仮面たちの宴   作:雑草弁士

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騎士の顔が眠る地

 地味な茶色に塗られた巨大な人型が、デン王国の南に位置するとある山岳の山道を歩いていた。その足取りはおっかなびっくり、と言った風情だ。その人型の足元では、数名の馬に乗った人影が見える。

 と、その時その人型から声がした。

 

『……だめだぁっ。ちょっとこれ以上操兵で行くのは無理だよ。』

「そっか……。こっちも馬でいくのが少々つらくなってきた所だしなあ。んじゃ、この辺に馬とかつないで、あとは徒歩で行くか。」

『そうしましょう、ブラガさん。』

 

 巨大な人型が――操兵が腰を落とし、片膝立ての姿勢で蒸気を吹いて停止する。するとその胸板が開き、中から人が降りて来た。彼はこの操兵、狩猟機ジッセーグ・マゴッツの操手である、絵師のフィーだ。

 フィーはぼやく。

 

「ふう、やっぱり山道を操兵で行くのは無理があったなあ。」

「だが操兵を持ってきたおかげで、獣や怪物に襲われずに済んだと言う事もある。ジッセーグを持ってきたのは、決して無駄ではなかった。」

 

 フィーのぼやきに対して答えたのは、彼の仲間であるクーガだ。クーガはいつも通りの無表情で、平板な声でフィーを諭す。

 手練士――盗賊を意味する――であるブラガも、それに頷く。

 

「そうだな。こんな足場の悪い狭い道で襲われでもしたら、てーへんだからなぁ。」

「ちょっとぐらいの敵なら、あたしが何とかするわよ?」

 

 そう言ったのは、まだ若い……幼いとさえ言える少女だった。だがその少女は、よく見れば腕には筋肉がしっかりと付いている。明らかに、戦闘訓練を受けた経験のある人間だ。彼女はシャリアといい、少し前まで傭兵として働いていた事がある。

 そんな彼女の物言いに、この集団最後の一人が口を挿む。それはシャリアよりも更に幼く見える少女である。彼女はハリアーという、聖刻教会の伝道士だった。実はこう見えても、シャリアよりも年上である。

 

「シャリア、あなたが強いのはわかってますが、だからと言って無茶はいけませんよ?」

「わかってるわよハリアー。いざと言う時は皆で逃げたっていいんだし、ね。傭兵の仕事とは違って、上役がいるわけでもないし。

 でも、せっかく鎧を新調したんだから、ちょっとぐらい戦ってみたいって気も無くも無いけどね。」

「鎧が役に立つって言ったら、攻撃を受けるって事じゃないですか……。」

 

 ハリアーは、やれやれという顔をする。シャリアは何処吹く風、と言った風情だ。

 そんな中、フィーがクーガに話を振る。

 

「ところでクーガさん。その古代遺跡って、『研究施設』でしたっけ?」

「ああ。古文書を読み取った限りでは、そうなっている。古代の術者の、別荘兼研究所、のようだ。……どんな種類の術者か、どんな研究をしていたか、は古文書の欠損によってわからなかったがね。」

「術者、かぁ……。つまりはよ、古代の妖術師ってことか?」

 

 ブラガの『妖術師』との台詞に、ハリアーはぎくりとしてクーガに目を向ける。クーガはそ知らぬ風を装い、いつもの無表情を貫く。ハリアーはその様子に、やや安堵した様だ。

 彼等は雑談をしながら、その辺りの木々に馬を繋いでいった。やがて作業が終わると、彼等は荷物をかついで立ち上がる。なお、フィーはジッセーグの仮面を外して背負っていた。

 

「さて、行くとするか!お前ら、大人しくしてるんだぞ。」

 

 ブラガが、繋いだ馬の顔を撫でながら言った。馬はブルル……と鼻を鳴らす。そして彼等は、徒歩で山を登って行った。

 

 

 

「ふ~、やれやれ、だぜ……。」

「流石に道の無い山中を歩いて来るのは疲れましたね。でも……やっと着きましたね。」

 

 ブラガとフィーは溜息をついた。彼等の目の前には、崖の斜面から突き出た様な形で、石造りの古びたほこらの様な物があった。ほこらには、両開きの金属製の扉が付いている。

 クーガは懐から取り出した古文書を読んでいる。その様子が気になる様で、ハリアーが時々目をやっていた。シャリアは周囲の様子を窺っている。

 

「さて、行くとすっか!」

 

 ブラガはほこらの扉に用心深く近寄る。扉の周囲に何も仕掛けがなさそうな事を確認した彼は、懐から先日入手したばかりの聴診器を取り出す。彼はそれを金属製のほこらの扉にそっと押し当てた。しばらく彼はそうやって音を聴いていたが、やがて頷く。

 

「何も聞こえねえ。一応大丈夫だとは思うが、扉を開けるから用心しておいてくれ。」

「わかったわ。」

「はい。」

 

 シャリアとフィーは武器を構えた。ハリアーとクーガは用心のため、その後ろに回る。ブラガは扉そのものに、何か仕掛けが無いか調べた後、力を込めて扉を押しあけた。扉は一瞬ぎしりと音を立てたが、やがてごとごとと重い音をたてて内側へ開いていった。なおブラガは、拾って来た木端で作ったくさびを扉にかませて、閉まらない様に細工している。

 彼等はランタンに火を点けると、ブラガを先頭にしてほこらへと入って行く。ブラガの直後にはシャリア、そしてその後に2人並んでクーガとハリアー、最後尾に後ろの警戒も兼ねてフィーと言う隊列だ。ちなみにランタンはブラガが持っている。

