仮面たちの宴   作:雑草弁士

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仮面の試練

 アハーン大陸西方南部域、旧王朝諸国の北西部にあるザライン地域、そこの山中で今、2騎の狩猟機が化け物と戦っていた。2騎のうち1騎は茶色、もう1騎は灰色と、どちらも地味な色合いに塗装されている。

 その狩猟機達が戦っている敵と言うのは、まさしく化け物だった。身長は2リート弱、尖った頭、左右に大きく張り出した肩、優美な形をした甲冑……それだけであるならば、それは非常に勇壮な狩猟機であると言えたであろう。だがしかし、その甲冑の隙間からは腐った筋肉筒が垂れ下がり、装甲のそこかしこは錆走り、周囲には腐臭を漂わせている。

 それは死んだ操兵――死操兵と呼ばれる負の生命であった。

 

『くそ、中々仮面に当たらねぇ!』

『落ち着いて、ブラガさん!くそ、死操兵にしては素早い!生前はよっぽど格の高い狩猟機だったんだな、こいつ!』

 

 灰色の狩猟機と、茶色の狩猟機から相次いで声が上がる。灰色の狩猟機フォン・グリードルを操るブラガは、茶色の狩猟機ジッセーグ・マゴッツを駆るフィーよりも操縦の腕前が低い。そのためもあり、彼は死操兵の弱点である仮面に、なかなか攻撃が当てられないでいた。

 死操兵が両手剣を薙ぎ払う様に振るう。フィーとブラガは各々の狩猟機を跳び退らせ、その攻撃を躱した。彼等の操兵の足下からは、彼等に対する声援が上がる。

 

「フィー!ブラガ!今よ、相手は体勢を崩したわ!」

『分かった!シャリア!でえええぇぇぇいっ!』

『まかせとけ、このおっ!』

 

 フィーのジッセーグが裂帛の気合と共に、魔力の込められた破斬剣を横薙ぎに払う。その一撃は、見事に死操兵の頭部を横薙ぎに真っ二つにする。当然、死操兵の仮面も大打撃を受けていた。

 地面に落ちた死操兵の頭を、今度はブラガのフォン・グリードルが手斧と小剣で叩き潰す。死操兵の仮面が砕け散る。死操兵の胴体は、しばし微動だにしなかったが、やがて大音響を立てて大地に倒れ伏した。

 フィーとブラガは、自分達の狩猟機に駐機姿勢を取らせると、操兵の胴体前面にある扉を開く。フィーは操兵の操縦席――操手槽から身を乗り出すと、仲間達に声をかけた。

 

「なんとかなったよ。ところでシャリア、君達の方は大丈夫かい?」

「こっちは大丈夫よ。死人食らい程度が何匹いたって、今さら不覚は取らないわよ。」

 

 逞しい軍馬に跨った重装備の女性、女戦士シャリアが大口を叩く。実の所、操兵に乗っていない者達も、ついさっきまで死操兵以外の魔物に襲われて、戦っていたのである。相手は数匹の、死人食らいと呼ばれる化け物だった。彼女の周囲には、ばらばらに斬り裂かれた化け物の残骸が転がっている。

 と、1人の少女ほどにも見える若い女性が、シャリアに向かって言った。

 

「油断は禁物ですよ、シャリア。さっきも一寸危なかったじゃないですか。」

「う……。ご、ごめん。」

 

 シャリアを窘めた女性は、聖刻教会の僧侶であるハリアーだ。彼女は若く、と言うよりも幼く見えるが、こう見えてシャリアやフィーよりも年上である。シャリアはばつの悪そうな顔をして、頭を掻いた。彼女は話を逸らすかの様に、言葉を紡ぐ。

 

「と、ところでクーガは何やってんの?」

「ああ、彼なら敵がもういないかどうか、周囲を警戒していますよ。」

 

 彼等の最後の仲間である練法師のクーガは、1人馬から降りて大きな岩の上に登り、周囲を見回していた。クーガの顔には複雑な紋様の描かれた、精巧な漆黒の仮面が被さっている。この仮面こそ、練法師の力の源にして、その証と言っても良い物品であった。

 練法師と言う者は、ここ西方域では妖術師と呼ばれ、忌み嫌われている。そのため、クーガは街中や人通りが多い街道などでは仮面を被らずに素顔を晒していた。彼が練法師と言う事がばれないために、である。だがここザライン地域は人の手が入っていない土地であり、全くと言って良いほど人通りが無い。そのためこの所は、彼は仮面を被りっぱなしであった。

 やがて彼は岩から降りて来ると言った。

 

「どうやら今回襲ってきたのは、今撃退した奴らだけのようだな。もっとも、目的の遺跡を守護しているのがそれだけとは限らないが。」

「やはりこの負の生命の集団は……。」

「うむ、間違い無く遺跡を護っている守護者たちだろう。」

 

 ハリアーの言葉に、クーガは頷く。そう、彼等がザライン地域などと言う辺鄙な場所にやってきたのは、ここに存在する古代の遺跡を発掘するためだったのである。

 元々ここに古代の遺跡があると言ったのは、クーガである。彼の被っている仮面はかなりの逸品であり、自らの意志の様な物を持っている。クーガはその意志に認められ、更なる高位の仮面の隠し場所を、その意志から教えられたのだ。この遺跡の探索は、クーガが新たな仮面、更なる練法の力を得るための試練なのである。

 更に言えば、その隠されている仮面は、呪操兵――乗り込んだ練法師の力を増幅する事ができる操兵――を操縦するために必要な物品でもある。その呪操兵を発見し復活させる事こそが、クーガが古代の練法師の亡霊から託された使命であるのだ。

 

「……先へ進もう。この岩山の山頂に、大岩があるはずだ。そこに入口が隠されている。」

「わかりました。ただ、流石に山頂までは操兵では行けませんね。どこかに駐機しましょう。」

 

 フィーが自分の操兵から身を乗り出して言う。クーガは頷いた。

 

「しばらく山道を登った所に、駐機するのに都合の良い開けた場所があるはずだ。そこに馬を繋いで、操兵も駐機しよう。」

「わかりました。じゃあそこまでもうひと頑張りですね。」

『やれやれ、山道を操兵で登るのは、重労働だぜ。』

 

 フォン・グリードルの拡声器から、ブラガの声が響く。フィーとブラガは、自分達の操兵を立ち上がらせた。クーガも自分の馬に跨る。シャリアとハリアーが、先に立って馬を歩かせ始める。彼等一同は、山道を注意しつつ登って行った。

 

 

 

「……これが例の大岩かよ?何処に入口が隠されてるんでぇ?」

 

 ブラガは岩山の山頂に乗っている、その大岩を見上げる。それは岩と言うよりも、山の頂上の一部と言った方が相応しい、巨大な物だった。おおよそ直径にして、8リート(32m)はある。フィーやシャリアも溜息を吐いた。

 

「でっかいなぁ……。」

「ほんと、これじゃ大岩って言うよりも岩壁、岩壁よりも崖って言った方がいいわね。」

 

 しかしハリアーは眉を顰める。シャリアがその様子に気付いて、彼女に問いかけた。

 

「……どうしたのよハリアー?」

「何か……感じるんです。」

 

 ハリアーはそう言うと、精神を集中し始めた。《聖霊話》と言う、高位の僧侶にのみ使う事が叶う能力で調べるつもりだ。やがて彼女は顔を上げる。

 

「この大岩から、聖刻の力を感じます!いえ、それだけではありません。この岩山の中から、負の生命の力を感じました。ただ、何かに妨害されているのか、はっきりとは分かりませんでしたが……。」

