目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

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第18話

見知らぬホームに降り立つ。

基本出不精な性質だが、たまに知らない場所に出かけると胸が高鳴るぐらいには冒険心があった。その辺はやっぱり男ということだろう。

 

駅に人の影はまばらだった。ホームも改札もトイレすら、なに一つとして馴染みのないここは、ひと気のなさと相まって寂れているような気がする。

まったく偏見だが、駅の終着点は過疎地というイメージがあった。

普通に考えればそれ以上延伸しても採算が取れないから終着駅なのだ。そのことを踏まえるとあながち間違っているようには思えないが、声を大にして言うことでもない。

 

「バスですか?」

 

「歩き。近いから」

 

駅から近いと言うのは魅力だ。

我が家はバスに乗らなければ駅まで遠い。あるいは自転車と言う手段もあるが、それよりはバスの方が早くていい。その分料金は掛かるけど。

 

「会長この辺来たことあるんですね」

 

「何回かね。招かれたの」

 

「夕飯に?」

 

「そう」

 

悲惨な目に遭い引っ越してなお付き合いは続いていたようだ。

考えてみれば、それぐらい付き合いがなければ北村の容体を伝えることもしないだろう。

家族ぐるみでのお付き合い。羨ましい。

 

「なんかお邪魔っぽいなあ」

 

「どうして?」

 

「だって招かれたの会長一人ですし」

 

「光だってあなたと話したいと思っているわ。きっと」

 

北村はそう考えてそうだ。ていうかあいつが勝手に色々気を回したのだから、気にかけてなかったら殴ってやりたい。

ただ、北村の考えがどうあれ、両親がどう考えているかわからない。会長美人さんだしなあ。親としては色々期待しちゃうんじゃないだろうか。

 

「トイレ寄っていいですか?」

 

「構わないけど」

 

「大きい方なんで、先行ってても良いですよ」

 

「ちゃんと待ってるわ。あと、男の子なんだからそういうこと口にするのはやめなさい」

 

「変に取り繕っても待つ時間が長ければ気付いちゃうでしょ?」

 

そんなやり取りをして男用のトイレに入る。

中に他の利用客はいなかった。

とりあえず出すものを出し終えた後、手を洗って身だしなみを確認した。

ネクタイをきゅっと締め、襟足など立ってないか確認する。

一通り確認を終え、「よし」と声に出して気合を入れた。

 

トイレから出てすぐ正面の壁際で会長は携帯を弄っていた。俺に気づいて目を上げる。

 

「早かったわね」

 

「快便なんです」

 

会長の顔がゆがんだ。

下世話な話はお気に召さないらしい。

引っくり返る前は男の大好物だったのだが。

 

「ちゃんと手は洗いましたよ」

 

「行くわよ」

 

これ以上この話を続けるつもりはないと、会長はさっさと先に行ってしまう。

その背を追いかけながら、もう一度ネクタイを締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会長が指さした家は青かった。

全体的に四角くて紺色の一軒家だった。見たところ二階建てのようだ。

住宅街の一角にあるその家の表札には確かに北村と書かれている。

 

「ここですか?」

 

「ええ」

 

何のためらいもなくインターフォンを押す会長の後ろで、俺は原因不明の緊張感を抱いていた。

友達の家に来るのが初めてだからとかそんな悲しい理由だろうか。

そもそも俺と北村は友達だろうか。思い返せば一度も学校の外で話したことはない。こんなのただの同級生じゃないか。

思考は何故かマイナス方面に突っ走っている。

 

「はい」

 

「金折です」

 

と会長と家主と思しき人のインターフォン越しのやり取りを聞きながら、妙な不安に取りつかれ何となく辺りを見回した。

何もなかった。人っ子一人居なかった。余計不安が募る。

 

間もなく扉が開き、丸っとした顔の中年親父が一人顔を見せた。

たぶん父親だ。てっきり母親が出るんだと思っていたから酷く驚いてしまった。

 

「やあ、早織ちゃん。ご無沙汰だね」

 

「お久しぶりです、おじさん」

 

第一声からすでに仲良さげなやり取りに早くも孤独感を感じた。

そのこと察してかどうか不明だが、挨拶もほどほどに会長は俺を手で指し「私の後輩で光の同級生の七瀬君です」と紹介してくれた。

 

「光の同級生?」

 

「七瀬です。初めまして」

 

探る様な不躾な目で見られ身体が硬直する。

足の先から頭のてっぺんまで、何度も視線が往復する。

その視線は、会長が何か耳打ちすることで一気にフレンドリーなものに変わった。

 

「や、失礼。七瀬君だったね。初めまして光の父です。光がいつもお世話になってます」

 