 ほこらの中は、広い部屋だった。特に何も無いが、カビくさい臭いがたちこめている。

 

「……なんか、不気味。」

「遺跡なんて、そんなもんだ。これが例えば古代の墳墓とかだったら、こんなもんじゃねえって話だぞ。」

 

 シャリアの声に、ブラガが応える。彼は周囲を見回した。ここは扉が四方に4つあり、そのうちの1つが今彼等が入って来た扉だった。ふとブラガが気づくと、クーガが天井を見上げている。彼もつられて天井を見るが、そこには何も無かった。

 

「……どうしたんでぇ、クーガ。」

「こうした場所に潜んでいる怪物には、天井に張り付いている物もあると言う話だからな。だから警戒していただけの話だ。」

「そ、そうか。」

「だからと言って、天井だけに気を取られてはいけないがね。」

 

 ブラガは息をつく。そして彼は皆に尋ねた。

 

「さて、どこから行く?」

 

 

 

「……何も無いわねえ。」

 

 ブラガの後について歩いていたシャリアは、愚痴をこぼした。あの後彼等は、全ての扉を開けてその奥を調べたが、その先には朽ちた品々が置かれた倉庫や、単なる居住区画などがあっただけで、特にはめぼしい物は無かったのだ。

 だがブラガはその愚痴に反論する。

 

「クーガが言ってたじゃねぇか。ここは『研究施設』だってよ。だが今まで回った所にゃ、特にそんな研究設備みてえな物は無かった。たぶんどっかに隠し扉みてぇな物があるんだ。」

「ふーん。でもどこにあるの?」

「ああシャリア、俺がざっと地図を書いてみたんだ。たぶんあるとすれば、この部屋のあたりだと思うよ。」

 

 フィーはそう言った。それに頷いたブラガは、部屋の壁を調べ始めた。石造りの壁は、そんな仕掛けがありそうには見えない。だがブラガは壁のある所を調べていて、動きを止めた。

 

「……あった。これかもしれん。皆、用心しろ。」

「何があったんです?」

「なんか仕掛けを動かすためのもんじゃねーかと思うんだがよ。このレバーみたいなもんは。」

 

 そう言って、ブラガは隠されていたレバーを皆に見せる。そこには、壁の石をひとつ外して出来た隙間があり、その中に金属製のレバーが隠されていたのだ。ブラガは言った。

 

「このレバーを引いてみる。いいな?」

 

 一同は頷いた。ブラガはレバーを掴み、力をこめて引いた。すると何処からともなく、地鳴りの様な音が響いてくる。いや、実際に少々石壁が揺れている。彼らが見守る中、石壁の石組の一部が壁の奥に引き込まれていき、そこにぽっかりと通路が姿を現した。

 ブラガは感嘆した様に言う。

 

「こいつは……。」

「……どうやら地下水か何かで水車を動かして、動力にしているようだな。かすかに水音が聞こえた。」

「なるほど、水音みたいなのはかすかに聞こえたんですが、そうとは思い至りませんでした。」

 

 クーガが推理を口にし、それにフィーが納得した返事を返す。シャリアとハリアーもまた、頷いた。

 ブラガはランタンで通路の奥を照らしてみるが、先は長くよくわからない。

 

「……行ってみるしかねえか。隊列を組んでくれ。先に進もう。」

 

 彼等は先程までの様に隊列を組み、新たに開けた通路へと入って行った。

 真っ直ぐな通路をかなり進んだ所で、彼等は両開きの金属製の扉へぶつかる。ブラガは扉に仕掛けが無いかどうか調べてから、聴診器を扉に当てて音を聴いた。

 

「……何も音はしねぇ。」

「こういう所では、あんたの独擅場ね。」

「よせやい。」

 

 珍しいシャリアの褒め言葉に、ブラガは苦笑する。彼は扉を子細に調べた。

 

「……鍵がかかってやがるな。」

 

 彼は鍵穴に針金を差し込むと、丁寧に中を探って行く。そして時折針金を取り出しては微妙に曲げ、また鍵穴に差し込むと言う事を繰り返した。やがて彼はにやりと笑う。

 

「開いた。いいか、開けるぞ?」

「……待ってください!」

「うむ、君もか。」

 

 ハリアーが小さく叫び、それにクーガが同意の声をあげる。ハリアーは続けた。

 

「はい、中に何かおぞましい気配を感じます。」

「うむ……。おそらくは何か化生の類……。負の生物、と呼ばれる物ではないかな。」

「負の生物?」

 

 クーガの言葉に、フィーが聞き返す。クーガは説明した。

 

「ああ、死霊などの類だと思えばいい。ああいった物の気配がする……。」

「……流石ですね。私はなんとなく忌まわしい気配を感じただけですが。」

 

 ハリアーは少々きつい視線をクーガに送る。クーガはそ知らぬ顔だ。彼は言葉を続ける。

 

「ああいった化け物どもなら、音をたてなくとも仕方がないだろう。扉を開けるのはいいが、戦う体制を整えておいた方が良いな。」

「げ、そ、そうか。んじゃ俺が扉を開けるから、シャリア、フィー、戦う準備をたのまあ。」

「ええ、わかったわ。」

「俺もわかりました。」

 

 ブラガの頼みに、シャリアとフィーは各々の武器をかまえて扉の前に立つ。扉が開き次第、いつでも飛びこめる様に、彼等は大勢を整えた。

 