「負の生命は、この遺跡の守護者だろうな。そしてこの大岩から感じられる聖刻の力とは……。おそらくは、こう言う事だろう。」

 

 そう言うとクーガは仮面に覆われた顔を大岩に向ける。彼は呪文の様な言葉を朗々と口にした。

 

「ダスガ・マール・ドレウレンボス・ギ・ギ・ガシューム・ザインバンディア・オーレ・ガシューム・ギ・ギ・イ・ファルヅェニー……。」

 

 仲間達一同は、息を飲んでその様子を見つめる。クーガが発する言葉は、延々と続いた。やがてフィーが妙な事に気付く。

 

「……?なんだ?何か……。これは、地鳴り?」

「どうしたの?フィー?」

「何か地鳴りがするんだ、シャリア。」

 

 やがてその地鳴りはフィーだけでなく、皆にも聞こえる様になった。それだけでなく、僅かに地面も揺れている。ブラガが呟いた。

 

「げ、揺れてやがる……。だ、大丈夫か?」

「……エーゼン・ボルクル・ギ・ギ・ガシューム・エルバンティス・クオンティム・ガシューム・ギ・ギ・エイジア!」

 

 クーガが裂帛の気合と共に、合言葉の最後の一節を吐きだした瞬間、凄まじい轟音と共に大地が揺れた。クーガを除く一同は、思わず地面に手をついてその揺れに耐える。

 フィーが叫んだ。

 

「み、皆!あれを!」

「ああっ!?」

「岩が!」

「す、凄ぇ!」

 

 彼等が見守る中、大岩に縦に亀裂が入り、左右に真っ二つに割れて行った。一同は息を飲む。大岩は完全に左右に割れ、その各々が山頂からはるか下まで転がり落ちて行った。そんな中、クーガは大岩の下になっていた場所へと進んで行く。と、クーガは突然しゃがみ込んだ

 ハリアーはクーガに問いかけた。

 

「どうしたんですか、クーガ?」

「……これが今、大岩を断ち割った仕掛けらしいな。……聖刻石だ。力を使い果たして、もはや何の価値も無いが、ね。私の言った合言葉に反応して、道を開いたのだ。」

 

 クーガは身体をずらして、足元の仕掛けを見せた。そこには力を失って石ころと化した聖刻石が幾つか、幾何学的な紋様の様な配列で地面に並べて埋め込んであり、そしてその周囲に呪的な模様が幾つも描かれていた。シャリアは驚きの声を上げる。

 

「たったこれだけの仕掛けで、あんな大岩を真っ二つにしたの!?」

「うむ。」

 

 クーガは頷くと立ち上がり、先に進む。仲間達も彼に続いた。やがて彼等は、かつて大岩の真下だった場所、ちょうど真ん中の所まで辿り着く。そこには地下、岩山の内部へと降りる階段があった。ハリアーが眉を顰めつつ言う。

 

「《聖霊話》で中の様子を探ろうとしてみたのですが、やはり妨害されている様です。薄ぼんやりと負の生命の存在は感じ取れるのですが、具体的に何処にいるとかまでは分かりません……。クーガ、どう思いますか?」

「うむ、知覚系の力は妨害されている可能性が高いな。シャリア、君の『気』を探る力はどうかね?」

「待って。……駄目、目で見える範囲の事しか分からないわ。」

 

 シャリアの返事に、クーガは考え込む。練法の知覚系術法を用いてみようかと、彼は考えているのだ。だがもしもその術も妨害されている様であれば、力の無駄使いになる。クーガがそれなりに強力な術者であるとは言えど、精神力は有限なのだ。

 そこへブラガが声をかける。

 

「なら、何時も通りの方法で行こうや。聴診器で聞き耳をして、罠とかも一々調べる。基本通りが一番大切で、一番効果的だろ?」

「そうですね。後、負の生命がいるのは間違い無いんでしょう?それが分かっただけでも僥倖ですよ。」

 

 フィーも笑顔で言う。シャリア、ハリアー、そしてクーガは顔を上げ、頷いた。

 

「そうね!それじゃ何時も通りに隊列を組みましょ!」

「シャリアとブラガさんが先頭、私とクーガが真ん中、殿にフィーさんですね。」

 

 一同は隊列を組んで、階段の前に立った。ハリアーがランタンに火を灯し、ブラガも自分の持つ聖刻器のランタンを使用する。灯りは万が一のときのため、複数用意した方が良いのだ。クーガが皆に声をかける。

 

「皆、ここから先は何の情報も無い。いくら気をつけても、注意のし過ぎと言う事は無いぞ。」

「重々わかってらあ。んじゃ、行くぜ?」

 

 ブラガは威勢よく応え、階段を降りはじめる。他の皆も、後に続いた。

 

 

 

 フィーの破斬剣が閃く。骨人と呼ばれる低位の負の生命が、砕けて散る。隣ではシャリアが魔力を持った双剣で、同じく低位の負の生命である死人を叩き斬っていた。

 

「これで……最後っ!」

 

 そう叫び、ハリアーが聖なる鎚矛で最後の骨人を叩き潰す。一同は溜息を吐いた。ブラガが愚痴を呟く。

 

「やれやれ、この部屋も死人や骨人の群かよ。」

「同じ様な構造の部屋が続いてますね。出て来る敵も、同じ様なやつらばかり……。」

 

 フィーも疲れた口調で言葉を紡ぐ。彼等が探索を開始してからこの方、この所数部屋続いて似た様な化け物が出現していたのである。幸いにも力の低い化け物ばかりであったため、クーガやハリアーの術に頼る必要もなく叩き潰せてはいたが、流石に疲労が溜まって来ていた。

 と、そのときフィーは妙な事に気付く。

 

「……あれ?」

「どうかしたかね、フィー。」

「いえ……。」

 

 その様子に気付いて近寄って来たクーガに、フィーは生返事を返しつつ壁際へと近寄って行った。そして彼は、壁を子細に検め始める。

 

「……やっぱりだ。ここに傷がある。まさか……。」

「どうしたんでぇ、フィー。」

「何よ、どうしたのよ。」

 

 ブラガやシャリアも、フィーの様子に気付いた様だ。フィーはブラガとハリアーに声をかける。

 

「ブラガさん、ハリアーさん!ちょっと灯りをこっちにください!……やっぱりそうだ。この傷は……。」

「ど、どうしたんでぇ?」

 

 ブラガの問い掛けに、フィーは声を上げる。

 

「ここの壁に傷がついてるんです!この遺跡に入って最初の部屋で、俺が攻撃を失敗して壁に剣を打ち付けたときとそっくりな傷が!」

「「「「!」」」」

 

 一同は息を飲んだ。クーガが徐に言う。

 

「……と言う事は、だ。この部屋を我々は何度も繰り返し通っている事になるな。部屋と部屋の間の廊下を、空間転移で繋げてでもいるのか……?」

「なんだって!?それじゃあ、俺らは最初の部屋から少しも動いていないって事かよ!」

「あんなに戦ったのに!?」

 

 ブラガとシャリアが悲鳴を上げる。ハリアーはクーガに向かって尋ねた。

 

「確かめてみる方法は無いんですか?」

「壁に目立つ目印でも描いて、先へ進んでみれば良い。次に入った部屋にその目印があれば、間違い無いだろうな。ただその場合、また死人や骨人と戦う羽目になりかねないが、ね。」

「また戦うんですか……。」

 

 クーガの返事に、フィーがうんざりした声を上げる。シャリアやブラガ、ハリアーも疲れた表情を浮かべた。だがとりあえず、やってみるしかない。彼等はこの部屋の入口近辺の壁に、フィーの絵描き用の木炭ででかでかと目印を描くと、先へ進む出口の扉から出て行った。

