仮面たちの宴   作:雑草弁士

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子供達を捜せ

 秋も終わりが近づき、もうしばらくすれば冬が来ると言う時期、フィー達一同はカレビア森林国はゴロフの町までやって来ていた。この小さな町は、材木街道と呼ばれる表街道からはけっこうはずれた所にあり、あと少し北に行けばモニイダス王国との国境に至る場所にあった。彼等は今、そのモニイダス王国を目指して旅をしている最中だったのである。

 町の外で聖なる杭『パイ・ル・デ・ラール』を地面に埋め、その上に各々の操兵を駐機して仮面を外したフィー達一同は、のんびりと町中へと歩いて行った。先頭に立つのはシャリアである。彼女はこの国の出身であり、彼女の義理の両親はこの町在住であったのだ。

 

「もうすぐ着くわよ。皆、今日はあたしん家に泊まってってね。」

「悪いよ、そりゃ。こんな大人数で押し掛けてあげくに泊まったりしたら。」

「いいから、いいから!あたしの仲間をウチの皆に紹介もしたいし、さ。」

 

 シャリアは皆……主にフィーをぐいぐいと引っ張って行く。それを見遣りつつ、ブラガは呟く。

 

「里帰りが、そんなに嬉しいもんかねぇ……。」

「私はあまり嬉しくも無いがね。故郷には、あまり良い思い出は無いのだよ。」

「お。意見が合うなクーガ。」

 

 無表情に言ったクーガに、ブラガが苦笑しつつ返す。クーガは話を続けた。

 

「だがそのうち帰らねばならぬかも知れんな。」

「すみませんクーガ。」

「いや、君は悪く無いハリアー。」

 

 いきなり謝ったハリアーに、クーガは宥める様な言葉をかける。ブラガは意味がわからずきょとんとしている。そのブラガに、クーガが説明をした。

 

「何、例の宝珠の残り2つはファインド森林に存在すると言う事だっただろう。ファインド森林は、私とハリアーの故郷だ。もっともあまりに広い土地だからね。故郷その物には寄らずに、遠く離れた場所を通りがかる程度で済むかもしれん。」

「私の方は、できればフォトニ国に寄りたいんですけれどね。時間の余裕があれば。」

 

 ハリアーは遠い目をして言う。おそらくは修行時代の事を思い起こしているのだろう。そのとき、シャリアが大声で言った。

 

「ミリカ!ただいま!」

「シャリア義姉さん!どうしたの、こんな急に帰ってきたりして!」

「仕事の途中でカレビアを通りがかる事になったんでね。それで寄ったわけ。」

 

 シャリアが話しかけた少女――ミリカと言う名であるらしい――は、どうやら彼女の義妹の様だ。見た目、13~14歳程度に見える。服装は比較的粗末であるが、手入れ自体は良くしてある様だ。その手には買い物籠を持っており、その中には食材が沢山入っている。

 シャリアは仲間達の方を向いた。

 

「じゃーん、これがあたしの仲間。前出した手紙で、山師やる事にしたって言ったよね。その仲間達なんだ。

 手前から絵師にして操兵乗りのフィー。あたしの操兵の先生でもあるんだよ。次が手練士のブラガ。口は悪いけど、色々と頼りになる奴。その後ろにいる無表情なのがクーガ。一見何考えてるかわかんない奴だけど、仲間思いなんだよ。そして最後の女の人がハリアー。法師様でね、あたしより年上なんだよ。」

「はじめまして、皆さん。わたし、シャリア姉さんの義妹のミリカと言います。どうか今後とも、義姉の事よろしくお願いします。」

 

 ミリカはフィー達一同に頭を下げる。フィー達も挨拶を返した。

 

「フィーです、よろしく。君のお義姉さんには、何度も危ない所を助けてもらってるよ。」

「ブラガだ。ほう、シャリアの義妹さんかい。それにしちゃ随分礼儀正しいな。」

「私が先程紹介に預かった、クーガと言う。よろしく。」

「私がハリアー、ハリアー・デ・ロードルです。お義姉さんみたいな歳が近い女性がいて、色々と助かってますよ。」

 

 仲間達の挨拶に頷いて、シャリアはミリカに話しかける。

 

「ミリカ、今日皆を家に泊めようと思うけど、義父さん義母さんは大丈夫だよね?」

「うん。シャリア義姉さんのお仲間だし、我が家にとっては恩人だもの。問題無いわ。」

「恩人?俺達何かしましたっけ?」

 

 フィーは仲間達の方を見遣る。仲間達も、その言葉の意味が分からない様で、首を傾げている。ミリカは笑いながら言った。

 

「シャリア義姉さんがお金を稼ぐのに、協力してくださったそうじゃないですか。おかげで私達は、家を取られないで済みました。」

 

 ミリカが言っているのは、フィー達一同が出会う切っ掛けになったある事件の時に、シャリアが抱えていた事情の事だ。シャリアの義弟が重病にかかり、高価な薬が必要となった。そのために多額の借金を抱えたシャリアの家族達、マルガリ家の一同は、危うく借金のかたに彼等の家を取られてしまう所だったのである。

 シャリアはその借金を返すために、大金が入る――その様に彼女は騙された――うさんくさい仕事を引き受けた。その仕事が、フィー達一同が出会う切っ掛けとなったのである。

 結局の所、フィー達は力を合わせて彼らを騙した者達を倒した。その際に奪った操兵が、今フィーが乗っている狩猟機ジッセーグ・マゴッツで、その時同時に倒した従兵機アズ・キュードの仮面を売り払った金の一部が、シャリアを通してマルガリ家に渡されたのだ。その結果、マルガリ家の人々は家を取り上げられずに済んだのである。

 ブラガは慌てた様に言う。

 

「あ、ありゃあシャリアの正当な分け前だ。シャリアがそれをどう使おうが、シャリアの勝手だわな。別に俺達が恩人だって訳じゃねぇよ。なあ皆?」

 

 フィー、クーガ、ハリアーは頷く。だがミリカは笑って言った。

 

「シャリア義姉さんが手紙に書いてよこしました。あのお金を稼げたのは皆さんのおかげだって。だから皆さんは、我が家の恩人なんです。」

 

