目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

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第15話

約束と言うのは大事なことだ。

一度交わしたのなら守らなければいけない。

そんなこと一々考えずとも当然のことで、だけどついつい忘れがちになってしまう。

だから、わざわざこうやって心に刻んで、次は忘れないようにしなければいけない。

そう心を新たにすることがあった。

 

 

 

数学で卑怯な奇襲を受けた日の放課後のこと。葵先輩と一つ約束をした。

それは単純に何の捻りもなく、『一緒にいちごパフェ食べに行こう』という約束だ。

丁度約束した日は金曜日だったので、週末土日どうですかと誘ったのだ。少し遠めのスイーツ店の検索結果を携帯に表示させながら。

 

生徒会の仕事中、仏頂面でずっとパソコンと格闘していた先輩。それは何も不本意な仕事を押し付けられたと言うばかりではないだろう。

今日、昨日のわだかまりが尾を引いているのは火を見るより明らかだった。

仕事に区切りがついて、役員のほとんどが下校した後、見せられた検索一覧に心魅かれたようで、今度はそっちを熱心にスクロールしていた。

非常に強い手応えを感じた俺は、後ろに控える瑠音先輩をけん制しながら葵先輩の言葉を待った。

 

「これいいなあ……」

 

「行きますか?」

 

「行きたい……。でも、週末かあ……」

 

「ご用事でも?」

 

「部活」

 

6月が終わり、もう夏だ。8月にはまた大会があるらしい。

先輩の場合冬の大会にも出られるらしいが、それでも高校三年間で3回しかない夏の大会だ。いつでも行けるスイーツ店よりそっちが優先だろう。

大会が近いから土日は大体埋まってるらしい。かと言って放課後にちょっと足を延ばせる距離でもない。困った。

 

「7月は期末もあるし、近いうちはちょっと無理だな」

 

「うーん。残念ですねえ。じゃあまた今度ですか」

 

夏休み、大会が終わった後ぐらいなら空いてるだろうか。

未来に思いを馳せるが、それもその時が来なければ分かるまい。

 

「それなら、とにかくこれで機嫌直してください」

 

「あ? なんだこれ」

 

「イチゴ大福です」

 

ピンクの外装は、よくコンビニに売ってる生地がモチモチのやつ。

別に俺はイチゴが好きってわけではないが、これは結構好きだ。モチモチだから。

 

「なんだってこんなの持ってるんだ」

 

「昨日のあれで怒ってるだろうなあと。ご機嫌取りアイテムですね」

 

「抜け目ない奴」

 

瞬間湯沸かし沸騰機的なところのある先輩は、瞬間冷凍機の性質も兼ね備えているので、こんな100円そこらの袖の下でも満足したようだった。

噛んではみょーんと伸びる生地に大層ご満悦で、食べ終わるころには俺への怒りはさっぱり消えていた。

 

それが昨日の話。

今日は土曜日。学校は休みだ。あくまで建前上は。

 

うちの学校は自称進学校らしく土曜日も授業がある。

それ自体、自由参加とは銘打っているものの、その実土曜日の授業でしか習わない箇所も平気でテストに出題されると言う鬼畜っぷりだ。

これに出席しなければ満点なんて狙えない。平均8割もいかない俺が逃せる理由なんてなかった。

 

というわけで、土曜日もいつも通りの時間に起きて食パンを齧っていたのだが、一つ忘れていたのを思い出した。

会長と一緒に登下校すると言う約束だ。

土曜日の自由参加授業のことは一度も話し合ったことがない。恐らく会長も土曜日は登校しているはずなのだが。

 

試しにメッセージを送ってみる。

数分待って、既読はつかなかった。

ならば電話をとかけてみて、留守番電話サービスに繋がる。

これから得られる答えは一つである。もしかして、会長はいま寝てるんだろうか。土曜日の授業は出ない? どうやって満点取ってんの? 謎だった。

 

これが平日だったら俺は喜び勇んで会長の家に向かうのだが、生憎今日は土曜日。普通の学生にとっては休日だ。

休みの日に、寝ている人を起こす気にはなれない。

 

会長はこのまま寝かせておいて、帰ってきたら話をしよう。

土曜日だし、電車もそれほど混んでるわけではない。

わざわざ会長に守ってもらう必要もなさそうだ。いざとなれば秘策もある。刑事ドラマを見ていて思いついた事だ。

 

勝手な判断を下しバッグを担いで家を出る。

外は昨日と比べて少し暑かった。

この分ではセミが鳴き始めるのもそう遠いことではない。夏が来たな。

バッグを担ぎ直しながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅で電車を待つ時間。

土曜日だと言うのに、世間は休日と言う雰囲気ではない。

学生の姿はぐんと減るが、スーツを着た会社員の数自体はいつもと変わらないように思える。男女の比率が記憶と食い違っているが、それにももう慣れた。

 

たぶん、社会人は日曜日が休みという人が多いんだろうが、学生の身分では週休一日と言うのは想像して楽しいものではなかった。

俺も土曜日に授業があるとは言え午前授業だし、昼には帰れる。明日は休みだ。半日と言うのは結構デカい。

 

電車を待つ列の最前列に並び、たまに電光掲示板を見上げる。

間もなく電車がまいります。心の中で文字を読む。

 