 やがて彼等は曲がりくねった廊下を歩き、次の部屋へと辿り着く。ブラガが聴診器で聞き耳をすると、何かが蠢いている音が聞こえた。クーガとハリアーの術師としての感覚には、負の生命がいる事がはっきりと感じられる。彼等は扉を開けて、部屋の中へと踊り込んだ。

 そこにはやはり死人と骨人が、それぞれ3体ずつ歩きまわっていた。だがそれらは、フィー達を見つけると、襲いかかって来る。フィー達はそれを迎え撃った。

 だがブラガが突然声を上げる。

 

「み、見ろ!あの壁!」

「ああっ!」

「……やっぱり。」

 

 シャリアとフィーも声を上げた。ブラガが指差した先の壁には、先程彼等が描いた目印の模様がしっかりと存在していたのだ。彼等は遺跡に入って最初の部屋を、何度も繰り返していた事になる。

 ハリアーは鎚矛を骨人へと振り下ろしながら、叫ぶ様に言った。

 

「さて!どう……しますかっ!ええいっ!」

「うむっ……!まずはこの負の生命を片付けてから……だなっ!」

 

 クーガも死人を長剣で斬り払いつつ言う。その後彼等は、黙々と負の生命どもを叩き潰した。

 全ての敵を倒した後、彼等はこれからどうするかを話し合った。まず最初に、ブラガが話し出す。

 

「これからどうする?まず俺の考えでは、何処かに隠し扉でもあるんじゃねぇかって思うんだが。」

「と言うか、それしか無いでしょうね。今まで入口から一本道だったんですから。あ、いや隠し扉じゃなくとも、空間転移の罠を解除できる仕掛けとか。」

 

 フィーは溜息混じりに言う。確かに何処かにそう言った仕掛けでも無い限りは、説明がつかない。だが問題は、何処に仕掛けがあるか、だ。

 クーガは徐に言葉を発する。

 

「……知覚系の術法は妨害されている可能性があるが、無駄になる事を覚悟の上で使ってみるかね?」

「いえ、それは最後の手段にしておきましょう。まずはやれる事を全てやった後にしましょう。」

 

 ハリアーがクーガを止める。ハリアーは僧侶であり、つまりは術師である。万が一の時のために術師が余裕を残しておく事の重要性を、彼女は常々身を以って知っているのだ。

 ブラガが頭を振る。

 

「やれやれ、んじゃあまずはこの部屋から、壁や床を調べますかね。その後は廊下の壁や床、だな。」

「手分けして、調べまくりましょうか。」

 

 フィーの言葉通り、彼等は部屋の壁や床、そしてその次は部屋の外に出て廊下の壁や床を調べまくった。そして彼等は廊下の片隅に、隠されていたレバーを発見する。それを引いた所、廊下に仕掛けられていた空間転移の罠が解除され、彼等は先へ進む事ができたのである。

 

 

 

 フィー達一同は、複雑な迷路の様な地下遺跡を踏破し、巨大な地下の空洞に行きあたった。彼等が通ってきた地下通路の廊下は、その地下空洞の壁の真中に出たのである。

 先頭に立っていたブラガが、通路の出口から下を覗き込む。

 

「おー、この地下空洞の底までは5リート(20m)はあるな。落ちたら死ぬなあ。」

「死ぬなあ、じゃないでしょ。先に進むには、どうにかして下まで降りなけりゃならないんでしょ?」

 

 シャリアの突っ込みにも動ぜず、ブラガは皆に言った。

 

「ちょいとロープ出してくれ。俺の持ってるロープだけじゃ、長さが足りねぇ。ただ、ロープはここに置き去りになるから、取り戻せねえと思った方がいいぜ。」

「ああ、じゃ俺が出しますよ。」

「おう、フィー。ありがとよ。んじゃあ、この登攀用フックを岩壁の割れ目に打ち込んで、と……。このフックは1人の重さしか耐えられねえから、1人ずつ降下するんだぜ。」

 

 そして彼等は1人ずつ、ゆっくりとロープを伝って降りていく。少々重装備のシャリアが手間取ったが、それでも一同はなんとか無事に地下空洞の底まで降りる事ができた。

 地下空洞の底は、地下水が流れており、湿気っていた。彼等は先へ進む道を探して、歩きまわる。するとフィーが何かを発見した。

 

「あ……。あそこの岩壁に、なんか人工的に掘られたみたいな穴が開いてますよ。」

「え?ほんと?……暗くてよくわからないわね。」

 

 シャリアが目を眇めて見る。ブラガはなんとか見えた様だ。

 

「おう、確かに……。人工的かどうかはわからんが、なんか横穴が開いてやがるな。けど、あそこまでまた5リートほど登らんといかんのか。……この鎧の力で飛んでくかな?」

 

 ブラガの皮鎧には、一日一回だけと言う条件付きではあるが、空を飛ぶ力が備わっているのである。だがクーガがそれに待ったをかける。

 

「待て、ブラガ。こういう古代の遺跡には、練法の類を封じる術がかかっている事がままある。もしそうであった場合、うかつに空を飛んだら途中で落下してしまう事も有り得るぞ。」

「げ。そう言った術がかかってないかどうか調べる事は、出来ねぇのか?」

「……そうだな。無駄になるかも知れないが、それでも確かめてみるとしよう。ここはそうした方が良いだろう。」

 

 クーガは霊的感覚を得るための術を結印する。果たしてその術法は、効果を現した。彼は皆に向かって言う。

 

「……やはり知覚系の術は妨害されているな。目で見える範囲以外はまったく知覚できない。しかし逆に、目で見える範囲ならば充分に知覚できる。……やはりここの空中には、《破術》の罠が仕掛けられていると見た方が良いな。他の場所は完全に知覚できるのに、あの壁に開いた横穴の周辺だけはまったく知覚力が働かない。

 ……ブラガ、やはりここは空を飛ぶのは危険だ。地道に壁を登攀した方が良いだろう。」

「うげぇ……。わかった、俺がロープ持って登って、上にフックで引っ掛ける。そしたらお前ら登ってきてくれ。……登る自信無い奴はいるか?」

 

 ブラガの声に、シャリアが手を上げた。彼女は重装備の上に、体術にもあまり自信が無いのだ。ブラガは頷く。

 

「んじゃあ、シャリアは最後に身体にロープを結びつけてくれ。そしたら全員で上まで引っ張り上げよう。他の連中は、大丈夫だな?」

 

 残りの面々は、各々頷く。ブラガは頷くとクーガとハリアーからロープを受け取り、岩壁に取り付くと登り始めた。その様子は流石に本職である。だが実の所、彼は細心の注意を払いつつ、岩壁を登っていた。

 そして彼は5リートほど上の岩壁に開いた横穴まで辿り着くと、そこの壁にフックを打ち込み、それにロープを結え付け、手を振って合図をする。残った面々も、1人ずつ慎重にロープを頼りに岩壁を登って行き、横穴まで到達する。最後にシャリアが自分の身体にロープを巻き付け、上で全員が力を合わせて彼女を引き上げた。

 

「ふう……。あー、恐かった。」

「おつかれ、シャリア。さて、確かにここは人工的に作られた地下道だね。丁寧にノミで岩を削ってある。」

 

 フィーが地下道の先に目を遣る。ブラガが声を上げた。

 

「さて、ロープとか片付けたら隊列組んで出発すんぞ!」

「はい、そうしましょう。」

「わかったわ。」

「何時も通りの順番ですね。」

「うむ。」

 