「むしろ俺がお世話になってます」

 

正直に言って、この変わった世界で俺と北村の関係がどう言う物かよくわからないので、ほとんど社交辞令だった。

変わる前みたいに北村がバカやるのを特等席で面白く眺めているのなら、「むしろ楽しませてもらってます」というのが正しいのだろうが。

 

「おじさん、これつまらないものですけど」

 

「あ、これはこれは気を遣ってもらって」

 

会長から紙袋を受け取った北村の父親は、中身を確認して「早織ちゃん大きくなったなあ」と感慨深げに呟いた。

 

「家に来るのに、手土産を持ってくるようになっちゃったんだもんなあ」

 

「今回は光のお見舞いも兼ねてますし……。ご迷惑でしたか?」

 

「とんでもない! いやほんと、しっかりした子だよ!」

 

父親は大げさな手ぶりで否定し、「さ、入って」と促した。

 

「お邪魔します」

 

と礼儀よく玄関を跨いだ会長に従って俺も「お邪魔します」と続いた。

 

「光は二階の部屋にいるよ。すぐに飲み物を持っていくから。あ、このスリッパ使って」

 

そう言い残し、父親は奥に消えてしまう。

勝手知ったる家って具合にスリッパを履く会長からは、かなりの頻度でこの家に来ている様子がうかがえた。

二階に昇るといくつか扉があって、パッと見てどれが北村の部屋なのか分からない。

一瞬迷う俺に会長が「こっち」と教えてくれた。

俺が追いつくのを待って扉をノックする。

「なに?」と声はすぐ戻ってきた。

 

「光? 私。さっき連絡した通り、七瀬君もいるわ」

 

いつの間にそんなことしていたのだろう。

学校に来る前か、それともさっきトイレに寄った時だろうか。

扉の向こうから返事はなく、代わりに扉が開いた。

北村が顔を見せた。

 

「早織か。久しぶり」

 

「ええ、お久しぶり」

 

そんな会話。

見るところ、北村は変わっていない。

頬がこけてるとか顔色が悪いとかそんなことはなくいつも通りだった。

 

「七瀬も久しぶり」

 

「おお」

 

数日ぶりの会話はそんな感じで、特に気負うこともなくすんなり言葉が出た。

「入ってくれ」と言われて北村の部屋に入る。

部屋の中は本棚、学習机、ベッド、収納棚等。それだけ見れば普通なのだが、本棚からは本が転げ落ちているし。机の上はプリントや教科書でぐちゃぐちゃだ。ベッドの上には脱ぎ捨てたパジャマがほったらかしてある。

 

「大掃除でもしてたのか?」

 

「ああ、汚くて悪いな。戻ってきて色々やってんだけど、中々片付かないんだ」

 

嘘か真か判断付きにくい返答だった。

「早く片付けなさい」と会長が呆れ気味に言う。

 

「足の踏み場もない」

 

「いや、あるだろ」

 

北村は足をブルドーザーのようにして本をどけた。それを見ている会長の目が怖い。

 

「適当に座ってくれ」

 

今しがた空いたスペースに俺と会長は腰を下ろす。

横にいる会長からピリピリとした空気が発せられていて、腰の据わりがもの凄く悪かった。

その空気にあてられて俺は正座した。会長は最初から正座だった。

 

部屋の主である北村は空気なんて目に見ないものを気にした様子はなくベッドの上に腰かけた。

 

「なんか買ってきたの?」

 

「クッキー」

 

「なんだ」

 

残念そうな声に思わずむっとした。

4500円もしたんだぞと値段のことを言いたくなる。見舞いに来てそれは、さすがにみっともないから我慢したが。

 

「父さんが凄くはしゃいでたんだ。早織ちゃんが来るぞって。子供みたいに」

 

「久しぶりだから嬉しいんでしょう」

 

「半年前までよく会ってたのにな」

 

本題に入る前の世間話だ。一般的には天気の話とかニュースの話とか、当たり障りないことで場を繋ぐ。

この二人の場合はそんなものに頼らずとも積もる話が合った。俺は二人の会話を黙って聞いていた。

いま、ここにいる二人は二人とも俺の知らない姿で、俺の知らない過去のことを話している。北村の家に来てからずっと感じていた居心地の悪さがさらに増し、なんかもうすごく帰りたくなった。他クラスの同窓会に参加したような気分だった。

 

しかしそんな最悪の気分とは言え、折角ここまで来て用件を果たさないで帰るわけにもいかないので、逃避もかねて窓の外を見る。いい天気だった。

 

「本題いいかしら」

 