 フィー達仲間一同はシャリアの顔を見つめる。シャリアはそっぽを向いて、鼻歌を歌っていた。フィー、ブラガ、ハリアーの顔に苦笑が浮かぶ。クーガのみは何時も通り無表情だが。

 

 

 

 フィー達一同は、屋敷と言うにはやや小さく、しかし単なる家と言うにはやや大きな、中途半端な建物にやって来ていた。この家の主人達は、フィー達を暖かく歓迎してくれた。

 

「わざわざ遠い所を、ようこそ。私がシャリアの義父、ライスです。皆さんの親切には、本当に感謝をしています。」

「ようこそいらっしゃいました。私はシャリアの義母のエミーと申します。旅の途中とおっしゃいましたわね。さぞお疲れでしょう。ゆっくり寛いでくださいな。」

 

 にこやかな笑みを浮かべた中年の夫婦は、非常に穏やかで、義理とは言え、どう見てもシャリアの両親には思えなかった。だがフィー達一同はその様な感想を面に出す事なく、礼儀正しく頭を下げる。

 そこでシャリアが義父にある事を尋ねた。

 

「義父さん、そう言えばレナ義姉さんはどうしたの?前までは義姉さんが手伝ってた家事なんかを、ミリカがやってるみたいだけど。」

「ああ、この夏に結婚したよ。お前にも知らせたかったんだがな。前に来た手紙で、しばらく長期の仕事で旅行に出ると書いてよこしたろう。どうしようも無くてなあ。」

「結婚式には、レナもお前に来て欲しがってたんだけどねぇ。」

「ええー!?ああん、見たかったなあ。レナ義姉さんの花嫁姿。」

 

 シャリアは驚いた様子を見せた。夫婦と話すシャリアを見て、フィー達は先程感じた事を撤回する。いつもは一端の剣士然として気丈に振舞っているシャリアが、この様に気を許して甘えているのだ。義理とは言え、やはり親子である。

 その時フィーは、彼らを見つめている多数の視線に気付く。別に悪意ある視線ではない。彼は視線の来る方向を見遣った。

 

「テーラ義姉、見えないよ。一寸詰めて。ジールも少し場所あけてよ。」

「痛いよアライア義姉。」

「あーん、あたしも見るー。」

「僕もー。」

「……。」

「あ、皆押さないで。押さないでったら。」

 

 突然応接間の扉が、音高く外れた。フィー達の様子を窺っていた少年少女達が、外れた扉を押し倒す様にして部屋になだれ込んで来る。

 

「あいたたた……。」

「お、押さないでって言ったでしょ。」

「あーん、肘打ったー。」

「僕もー。」

「……。」

「あたた、こぶになってる。」

 

 彼等の後ろから、お盆にお茶のカップを乗せたミリカがやって来た。彼女は呆れた様に言う。

 

「何やってるのよ、お客様の前で……。」

「ははは、そこの扉は前に僕がやんちゃしてぶつかって、壊した事があるからなあ。外れやすいんだ。」

 

 そう言ったのは、ミリカを手伝ってティーポットを運んで来た、やや年嵩の少年だった。彼はフィー達一同に頭を下げる。

 

「僕はシャリア義姉さんの義弟で、リックと言います。皆さん、義姉さんの事をこれからもよろしくお願いします。ほら、皆。一寸並んで。」

 

 扉を押し倒して転んでいた少年少女が、慌てて立ち上がり、リックの脇に並ぶ。リックは彼等をフィー達に紹介する。

 

「大きい方から順に、テーラ、アライア、ジール、ミニ、ボルムス、そしてシャリア義姉さんはまだ手紙でしか知らないはずだけど、今年家族になったばかりの一番下の義妹、ワーリャです。」

「「「よろしくお願いします!」」」

「よ、よろしく。」

「僕もー。」

「……。」

 

 一番小さい少女は、黙って俯く。シャリアはその子の前に行って、しゃがみ込んで視線を合わせた。

 

「はじめまして。あたしがあんたの義姉さんのシャリア。仕事が忙しくて、あまり帰って来ないけど、よろしくね。」

「……よ、よろし……く。」

「はい、よく出来ました。」

 

 シャリアはワーリャの頭を撫でてやる。ワーリャは一瞬びくりとしたが、そのまま黙って撫でられていた。

 続けてシャリアは、フィー達の事を弟妹達に紹介する。

 

「手前からフィー、ブラガ、クーガ、ハリアー。皆あたしの大切な仲間。皆それぞれの得意分野では一流と言って良い腕前を持ってるんだよ。」

「よろしく。」

「よろしくな。」

「うむ、よろしく。」

「よろしくお願いしますね。」

 

 そのとき、1人の少年がフィーに近づいて来た。フィーは彼の名前を思い返す。確かジールと言う名前だった。フィーはジールに向かって問う。

 

「どうしたんだい、ジール君?」

「あの……。フィーさん、ですよね。操兵乗りの。」

「あ、うん。絵描きでもあるけどね。」

 

 ジールは少々口籠る。だが意を決して彼はフィーに向かって言った。

 

「あのう……。フィーさんの武勇伝、聞かせてもらえませんか?義姉さんの手紙に書いてあったんです。操兵って、凄いんですよね?大きくて、無敵で!」

「ははは、無敵ってほどじゃあ無いけれどね。たとえば相手も同じ操兵だった場合とか。そうなると人間対人間の場合と同じで、強い方が勝つよ。」

「でも、凄いです!作りものの巨人を、自由に動かして戦うんでしょう?」

 

 そこへ口を挿む者がいた。ブラガである。

 

「おう、坊主。今はお前の義姉ちゃんも、フィーに習って操兵を操縦できる様になってるんだぜ?長い時間かかったけどな。今は自分の操兵も持ってるんだ。」

「ええっ!本当!?シャリア義姉さん!」

「ま、まあ一応……。」

「凄いや、義姉さん!」

 

 ジールは目を輝かせて、自分の義姉を見つめる。シャリアは落ち着かない様子で、頬を掻いた。

 

