目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

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第14話

菊池の件がとりあえず一区切りついて、面倒くさいことが一つ片付いたと胸をなでおろす。

正直油断していた。そんなときに不意打ちを食らってしまったのだから、堪ったものじゃない。

 

今日最後の授業、数学。本日の授業内容は予告なしの小テスト。

一応は100点満点で、問題数は二十問ほどあった。

単純に考えて一問5点配分になるのだろうか。しかし最後の方の問題がやけに難しかったので、そう単純な配分じゃないのかもしれない。

ただでさえ立て込んでるのにこんな余計なことしやがってと、ここ数日勉強に身が入っていなかった事実を愚痴と一緒に痛感する。

最近習ったはずの応用問題に頭を抱えている内に時は残酷に過ぎて行き、アラームが鳴って教師の号令で回収される。

後ろの席から回ってくる解答用紙に自分の用紙を重ねて溜息を吐いた。

なんとか全ての答えを埋めることは出来たが、満点を取れたかどうかは怪しい。

このテストも会長なら余裕で満点を取るのだろうか。たぶんとるんだろう。

会長以外でも瑠音先輩も案外頭が良いらしく、もしかしたらあの人でもこれぐらいの復習問題は満点をとれるのかもしれない。葵先輩については言及するだけ酷なので何も言わないけど。

 

こう考えてみれば生徒会の三年生は才色兼備が揃っている。

二年生にしても成績優秀者が多いと聞く。唯一の一年生で、平々凡々な俺としては肩身が狭くなる思いだった。

そもそも当選したこと自体間違いだったと言う意見もある。北村の言葉を借りるなら運が良かっただ。この運がいつまでも続くとは思えない。来年はどうなるだろうか。当選できるだろうか。出来なかったらどうしよう。

考えていて段々不安に駆られた。今考えても仕方無いことだとは分かっているのだが、一度こうなってしまうと悪い方向にばかり考えてしまう。

いつもならこんな不安簡単に笑い飛ばしてくれる北村はいない。

じゃあどうするか。胸の内に溜めて悶々とするのは健康によくない。

と、いうわけで放課後、俺は生徒会に行く前に二年生の教室へ向かった。

 

「聞いてくれますか」

 

「なに、急に……」

 

窓拭きをしていた二年の先輩に突拍子なく声をかけた。

先輩は突然現れた俺を鬱陶しそうに迎える。

 

「ここ二年生の教室だけど」

 

「二年A組ですよね。知ってます」

 

「だったら入ってくんなよ……」

 

これ見よがしに大きな溜息を吐いて窓に向き直る先輩。

俺もその辺に転がっていた雑巾を持って先輩の横に立った。

 

「で、なに?」

 

「聞いてくれるんですか?」

 

「ちゃっかり掃除までしてるくせに……」

 

まあ、俺も逃がすつもりはないのだが。

 

「で、どんな話?」

 

「相談というか愚痴です」

 

「友達にでも言ってろよ……」

 

「数少ない友達が休みなんですよ。しばらく学校きそうにないんで、早めに発散させておきたいなって」

 

「それで何で僕?」

 

「先輩皮肉屋の熱血漢じゃないですか。わかりにくいド正論でぶん殴ってくれるかなって」

 

「君僕のことそんな風に思ってたのか」

 

窓の上の方に腕を伸ばしながら、先輩は横目に睨んでくる。

 

「三年の先輩方なら真摯に聞いてくれそうだけど……」

 

「それ瑠音先輩も含まれてます?」

 

「あの人だって、別に君のこと憎んでるわけじゃない。真面目に相談すれば真面目に聞いてくれるよ。たぶん」

 

「弱みを見せたら一生弄られますよ。あれにマウント取られるなんて絶対嫌です」

 

「一生ね……」

 

先輩は何故かいつも以上のニヒル風味で笑った。

その笑いの意味が今一わからず先輩を見る。

チラッと一瞥されたと思いきや、「ふん」と小馬鹿にするように笑われた。

 

「まあ、いいや。言いたいなら勝手に言いなよ。こっちは掃除の合間に、暇つぶしで聞いてやる」

 

「あざっす」

 

一度先輩を向いて頭を下げる。それから窓に映る自分を見ながら切り出した。

 

「将来のことです。将来って言うか一年後ですけど」

 

「あー……」

 

「それを僕に聞くかあ……」と先輩は嘆きに近い声を上げた。

来年、二年生は受験だ。先輩としても思う所はあるだろう。でもそんなこと俺にとってはどうでもいいので、無視して話を進める。

 

「俺一年生のくせに運よく生徒会入れたじゃないですか。まあ入りたくて入ったんで、それは嬉しいんですけど、来年も入れるのかって不安になりまして」

 

「んー……」

 