欠伸をしてから前を向いた。

遠くから、電車の近づく音が聞える。

 

向かい側のホームはこちら側と比べてあまり混んでいない。

それでも10人以上は人がいる。並んでいると言うよりはバラけているが。

何の気なしにその人たちを眺めていると、階段を下って人がやってきた。

女性だ。ハイヒールを履いて、丈の長い白いスカートに純白のブラウス。

その人は眼鏡をかけていた。遠目から見ただけだが、どこかで会った気がした。

 

女の人はゆっくりと歩き、俺と向かい合う位置まで来ると立ち止まり目を合わせてきた。

知らない人と目が合ってしまったことが気まずくて、思わずこっちが逸らす。

それでも視界の隅でちらちらと見ていた。やっぱりどこかで見た気がする。

考える俺に向けて、女性はおもむろに携帯を構えた。

 

シャッター音は聞こえてこなかった。

でも、もしかしたら聞えなかっただけかもしれないし、動画を撮っているのかもしれない。何にせよ、カメラを向けられて良い気持ちなどしない。思わず彼女を凝視する。

眉を顰める俺を見て、女は笑った。

笑いながらゆっくりと手を持ち上げる。その手が眼鏡に触れる。外した。

 

素の顔が露わになった。

眼鏡一つで印象はかなり変わるものだと思った。美人だった。目つきが鋭く強気な性格が顔に出ている。

そして、やっぱりその顔には見覚えがった。思い出した。

あの時はスーツだった。今は私服を着ている。気付かなかった理由の一つがそれだ。いつか遭遇したやばい目つきの痴女が、そこに立っていた。

 

痴女は俺に手を振ってきた。笑顔で、親し気に。

いやいや待てよと心の中で突っ込む。なんでそこにいんの? なんでそんなに好感触?

次々に言いたいことが流れ、言葉にならず消えていく。

何も出来ずに呆然と見つめて数瞬。直後に電車が滑り込んでくる。強風に吹かれ、咄嗟に目を閉じる。

目を開けたとき、目の前には電車が止まっていた。

空気の抜ける音がしてドアが開く。それを前に一瞬動けず、後ろから押されてようやく我に返った。

急いで電車の反対側の窓に噛り付く。

痴女はまだそこにいた。窓越しに俺を見つけて小さく手を振っている。

 

「なんで……」

 

思わず零れた声に答える人はいない。

間もなく電車が発車し、俺と痴女の距離は離れていく。

見えなくなるまで、痴女は俺に手を振り続けていた。まるで知り合いに振るようににこやかに。

 

揺れる電車の中で心臓がバクバク早鐘を打っている。

思わぬところで、思わぬ人と会った。

二日前、痴女行為を働いてきた犯人。

また会ってしまった。もしこれを会長が知ったら怒るだろう。

土曜日も一緒に登校すると言いかねない。これ以上迷惑を掛けたくない。土曜日ぐらいゆっくり眠ってもらいたい。

 

会長の怒った顔を想像して落ち着いてきた。心拍数も元に戻っている。

しかし、つくづく反対ホームで良かったと思う。

もし今また痴女られたら少し面倒になっていた。少なくとも、学校には行けなかっただろう。

本当に、反対ホームで……。

 

「あ……」

 

嫌な予感を覚えて声が漏れた。

あの女はこんな朝早くにあの駅にいた。

前に会った時は同じ電車に乗り合わせただけだ。

どこの駅から乗ったかなんてわかりっこない。

けれど、もしあの日俺と痴女が同じ駅から乗り込んでいて、もしホームにいた時点であいつが俺に目を付けていたのなら――――。

 

先ほど呆気にとられた俺と違って、あの痴女に驚きはなかった。

むしろ最初から俺がここに居ると知っていたように、笑顔で手を振ってきた。

 

冷や水を浴びせられる。そんな感覚に襲われた。

最初からあいつは俺の最寄駅は知っていたのか。

もしかしたら、俺が知らないだけで昨日もあの痴女はどこかで俺のことを見ていたのかもしれない。

平日の雑踏の中から見られていても気づけるはずがない。

俺も会長も見られているとは知らず、話し込んでいたわけだ。昨日は菊池の件に触れられたくなくて、風呂で最初に洗う部位とか、変な話題を振りまくっていた。あれを聞かれていたなら恥ずかしい。

 

今日はたまたま痴女行為は働かなかったようだが、これからもないとは言い切れない。

顔を覚えられてるし、その内また狙われる可能性はある。最初に思いっきり撃退してるから、その可能性はあまり高くないだろうけど、あの目を思い出すと妙に不安になる。まったく予想だにしなかったことを仕出かしそうな怖さ。

 

犯罪者の心理なんてわからない。中には本当に頭のいかれた奴もいるらしいし。

理解しようとしてこっちまでいかれたら元も子もない。あんまり考えるのはよしたほうがいいかもしれない。

 

あー、でも……菊池ならなんか分かっちゃいそうだな。

あいつ一流とか二流とか独特の価値観持ってるし。

 

昨日の菊池との会話を思い出して、機会があればそれを聞いてみようと頭の片隅に書き留める。

 

まさか俺の方からあいつに話すことがあるなんて。

10年に一度だなんて考えてた昨日の自分に聞かせてやりたい。

たぶん、全力で否定するのだろうが。

 

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