「んじゃ、いくぞ!それっ!」

「はあっ!」

「ええいっ!」

 

 ブラガが扉を開ける。シャリアとフィーは武器を構えて気合いの声を上げ、部屋の中へ飛び込んだ。

 だが直後、2人は凍りついたように動きを止める。続いて部屋に飛び込んだブラガも、恐怖の声を上げた。

 

「げ、な、なんだありゃ……。か、神よ……。」

 

 ブラガは日頃信じてもいない神に祈りを捧げる。そこには長剣と小盾を持った、骸骨の化け物が3体存在していた。それらはカラカラと、骨と骨のぶつかり合う乾いた音をたてながら襲いかかって来る。先に立って部屋に飛び込んだ3人は、骨だけになった死体が、動いて襲いかかって来ると言う事実に恐怖し、動きが取れないでいた。

 だがフィーに骸骨の化け物の持った剣が命中しかけたその時、割って入った者がいる。クーガだ。彼は骸骨の長剣を自らの抜き放った剣で受けると、言葉を発した。

 

「だから相手は死霊の類だといっただろう。こいつらはその中でも最も低位に属する『骨人』だ。さほど手ごわい相手ではない。さっさと倒してしまうんだ。」

「不浄の者よ、去りなさい!」

 

 同時にハリアーも、シャリアに斬りかかっていた骨人の剣を自らの剣で受け止めていた。シャリアとフィー、ブラガはようやくの事で気を取り直し、戦いに参加する。

 

「お、おどかしてくれて!もう承知しないわよ!」

「で、でやああっ!!」

 

 シャリアの長剣と小剣の二刀流が、骨人を打ちすえる。フィーの振るう破斬剣も、別の骨人を叩き伏せた。ブラガはフィーの相手をしている骨人を、一緒になって叩いている。その間にクーガとハリアーは部屋の中央近くまで入り込んで、最後に残った骨人を協力して叩き潰していた。

 ハリアーは言葉を発する。

 

「あと残るは……。」

「おい!ハリアー!そこからどくんだ!」

「え?」

 

 ブラガが突然叫んだ。だが一瞬遅かった。その瞬間、ハリアーの足元から床が消えていた。

 

「きゃああぁぁっ!?」

「ハリアー!?」

 

 最後に残った骨人の相手をしていたシャリアが叫ぶ。フィーはシャリアの手助けをして、骨人を斬り伏せた。クーガとブラガは既にハリアーが落ちた穴の所へ駆け寄っている。フィーとシャリアも、急いでそちらへ向かった。

 シャリアは言う。

 

「ハリアーは!?」

「わからん。だが……落とし穴の類だとは思うんだが。

 中は滑り台の様になってやがる。何処に通じてるのか、さっぱりだ。とりあえず麻縄でも下ろして、ハリアーを引っ張り上げ……。」

 

 そこまでブラガが口に出したとき、床の穴がゆっくりとふさがり始めた。一同は驚く。だが直後、それ以上に皆は驚いた。

 

「クーガ!?」

「クーガさん!?」

「ちょ、ちょっと!」

 

 そう、行動を起こしたのはクーガである。彼はふさがりつつある落とし穴の中へ、身を躍らせたのだ。穴の中から彼の声が聞こえる。

 

『心配するな、なんとかハリアーを助けて脱出してみせる。後で合流しよう……。』

 

 それだけ聞こえると、落とし穴の口は閉じてしまった。ブラガは毒づく。

 

「くそ、これも水車動力の仕掛けってやつか?汚ぇやり口だぜ!」

「なんとかもう一度、落とし穴を開けませんか?」

「ちょっと待て……。だめだ、上を叩いても、今度はびくともしやがらねえ。落とし穴の口が閉じるのは、元通りに穴を戻すためじゃなく、一度落ちた奴を逃がさねえためらしいな。」

 

 ブラガの台詞に、フィーとシャリアは絶句する。

 

「……そ、そんな。じゃ、ハリアーとクーガは。」

「……冷てえ様だが、ここはあの2人を信じるしかねえ。なんとか脱出してくれるってな。もしかしたら、どっかに下に降りる道があるかもしれねえ。そこさえ見つかれば、あるいは……。」

 

 ブラガの台詞に、今まで黙っていたフィーが頷きを返す。

 

「わかりました。あの2人を信じましょう。でも、ただ黙っているのも性に合いません。こちらからも積極的に探しましょう。」

「ああ。」

「……わかったわ。じゃあ早速出発しましょう。」

 

 3人は徐に立ち上がると、この部屋の出口の扉へと向かった。

 

 

 

 ハリアーは小さな部屋にいた。あの滑り台状の落とし穴に落ちて、この部屋の天井付近にある出口から放り出されたのだ。天井は1リート(4m)弱の高さにあり、ハリアーはなんとか受け身を取ったものの、重い打ち身を負っていた。

 

「くっ……。こう暗くては……。」

 

 ハリアーは壁に寄り掛かる。と、そこへ何かが降って来た。それはどうやら天井付近の、ハリアーが落ちて来た穴から飛び出してきた様だ。それはどさりと床に落ちるが、うめき声を上げもせずに立ちあがると、彼女に声をかけた。

 

「ハリアー?無事かね?」

「クーガ!?」

「ああ。」

 

 ハリアーは驚愕した。どうしてクーガがここに居るのだろう、まさか彼も一緒に落とし穴に落ちたのだろうか、と。彼女はその思いを素直に口に出した。

 