「生徒会の三年生って学校で一番二番を争う人たちばっかりで、二年生だって凄い人ばっかりだ。それに比べて俺ってどうですか。普通じゃないですか」

 

「はー……」

 

「さっき小テスト受けてきたんですけど、結構難しくて満点取れそうにないんですよ。でも、こんなテスト会長なら楽勝で満点何だろうなあって思ったらなんか不安になりました。俺来年大丈夫なんだろうかって」

 

「あー……」

 

話をしている間、先輩は相槌を打つ代わりに手が動いていなかった。

その分俺が手を動かす。

 

「先輩どう思います?」

 

「それはさあ……」

 

「はい」

 

「僕に聞くなよ」

 

心の底から嫌そうに先輩は言った。

 

「三年生については僕も同じ気持ちだよ。背伸びしても手を伸ばしても逆立ちしても、足元にすら届かない人がいる。僕は来年この人と比べられるのかと思うと鬱になる」

 

「まあ、そういうのもありますかね……」

 

先輩の口ぶりでは誰か個別の人物を上げているようだったが、具体的にそれが誰なのか分からなかった。

詮索しようにも、今俺は相談している身だ。余計な口は挟まずに黙って話を聞いたほうが良いだろう。

 

「この間テストあっただろう。君何点とれた?」

 

「主要科目の平均で76です」

 

「そうか。僕は79だ」

 

さらっと自慢されたが、俺よりも高得点なところはさすがというべきか。

この人の性格で実力伴わなかったら馬鹿にされるだけだし。

 

「76点か。この学校でそれだけとれれば十分だ。頑張ってるじゃないか。で、噂だけど、会長はほとんど満点に近いって話。柏木先輩はその一つ下らしい。あれを満点って、どんな化け物だよ」

 

「下って言うのは順位がですか?」

 

「たぶん」

 

となると瑠音先輩もほとんど満点を取っていることになる。

受けたテストの難易度を思い出し言葉を失う俺に、先輩の口端が吊り上がった。

それはいつも通りのニヒルな笑みのはずだが、話している内容のせいか、自嘲しているようにも見えた。

上から見れば、俺たち二人の点数なんて団栗の背比べだ。

 

「一年後、僕があの人たちみたくなれるとは思わないけど、だからって卑下するもんじゃない。僕ぐらいでも成績はトップクラスだ。君だってそうなんじゃないのか?」

 

「順位は分かりません。聞いてないので」

 

「ふん。そうかい。とにかく、絶対評価なんだからテストの点数で負けようが平均評定で4.3以上とれればいいんだ。できれば4.5……欲を言えばそれ以上は欲しいけど」

 

「先輩も推薦狙いですか?」

 

「そのために生徒会に入ったんだよ」

 

鬱憤を晴らすように力強く窓を拭き始めた先輩は、その語気までも力強いものになった。

 

「男とか女とか関係ない。頭が良い奴が勝者だ。学歴社会ってそういうもんだろう?」

 

「まあ、そうですね」

 

「そうなんだよ、絶対」

 

この人も結構こじらせてる。

女に対して敵愾心を抱いてるように見える。

男だからで差別されたことでもあるんだろうか。

 

「……俺、来年生徒会はいれるかな」

 

「それを決めるのは僕じゃないから知らないけど……」

 

「ですよねえ」

 

別に解決を望んで話した訳じゃないが、先輩に話してみても気持ちが軽くなったりはしなかった。

会長たちの凄さを教えられただけだ。凄い人たちだと改めて思う。満点とかどうやったら取れるんだ。

 

無言で窓を拭き、こちらも一心に拭いていた先輩の動きが急に止まった。

チラッと横目に見てくる。それで窓ふきを再開しながら――――。

 

「まあ、僕としても多少見知った人の方がやりやすいから、頑張れよ」

 

そう言ってくれた。

 

「はい。頑張ります。じゃあ俺はこれで」

 

「おい、待て。話聞いてやったんだから、君も少しは誠意見せろよ」

 

「金ですか?」

 

「ちっがう。最後までやってけ」

 

ぞうきんを絞って窓を拭く。水滴のついた窓の向こうでは、たゆたう雲がゆっくり動いている。

開いた窓からは風が吹き込んで、涼やかな陽気を運んできた。

青い空に一点の黒。鳥が一羽飛んでいた。カラスだろうか。奴は大空を気ままに飛んでいる。

 

いくら先のことを心配したところで、結局その時が来ないとどうなるかなんてわからない。

俺に出来ることは、今できることを全力でやることだけだ。

それにも、先送りだとか考え無しとか色々異論はあるけれど、とりあえずはそんな感じで、この不安は決着としよう。考えなきゃいけないことは他にもたくさんある。

 

そんな事を思いながら、ぞうきんを絞った。

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