「でもね、フィーほど操縦上手くないのよ?フィーが一番操兵乗りとしては強いんだから。」

「生身じゃあシャリアが強いじゃないか。」

「もう……。武勇伝を聞かれたのはフィーでしょ?話してやってよ。」

「う~ん、わかったよ。何の話がいいかなあ?」

 

 フィーが話し始めると、ジールばかりではなく他の子供達も集まって来た。フィーは今までの冒険行の中から、お話として適当な物を選んで語り出す。勿論、ハリアーが異教徒であるとかクーガが練法師であるとかは触れない様に、一部話の内容は改竄もしたが。

 ライスとエミーの夫婦や、リック、ミリカと言った年長の子供は、その様子を微笑みながら眺めていた。

 

 

 

 フィー達がマルガリ家に来て、3日目が過ぎようとしていた。最初は1晩泊まったら、すぐに出立するつもりだったのだが、ライス、エミー夫妻や子供達にもう1日、もう1晩と引きとめられて、延び延びになっていたのだ。

 このままではいけないと思い切り、フィー達は出立する事を決意する。一同を代表してフィーが、ライスに明日の出立を告げる事にした。

 

「ライスさん、我々は明日には出立しようと思います。何日もお邪魔しまして、すいませんでした。」

「……そうですか。いや、何日も御引き留めしてしまいまして、ご迷惑だったのでは無いでしょうか?」

「いえ、そんな事はありませんとも。」

「そうですか、それならば良いのですが……。フィーさん、娘の事をくれぐれもお願いいたします。あんなお転婆な娘ですが……。」

 

 ライスがそう言いかけた時である。突然彼等が話をしていた応接間の扉が、音高く吹き飛んだ。扉を吹き飛ばしたのはシャリアだ。フィーとライスは呆れた様に言う。

 

「シャリア!一体どうしたのさ。」

「シャリア、もういい歳なんだ。もう少し落ち着きを……。」

「そんな事、言ってる場合じゃないんだってば!」

 

 シャリアの気迫に、2人は黙る。シャリアは叫ぶように言った。

 

「アライア、ジール、ミニ、ボルムスが町外れの枯れ井戸を探検に行って、そこから出て来ないんだって!今ワーリャが泣きながら戻って来たんだよ!」

 

 フィーとライスの顔色が変わった。シャリアは言葉を続ける。

 

「ワーリャはちっちゃいからって、枯れ井戸の外で見張りをやらされてたんだって。でも何時まで経っても誰も出て来なくて、声がかれるまで4人を呼んだけど、誰も返事をしなかったって。それで泣きながら帰って来たんだ。今、ミリカとテーラ、それにリックがワーリャを見てる。」

「そんな……。あそこは危ないから近づくなとあれほど……。」

「ブラガさんを呼んで来よう。ブラガさんなら身が軽いから、万一の時に助けになる。」

 

 フィーは自分達に割り当てられた部屋へと駆け出した。やがて明日の出発に備えて荷物を纏めていたブラガがフィーと共にやって来る。ブラガは緊迫した表情で言う。

 

「急ぐぞ。枯れ井戸なんて、何か事故が起きてくださいって言ってるような物だ。なんで埋めちまわなかったんだか。」

「急いで行きましょう!」

「義父さんは、ここで連絡を待ってて!もしかして何事も無く帰って来て、入れ違いになるかも知れないから!」

「あ、ああ。た、頼んだよシャリア!」

 

 フィー、シャリア、ブラガの3人は、急いで町外れへと向かった。

 

 

 

 町外れには、石と漆喰で組まれた、古びた井戸があった。ブラガはそこに近寄って、小石を投げいれる。すぐに石が井戸の底に当たる軽い音がして、完全に水が無くなっている事が証明された。見れば、井戸の脇の木に麻縄が縛り付けてあり、それが枯れ井戸の中へ垂らされている。ブラガはそれを引っ張って、一寸だけ引き上げて見た。すると、縄に一定の長さ毎に結び目を作った、簡易的な縄梯子である事がわかる。

 

「なるほど、縄梯子か。」

「何感心した様な事言ってるのよ!」

「早く中へ下りましょう!」

「まあ待てって。万が一の事があっからよ。松明よこせ。」

 

 ブラガは松明に火を点けると、それを枯れ井戸の中に放りこんだ。松明は、明々と燃えている。彼は言った。

 

「……よし、空気は大丈夫だな。でも変だな。ガキどもが底に見当たらねぇ。……ティッカーブン」

 

 ブラガは合言葉を唱えて、持って来た聖刻器のランタンを灯した。練法の炎が灯心に灯る。ブラガは腰にそのランタンを括りつけると、縄梯子を下り始めた。彼はするすると縄梯子を下り、あっという間に一番下まで辿り着く。

 

「……誰もいねーなあ。……まさか、な。」

 

 ブラガは井戸の底を歩きまわり、壁を手の甲で叩き始めた。ある所まで叩いた時に、彼の顔色が変わった。彼は懐から針金やヤスリ他の工具類……所謂盗賊の七つ道具を取り出す。彼はそれを使って、壁の石組の隙間を丁寧に探り始めた。

 

「……あった。」

 

 ブラガは石組に指をかけて、引っ張る。その石組は非常に軽く手前に動いて来た。その大きさは四半リート(1m)四方ぐらいである。ブラガは上にいるフィーとシャリアに向けて叫んだ。

 

「隠し扉だ!何時の代物かは知らんが、地下道になってやがるぞ!」

「ええっ!?」

「うそっ!」

「嘘なんか言うかい!危険かもしれねぇから、全員で潜ろう!今クーガに『遠話の首飾り』で連絡して、装備品を持ってきてもらう!」

 

 言うなりブラガは、『遠話の首飾り』の効果を使う。すぐさま効果は現れ、クーガへと遠隔通話の術が繋がる。

 

「クーガ!聞こえるか!?」

(うむ、聞こえるとも。先程は突然飛び出して行って、何が起きたのかね?)