「クーガ、何故ここに居るんです!?貴方も落ちたんですか!?」

「いや、私は自分から落ちた。落とし穴の出口が自動で閉じかけていたのでな。君を1人にしておくと、危ないと思ったのだ。」

「!!……。」

 

 ハリアーは驚愕した。彼女はこの男の事がよくわからなかった。いや、この男が、実はけっこうな親切である事は、ここ1月近い生活の中で、理解していた。だが彼女は、それをどうしても信じ切れなかったのだ。それは1年以上昔、彼女とクーガが初めて出合ったときの出来事による。

 ハリアーはクーガに問いかける。

 

「クーガ、貴方はいったい何を考えているんですか?貴方は……。」

「待ちたまえハリアー。まずは灯りを点けよう。……『妖火召』でも覚えておけばよかったな。こう暗くては、火打ち石を使うのも大変だ。」

「……少し待ってください。」

 

 ハリアーは手を組むと八聖者に祈りを捧げ、招霊の秘術を使う。彼女の指先に、聖なる光が灯り、辺りを明るく照らした。

 

「この灯りは、そう長くは持ちません。今のうちに松明に火を点けてください。」

「うむ。」

 

 クーガは火打ち石を取り出し、松明に火を点けた。やがてハリアーの指先の光は、徐々に衰えて消えていく。クーガは松明を壁に立てかけた。

 

「さて、君もあそこから落ちて来たのだろう。怪我をしているのではないか?手当をした方が良い。怪我をした場所は何処だね?」

「あ、じ、自分でできます!……すいません。少々傷が重いので、術を使って傷を癒そうと思いますから。」

「そうか。大丈夫かね?」

「ええ、なんとか。」

 

 ハリアーは再度八聖者に祈り、術を使った。彼女は、打ち身の痛みがはっきりと消えていくのを感じる。ふと彼女はクーガの方を見た。彼女は叫ぶように言葉を吐きだした。

 

「何をやっているんですか貴方は!」

「む?応急手当だが。」

 

 クーガは自分自身の足に、千切った布切れを巻き付けていた。そこはどす黒く腫れあがり、ひどい打ち身を負っている事は明らかだった。ハリアーはあわてて駆け寄ると、招霊の秘術を使う。どす黒い腫れは、即座にひいていった。

 クーガは言う。

 

「やれやれ、これでは足手まといだな。すまない。」

「……何故、です?」

「?……何が、かね?」

 

 ハリアーは戸惑っていた。クーガが、これほど傷を負ってまで自分の所に来てくれた理由が、本当にわからないのだ。彼女の『知っていた』クーガであれば、こんなことはするはずが無い。罠にかかった彼女など、あっさり身捨てていただろう。

 ハリアーはその思いを口に出した。

 

「貴方は……まるで違います。はじめて会ったときの貴方とは……まるで違います。」

「ああ、その事か……。君が私を信じられないのも、混乱するのも良くわかる。」

「いったい貴方は何を考えているのです。あんな冷酷な事をしたかと思えば、まるで私を心配しているかのような行動を取ったり……。こんな傷まで負って……。」

 

 『あんな冷酷な事』と言ったとき、ハリアーの脳裏にはある情景が浮かんでいた。それはまだ彼女がファインド森林に居た時の話である。

 ある貧しい村落に、彼女が病人や貧者の救済のために訪れたときの事だ。ある夜、突然村に火の手が上がったのだ。火災は一か所ではなく、同時にあちらこちらから発生していた。明らかに付け火であった。ハリアーは村人を逃がすべく、駆け回った。そして彼女はクーガに出逢ったのである。

 

「あのとき貴方は、燃え盛る村の中で村人達を虐殺していました。いつもの様に、無表情のまま……。」

 

 クーガはそのとき、覆面を被っていた。だが虐殺を止めようとしたハリアーの剣が覆面を裂き、彼の無表情な顔が顕になったのである。

 

「貴方は何の力も無い、無辜の村人を何人も殺していた……。老人も、女性も無差別に……。」

 

 そして顔を見られたクーガは、素早い身のこなしでその場から逃げ去ったのである。ハリアーが助けられたのは、村人のほんの一部であった。

 そこまでハリアーの回想が及んだとき、クーガがぽつりと言った。

 

「……無差別に殺したわけではない。年端もいかない少年少女は、殺さなかった……。もっとも、殺された方がましだったかもしれないが、ね。」

「!!」

 

 ハリアーはクーガを睨みつける。まるで今にも殺しそうな目つきだ。だがクーガはそれを気に留めた様子もなく、話を続ける。

 

「子供達は、最終的に我々の組織……練法師匠合の本拠地に連れていかれた。村人を皆殺しにしたのは、子供達を攫った事が広まるのを防ぐためだ……と聞いている。」

「それは……!」

 

 ハリアーはそれに似た事件を経験している。つい最近、妖術師――練法師達の集団が、子供達を誘拐していた事があり、それを解決したのが他ならぬ彼等だった。クーガは話を続けた。

 

「攫われた子供たちは、適性を調べられ、練法師としての基礎を叩きこまれる。そしてその途中で、不適格者はどんどんと弾き出される。弾き出された者の末路は……言わずとも分かるだろう。そして最終的に残るのは100人中2~3人も居れば良い方だ。

