上手く動けない……。操兵も……動きが鈍いわ……。』

『ちくしょ……。身体が鉛になったみてぇだ……。』

 

 そして中空より、1人の人影がすっと現れる。その人影はどうやら男の様で、青い衣を身に纏い、青い仮面を被っていた。明らかに練法師である。白翼は叫んだ。

 

「せ、青牙殿!」

「白翼、あまり無理はするな。あの様な厄介なだけの代物などを手に入れるために、お前を失う事になっては目もあてられん。」

 

 青牙と呼ばれた練法師は、空を飛んで白翼に近づくとその隣に降り立ち、彼の肩を叩いた。

 

「あの宝珠は、やめておくとしよう。手に入れても、持て余すだけだろう。」

「し、しかし赤鱗殿には何と申し開きを……。」

「そちらは私にまかせておけ。奴とは私が話をつける。」

 

 白翼はしばし固まっていたが、やがて青牙に頭を下げ、術の結印を始める。それは攻撃の術法ではなかった。白翼の姿は霧散し、一陣の風となってその場から消え去る。青牙はその様子を見ていたが、やがて彼も手を前に出し、術の結印を始めた。そして彼の姿は空気に溶け込む様に消えて行った。

 シャリアが叫ぶ。

 

『ちくしょう、逃げたわね!何だってのよー!引っ掻き回すだけ、引っ掻き回しといてー!』

「逃げてくれた……。いや、見逃してくれたのか?」

 

 一方クーガは安堵の息を吐いていた。ハリアーが彼の隣にやって来て、治癒の術法を使うべく八聖者に祈り始める。そして彼女の術によって、彼が負っていた負傷は、ほぼ完全に癒えた。ハリアーは言う。

 

「あの青い練法師、徒者ではありませんでしたね。」

「うむ……。あの練法師が使った術は、恐ろしく高位の術だ。私では限界まで力を振り絞ったとて、それよりも1階梯低い術までしか行使する事はできん。それを牽制として軽く使えるほどの力量を持っているとなると……。正直、相手にしたくは無いな。」

 

 クーガは疲れた様に言う。彼が周囲に分かるほど疲労感を口調に滲ませると言うのは、とても珍しい事だった。

 ブラガが2人に向けて話しかける。

 

『おい、この身体の重さ、なんとかなんねぇかい?』

「その術は、それほど長い時間効果が続くわけでは無いはずだ。少し待っていれば、何とかなるはずだ。」

 

 クーガがブラガに答える。その言葉通り、彼らの身体と操兵は、僅かな時間で元通りになった。やがて化け物を倒したのを遠くから見ていたオルノーサ王家の騎兵隊が、事情を聞くために彼等の所までやって来たのは、それからすぐであった。

 

 

 

 フィー達一同は、ダーヅェンの首を持ってスカード島連合軍の宿営地へと帰還した。クロイデルはダーヅェン・バリスタを討ち取った事を、間者を使って西海岸同盟軍各国と、未だ占領されているナインズ国に広めて回る。西海岸同盟の士気は地に落ち、同盟は分解を始めた。ツナエル、クラル両国は同盟を離脱し、ナインズ領から軍を引き揚げると共に、連合に講和の使者を送って来た。

 無論、全てがすんなり行ったわけでは無かった。第1の問題は、バリスタ国である。ダーヅェンが死んだ事により、彼の国はあっさり崩壊するかと思いきや、そうでは無かった。バリスタ国の国民、特に首都スラー市の住民は、亡きダーヅェンに心の底まで洗脳されており、連合軍に対し徹底抗戦を叫んだのである。

 しかしその状況も、ハリアーが宝珠に一時的封印を行った事で改善を見せる。宝珠の力が断ち切られたためか、徐々にダーヅェンの呪縛から逃れた国民が増えて来たのだ。それらの国民を中心にして、国内で降伏論が力を増し、国主不在な事もあってついにバリスタ国は降伏する事になる。国主の後継者には、あのアーシア姫がスカード島連合の後押しを受けて、その座に就く事になった。