 フィー、シャリア、ハリアー、クーガがそれぞれ頷く。彼等は隊列を整え直すと、先へと進んでいった。

 

 

 

 フィー達はやがて倉庫の様な所へとやって来た。そこには、何体もの干からびて死んだ操兵が並んでいる。全て狩猟機の様だ。どうやらここは、操兵庫の様だった。

 シャリアが口を開く。

 

「全部でえーと……。ひー、ふー、みー……。6騎かあ。全部干からびて崩れかけてるね。」

「いやちょっと待て。」

 

 ブラガが何か見つけた様だ。彼は1騎の狩猟機に近寄る。

 

「こいつの身につけてる装甲板、妙に綺麗だぞ。隣のやつの小手もそうだ。おーい!クーガ、ちょいと見てくれるか?」

「今行く。……ほう、これは。この関節部を覆っているのは関節部を覆う追加装甲の様だ。こちらの機体に着いている小手も、なかなかの物の様だ。だが他の装備品が腐食して使い物にならなくなっていると言うのに、これだけ新品同然と言う事は、もしや?」

 

 クーガはそう言うと、何やら結印を始める。そして彼は突然叫ぶ。

 

「フィー!逃げろ!それは死操兵だ!」

「えっ……。!?」

 

 クーガの叫びに、一瞬フィーは硬直した。しかし次の瞬間、彼は体を躱し地面を転がる。そしてたった今まで彼の身体があった場所を、錆ついた巨大な両手剣が通り過ぎて行った。

 見ると、この操兵の躯のうちの1体が、身を起こしつつあった。ブラガは慌ててフィーに駆け寄り、彼を助け起こして一緒にその操兵の骸……否、死操兵から距離を取る。彼は悪態をついた。

 

「ちくしょう、てっきり操兵の残骸だとばかり思ってたぜ!」

「ブラガが見つけた物品を確かめるために、感知の術を使わなければ、危ない所だった。おそらくは元はここに並んでいる狩猟機の1騎だったのだろうが……。この古代遺跡の守護者として、死操兵にさせられたのかもしれん。……ハリアー、頼めるかね?」

 

 クーガはハリアーの方に、仮面を被った顔を向けて言う。クーガでもこの相手をどうにかできる程度の術は持ってはいるのだが、それは切り札と言えるレベルの術であり、他に方法があるのならば温存したい術であった。

 ハリアーはクーガの言葉に頷くと、クーガに素焼きの瓶を手渡して来る。それはモニイダス王国の聖刻教会僧正、タサマド・カズシキが清めた聖水である。そしてハリアーは1人で前に出ると、あらゆる打撃を無効化する術をまず使用する。その術は《力殻弄》と言い、術者を中心にして一定範囲内では、ありとあらゆる打撃が力を失う、と言う物だ。果たして死操兵の両手剣は、ハリアーに命中する。だがその剣撃は、ハリアーに当たった瞬間にぴたりと動きを止めてしまった。

 

「……流石だな。」

 

 クーガは小さく呟くと、彼も前に出る。無論、ハリアーの使った術の範囲内から出る事は無い。彼は素焼きの瓶の口を開けて、それを死操兵に向けて振り撒いた。聖水が、死操兵の脚部を濡らす。死操兵は今度はクーガに斬りかかるが、それもまったく効果を現さない。

 それを見届けたハリアーは、八聖者への祈りの言葉を朗々と口にした。その瞬間、死操兵の脚にかかった聖水が強烈な閃光を発する。次の瞬間、死操兵は完全に消滅していた。ハリアーは溜息を吐く。

 

「なんとかなりましたね。突然干からびた操兵の1体が動き出したときは、どうなるかと思いましたが。」

「うむ、運が良かった。下手をすれば不意を打たれていたからな。ところで……。」

 

 クーガは先程ブラガが見つけた物品の所へ歩いて行く。

 

「間違い無い。これは魔力を持った、聖刻器だ。どちらもかなり強力な魔力を放っているぞ。ただ残念な事に、追加装甲と小手は装着個所が干渉し合うから、1騎にはどちらかしか装着できんな。それと……。」

 

 クーガは更に、この操兵庫の端の方へと歩いて行く。そこには小さ目の部屋の様な物があった。彼はその部屋の中に入り込むと、中にある物を調べる。

 

「ここにも良い物があるぞ。操兵用の外套だ。これも何か特殊な力がある物品の様だ。」

「大収穫ですね。……持って帰れれば。」

 

 ハリアーが首を傾げながら言う。そう、ここで見つけた品々は、全て操兵用の物品であるのだ。人間では持ち運ぶ事すら困難な重さの物ばかりである。だがクーガは心配しない。

 

「まあ、大丈夫だろう。いざとなれば、私がなんとかする。そうでなくともここが操兵庫である以上、外部への出入口が存在するはずだ。それを見つければ、フィーとブラガの狩猟機をここへ持ちこむ事も可能だろう。」

「なるほど、わかりました。」

 

 クーガの説明に、ハリアーも頷いた。

 やがて彼等は出入口と思われる場所を見つけたが、何らかの術法が鍵となり開閉するらしく、今の段階の彼らでは開ける事は叶わなかった。しかしこの遺跡には、まだ行っていない場所がある。そこを調べれば、あるいはそこの扉を開く鍵が見つかるやも知れなかった。

 

 

 

 剣撃の音が鳴り響く。シャリアは魔力の込められた双剣を以て、目の前の骨人に斬りかかった。しかしその攻撃は、盾と鎧に受け止められてしまう。逆に敵の攻撃は、的確にシャリアの身体を捉えていた。

 シャリアは吐き捨てる様に呟く。

 

「ち……。手強いっ!」

「気を付けてシャリア!こいつら、ただの骨人じゃないよ!」

「こいつらは骨人ではない。骨を使って作られているだけで、こいつらは彫像怪物の1種だ。」

 

 フィーとクーガの声がする。彼等も各々の敵を相手取って、苦戦している模様だ。

 この部屋は、今まで彼等が通って来た部屋とは趣が違った。埃一つ無く綺麗に掃除がされており、まるで今も使われているかの様だ。部屋の奥には執務机らしき物があり、部屋の隅には櫃の様な物が置かれている。更に部屋の中央には、3体の武装した骸骨が立っていた。それらはフィー達侵入者に気付くと、一斉に襲い掛かって来たのだ。

 最初フィー達は、毛色の変わった骨人――最下級の負の生命――だとばかり思っていたが、実際に戦ってみて見込み違いに気付いた。動きの速さも、力も、耐久力も、まるで骨人とは桁が違ったのだ。クーガの言った通り、これらは骨を使って作られているだけであり、負の生命ではなく、彫像怪物の類だったのだ。

 フィー達は、もっとも手強そうな重武装した敵をシャリアが相手取り、残りの2体をフィーとブラガ、クーガとハリアーの組み合わせで当たる事にした。しかし戦いは一進一退、なかなか勝負がつかない。フィー達はこれでも幾多の戦いを潜りぬけて来ており、歴戦の強者である。そのフィー達と互角に戦うこの彫像怪物は、恐るべき相手だった。

 

「ああ、もうっ!こいつ硬過ぎるわよ!フィーかブラガ、一寸だけこっち来てちょうだい!『気』を使って攻撃するから、時間を稼いで!」

「わかった!こっちはブラガさんお願いします!」

「まかせろっ!」

 

 ブラガは自らが被っている『風神の兜』の力を解放した。気流の壁がブラガの身体を取り巻き、護る。これでしばらくは1人でも大丈夫のはずだ。それを見届けたフィーは、シャリアの応援に回る。

 

「シャリア、早い所頼む!思い切り『気』でぶちかましてやって!」

「うん!……はあああぁぁぁッ!」

 