 そう、子供達は練法師の候補生として攫われて来るのだよ。」

「……。」

「そしてそう言う子供達には、念入りに洗脳が行われる。自分が属する練法師の匠合に、鋼の忠誠を誓う様に……。自分の命も省みないほどの洗脳を……。

 そして生き残った者は、いつしか筋金入りの練法師となる。涙も感情も無い、まるで機械の様な……。

 もっとも、洗脳が解ける事も、無くも無い。相当な高位の練法師になれば、自らのもてる力のせいで洗脳では自我を抑えきれなくなり、洗脳が解けてしまう事もある。もっとも、そんな例では長年練法師として過ごしてきたために、冷血、冷徹な人非人が出来上がってしまっているのだが、ね。」

 

 ハリアーは問うた。

 

「貴方も……洗脳されているのですか?あの非道な行いも、洗脳で匠合に逆らえなかったから?」

「逆らえなかったと言うよりも、『逆らおう』と言う考えすら浮かばなかった、と言う方が正しい。洗脳とは、そう言う物だ。

 だが今の私は洗脳から解き放たれている。」

「!!」

 

 クーガはハリアーを見つめた。

 

「私の組織、練法師匠合『ザカーの河』は、壊滅……いや、消滅している。おそらくは他の練法師匠合との抗争に敗れて。私はその場に居合わせた。あの強力な呪操兵が我々の本拠地を術法で焼き尽くすのを見た。あれだけ強大だった導師達や匠主をあっさりと殺し尽くすのを見た。……なんとか私が生き残れたのは、下っ端で殺す価値も無いと思われたからなのだろう、な。

 そして私の洗脳は解けた。忠誠を尽くすと言う条件付けの対象である組織も、上位の存在であったはずの匠主も、存在しなくなったのだ。何に忠誠を尽くせ、と言うのだ?私の洗脳は、必要条件を失ったのだ。それ故、私は洗脳から解き放たれている。」

「クーガ、貴方は……。」

「……もっとも、洗脳が解けたと言うのは、私がある程度の能力を持っている証拠なのかも知れないな。もし洗脳が続いていれば、私は消滅した組織を復活させようと今でも働き蜂の様に活動していたかもしれん。

 練法師と言うのは、そう言う悲しい生き物なのだよ。」

「……。」

 

 そこまでクーガが話したとき、地響きが聞こえた。ハリアーは慌てて左右を見渡す。すると、左右の壁がじわじわと迫って来るのが目に見えてわかった。クーガは呟く。

 

「なるほど、あの落とし穴に落ちた者は、ここで潰される運命だと言う事か。これもまた、地下水の流れを利用した水車仕掛けらしいな。」

「落ち着いている場合ですか!」

 

 ハリアーが叫ぶ。クーガは慌てずに、両手の指を複雑に絡み合わせて印を結ぶと、小声で呪句を呟いた。そして彼は、その目で周囲を見回すと、頷いた。

 

「周りはほとんどが歯車仕掛けで埋まっているが、あちらにだけは部屋がある。ハリアー、松明を持っていてくれ。」

「は、はい?」

 

 そしてクーガは背負い袋から一本の棒の様な物を取り出す。それは長さ6リット(24cm)程の長さの、あちこちに刻みが付いた棒だった。その先端には、小さな宝石らしき物が付いている。彼はそれを両手で持つと、ハリアーに言った。

 

「ハリアー、私にできるだけ近づいてくれ。すぐ隣に立つくらいまで。」

「な、何故です?」

「この誘印杖には転移の術がおさまっている。多人数を一度に転移させる術だ。それを使って脱出する。

 だがあまり離れ過ぎると、その術の効果が届かなくなる。それとできるだけ心を楽にして、術を受け入れてくれ。間違っても、術に抵抗したりしないように。」

「わ、わかりました!」

 

 ハリアーは、クーガにいましも抱きつかんばかりに近寄る。その顔は心なしか赤い。クーガは棒――誘印杖の刻みに指を順番にあてがい、誘印杖に書かれた呪句を読み上げた。

 その瞬間、クーガとハリアーの姿は空気に融け込むかのように薄れていき、その場から消滅する。そして左右から迫って来ていた壁が、轟音を立てて衝突した。

 

 

 

 フィー達は、ある部屋に来ていた。その部屋はまるで王侯貴族の部屋の様であり、美しい美術品が多数飾られていた。そして部屋の中央にはまるで玉座の様な椅子があり、それに屍――少なくとも死体に見える――が座っていた。

 ブラガがその『屍』に近寄る。

 

「……不気味な死体だぜ。動き出すんじゃなかろうな。」

「ブラガ、どうすんのよ。」

「いや、一応この死体とか、調べておいた方が良いかと思ってな。ほれ、この奥に鍵のかかった扉があったろう。」

 

 ブラガが部屋の奥に顎をしゃくる。フィーとシャリアは、ああ、と言う様に頷いた。ブラガは続ける。

 

「あの扉の鍵とかを、こいつが持ってたりしないか、と思ってな。いや、俺の指先技で開けてもいいんだけどよ。」

「んー、そう。でも気をつけてよ?」

「ええ、その死体、動き出しても不思議じゃないんですからね。」

「わーった。」

 

 ブラガはそっと『屍』の至近距離まで歩み寄る。だが彼は、『屍』を囲むように床に描かれた陣図――練法陣を踏み荒らしてしまったことに気づかなかった。だがその練法陣は、床の模様に隠れる様に描かれていたので、気付かなくとも無理は無かったが。

 その瞬間、『屍』は跳ね上がる様に立ち上がって、ブラガへと襲いかかった。

 