俺が逃避行している間に話は一段落付き、会長がそう切り出した。

どうぞと言う意味で北村は頷いた。

 

「見たところ元気そうね。良かったわ」

 

「ああ」

 

突然北村がぶっきら棒な口調になる。

あれは分かりやすくその話題を拒絶している感じだ。

自分の身体のことに触れられるのが嫌なのか。一応は了承しておいてその態度は如何な物か。

会長は慣れているのか気にした様子もなく話を進めた。

 

「まずあなたに頼まれたことだけど、きちんとやってるわ。七瀬君もそうしてほしいと言っていたから」

 

「そうか……。七瀬」

 

呼ばれたので、窓から視線を外し北村を見た。

その目には深い哀れみが宿っていた。

 

「勝手に早織に言って悪かった」

 

「おう」

 

「でも、心配だったんだ。お前変に抜けてるし箱入りだし、傍から見ててカモなんだよ」

 

「ネギはしょってないけどな」

 

俺の言葉は無視して、憂虞の籠った溜息を吐く。

それが明らかに子供に対する扱いなので、癪に障って言い返した。

 

「そう言うお前はどうなんだよ。倒れてるけど」

 

「俺は大丈夫だ。過呼吸になっただけだから」

 

「フラッシュバック?」

 

「ああ……」

 

自分で聞いといてなんだが、「ふーん」と興味なさげに相槌を打つと北村は苦笑した。

 

「お前もさあ、一応は痴女られたんだろ? もう少しなんかないのか?」

 

「災難だなあ」

 

「もう一声」

 

「可哀そうだなあ」

 

「うわ、棒読みむかつく」

 

顔を引きつらせる北村は「お前言っておくけど運が良かっただけだからな。その調子だとその内本当にやられるぞ」と負け惜しみ染みたことを言ってきた。

 

運がいいとか悪いとか、どっちかって言うと集団痴女に狙われた北村の運が悪かったんだと思うが。

そんなことを言おうと思ったのだが、その前に横から会長が口を挟んできた。

 

「やっぱり、同級生の貴方から見ても七瀬君は隙だらけに見えるの?」

 

「見える見える。見えるなんてもんじゃない。存在が隙だらけ。こいつ女子の視線とか全然気にしてないし、べたべた触られても気づいてない。下心に自分から笑顔向けてるようなもん。初めて会った時なんかこのままお持ち帰りされるんじゃないかって気が気じゃなかった」

 

初めて出会った時の話をされても困る。俺の記憶だとお前は木に上っていて、周りには誰も居なかった。どうやら違う出会い方をしたようだ。

 

それから、北村は俺のこんな所がいけないと語り始める。

それはどこかで聞いたことのあるものばかりだった。

ガードが薄い。距離が近い。言動に気を付けない。自分を顧みない。他人の目を気にしない。

男として終わってるとまで言われた。随分な言い様だった。この汚部屋に住んでいながら、よくそこまで言えるものだと感心した。

 

とりあえず話し半分で聞いていたが、途中から北村の語る人間がこの世のものなのか怪しくなった。恐らく何割かは盛って話しているはずだ。そうじゃなきゃそんな純粋培養で生まれたような奴は、とっくに変質者の餌食になってなきゃおかしい。

しかし男女ひっくり返して考えてみると確かにと思う意見も多くあったのは確かだ。北村の語る人物が、裕福な家庭で何不自由なく育てられたお嬢様ならイメージにあうのだが、残念ながら奴が語っているのは俺のことだ。

世界が引っくり返ってしまっているので、俺にとっての男はこの世界では女になる。つまりイメージはあう。まったく意味は分からないけど。

 

そんな感じで色々と思う所はあったのだが、会長の一等険しい視線を受け続けて、安易に口を挟むことは出来なかった。身を縮こまらせ、出来る限り小さくなった。迂闊に動くとやられる。弱者の勘が働いた結果だ。

 

「とにかくそんなわけなんだから、俺は早織にお前のこと頼んだのは間違ってなかったと思ってる」

 

とことんまで理由を羅列した後、それでもやっぱりどことなく言い訳染みた言い様に、何か反論をまくし立てたくなる。

しかし、その反骨心も北村の目を見て吹っ飛んだ。

 

「お前、本当に大丈夫だよな?」

 

本気の本気の本気で。心配している目だった。

自分が遭ってしまった目に、他人を遭わせたくないと骨を砕いている顔だった。

こんな顔をされて、さすがの俺も茶化したり流したりは出来なかった。

真摯に向き合ったその上で、嘘をついた。

 

「今のところ特になんもないな」

 

「そうか」

 