 シャリアは独特な呼吸法を行い、『気』の力を身体に溜め込んで行く。そしてその力を武器に移して、彼女は右手の剣を目の前の敵に叩き込んだ。

 

「てえええぇぇぇい!」

 

 破砕音が響いた。シャリアの剣は敵の鎧と盾を打ち砕き、骨でできた本体に大きく損傷を与えた。だが相手の剣も、相打ちの様な形でシャリアの胸板を打ち据えていた。骸骨の口から、謎の言葉が漏れる。

 

『……ガッダーフ。』

「え?きゃあああぁぁぁっ!?」

「シャリア!」

 

 フィーがシャリアをかばう様に、骸骨の彫像怪物と彼女の間に割り込んだ。彼は彼女に尋ねる。

 

「大丈夫かい、シャリア!?」

「大丈夫、大丈夫だけど……。あの持ってる剣、何か変な力を持ってる。気力を吸われちゃったみたい。怪我自体は大した事ないんだけど……。おかげでもう『気』を使えないわ。」

「……くそっ!」

 

 次の瞬間、クーガ達が立っている場所で、爆発が起きる。クーガとハリアーは、かろうじてその爆発を躱した様だ。

 

「クーガさん!ハリアーさん!」

「……大丈夫だ、フィー。こいつらは作り主から、なんらかの聖刻器の武装を与えられている様だな。」

「ただでさえ手強いのに、手に負えませんね。」

 

 クーガは仮面の下で溜息を吐く。そして彼は、腰の水袋から少量の水を出して手を濡らすと、一瞬念じただけで術を発動させた。彼の手から15発の氷――練法による氷で、練氷と言う――の弾丸が射出される。彼の目の前の相手は、一瞬にして氷漬けになり、動きを止めた。

 

「これでしばらくは動きがとれんだろう。そちらの2体も同じ様に氷漬けにして、動きを止めてから叩くとしよ……!?」

 

 クーガが言うや否や、氷漬けになったはずだった骸骨の彫像怪物は、身体を凍りつかせた氷をべきべきと破壊して動きだそうとしていた。本来この練氷を砕くには、十数分はかかるはずなのである。ハリアーが慌てて聖なる鎚矛で殴りかかる。

 

「こいつらは、やっぱり特別製の様ですねっ!」

「……その様だ。低位の練法に、完全とは言えないまでも抵抗力があるらしい。……大技を使うべきか?」

「いえ、なんとか倒せない敵では無さそうです!大技は温存しておいて下さい!」

 

 クーガの呟きに、ハリアーは大声で返す。仕方なしにクーガは、先程と同じく相手を氷漬けにして時間稼ぎをする作戦に出た。彼は同じ術で、フィー達も援護する。凍りついて動きが鈍くなった敵は、やがてばらばらに破壊された。長い戦いに疲れ、フィー達はその場にしゃがみ込んでしまう。

 

「ふう……。あいたたた、けっこうやられたわね。」

「シャリア、癒しの術を使いますか?」

 

 シャリアはハリアーの言葉に、首を左右に振る。

 

「ううん、術は温存しといて。あたしの鎧の、癒しの力を使うから。」

 

 そう言って、シャリアは自らが着用している板金の胴鎧の力を解放する。この鎧も、彼女達が以前に別の古代遺跡から発掘した、貴重な聖刻器であった。その秘められた力は、着用者の傷を癒す、と言う物である。骨に罅が入ると言った程度の、ちょっとした重傷を負っていた彼女の身体は、あっと言う間に行動に問題が無い程度まで傷が癒えてしまう。一日一回しか使えないが、かなり強力な能力であった。

 ハリアーはフィーやブラガ、クーガが負った負傷を、応急手当して行く。彼等の傷はそれほど深くは無く、術法を使って治療する程では無かった。

 一応の手当てが済んだ後、フィー達一同はこの部屋を調査し始めた。まず最初に調べたのは、この部屋を護っていた人骨製の彫像怪物が持っていた聖刻器である。彫像怪物達は、4つの品を持っていた。まずシャリアがやられた気力を奪う長剣、次にそれを使っていた彫像怪物が被っていた重厚な兜、そしてクーガとハリアーが対峙していた相手が持っていた投げ短剣、最後にブラガと戦っていた相手の持っていた短弓である。フィー達は、とりあえずそれを集めておいた。

 次に彼等が調べたのは、部屋の奥にある執務机だ。そこの引き出しにあった書き付けなどを読む事で、彫像怪物達が持っていた聖刻器の正体が色々と分かった。斬った相手の気力を奪い、所有者に与える長剣『アブザ・ドーラ』、陽光を溜め込み、暗い所でその光を解放して照らす事のできる重兜『陽光の兜』、相手に投げても自分の元に戻って来る上、一日一回火門練法の力を使う事ができる投げ短剣『ラフツ・ターナ』、それに銘は付いていないものの、念を込める事で更なる力を発揮する強力な短弓である。

 フィーはそれらの品々を見遣り、言った。

 

「この長剣と投げ短剣は、クーガさんが使ってください。俺は武器が破斬剣ですし、同じく長剣を武器にしてるシャリアは、もう魔剣を持ってますから。それにクーガさんはよく短剣を投げてますから、投げても戻って来る短剣があれば便利でしょう?」

「ねえ、あたしにこの兜をくれないかな?今使ってる兜も良い物なんだけど、この兜の方が強力そうだし。」

「シャリアは戦いの要だから、防備を固めるのは間違いじゃないさ。この弓はどうします?」

 

 シャリアに頷いたフィーは、短弓を手に取って言う。

 

「俺は弓とかは使った事ないですし……。ブラガさんは軽弩を使ってましたよね?」

「弩弓と弓じゃあ、扱いは全然違うんだが……。まあ、んじゃあお言葉に甘えて俺が貰うとしようか。」

 

 そしてフィー達一同は、今度は部屋の隅に置いてあった櫃を調べる。ブラガの見立てでは、毒ガスが吹き出す罠が仕掛けてあるらしい。ブラガは慎重に罠を解除する。

 

「……っと。これで罠は大丈夫、もう毒ガスは吹き出してこねえよ。んじゃ、開けるぞ。」

 

 ブラガは櫃の蓋を開ける。そこには、4本の誘引杖、そしてかなりの数の加工済み聖刻石、更には何枚もの書類、そして1つの首飾りが入っていた。フィー、シャリア、ブラガは聖刻石の数に驚く。

 

「え、ええと1つ、2つ、3つ……。凄い、大粒な物だけでも11個、小粒な物は20個もありますよ。」

「ええっ!?凄いじゃない!」

「こいつぁひと財産だぜ。ああ、でもハリアーは戒律で聖刻石は駄目なんだっけな。こまったな、今回手に入った品々は、みんな聖刻関係だぜ。……この聖刻石売り払って、金に換えて分け前にするかい?」

 

 ブラガの台詞に、ハリアーは苦笑する。ふと彼女は、首飾りに注意を惹かれた。彼女は思わずそれに目を奪われる。

 

「……これは。もしかして……。」

「うむ、そのようだな。」

 

 書類の類を読んでいたクーガが、頷く。彼はハリアーに、書類のうち1枚の内容を教えた。

 

「その首飾りは、『治癒の護符』と言う名の聖印らしいな。聖霊力の込められた聖なる物品で、聖霊力の研究のためにここに持ってこられたらしい。ただ、持って来たは良いが、何せ聖刻の魔力と反発するのが聖霊力だ。これを読む限り、どうにも持て余していたようだね。

 ちなみにそれには、どうやら治癒の術の力を増幅する働きがあるようだ。」

 