「わーっ!!ちっくしょう、やっぱりだぜ!」

「ブラガさん、下がって!」

 

 一応用心していたブラガは、間一髪その攻撃をかわし、慌てて後ずさる。入れ替わる様にシャリアが動き、その『屍』に二刀流で斬りかかった。

 

「死体は死体らしく……死んでなさいっ!」

「シャリア!そいつは死体じゃない、たぶん噂に聞く『死人食らい』だ!」

 

 フィーがシャリアに警告する。

 

「死人食らい!?何よそれ!」

 

 そう言いつつも、シャリアは攻撃を止めない。攻撃は死人食らいに命中した。長剣、小剣の両方が、だ。だが、会心の当たりだったと言うのに、死人食らいはなんら怯んだ様子すら無い。着ていた豪奢な衣服は千切れ飛んだが、シャリアの手に伝わって来た手ごたえは、まるで何か生木でも叩いたかの様だった。

 

「な、何よこいつ……。」

「シャリア!死人食らいには普通の武器じゃ効かないって話だ!何か伝説にあるような魔力を持った武器とか、聖なる力を持った武器とか!」

「じょ、冗談でしょ!そんなの滅多にあるわけ無いじゃない!」

 

 フィーはあえて前に出る。死人食らいの攻撃をひきつけて躱すことで、シャリアばかりに攻撃が集中するのを防ぐつもりだ。

 

「ええと、あとは僧侶の術とか……。あるいは妖術師の妖術とか……。」

「ハリアーはあそこで落とし穴に落ちたままじゃない!それを探してる途中でしょ!?」

 

 シャリアもまた、攻撃を躱す事に専念する。死人食らいはフィーとシャリア、どちらに攻撃しようか一瞬迷ったようだが、フィーに攻撃をした。フィーはからくもそれを躱す。

 フィーはブラガに叫んだ。

 

「ブラガさん!俺達が時間を稼ぎます!奥の扉を開けてください!」

「わ、わかった!」

 

 ブラガは転がる様に奥の扉の前へ走る。だが鍵を開けるには、相応の時間が必要だ。それだけの間、フィーとシャリアが耐えていられるかどうかは分からない。

 やがて、シャリアが我慢できなくなった。

 

「ちっくしょう!このままじゃ、じり貧よ!フィー、試してみる事があるから、ちょっと気をひいて!」

「あ、ああ分かった!」

 

 シャリアは一歩下がると、特殊な呼吸法を行い始めた。彼女は『気』を練っているのだ。そして出来る限りの強さで『気』を練った彼女は、その『気』を長剣に纏わせて死人食らいに叩きつけた。

 果たして、『気』の宿った刃は死人食らいに若干効果があった。死人食らいの身体は薄くではあるが切り裂かれ、臭い体液が飛び散る。死人食らいは咆哮を上げた。

 

「や、やったわ!『気』なら少しは効果があるみたい!」

「そ、そうか!じゃあ頼むシャリア!俺が相手を引きつけておくから!」

 

 フィーの言葉に頷くと、シャリアは再び気闘法の呼吸を行い始めた。

 やがて、数度ばかり気闘法の攻撃を浴びた死人食らいの体表は、あちこちが切り裂かれていた。しかし、フィーとシャリアの奮闘もここまでであった。シャリアが叫ぶ。

 

「何よこいつ、どれだけしぶといの!?もう気力が尽きちゃうわ!」

「しゃ、シャリア!頑張って!……うわっ!」

「フィー!」

 

 ついにフィーが攻撃を躱しそこねた。しかも、かなり良い当たりをもらってしまう。フィーの身体から血が吹き出た。

 その瞬間、フィーの身体は麻痺した。死人食らいには、この様な特殊能力もある。攻撃が命中した際に、まれに相手を麻痺させるのである。シャリアは倒れたフィーを護る様に、死人食らいの前に立ちふさがる。彼女は叫んだ。

 

「ブラガ!まだなの!?」

「ま、まだそんなに時間経ってねえじゃねえかよ!」

「ん、もう!フィーが危ないのよ!」

「な、なにぃ!?」

 

 それ以上言わず、シャリアは死人食らいの攻撃を躱す事に専念した。死人食らいは、そんな感情などあるわけも無いのだが知能は高く、嵩に懸かって攻め立てて来る。シャリアは焦った。

 一方ブラガもまた、焦っていた。なんとか急いで鍵を解除しようと努力はしているのだが、急いだ所でそう簡単に鍵が外れるわけもない。フィーが危ないと言われ、なおさら焦りはつのった。彼は毒づく。

 

「ちくしょう!こんな鍵、いっそのことぶち壊して……。」

 

 その時、がちゃりと音がして鍵が回った。ブラガは呆然とした。彼が鍵を開けたのではない。扉の向こう側から、鍵が開けられたのだ。そして扉が開く。ブラガは慌てて身構えた。こんな時に、新手の敵でも出てきたら、もうどうにもならなくなる。

 だがその心配はいらなかった。扉の向こうから出て来たのは、頼りになる仲間だったのである。

 

「クーガ!ハリアー!」

「ブラガか。さっきシャリアの叫び声で、フィーが危ないと聞こえたが?」

「ああっ!クーガ、あれを!」

 

 ハリアーの叫びに、クーガは戦闘の様子を見る。1体の化け物――クーガには、それが死人食らいである事はすぐに分かった――に、フィーが床に這わされ、シャリアもまた追い詰められている。クーガは、手に持っていた鞘に入った長剣をシャリアに投げる。