「実は、シャリアの義弟、義妹達がバカをやったらしいんだ。町外れの枯れ井戸探検に出て、行方不明になりやがった。今、枯れ井戸の底で、隠し扉を見つけた所だ。」

 

 ブラガは一気に説明をする。そして彼は本題に入った。

 

「どうも危ねぇ臭いがしやがる。俺らの装備一式持って、ハリアーと来てくれねーか?」

(わかった。待っていたまえ。決して無茶はするんじゃないぞ。)

 

 そこで交信は切れた。ブラガは待っている間に、隠し扉を調べてみた。どうやらこれは、ばね仕掛けか何かで、自然と元に戻る様になっているらしい。彼は手持ちの釘を開閉機構に挿んで、動かない様にした。

 やがてクーガ達がやって来る。上から声が聞こえた。

 

「リック!なんであんたまで来たの!?」

「僕だって心配なんですよ。駄目だって言われても、付いて行きますからね。」

「説得はしたのだが……聞いてくれなかった。」

 

 クーガの平板な声が言う。ブラガは叫んだ。

 

「おーい!早くしてくれー!」

「うむ、今シャリアとフィーが装備を整えている。終わったらすぐに降下する。」

 

 そして少しした後、まずクーガ、次にハリアー、シャリア、フィーの順で下りて来て、最後にリックが降下して来た。リックの下り方は不安になる様な下り方で、今にも落っこちそうだった。

 人数が多すぎて非常に狭いため、クーガ、ハリアー、シャリアの3人は既に地下通路へと入り込んでいる。ブラガはクーガから受け取った自分の装備を、急ぎ身に着けた。

 地下通路は入り口だけが狭く、中は2人並んで歩けるほど広かった。こう言う場所を歩く時のための隊列――先頭にブラガとシャリア、中衛にクーガとハリアー、殿にフィー――で、彼等は歩いて行く。

 今回はリックと言うお客さんがいるため、彼をさらに隊列の真ん中に入れてある。ちなみに灯りは、ブラガが聖刻器のランタンを片手に持ち、リックが松明を持っていた。

 フィーはリックに、この枯れ井戸について尋ねた。

 

「リック君、この枯れ井戸は何時から枯れてしまったんだい?」

「僕が小さな頃には既に枯れ井戸でした。何年かに1度は、遊びに来た子供が落ちたりして、危険だ危険だとは言われて来たんですけれどね。斯く言う僕も、実は井戸の底までは下りた事があります。こんな隠し通路があるなんて、知りませんでしたけれどね。」

「実はあたしも下りた事あるのよね……。」

「シャリア、君もか……。」

 

 シャリアの台詞に、フィーは思わず脱力する。まあシャリアの様にお転婆な娘であれば、小さい頃に遊びに来ていてもおかしくは無いだろう。

 ブラガが呟く様に言う。

 

「あの井戸は、最初っから枯れ井戸だったかも知れねぇな。と言うか、井戸の様に見せかけた、この地下道への入り口っつー事だ。一体何のための地下道か知れねぇがな。……!」

 

 ブラガが足を止め、並んで歩いていたシャリアを制止する。シャリアは慌てて止まった。彼女はブラガに尋ねる。

 

「……落とし穴かなんか?」

「落とし穴。」

 

 ブラガは鞘に収められた小剣でその先の床面をつついた。すると床面が開き、落とし穴が口を開ける。ブラガはランタンでその落とし穴の中を照らす。

 

「……よし、大丈夫。ガキどもは、誰もひっかかっちゃ居ねぇな。お?」

 

 落とし穴の口は、自動的に元に戻りつつある。遠くから、歯車仕掛けの軋む音と、水音が聞こえて来た。クーガが頷いて言う。

 

「うむ、前にも似た様な仕掛けは見た事があったな。地下水脈を利用した、水車動力で戻る仕掛けの様だ。」

「ち、厄介な仕掛けだぜ。皆、通路の真中は通るなよ?端の方を歩け。」

 

 皆に注意をしたブラガが、率先して通路の端にへばり付く様にして歩いて行く。リックは感嘆の声を上げる。

 

「凄いですね、ブラガさん。僕には落とし穴があるなんて、全然分かりませんでしたよ。」

「何、こう言った探索はお手の物だからな。それより、ここにこう言った罠があるって事ぁ、厄介な事態だぞ。ここの落とし穴は上手く切り抜けたらしいが、ガキどもが何処かの罠に引っ掛かりかねんぜ?」

 

 その台詞を聞いたリックは、顔面蒼白になる。

 

「ど、ど、どうしましょう!アライア!ジール!ミニ!ボルムス!誰か1人でも命を落とす様な事になったら!あいたっ!」

「さわぐんじゃないの!あの子らが心配なのは、あんただけじゃ無いんだから。こういう所では、まず落ち着く事が肝要なのよ。」

 

 騒ぐリックの頭に拳骨をくれて黙らせたシャリアは、それでもやはり自分も不安なのだろう、唇を噛み締めている。そんな様子を見ていられなかったのか、フィーがブラガにある提案をする。

 

「ブラガさん、あの『遠眼鏡』は使えませんかね。あれで先の様子を探る事は……。」

「んー、俺もそれは考えた。だがよ、ありゃあその場の様子を見る事ができるだけなんだよな。音とか気配とかはわかんねーし。先が暗かったら、見た所で何も見えねーって事も有り得る。1日1回しか使えねー切り札だから、温存しておくべきかとも思ったんだが……。」

「待ちたまえブラガ。それならばハリアーの〈聖霊話〉や、シャリアが『気』を探った方が良かろう。」

 

 クーガの台詞に、ハリアーは頷く。シャリアも今さらながらそれに気付いたのか、急いで気息を整えつつ精神を集中した。2人の女性が精神を集中させているのを見て、リックは眉を寄せる。

 

「あのー、フィーさん。あれは何をしているんですか?」

「あー、簡単に言えば周囲の気配みたいな物を探ってるんだよ。ハリアーさんは力ある僧侶だし、シャリアは『気』の扱いにかけては達人だからね。」

「シャリア姉さんが、何時の間にそんな達人に……。」

 

 そして2人が目を開けた。シャリアは残念そうに言う。

 

「駄目。なんか『気』を殺して隠れてるみたい。それにあの子らは殺意とか抱いてるわけじゃないから上手く掴めない……。」

「それだけじゃありませんよ、シャリア。」

 