 それを聞いて、シャリアが笑顔になる。

 

「よかったー、それならハリアーにも使えるんでしょ?ハリアーにだけ分け前が無いなんて事になったら、どうしようかと思っちゃった。」

「でも、それでも俺らの取り分の方が随分多目になっちまうんだがなあ。」

「でしたら、やっぱりハリアーさんの分の聖刻石は俺達が預かっておいて、サグドルの街に帰ったらお金に換えてしまいましょう。お金でしたら、ハリアーさんも受け取ってくれますよね?」

 

 ブラガとフィーの言葉に、ハリアーは微笑んで頷く。そんな様子を見ながら、クーガは書類の束を検めていた。

 櫃の中から洗い浚いの物を背負い袋に詰め込んだ後、彼等は立ち上がった。ブラガが一同に向かって言葉を発する。

 

「さて、これからどうする?行ける所はだいたい行った。だが肝心要の、仮面とやらは見つからねぇ。あとは何処かに隠し扉か何かがあるんじゃねぇかと思うんだが……。フィー、どうだ?」

「今まで描いた地図だと、これと言って怪しい場所は無さそうですね……。ただ、この部屋が一番地下深くですから、もしここから先に何かあるとすれば、この部屋が一番怪しいんじゃないか、と。」

 

 フィーは首を傾げつつ、疑わしげに言った。彼自身としても、今言った事に自信は無いのであろう。ブラガは今度はクーガの方を向く。

 

「お前はどう思う?クーガ。」

「知覚系の術は妨害されていて、視界の中の物しか分析できない。だが……。一応やってみる価値はあるやも知れないな。」

「待って下さい、それはあらゆる手段を講じて見て、最後の手段にしましょう。まだここから先、術の力が必要になるかもしれません。出来る限り力は温存すべきです。」

 

 ハリアーがクーガを止める。クーガも少し考えた様子を見せたが、その言葉に頷く。一同は早速この部屋の中を、徹底的に調べ始めた。

 やがてブラガが、妙な事に気付く。部屋の奥にあった執務机を、動かした様な痕跡が床に残っていたのである。ブラガは仲間達を呼んだ。

 

「おい、この痕跡だが……。どう思う?」

「何か仕掛けがあるんでしょうね。ただ、一寸重くて動かせるかどうかわかりませんよ。」

「一応皆でこの痕跡に従って押してみよう。それで駄目であれば、術を使う。」

 

 フィーの台詞に、クーガが結論を出す。フィー達男3人は力を合わせて、大きな執務机を押してみた。何故男3人かと言うと、いくらその机が大きくとも、その傍らに3人も並べばいっぱいになってしまい、それ以上の人数では押す事ができないからである。女2人は声援を送るしかできない。

 

「みんな!頑張って!」

「あ、少し動きましたよ!?」

 

 シャリアとハリアーの声が響く。フィー、クーガ、ブラガは力を込めて執務机を押した。すると机はずるずると音をたてて動いて行く。

 

「ふう、なんとか動いたぜ。……お?やっぱりだ、この執務机の下の床に、継ぎ目がありやがる。……けど、あんまり継ぎ目がぴったり過ぎて、引き起こせないぜこりゃ。」

 

 ブラガは床の継ぎ目に小剣の刃を当ててみたりしたが、剃刀の刃でも通らないぐらいにぴったりと継ぎ目が合わさっていて、どうしても持ちあがらない。彼はクーガに顔を向ける。

 

「駄目だ、こりゃ。結局はお前さんに頼む事になっちまうな。」

「術を使うなら、私がやりましょうか?」

 

 ハリアーが声を上げた。だがクーガは首を横に振る。

 

「いや、ここは私がやろう。君は癒し手でもあるのだし、それ以上にここの様な負の生命が闊歩している場所では、君の力は重要だ。私よりも君の方が力を温存すべきだろう。ここは私が術を使うとしよう。」

 

 そう言ってクーガは、精神を集中させる。物体を手を触れずに動かす《念動》の術は比較的低位の術法であるため、クーガ程の高位の術者であれば、わざわざ印を結んだり呪句の詠唱を行わなくとも行使可能である。彼は仮面に覆われた顔を、床の継ぎ目へと向けた。すると今まで床の一部だった石の板が、ふわりと宙へ浮き上がった。その石の板はクーガの意志に従い、脇の方へと漂って行く。

 

「見て!下り階段がある!」

 

 シャリアが小さく叫んだ。彼女の言った通り、床にぽっかり空いた穴には、そこから更に地下深くへと降りて行く、螺旋階段が姿を現していた。

 ブラガが徐にランタンを掲げて言う。

 

「さあて、んじゃあいっちょ行ってみるかね。階段が狭いから、今度は1列に並んでくれや。」

 

 一同は、先頭からブラガ、シャリア、クーガ、ハリアー、殿にフィーと言う順序に並ぶ。そして彼等は、螺旋階段をゆっくりと降りて行った。

 

 

 

「……ずいぶん降りたなあ。四半刻(30分)は階段を降りたぜ?」

「そうですね。なんか地の底……って感じですよね。」

 

 ブラガとフィーが無駄口を叩く。そうでもしないと、薄気味悪くて仕方が無いのだ。周囲には何やら、霊気の様な物が漂っているのが、彼等素人にも感じ取れる。

 螺旋階段は、ようやくの事で一番下まで辿り着いた様だった。シャリアが大きく息を吐く。

 

「はああぁぁ~、ようやく着いたわね。って、ここは……?」

「どうやらまた、自然の地下空洞の様だな。もっとも多少は人の手が加わっているが、ね。」

 

 クーガがシャリアに答える。ハリアーが、眉を顰めつつ言葉を発した。

 

「この霊気の発生元、その中心は向こうの様ですね。行ってみますか?」

「うむ。おそらくはそこに……。」

 

 クーガは言葉を濁した。だが誰もが理解していた。おそらくは、この霊気の中心点に、クーガが求める高位の仮面、呪操兵の鍵となる仮面が存在するのだ。

 ぽつりとフィーが呟く。

 

「……行きましょう。」

 

 フィー達一同は、霊気の中心点へ向けて歩き出した。しばらく進むと、霊気は更に濃くなってくる。そのとき、クーガがふと立ち止まった。ハリアーが怪訝そうに尋ねる。

 

「……どうしたんですか、クーガ?」

「足元を見てくれ。陣図が描かれている。」

 

 一同が足元を見遣ると、そこには精緻と言う言葉ですら生温いほどの、見るからに強力な力を秘めていると思われる精密な巨大な練法陣が、地面の岩肌に描かれていた。その直径は6リート程もあるだろうか。練法陣の中心は、霊気の中心点の方である。

 クーガは徐に言う。

 

「この練法陣に、うかつに踏み込まない様にな。今、調べてみ……。」

「ごめんクーガ、もう踏んじゃった……。」

 

 一同はぎょっとして、今喋ったシャリアの方を見遣る。彼女はうっかりと1歩踏み出しており、その足が練法陣の中に踏み込んでいた。だが特に何も起こる様子は無い。

 クーガは深々と溜息を吐く。彼は言った。

 

「こういう練法陣には、なにか術が封じてある可能性も高いのだ。今回は何事も無かった様だが、今後は注意してくれたまえ。」

「ご、ごめんね……。」

「いや、無事だったのだから良しとしよう。」

 

 クーガは練法陣の中に足を踏み入れると、その中心へ向けて歩き出した。仲間達もその後を追う。やがて彼は立ち止る。そこは練法陣の丁度中心点だった。そこには握り拳大の鈍く輝く鉱石が置かれている。