 

「シャリア、この奥で拾った魔剣だ。それを使いたまえ。」

「魔剣!?伝説の武器みたいなの!?」

「そこまで強力ではないが、充分そいつを黙らせられるはずだ。」

「ありがと!」

 

 シャリアは自分の剣を床に落とすと、クーガから投げ渡された長剣を鞘から抜き放った。聖刻文字が紋様の様に刻まれた剣身があらわになる。いかにも、それらしい剣だった。

 

「これは……いける!」

 

 魔剣を手に構えると、シャリアは死人食らいに斬りかかる。その斬撃は、まるで閃光の様だ。その刃は、死人食らいの強靭な身体をまるでバターの様に斬り裂いた。

 死人食らいは一声吼えると、床に伏した。臭い体液がどろどろと流れる。シャリアはフィーに駆け寄った。

 

「フィー!フィー!しっかりして!ハリアー!早く来て!」

「はい、ちょっと診せてください。……大丈夫そうですね。重傷ですが。」

「あの怪物は死人食らい、だな。あれに攻撃を受けると、麻痺してしまう事がある。しばらく経てば、麻痺も解けるだろう。」

 

 クーガが冷静に言うと、シャリアも安心した様だ。彼女は一息ついた。ハリアーは、フィーの傷を癒すために術を数回使う。彼の傷は、なんとか軽傷と言える程度まで回復した。

 ブラガが話しかけてくる。

 

「いや、助かったぜ。お前ら、この奥全部見て回ったのか?そんな魔剣を手に入れて来るんだから、よ。」

「いえ、全部は見ていません。」

「とは言え、収穫はかなりあったが、な。」

 

 クーガはそう言うと、手に入れた品々を皆の前に出した。先程の長剣の他に、これも魔剣である小剣が一振り。そしてフィーが今着ている様な操手用の防具一式。クーガ曰く、これにも魔力が込められている、とのことだった。更にクーガが持ち歩いている様な、古代の美術品らしき杖――誘印杖である――が3本ほど。そして古文書の類がひと束。それに大粒の宝石らしきもの――ひとつは握り拳ほどもあった――が数個あった。ブラガはクーガに尋ねる。

 

「この宝石はなんでぇ?俺も宝石にゃ詳しい方だと思ってたんだが……。」

「これは聖刻石だ。しかも原石ではなく、加工済みの。」

 

 その言葉に、ブラガは絶句する。シャリアはわけがわからない様だ。ハリアーが彼女に説明する。

 

「聖刻石と言うのは、魔力を秘めた宝石のことです。操兵とかの仮面にもこの石が使われていて、その力の源になっているんですよ。これだけあれば、下手をすると小さな領地ぐらいなら買い叩けますよ。ただ……私は僧籍にある者なので……。」

「そうだ、な。ハリアーには、何か他の物があればいいのだが……。」

 

 クーガの言葉に、シャリアとブラガはきょとんとした顔をする。クーガは追加で説明をする。

 

「いや、神の力と言う物は、聖刻石に秘められた魔力とは反発するのだよ。だから大半の宗教で僧籍にある者は、聖刻石やその魔力で作られた物品とかを避ける。」

「へぇー。そうなんだ。」

「そうだったのか。んじゃあ、この部屋にある美術品とかなら……。ただ聖刻石の価値からするとなあ……。この部屋にある物、全部ハリアーの取り分にしても、不公平になっちまうなあ。」

 

 ブラガの台詞にハリアーは、良いんですと笑って返す。そこへフィーがもぞもぞと動きだした。どうやら麻痺が解けかけているらしい。皆はフィーの元へと歩み寄った。

 

 

 

 彼等はまるで大きな寺院のホールほどもありそうな、巨大な部屋へとやってきていた。そこには朽ち果てた巨大な人型――人間の4倍はありそうだ――が安置してある。それは操兵だった。種別は狩猟機である。フィーが溜息をつく。

 

「これは……死んだ操兵ですね。」

「死んだ?」

「操兵も生きてるんだよ、シャリア。作りものの巨人だけど、ね。でも、これは死んでる。干からびて、使い物にならなくなってる。」

 

 クーガは狩猟機の周囲を、あちこち調べ回っている。やがて彼は言った。

 

「この陣図……これがこの操兵を封印していたのだろうな。おそらくは長期保存のための封印用の妖術だ。だが地震か何かの影響で、封印が壊れてしまっている。

 それでこの操兵は使い物にならなくなってしまったのだ。……残念だな。」

「いえ、俺にはジッセーグがありますから。」

「おそらくこの操兵の剣もまた、操兵用の魔剣の類だったのだろうが……。完全に朽ち果てているな。せめて魔剣だけでも無事であれば……。」

 

 クーガはその狩猟機の背中に回る。現代の狩猟機は、普通胸側に出入り口がある。しかし古代の狩猟機は、胸側に出入り口があるとは限らない。背中側に出入り口がある場合もあるのだ。この狩猟機もまた、背中側に出入り口があった。

 クーガは少々ぶつぶつと何やら呟いていたが、一瞬身体を堅くした。ハリアーがその様子を不審に思い、問いかける。

 

「どうしました、クーガ。」

「……この操兵は、まだ死んでいないかもしれん。」

「え!?」

 

 フィーは一瞬泡を食って、その操兵を見上げた。どう見ても干からびて、動く可能性が完全に無い事は明らかだ。彼は苦笑する。

 