 そう言ったハリアーの顔色は、蒼白になっていた。

 

「この地下道内には、邪悪な存在がいます。間違いなく負の生物と思われますが、それが全部で14体はいます。」

「あ、あの……。負の生物って、何ですか?」

「動く死体とか、動く骸骨とか、幽霊とか、そう言うもんだよ。厄介な話だぜったく。」

 

 ブラガは吐き捨てる様に言う。リックは息を飲んだ。

 その時、クーガが徐に呪句の詠唱を行う。彼は何時の間にか仮面を被っており、その手は素早く何某かの印を組んでいた。リックは彼に問いかける。

 

「な、何をやってるんですか?」

「何、私の故郷の方に伝わる邪気払いの呪いだ。気休めだがね。」

 

 クーガは大嘘を吐く。本当の所クーガは、子供達を探すために、霊的な感知力を得るための術を行使していたのである。これにより彼は、半径50リート(200m)に渡っての状況を、霊的感知力によって完全に知覚する事ができるのだ。

 だがクーガが妖術師――練法師の俗な呼び名――である事を、リックに知られるわけにはいかない。そのため彼は、この様な嘘を吐いたのである。

 クーガはハリアーに耳打ちする。

 

「……子供達の場所は確認できた。だがまずい事に、彼等は分散している。2人と1人と1人に分かれている。不幸中の幸いで、誰も死んではいないが……。」

「わかりました。急いで行きましょう。」

 

 彼等一同は、移動を再開した。

 

 

 

 幾つかの部屋を通り過ぎて、フィー達はやや大きめの部屋へとやって来た。なお、これまでの通路には幾つかの落とし穴が仕掛けられていたが、彼等はそれを事前に察知し、回避している。クーガがハリアーに向け、小さな声で言った。

 

「この部屋に、2人いるはずだ。厄介な事に、負の生物も6体いるがね。」

「負の生物は、私も感じていました。……あそこです!」

 

 ハリアーは、途中から大声で叫んだ。そこには死人と骨人が3体ずつ、うろうろと屯していた。リックは初めて死人や骨人を見たため、恐怖により凍りついた様に動けなくなっている。クーガは剣を抜きつつ、ハリアーに向かって言った。

 

「ハリアー、君はリック君をたのむ。」

「わかりました、気を付けて。」

 

 ハリアーは鎚矛を構えつつ、リックを護る様に立つ。それを横目で見つつ、フィー、シャリア、ブラガ、クーガの4人は、負の生物の群に斬り込んで行った。

 シャリアは気を込めた長剣であっさり1体の骨人を叩き斬り、左手の小剣で同時に死人を牽制する。フィーは破斬剣を振るい、骨人1体を腰断した。ブラガも右手の手斧と左手の小剣を同時に斬り下ろし、骨人の両肩を斬り砕く。クーガは2体の死人を相手取り、基本的には相手の攻撃を躱す事に専念していたが、時折相手の隙を見つけては攻撃していた。

 そうして僅かな時間が経過した後、負の生物たちは全てが残骸と化していた。ハリアーがリックを伴い、歩み寄って来る。ハリアーはクーガに耳打ちをした。

 

「……で、子供達は何処に?」

「あそこだ。」

 

 クーガは顔を上へ向けた。ハリアーも、そちらを見上げる。そこには天井を支えるための梁があり、その上に隠れる様にして、小さな影が見えた。ハリアーは声を上げる。

 

「あなたたち!どうしてそんな所に!?」

「おそらくは壁の石組を足掛かりにして登ったのだろうな。先程の負の生物に追われて。」

 

 ハリアーの叫びで、シャリア達も梁の上の子供達に気付いた。

 

「ミニ!ボルムス!あんたら、なんて所にいるのよ!下りてらっしゃい!」

「う……うえ……。お、下りられない……。うえええん……。」

「ぼ、僕も……。うえええん……。」

「あー、泣くんじゃないっ!今下ろしてあげるから!」

 

 シャリアは壁の石組に手を掛け、よじ登ろうとするが途中で滑って落ちてしまう。見かねたブラガが交代して壁によじ登った。

 

「おら、今下ろしてやっからな。まず1人ずつだ。ちっこい方からな。ボルムス、だったか?ほーら、こっち来い。」

「あ、ありがと。……おじさん。」

「おじっ!?……ま、まあガキの言う事だし、我慢だ、我慢。」

 

 ブラガは一瞬米神に血管を浮かべたが、なんとか怒りを噛み殺し、ボルムスとミニを床まで下ろしてやった。子供達が床まで下りると、シャリアがその2人をぎゅっと抱きしめる。ミニとボルムスは言った。

 

「あーん、鎧が痛い。」

「僕もー。」

 

 ごん、がん、と連続して何か硬い物で硬い物を叩く音がした。叩かれたのは子供達の頭であり、叩いたのはシャリアの拳骨である。シャリアは怒声を放った。

 

「あんたら!心配かけるんじゃないわよ!あんたらが帰って来ないって聞いて、義父さんがどれだけ驚いたか、分かってんの!?」

「う……ご、ごめんな……さい。うえ……。」

「うえ……ご、ごめ……なさい……。」

「あー、泣かない!もう!義父さん義母さんにも、ちゃんと謝るのよ!」

 

 その時、ハリアーが子供達の怪我に気付く。

 

「あら?2人とも脚を怪我してませんか?」

「えっ!?」

「あ、お、お化けに追っかけられて、壁を登ったときに……。」

「1回落っこちちゃって……。」

 

 ハリアーは背負い袋から、包帯やら何やら取り出すと、てきぱきと手当を行った。

 一方フィー達は、今後の事について相談している。フィーが難しい顔をして言った。

 

「どうします?この先子供達を連れて行くのは……。あと8体はいるんでしょう?負の生物が……。」

「だからと言って、ガキどもだけで帰すわけにゃあ行くまいよ。リック坊を付けてやっても同じだ。」

「我々全員で戻る、と言う選択肢は無いぞ。負の生物がいる以上、残りの子供達の危険は時間を追って増すばかりだ。今は一刻も惜しい。」

 

 ブラガとクーガの台詞に、フィーは頷かざるを得ない。

 

「仕方ない、連れて行きましょう。全員を見つけたら、即刻戻ると言う事で。」

「いや待ちたまえ。先程子供達の位置を練法で調べたのだがね。その時分かったのだが、別の出入口がある様なのだよ。最後の子供を見つけたら、そちらから出た方が近い。子供を連れて、負の生物がうろつくこの地下通路を延々歩くよりは良いと思うが?