 そしてその上の空間に、クーガが今被っている物に若干似た……しかしその精緻さや、描かれている紋様の緻密さは問題にならない程優れている、明らかに格上の物品と思われる漆黒の仮面が、空中に何の支えも無く浮かんでいた。

 ブラガが呻き声を上げる。

 

「す……げぇ……。俺はこう言った術関係の代物は素人だからよくわからんが……。だがそれでもその仮面が只ならない代物だってえ事ぁ、わかるぜ。クーガが今被ってる奴も、大概たいしたもんだって思ってたが……。こりゃ格が違ぇ……。」

「そうですね。……恐るべき力を持った仮面です。大丈夫、ですね?クーガ。」

 

 ハリアーは自らも力ある僧侶であるため、この仮面の秘めた力の恐ろしさが感じ取れた様だ。クーガは自分が被っている仮面をそっと外すと、何時も通りの無表情な顔を彼女へと向ける。かえって仮面を被っている時の方が表情がある様な気がするのは、気のせいだろうか。

 彼はしっかりと視線をハリアーに向けると、頷いて見せた。そして彼は、今まで被っていた仮面を、腰に着けた『無限袋』へと仕舞う。その後クーガはゆっくりと、宙に浮かぶ仮面へ手を伸ばし、その手に掴んだ。

 次の瞬間、クーガの周囲を光の壁が取り巻いた。フィーとシャリアが慌てて駆け寄ろうとしたが、彼等はその光の壁に遮られてクーガの元へ辿り着く事ができない。彼等は叫んだ。

 

「な、なんだこれは!クーガさん!大丈夫ですか!?」

「何よこの光の壁はっ!クーガ、無事!?」

 

 クーガは彼等に向かい、頷いて言う。

 

「……私は大丈夫だ。今、この手にした仮面が語りかけて来た。これが最後の試練なのだそうだ。

 今からこの場に、大量の死霊が現れる。この仮面が私を主と認めなければ、それを撃退できずにこの場で死ぬ事になる、のだそうだ。転移術はこの場では封じられていて、逃げ出す事すらも叶わない。

 ……私なら、なんとかしてみせる。皆は逃げて……。」

「馬鹿な事を言わないで下さい!」

 

 叫んだのはハリアーだ。彼女は目を吊り上げて、クーガに食ってかかる。

 

「どうして貴方を置いて逃げられますか!確かに大量の死霊となれば、私達の手には余るかもしれません。ですが!大事な仲間を置いて逃げるなんて言うのはもっての他です!

 ……貴方ならば、見事その仮面に認められるでしょう。貴方の力は私が一番良く知っています。そのぐらいの間なら、皆を護る事ぐらいは私にだってできますとも。」

「だが……。いや、そうだ、な。つまらない事を言って、済まなかった。それに、もう遅いしな。」

 

 クーガがそう言っている間にも、周囲の霊気は高まっていき、やがて空中に20体を軽く超える数の幽霊が出現した。ハリアーは小さく叫ぶ。

 

「皆さん!私が術を使うまで、なんとか持たせてください!」

「ち、わかったぜ。まかせろや!」

「ハリアーさんに近寄らせはしませんよ!」

「クーガ!はやいとこ頼むわね!」

 

 ブラガ、フィー、シャリアも自分に気合を入れるかの様に大声を上げる。ハリアーは両手を組んで、八聖者に祈りを捧げ始めた。一方、光の柱の中にいるクーガは、手に持った仮面を顔にあてがう。

 

「……ぐっ!」

 

 だがクーガは、仮面から放たれた圧力に精神を揺さぶられる。彼は必死に耐えた。

 

「私に……。私に従えっ!」

 

 クーガは必死に、仮面を制御下に置こうとする。だが仮面はその努力を嘲笑うかの様に、更なる圧力をクーガの精神に向けて放った。クーガはその圧力に屈しかける。彼は頽れそうになった。

 

「く……。」

「クーガさん!しっかり!」

「頑張って!」

「気張れや、クーガぁ!」

 

 だが、仲間達の声がクーガを押し止めた。クーガは顔を上げる。そこではハリアーが邪悪な者や負の生命を退ける結界を張って、襲い来る幽霊から身を護っていた。クーガの視線に気付くと、ハリアーはにっこりと笑って言った。

 

「クーガ、貴方なら大丈夫です。信じていますから……。」

 

 クーガは必死の気力を振るい起して、しっかりと立ち上がる。彼は自らの顔にあてがった仮面の意志に、真っ向から立ち向かった。

 

「私は……負けない。負けられない。こんな所で、負けてはいられない。」

 

 それは仮面の意志力と、クーガの全身全霊との、真正面からの一騎打ちだった。荒れ狂い押し寄せる溶岩の様にも思える仮面の力を、クーガは自らの意志を刃として斬り裂いて行く。そしてクーガは意志の手を伸ばし、仮面の中枢へと届かせた。

 

「……!掴んだ!さあお前の名を我に明かせ!」

(……バルザナク・ゴ・オーローク……。)

「それがお前の名か。仮面よ、我が物となれ。そして我に力を貸せ。我が仲間、我が友を救うための力を貸すのだ。」

 

 仮面は次の瞬間、上方に向かって力を放つ。それは物理的な破壊力となって、この地下空洞の天井を撃った。ばらばらと石の破片が落下して来る。同時に、1本の巻物が落下してきた。この巻物は、どうやら天井に隠されていたらしかった。

 クーガは急いでその巻物を広げる。それはとある超高位練法の資料であった。クーガは息を飲む。

 

「確かに……。この術法であれば、この状況を全て解決できる。これがここの天井に隠されていた、と言う事は……。つまりは、この術法を即興で習得し、この場で行使せよ、と言う事なのか?

 ……いや、それ以外に道はあるまい。だが私にできる、か?いや、練法陣も、触媒も最初から用意されている。やるしか、あるまいな。」

 

 クーガは足元――練法陣の中央に転がる、その術法の触媒である粧練された鉱石を見遣った。そして彼は光の柱の外で、結界に護られて彼の方を見ている、彼の仲間達を見る。彼は意を決した。

 

「……!」

 

 クーガは巻物を端から子細に検め始める。それは非常に難解で、難しい術であった。しかし彼は怯まない。彼は巻物の記述を、次から次へと自らの頭の中へ送り込んで行く。

 突然仲間達の悲鳴の様な声が聞こえた。クーガは仮面に覆われた顔を上げる。

 

「クーガさん!光の柱が!」

 

 フィーの言った通りだった。クーガを閉じ込めており、同時にクーガを20体を超える数の幽霊から隔てていた光の柱が、段々と薄れて消え行こうとしていたのだ。このままでは、クーガは非常に多数の幽霊に一斉に襲われる事となる。ハリアー達のいる結界に逃げ込もうにも、光の柱の周囲は既に幽霊が取り巻いていて、隙間すら無い。

 だがハリアーは動じていなかった。彼女はクーガに声をかける。

 

「クーガ、あと少しですね。早い所、この悪霊達をなんとかしてしまいましょう。」

「ああ、任せてくれたまえ。」

 

 クーガはそう言うと、巻物の暗記に立ち戻った。そして時折手を奇妙な形に組み合わせては、印を結ぶ練習をする。そうしている間にも、光の柱はどんどんと薄れて行く。やがて光の柱は、跡形も無く消え去った。クーガの周りに幽霊が殺到する。だがクーガは既に準備ができていた。

 素早い身ごなしでクーガは幽霊達の攻撃を躱し、万が一攻撃を受けても強い意志力で耐えた。幽霊の攻撃は「死の接触」と呼ばれ、触れた相手から精気を吸い取るのである。だがそれは、強い意志力を持っていればなんとか耐える事ができる。クーガの練法師として鍛え抜かれた精神力は、よほど強力な霊でもなければ容易には突破できない。