あからさまなホッとした顔を見て、ついつい笑ってしまう。どんだけお人好しだこいつ。

それから学校の話をし、ノートの貸し借りの約束を経て、適当な世間話に移った。

 

その間会長は一切話に入ってこず、じっと考え事をしていた。何度か話題を振ったのだが、「そうね」「ええ」と素っ気ない返事ばかりだった。

時おりじっと俺を見るその目には何か思う所があるようだったが、結局何も言ってはくれなかった。

 

その会話も一段落した頃になって、扉がノックされる。

 

「やあ、お話し中済まないね」

 

丸っとした顔を覗かせたのは北村のお父さんだ。どことなく嬉々とした様子が見え隠れしていて、汗をかいているのか、額で電灯がまぶしく反射していた。

親父さんが開けたドアの隙間から良い匂いが漂ってくる。たぶん焼きそば。

 

「飲み物を持って行こうと思ったんだけど、よくよく考えればもうお昼だ。そこでどうだろう。食べていかないかい? 焼きそば」

 

にこっといい笑顔。

その誘いを受けて思わず北村の顔を見た。

「食べてけよ」と口添えしてくる。

焼きそばかとちょっと考える。

 

「折角ですけど」

 

「遠慮はいらないよ?」

 

「いえ、実はこの後用事があるんです」

 

立ち上がった俺に、親父さんは「そうか。なら仕方ないね」と残念そうな顔をした。

それから会長の方を向いて、

 

「早織ちゃんはどうだい? 久しぶりに話も聞きたいし、食べて行かないかい?」

 

「私は――――」

 

会長は逡巡する様子を見せた。

「食べてけよ」と北村が同じことを繰り返す。俺の時よりは強い口調だった。なんだか親父さんも北村も会長に残ってほしそうだったので加勢することにした。

 

「俺のことは気にしないで食べて行ったらどうです?」

 

「え……あ」

 

なぜか北村が間抜けな声を出す。

ここで会長が残ると俺が一人で電車に乗ることに気づいていなかったようだ。

まあプライベートだし、そこまで面倒見てもらう必要もない。

 

「会長は旧交を深めて下さい。んじゃ、時間もないので、俺はこれで」

 

立ち上がった俺に北村が申し訳なさそうな顔をしている。

「悪いな」と口にまで出してきた。

 

「病人は早く寝ろ」

 

「病人じゃねえよ」

 

扉の前に立っていた親父さんの横をすり抜ける。

親父さんは見送るためにか後ろを着いてきた。

 

「大したお構いも出来なくてすまないね」

 

「いえ、お見舞いに来ただけですし」

 

玄関で靴を履く。

親父さんは笑顔で見送ってくれた。

 

「またいつでもおいで。歓迎するから」

 

「ええ。機会があれば」

 

ドアノブを捻って玄関を開ける。

昼を過ぎ、太陽の熱視線は増していた。

とっとと帰ろうと一歩踏み出した時、二階からバタバタと足音が聞えてきた。

 

「七瀬君、待って」

 

そんなことを言いながら、慌ただしく降りてきたのは会長だった。

 

「おじさん、すいません。今日は遠慮します」

 

早口にそう言って乱暴に靴を履き始める。

「あ、早織ちゃん」と呼び止める声に振り返って、「ごめんなさい」とだけ言った。

 

「いいんですか?」

 

「受験もあるし……」

 

それは明らかに取り繕った理由だったが、会長がそう言うなら俺は何も言えない。

じゃあ行きますかと玄関を跨ぐ。

 

「早織ちゃん!」

 

後ろから聞えた切羽詰った声に、俺が呼ばれたわけではないのにびっくりした。

その声を出した当の本人は、口をまごまごと動かした後、縋り付くような声音で言った。

 

「早織ちゃん、その……光のことよろしく頼むよ……。あの子はまだ、支えが必要なんだ……。誰かが支えないといけない。……だから、だから――――」

 

「……はい。私の出来る範囲で、光を見てます。学校で何かあったら連絡します。だから安心してください」

 

言い終えた後、会長はキビキビとした動作で先に出て行ってしまった。

出て行く会長に手を伸ばしかけた親父さんは、しょぼくれた顔で項垂れる。

蚊帳の外の俺は、取りあえず会釈だけして会長の後を追いかけた。

 

何も言わない会長の横に並んで、

 

「いいんですか?」

 

もう一度聞いた。

 

「受験があるのよ」

 

会長もまた同じことを繰り返した。

そっちを聞いたんじゃないんだけどなあ。いや、まあそれでもいいのか。

 

思いながら、やっぱりそれ以上は聞かない。

早足気味な会長に置いて行かれないように、駅に向かった。

 

 

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