 ああ、ちなみに子供達は全員生きている模様だ。」

「なら、そっちの出口から行くとしようぜ。」

 

 フィー達の結論は出た。フィーはリックに向かって言う。

 

「リック君、俺達は敵と戦う事に集中しないとならないから、その間子供達の事は頼むよ。」

「は、はい。わかってます。僕の家族ですから当然です。」

「よっし、んじゃ先へ進むか!」

「ハリアー、もう行けるかね?」

 

 クーガの問い掛けに、ハリアーは頷きを返す。そして一同はこの部屋を後にした。

 

 

 

 暗い地下の廊下を、フィー達一同は歩いていた。ランタンと松明の灯りが、行く先を僅かに照らす。その時突然、先頭に立っていたブラガとシャリアが立ち止まる。

 

「皆、出やがったぜ。」

「骨人が3体ね。……でも変ね?なんか廊下の一部を避けて歩きまわってるみたい。」

「落とし穴の罠があるのだろうね。きっと奴らはそれを避ける様になっているのだ。」

 

 後ろからクーガが言った。その時、骨人がフィー達に気付いたのか、襲いかかって来る。シャリアとブラガは身構えた。このせまい廊下では、先頭に立っている2人しか戦う事はできない。

 だがこの2人は、既に骨人程度でどうにかなる腕前では無かった。ブラガは左手の小剣で骨人の握った錆びた長剣を受け流し、右手の手斧を叩きこんでいる。シャリアは魔力を帯びた双剣で斬りかかり、その両方を命中させていた。他の者が何かする暇も無く、3体の骨人は骨の欠片へと姿を変えてしまう。

 戦いが終わったのを見計らい、クーガはブラガに耳打ちをした。

 

「練法で調べたところ、落とし穴の中に1人子供がいる模様だ。」

「何っ!?……わかった。」

 

 ブラガは落とし穴があると思しき場所へ近づいて行く。そして彼は、鞘に収めた小剣で床をつつき、落とし穴を作動させる。フィー達一同は、落とし穴の中を覗き込んだ。シャリアとリック、子供達が叫ぶ。

 

「アライア!」

「アライア!大丈夫かい!?」

「アライア義姉ちゃん!」

「アライア義姉ちゃん!義姉ちゃんってば!」

 

 落とし穴の中には、10歳を少し過ぎた頃合いの少女が倒れていた。その少女……アライアは気絶している様で、ぴくりとも動かない。ブラガが落とし穴の蓋に楔を噛ませ、落とし穴の口が閉じない様にする。

 

「誰か縄を持っててくれ。俺が下りて引き上げる。」

「待ってください!動かすと危険かも知れません!私が下に下りて、怪我の具合をまず診ます!」

 

 ブラガの言葉を遮り、ハリアーが言う。その言葉には、逆らうのが許されない真剣さと威厳とがあった。ブラガも思わず頷いてしまう。

 クーガとフィーが縄を持ち、ハリアーがそれを伝って落とし穴の底へ下りて行く。おっかなびっくりではあったが、彼女は無事に下まで辿り着いた。ブラガが上からランタンを照らす。ハリアーはその灯りを頼りに、アライアを診察した。

 

「……少なくとも、致命的な傷は負っていないようですね。これだけの高さから落ちた事による、重度の打ち身はありますが。八聖者よ、お力をお貸し下さい……。」

 

 ハリアーは治癒術を行使すべく、八聖者に祈りの言葉を捧げる。聖霊が彼女の祈りに応えて集まり、彼女の掌に光が宿った。彼女はそれをアライアの身体に押し当てる。

 

「う……。ううん……。」

「ふう、これで何とか……。」

「うあ……?こ、ここは?そうだ、あたしお化けに追われて逃げてる途中で……。」

 

 アライアは息を吹き返した。落とし穴の上では、シャリアやリック、子供達が必死になって叫んでいる。

 

「アライア!大丈夫!?」

「おい、アライアってば!」

「アライア義姉ちゃん!」

「義姉ちゃん!アライア義姉ちゃんてば!」

「お前ら、今から穴の中の連中を引き上げっから、少し静かにしてくれや。」

 

 ブラガが呆れた口調で言う。そしてアライア、ハリアーの順で落とし穴の中の彼女等は引き上げられた。ちなみにアライアは、シャリアから拳骨を貰う羽目になった。

 そしてアライアは、シャリアに訴える。

 

「シャリア義姉さん!ジールが!ジールを助けて!」

「ジールがどうしたの!?」

「あたしを逃がすために、おとりになったのよ。とめたんだけど、勝手に走りだしちゃって……。」

「なんてこと……。」

 

 絶句するシャリアに、フィーが話しかける。

 

「大丈夫、ジール君は生きてるよ。」

「なんで!?なんでそんな事言えるの!?」

「なんでって……。」

 

 激昂するシャリアの耳元に口を寄せ、フィーは小声で言った。

 

「クーガさんが練法を使って確かめたって話だからね。少なくとも、生きてるのは間違いないらしい。」

「……本当?」

「本当。」

 

 シャリアは大きく息を吐いた。彼女はフィーに謝る。

 

「ごめんフィー、取り乱した。」

「いや、気持ちは分からないでもないから。それより、一刻も早くジール君を見つけないと。生きてるって言っても、今回みたく怪我をしてるかも知れないし、危険が去ったわけじゃない。」

「!……そ、そうね。行きましょう!」

 

 一同は隊列を整えると、再び歩き出した。

 

 

 

 フィー達一同は、まるで玄室の様な場所に来ていた。壁や天井には細かく文字や紋様が描かれ、部屋の中央には石造りの棺と2つの櫃が置かれていた。そして玄室の中には、5体の干からびた死人がうろついている。まるで棺を護っているかの様だ。