 そしてクーガは、たった今巻物から習い覚えたばかりの術を、急ぎ結印していた。この術は、負の生命相手であるならば決定的な威力を持つ術である。しかし難度が極めて高く、またクーガがきちんとこの術を間違わずに記憶しているかどうかも不安点であった。

 しかし心配はいらなかった。

 

『ぐうぉおおぉああああぁぁぁああああ!!』

『ぎぃやあぁぁあああおおおああぁぁああ!!』

『うぐぁうおおおおぁあぁぁおおおぉぉぉ!!』

 

 結印が完成すると同時に、練法陣の中央に置かれた粧練された鉱石に向かって、23体もいた幽霊達は急速に吸い込まれて行ったのである。全ての幽霊が鉱石に吸い込まれると、クーガはその鉱石を拾い上げ、巻物と一緒に腰の『無限袋』へと入れる。そして彼は、結界の中で身を護っていた仲間達の方へと歩み寄った。

 

「……なんとかなったな。」

「よかった……。無事ですよね、クーガさん?」

「うむ、君達のおかげだ。仮面の力に圧されて危ない所に、君達の声が届いた。」

 

 クーガは真顔で言う。もっとも彼の顔は、仮面の下に隠れているのだが。言われた仲間達の方は、何かくすぐったい気分になる。シャリアは照れて、顔を紅潮させる。

 

「ちょ、クーガ!そんな事言われると恥ずかしいじゃないの!」

「いや、本当の事だ。耐えられたのは、君達のおかげだ。もし1人で来ていたら、私は死んでいただろう。」

「だったら付いて来た甲斐があったと言う物ですね。本当の所、あまり役に立てなかったのではないかと心配だったのですよ。」

 

 クーガにハリアーが微笑みながら言う。クーガはハリアーの言葉に、首を振ってみせる。

 

「いや、君は死操兵を滅ぼしたり、色々と頑張ってくれた。逆に私こそ役立っていないのではないかと不安になったぐらいだよ。」

「いやいや、ここは皆が誰1人欠けても、今回の探索行も成功しなかったって。そういう事にしとこうや。」

 

 ブラガが笑いながら言う。そこへシャリアが突っ込みを入れた。

 

「ちょっと待って。まだ帰り着いたわけじゃないんだから、安心するのは早いわよ?」

「おっと、そうだったな。こいつは失敗失敗。んじゃ気合いを入れ直すか!」

 

 一同はひとしきり笑い声を上げる。そして彼等は、この地下空洞に降りて来た螺旋階段の所に戻り、今度はその階段を登りはじめたのだった。

 

 

 

 フィー達一同は、大量の戦利品を抱えて古代の遺跡を後にした。彼等が遺跡の操兵庫で見つけた品々も、勿論持って来ている。

 当初開かなかった、操兵庫の外への出入口であるが、それを開く鍵はクーガの手に入れた仮面であった。彼が仮面を被って出入口の扉に命じると、扉は轟音を立てて外へと開いて行ったのである。彼等はそこからフィーのジッセーグ・マゴッツとブラガのフォン・グリードルを乗り入れ、操兵用の追加装甲や小手、操兵用外套を持ち出した。

 フィー達はそこから遺跡を出ると、その近辺で一泊野営をした。そして明朝、デン王国は首都サグドル目指して旅立ったのである。

 ジッセーグの拡声器から、フィーの声が聞こえる。

 

『やれやれ、サグドルまで3日か4日と言った所ですかね?』

『何事も無きゃ、な。』

 

 ブラガも自機、フォン・グリードルから応えた。彼等はここザライン地域からミルジア山岳民国を経て、デン王国へと向かうつもりなのだ。だがブラガが操兵の首を天に向かせて言う。

 

『おいおい、なんか今にも雪が降って来そうな天気じゃねえかよ。う~ん、雪道の行軍っつーのは、大変なんだよなあ。デンまで戻らねぇで、ミルジアあたりで冬越ししちゃあいけねえかな?』

「そう言うわけにもいかないわよ。この馬、ケイルヴィー伯爵様に返さないといけないんだから。」

 

 シャリアの台詞に、ブラガは溜息を吐く。

 

『んじゃあ、急いでデンまで戻るとしましょうかね。……げ、言ってたら本当に降って来やがった!』

 

 天を覆った鉛色の雲から、とうとう白い雪が散らつきはじめた。操兵の中にいないシャリア、ハリアー、クーガは、外套の襟を立てて寒さを凌ぐ。ブラガは悲鳴を上げた。

 

『ひい~、隙間風が厳しいぜ!操兵てぇのは、乗っててもあんま暖かくは無ぇんだなあ……。』

『そりゃそうですよ、外を見るための覗き窓とかがたくさんありますからね。まあでも、吹き曝しのシャリア達よりは、幾分ましなんですから、頑張ってくださいよ。』

『お、おう。』

 

 フィーに言われ、ブラガは頷いた。そんな中、クーガは馬を進めながら何やら考えていた。ハリアーがそんなクーガに声をかける。

 

「……どうしました?何か心配事ですか、クーガ?」

「いや、な。つい先程の話なのだが……。仮面の記憶していた風景が、私の頭の中に流れ込んで来たのだよ。おそらくは、呪操兵の操兵仮面か機体か、どちらかが隠されている場所の風景だろうと思う。」

「そうですか……。」

 

 ハリアーはそう言うと、少し考えてから口を開いた。

 

「まさかクーガ、また1人で行こうとか、考えてはいませんね?」

「それは勿論だとも。今回の事で重々分かった。私には君達の手助けが必要だ。無論、助けを借りるだけではなく、私も君達の助けになれれば、と思っているがね。」

「それならば良いんです。」

 

 クーガの台詞に、ハリアーの機嫌は目に見えて良くなった。彼女は続けて言葉を紡ぐ。

 

「私達1人1人の力は、所詮小さな物です。たとえどんなに強力な術者であっても、ですよ?ですが、お互い補い合い助け合う事で、その力は何倍にも何十倍にもなるんです。」

「その通りだな。今回は私1人では、どうする事もできなかっただろう。……君の使命もそうだぞ、ハリアー。皆で力を合わせねば、あの呪いの宝珠『オルブ・ザアルディアを』破壊する事は困難、いや至難を極めるだろう。」

「わ、わかっていますよ。皆さんの助力を蔑ろにするつもりはありません。」

「うむ。」

 

 ハリアーは顔を赤くする。彼女はクーガの被った仮面が、ふと微笑んだ様な気がした。無論それは錯覚でしか無いのだが。仮面の下にあるクーガの顔も、おそらくは何時も通り無表情なのだろう。それは分かっているのだが、ハリアーにはクーガが心の中で笑っている様な気がして、仕方が無かった。

 小雪が散らつく中、一同は道なき道を東へ向かって歩き続ける。彼等は一歩一歩、しっかりと大地を踏みしめて進んで行った。




さて、実は前回で、わたしの個人HPに載っけていた分は全て投稿終了しました。つまり、つまり!今回は新規書下ろしの続編なのです!とうとう、とうとうやりました!これで一安心!!
さて、今回はまたもクーガ強化回です。他の面々は強化が目に見えて出るのに対し、クーガは門派が土門と言う事もあり、微妙ですからねー。ですが、今や彼はとんでもない力量を備えた高位練法師なのです。
我ながら、よくここまで書いたなあ……。1話の頃は、キャラクターメイキング直後のよわよわキャラだったのに。

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