「冗談は無しですよ、完全に駄目になってるじゃないですか。」

「違う、機体の話ではない。仮面の話だ。」

 

 フィーはぎょっとして、操兵の顔を見つめる。そこには髑髏の様な操兵の素顔があり、仮面は無かった。フィーは言う。

 

「そ、そう言えば仮面はついてません。」

「そうだ。別口で仮面が隠されている可能性がある。」

 

 可能性、と言いながら、クーガにはそれが何処にあるのかがはっきり分かっている様だった。彼は狩猟機の躯の正面にある壁に歩み寄ると、壁を叩き始めた。ブラガははっとする。

 

「おい、もしかしてその壁の中にあるのか?仮面が、よ。」

「うむ、その可能性が高い。」

 

 ブラガも一緒になって、壁を叩きだす。やがて彼は、壁の向こうが空洞になっている場所を見つけ出した。

 

「ここだな?」

「ああ、おそらく。」

「だが、どうやって壁を壊す。」

「……シャリア、疲れは多少取れたかね?」

 

 クーガはシャリアに聞く。シャリアは一瞬わけがわからないと言う顔をしたが、小さく頷く。クーガは彼女に頼んだ。

 

「そこら辺に落ちている鉄棒を拾って、気闘法でこの壁を壊してくれないか?」

「え?気闘法って……。ああ、わかったわ!ただ、まだあんまり回数は使えないわよ?」

「うむ。」

 

 シャリアは鉄棒を拾うと、練気を始めた。鉄棒に、シャリアの『気』が叩きこまれていく。シャリアはその鉄棒を、ブラガが示した壁の一点めがけて振り下ろした。

 果たして壁の石組は、粉々になって吹き飛んだ。凄まじい威力である。ブラガは焦った。

 

「おいおい、隠されている物まで一緒になって吹き飛んでんじゃ、ねーだろーな。」

「……大丈夫、の様だな。」

 

 クーガは壁に開いた大穴に手を突っ込んで、何かしらごそごそやっていたが、やがて盾ほどの大きさのある物をそこから取り出した。それは紛れもない、狩猟機の仮面だった。

 

「……傷ひとつない。かけられていた護りの術は、相当な物だったようだな。」

「あ、み、見せてもらってもいいですか?」

「うむ。」

 

 クーガはフィーに仮面を渡す。フィーは魅入られた様に、仮面を見つめた。その仮面は非常に精巧にできており、見ているだけで力を感じる。クーガはフィーに仮面を預けると、自分は干からびた狩猟機の機体の方へ再度歩いていった。彼は背中側の扉――朽ち果てており、蝶番も上手く動かない――を苦労して開けると、中へ入り込む。ハリアーは操兵の躯に近寄り、そんなクーガに声をかけた。

 

「どうしたんです、クーガ」

 

 クーガはハリアーだけに聞こえるように、小さな声で応えた。

 

「先程、魔力感知の術を使ってみたのだがね……。この機体の中にも、何か魔力を感じる物があった。」

「ええっ?」

「なるほど、これか……。」

 

 クーガは目当ての物を見つけ出した。それは操手槽に取り付けてある、感応石だった。それは現代の操兵に据え付けてある感応石とは見た目自体から異なっており、なんと言うか非常に立派な物であった。クーガは朽ち果てた台座からそれを取り外す。意外と簡単に外れたそれを重そうに抱え、彼は言った。

 

「今の時代の感応石とは、秘められた力が違う。かなりの代物だぞ、これは。」

「あらいざらい持って行くつもりですね……。」

 

 ハリアーは呆れた様に言う。クーガは動じない。彼はフィー達の様子を見遣る。彼等は、まだあの狩猟機の仮面に見入っていた。クーガは呟く。

 

「……ひょっとしたら、まずい物を掘り出したかも知れんな。」

「どういう事です?」

「もしかしたら、彼等……特にフィーが『アレ』に魅入られている可能性がある。まあ、見た感じではそう悪い『モノ』では無いと思ったんだが……。気に留めておいた方がいいな。」

 

 ハリアーは眉を顰める。

 

「さっさと売り払ってしまってはどうです?」

「それも一つの手だが……。さて……。」

 

 そう言うと、クーガは仲間の方へ歩いていく。ハリアーは慌ててそれを追った。

 

 

 

 この遺跡の探索は、結局ここで終了する事になった。操兵の躯があった操兵庫からは、すぐに外に出る道が見つかった。これも地下水脈を利用した水車動力の仕掛けで、崖の一部が大きく開いて、隠された通路が屋外へと開く仕組みになっていたのだ。彼等はその道を通り、外へと出た。全員が相当な量の宝物を持ち出している。運ぶのが一苦労と言った所だった。

 皆の顔は明るい。ただクーガとハリアーだけは、あの古代の操兵仮面の事が少々気にかかっていた。ただ、冒険の成功に水を差すこともあるまい、と彼等は黙っていた。やがてフィーが駐機していたジッセーグ・マゴッツの姿が見えてくる。彼等の繋いでいた馬達も見える。フィー、シャリア、ブラガは笑顔を交わした。ハリアーもにっこりと笑いかける。ただクーガはいつも通り無表情のままだった。




主人公たちは、古代の操兵仮面を手に入れました。しかし、機体は完全に干からびて使い物になりません。ですが、機体は古代の物とは比べ物にはなりませんが、現代(西方歴830年台)でも製作可能です。権力の後ろ盾と、支払う報酬さえあれば。
さあ、どうなる!?
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