 死人はフィー達を見つけると、緩慢な動作で襲いかかって来る。フィー達はハリアーを子供たちとリックの護りに残し、他の4人で死人の相手をした。

 

「てぇいっ!!」

「でやっ!」

 

 シャリアの双剣が、1体の死人を斬り裂く。そしてその隣では、フィーの破斬剣が閃き、死人を只の死体へと戻していた。もう1体の死人がシャリアに襲いかかるも、彼女は華麗に躱す。そして彼女を補佐するかの様に動いたフィーの剣が、その死人を両断した。

 ブラガとクーガも1体ずつの死人を相手に、戦況を有利に進めていた。ブラガは素早い動きで相手の攻撃を躱しつつ、両手の武器で着実に打撃を与える。クーガもまた、基本的には自分からは攻撃をせずに、相手の攻撃を躱しているが、時折相手の隙を見ては長剣を振るっていた。

 

「こっちは……終わりだっ!」

「そうかね。ではこちらを手伝ってはくれないかね?」

「おう、任せろ!」

 

 ブラガが自分の相手を屠り、クーガの手助けに回る。そうなればもう後は時間の問題である。さほど時を置かずに、死人は全てが滅び去った。

 クーガは徐に言う。

 

「……この地下道は、この墓に通ずる道だったのだな。負の生物は、墓の番人として意図的に放たれた物らしい。……子供でも入れる様な場所に、まったく迷惑な。」

「まあ迷惑だわな。ところで最後のガキは何処でぇ。」

「その櫃の中に隠れているはずだ。」

「……どっちだ?」

 

 言いながらブラガは、右の櫃を開こうとする。クーガが止める間も無かった。

 ぱっとブラガの顔に、何かが吹き付けられる。ブラガは思わず息を止めた。クーガがハリアーに向かい、叫ぶ。

 

「ハリアー!毒消しの術を!」

「い、いや……。大丈夫みてぇだ。毒が古くなってて役に立たなかったらしいな。失敗、失敗。」

「いや、一応診てもらいたまえ。念のためだ。」

 

 ブラガの台詞に、クーガが反論する。ハリアーもまた、強引にブラガの脈を取ったり、口を開けさせて舌を見たりしている。やがてハリアーは言った。

 

「大丈夫の様ですね。」

「そうか。大事無くて良かった。」

「お、おう。……なんだこりゃ。櫃の中は宝物が相場じゃねぇのかよ。」

 

 櫃の中には、沢山の書類が収められていた。だがクーガはそれを手に取り、目を見張る。

 

「いや、これは宝にも勝る代物だ。私にとって、だがね。」

「……ってぇと?もしや……。」

 

 ブラガの右眉がぴくりと上がる。クーガは彼にだけ聞こえる様な小さな声で言った。

 

「うむ、君の想像の通りだろう。しかしここの墓の主が術師であったわけでは無さそうだ。何を考えてこの様な術法の資料を集めたのか……。」

 

 クーガは首を傾げる。壁や天井に書かれた文字を読む限りでは、この墓は古代の物ではなく、比較的近代に近い、この町が拓かれた当時の人物の物らしい。なおかつその人物は練法師ではなかった様だ。そんな人物の墓に、何故これだけ数多くの練法の資料が副葬品として収められ、何故負の生命が番人として放たれているのか、謎は多い。

 ちなみに練法の資料は、ただただ手当たり次第に集められたらしい。その中にはクーガの門派である土門の資料も勿論存在したが、他の門派の資料も数多く混ざっていた。無論、他の門派の資料は、ごく一部を除けばクーガには、残念ながら役に立たない。

 ブラガはもう1つの櫃に手をかける。

 

「ま、するってぇと、こっちの櫃が当たり、か。……万が一のため、今度は調べておくか。」

 

 ブラガは櫃に罠などが無い事を確認する。そして彼は、その櫃の蓋を持ちあげた。

 

「おお、いたいた。」

「ジール!」

「ジール、いたの!?」

 

 シャリアを始めとして、彼女の家族達が櫃に駆け寄る。櫃の中で、ジールは眠り込んでいた。シャリアは思わずその頭に拳骨を落とす。

 

「ぶぎゃっ!い、いたたたた……。あれ?シャリア義姉さん。」

「あれ、じゃなーいっ!ジール、あんた何考えてんの!心配ばっかかけて!」

 

 シャリアはもう1発、ジールに拳骨をかました。

 

「痛いっ!」

「痛いで済む事を、有り難く思いなさい!ほんとに、ほんとに心配したんだからね!」

「義姉さん……。ごめんなさい。」

 

 シャリアはジールを抱きしめる。鎧が当たって相当痛いはずだが、ジールは何も言わずに抱きしめられていた。

 ブラガはジールが隠れていた櫃の中を調べる。すると、罅の入った石ころや、石ころを宝石の様にはめこんだ首飾り、柄に石ころをはめ込んだ錆ついた短剣などが見つかる。ブラガは呆れた様に言った。

 

「なんだこりゃ?なんでまた石ころを後生大事に……。」

「これは……おそらくは聖刻石だな。元、だがね。」

「元聖刻石だぁ?」

「聖刻石は、魔力を失うと死んでしまい、只の石ころになるのだよ。つまりこれらは、元は非常に貴重な聖刻器や聖刻石だった、と言うわけだ。だが長年劣悪な状況下で保管されていたため、完全に魔力を失ってこの様と言うわけだ。」

 

 ブラガは溜息を吐く。

 

「やれやれ……。それでもこの首飾りなんかは、潰しちまって黄金だけの値段にすれば、ある程度は行くな。」

「持ってくんですか?」

 

 フィーが尋ねる。ブラガは頷いた。

 

「死人にゃ金はいらんよ。」

「そりゃそうですがね……。」

 

 やれやれと言った風情で、フィーは呟いた。

 

 

 

 その後、フィー達一同はクーガが言っていた別の出入口から、この地下道を脱出する。なんとそこの出口は、町の墓地の外れに繋がっていた。彼等は地面の下から土を押しのけて扉を開く。すると偶然墓参に来ていた人達や墓守の老人が、すわ悪霊が出たかと泡を食って腰を抜かす騒ぎになったりもした。