 第2の問題は、ノーゾ国についてである。ノーゾ国の国主、ケネフェス・ノーゾ侯爵がなんと、トオグ・ペガーナに改宗していた事が判明したのだ。これが明らかになったのは、ロモー高原の会戦にて、フィーと戦ったジャバー・ズナイク将軍が漏らした言葉がきっかけとなっている。ジャバー将軍は、フィーと戦った際にはっきりと、主君ケネフェスの命で怪しげな僧侶達を受け入れた、と明言しているのである。その事は当時フィーとジャバー将軍の戦いを見ていた兵達も、はっきりと証言している。

 その事を停戦交渉の席で詰問されたケネフェスは、それを侮辱と言い放ち、徹底抗戦を宣言してその場を去る。だが圧倒的な戦力差は如何ともし難く、ノーゾ国は破れ去る。そしてミレイル教会の聖拝僧達により、魔神ジアクス崇拝の証拠を発見され、ケネフェスとその一族は刑場の煙と化したのである。ノーゾ国は取り潰され、オルノーサ王家の飛び地として直轄領に編入された。

 一連の事件が終わったのは、フィー達がこのスカード島に来てから、1ヶ月が過ぎた頃であった。フィー達はその間、オルノーサ王家夫君殿下クロイデルの私兵と言う扱いで、スカード島連合軍に従軍していた。無論の事、彼等はただ飯を食っていたわけではなく、縦横無尽の働きをしていたのだ。正直な所、過労死寸前だったと言っても良いだろう。ようやく全てが終わった時には、フィー達は喜びの声を上げるどころか、へたり込んでしまったぐらいである。

 そして今、フィー達は船に乗ってスカード島を離れようとしていた。目的地はセルゲイ自治国家の港湾都市ズクモンドである。航海にかかる時間は1週間と少し。丁度良い休息であった。

 ブラガが少しばかり眉を顰めてフィーに言う。

 

「フィー、お前ちょっと勿体無かったかもな。スカード島連合の各国や、オルノーサ王家からも仕官のお誘いが来てたんだろ?」

「嫌ですよ、宮仕えなんて。専属の絵描きとしてならともかく、騎士としてなんて御免です。

 それにあの宝珠をなんとかしないといけないでしょう。今さら俺だけ降りるなんて、冗談じゃありませんよ。」

「格好良いわよ、フィー。そうね、まずあの宝珠を何とかしないとね。」

 

 フィーの台詞に、シャリアが同意する。そこへクーガとハリアーがやって来た。

 

「どうしたんです、皆さん?」

「ん?いやな。フィーがカッコいいって話だ。」

「ちょ、ちょっとブラガさん!」

 

 フィーが慌てる。ブラガとシャリアは笑った。ハリアーは何がどうなっているのか、さっぱり分からずに首を傾げる。

 そしてクーガが口を開いた。

 

「さて、次の宝珠はセルゲイだ。次は楽に行くと良いが……。」

「セルゲイのどの辺でしたっけ?」

 

 フィーが地図を持ちだして来る。地図に書き込まれた印によれば、次はセルゲイの王都ルーフェイ付近であった。クーガが指で距離を測る。

 

「ふむ……。ズクモンドよりルーフェイまでは、おおよそ5日弱、と言った所か。確かこの国には鍛冶組合の工房が存在するはずだ。」

「だったら操兵に関しては安心ですね。まあ、あと1週間は海の上なんですから、ゆっくり休んでおきましょう。」

 

 フィーの台詞に、一同は頷く。彼等は海を眺めるなり、自分達の船室へ戻るなり、あるいは操兵の様子を見に行くなり、ばらばらに散って行った。そんな中、クーガは1人考えに沈む。

 

「……場所はザライン地域、か。この試練を乗り越えれば、新たな力となる事は間違いないのだが……。」

 

 ザライン地域とは、旧王朝諸国の北西部はずれにある、荒れ果てた山々が連なる地域の事である。ここでは良質の石炭や鉄鉱石が採れるのであるが、あまりに険しい地形のために、未だ大規模な開発の手は入っていない。その様な土地に一体何の用があるのか、クーガは1人で思い悩んでいた。




今回で、スカード島編は終了です。「聖者の仮面」リプレイの登場人物をちょっとだけ出しました。と言うか、リプレイ集「聖者の仮面」を、この話を作るのにものすごく活用いたしました。
さて次回は、セルゲイと言う国に行く事になります。その国で待っているものとは!そしてクーガが思い悩んでいるのはいったい!
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