 帰宅後、アライア、ジール、ミニ、ボルムスの4人は、義父と義母からも徹底的に叱られる事となった。だが4人の少年少女は、自分達が家族に心配をかけた事をよく理解していたため、大人しく叱られていた。年齢に似合わず、聡い子供達であった。

 ライスとエミーの夫妻は、フィー、ブラガ、クーガ、ハリアーの4人に深く礼を言う。

 

「この度は本当になんとお礼を言って良いか……!ありがとうございます!」

「お陰さまで、子供達を失わずに済みました!本当に、本当にありがとうございます!」

 

 今にも頭を地面に擦り付けかねない夫妻の様子に、フィーは慌てる。

 

「い、いえ……。仲間の家族ですから、助けるのは当然ですよ。皆もそう思うでしょう?」

「まあ、そうだな。」

「うむ、その通りだね。」

「そんなの、あたりまえですよ。」

 

 ブラガ、クーガ、ハリアーも口々に言った。夫妻は思わず感涙に咽ぶ。ライスはフィーの前に立ち、その目を見つめると、思いを込めて言った。

 

「どうか娘の……シャリアの事をよろしくお願いします。正直な話、私達はあの子が傭兵になってお金を稼ぐと言った時、反対しました。ですがあの子は私達の反対を押し切り、家を出て行きました。それからあの子は、お金が入る度に私達の所へ送金してくれています。

 あの子はそんな、自分の事よりも家族を大事にする様な、本当は優しい娘なんです。どうかあの子が死んだりしないよう、手助けしてやって下さい。お願いします。そしていつか、あの子が私達の事だけじゃなく、自分自身の幸せを掴める様に……。どうかよろしくお願いします。」

 

 ライスは深々と頭を下げる。エミーもそれに倣った。フィーは彼等に向かい、徐に口を開く。

 

「顔を上げてください。シャリアは俺達にとって、大事な、本当に大事な仲間です。死なせたりしませんよ、命に代えても……。」

「それはいけません!」

「!?」

 

 突然エミーが叫ぶように言った。フィーは驚いて背を正す。エミーは続けて言う。

 

「命に代えても、なんて言ってはいけません。あの子が貴方にとって大事な仲間である様に、あの子にとっても貴方は大事な仲間なんです。貴方が死んだりしたら、あの子が悲しみますわ。

 どうかあの子も、貴方も、貴方がたの誰もが死ぬような事の無い様に、頑張ってくださいませ。」

 

 フィーは慌てて左右を見遣る。すると、その目にクーガの姿が映った。彼は小さく、しかしはっきりと頷く。

 フィーは改めて前を向いた。

 

「……わかりました。俺達の誰も、死ぬような事の無い様に頑張ります。……ありがとうございました。」

 

 ライスとエミーの夫妻は、安堵した様に微笑む。フィー達も苦笑気味に微笑んだ。もっともクーガだけは、何時も通りに無表情であったが。

 そこへシャリアが応接間に飛び込んで来る。

 

「アライアにジール、ミニ、そしてボルムスは休ませて来たよ!流石に疲れたみたいね。あっという間に寝ちゃった。

 ……どうしたの?皆。義父さん義母さんも。」

「いや、なんでもないよ。フィーさん達にお礼を言ってただけさ。」

「ええそうよ、シャリア。」

「ふーん?」

 

 シャリアがフィー達の方を見遣る。フィーはその視線に軽く頷いて見せる。

 

「んー。ま、いっか。じゃ、義父さん義母さん、あたし達明日出発するから。またしばらく会えなくなるけど……。」

「ええ、頑張ってね?それと、いつでも帰ってらっしゃい。皆さんも一緒にね。」

「おいおいエミー、行くのは明日だ。まるで今出発する様な言い方をして、どうする。ははは。」

「あらそうね、ほほ……。」

 

 義父母の笑顔に、シャリアも微笑みを浮かべる。その様子を、フィー達は優しい眼差しで眺めていた。

 

 

 

 次の日の朝早く、フィー達一同は北へ向けて出立した。ライスとエミーの夫妻を始めとしたマルガリ家一同が、それを見送ってくれる。

 フィーのジッセーグ・マゴッツから声が響いた。

 

『シャリア、手でも振ったらどうだい?』

『なんでよ。恥ずかしいじゃない。』

『そうか?俺なんかもう両手振っちゃうよ。』

 

 ブラガのフォン・グリードルは上体を捻ると、マルガリ家の一同に向かい、両手を振ってみせる。子供達、特に男の子達はよろこんで手を振った。フィーのジッセーグも彼に続けて、片手を大きく振る。子供達は更に喜んで手を振り続ける。

 

『ほら、シャリアも。』

『しょ、しょうがないわねぇ……。』

 

 シャリアのエルセ・ビファジールが一旦後ろを向き、右手を大きく振った。子供達から歓声が上がり、その手はもう千切れんばかりに激しく振られる。ライス、エミー夫妻もまた、小さく手を振った。

 少し先行していたクーガとハリアーから声がかかる。

 

「名残惜しいのはわかるがね。そろそろ行かないかね?」

「今度また絶対に来ましょう。その時はまた泊めてくださいね?」

 

 シャリアは2人に向け、エルセの首を頷かせる。そして彼女のエルセは、前を向いて歩きだした。フィーとブラガの狩猟機も、続いて歩きだす。何時の間にか、冷たい北風が吹いていた。だが彼等は、それに逆らう様に歩き続ける。目指すはモニイダス王国首都、デル・ニーダル市。そこへ赴き、聖刻教会僧正であるタサマド・カズシキの力を借りて、あの恐るべき宝珠『オルブ・ザアルディア』を封印しなければならないのだ。

 フィー達一同は歩き続ける。いつか8つの『オルブ・ザアルディア』を破壊する事が叶う、その時まで。




今回は中休めのお話です。いつもいつも使命にばかり集中してちゃ、息が切れますから、別な関係ない事件を挟んでみました。
ついでにクーガの強化イベント。術法の習得法を書き記した、練法の資料を大量発見。これでクーガは更にパワー・アップです!
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