世界が引っくり返ってから一日経った。
カーテン越しの朝日は昨日までと何も変わらない。なんの変哲も無い朝だ。
小鳥のさえずりから吹く風まで、世界が変わったなんてとても思えない。
でも変わってる。外に出れば一発で分かる。
昨日病院行くときに見た。開放的な女子の居ること居ること。下着見えてるだけならまだいい。乳首見えてる奴も居たぞ。どうなってんだこの世界。
今、こうして窓から見える所に乳首はなかった。痴女はいない。それにほっとしたような残念なような。
じっくりと外の景色を見ていたら、ぐうーと腹が鳴る。
例え世界が変わろうと変わらない物もある。腹の虫が鳴るように、どんな時でも腹は減る。
食パンを貪って腹を満たす。
テレビでは相変わらず女性議員が汚職を追及されていた。追及している方も女性だ。
キャスターもレポーターも予報士も女だ。寝て覚めても世界は引っくり返ったままだった。
寝てこうなったんだから、寝たら戻ってるかもなんて淡い期待は儚く散った。
夕べの内に、携帯には体調を心配する連絡が数通入ってた。
学校行くわと返信した。
バスで駅に行き、学校へ向かう。
道中、通学途中の生徒があちこちに見られた。
偏見かもしれないが、男子は草食動物みたいに肩身が狭そうにしている。
逆に、女子は檻から解き放たれた捕食者みたいに羽を伸ばしていた。
スカートの丈がやけに短かったり、シャツのボタンを第三ボタンまで外しているのも居た。
ブラジャーが丸見えだ。下半身に悪いだろ。きちんとしろよ。
滑りこんできた電車はやっぱり混んでる。
座れたことなんて一度もない。
大人しく隅っこの方で携帯をいじってた。
ガタガタ揺れる電車の中で手すりにもたれて一駅通過した。尻に違和感。触られてる。
はあ? と思う。男の桃尻触って何が楽しいんだよ。硬いだけだろ。俺だったら金積まれたって触らない。
こうやって触られても何も感じないし、面倒くさいからリアクションしなかった。
それがまずかったのか、動きは段々激しくなる。手のグラインドは大きくなって、首筋に熱い吐息がかかった。さすがにぞくっとする。
携帯を使って背後を確認。そこそこ美人な人がやばい目つきで立ってた。興奮しすぎて瞳孔開いてる。触る方が感じんのかよ。関わりたくねえ。
それでやっぱりほっといたら、痴漢は調子に乗ってファスナーに手を伸ばしてきた。
それはダメだろ。引っ叩く。
「……っ」
痴漢は思いっきり身を引いた。
息を呑んで我に返ったような顔だ。調子乗んなばばあ。
丁度その時駅に着いたので、流れに乗って外に出る。
痴漢は付いてきて無いようだった。
駅を出る時、貼ってあるポスターが目に映る。
『痴女撲滅キャンペーン』
この世界で痴漢は痴女と言うらしい。一つ賢くなった。けどなんにも嬉しくねえ。
学校は平和だった。
まだ一年も通ってない学校は一見して何も変わらない。
一応進学校のはずだ。スカートの丈は怪しいが、第二ボタンまで開けてるような奴はいなかった。
ここは下半身に優しい場所だ。
「ういっす」
「おお」
教室に着いて自分の席へ。
俺も早い方だが、早い奴はもう来てる。数人だけど。バスの都合とか色々ある。
いっつも俺より早く来る北村と言う男がいる。何の因果か、波乱万丈の席替えの末に俺の前の席に座った北村は、声を潜めて話しかけてきた。
「昨日どうした?」
「悪夢見て錯乱した」
「まじかよ」
言葉が出ないようだった。
今も悪夢の中だ。これほど酷い現実があるだろうか。
「ストレスじゃねえの?」
「かもしらん」
「昨日会長来てたぞ」
「まじかよ」
「なんか緊急の集まりがあったんだって」
携帯にはなんの連絡もなかったから知らなかった。
病欠だから遠慮したんだろう。
「副会長は大変だな」
「大変だよ。実際やりたくねえしな」
「自分で立候補したんだろ?」
「生徒会は進学に有利だから立候補したんだ。まさか当選するなんて思ってなかったし」
いくら二枠あるとは言え、二年生にも三年生にも副会長に立候補した奴はいる。
まさかそれを抑えて俺が当選するなんて夢にも思わなかった。ダメでもともとだったはずなのに。
「何が良かったんだ」
「一年生は何もわかんねえから、とりあえずお前に入れたって奴はいっぱいいるぜ。一年生で立候補とかヒーローだったからな」
ヒーロー(笑)
これで落選したら笑いものだったに違いない。
少なくとも一年間からかわれただろう。それが間違って当選してしまったから、本格的に一目置かれた。
見ず知らずの人間と話すたびに距離があるのはそのせいだ。
「それで二年と三年に勝てるわけないだろ」
「潰し合ったんじゃねえの?」
有り得る可能性だった。
票数を思い出しても拮抗していた。本当にそうなら見事漁夫の利を得た形になる。ラッキーだった。
「まあおかげで進学に有利なカードが手に入ったわけだ」
「来年は落選運動だな」
「殺すぞ」
「お前言葉遣い汚えなあ」とぼやかれた。
肩をすくめる。
それはともかく昨日の分のノート見せろと言ったら快く貸してくれた。
ノートを写している間、会話が途切れる。
教室には少しずつ生徒が登校してきていた。
単純作業をしている間、らしくもなく考え事ばかりしてる。昨日から考えてばかりだ。こうしている間も、聞きたいことがたくさんある。
走らせていたペンを止め、窓の外を見ながら素知らぬ顔で聞いてみた。
「なあ、痴女ってどう思う?」
「最低だな」
大真面目な顔だった。
「最低だよあいつらは」と憤懣やるかたないと気炎を上げている。
俺の知ってる北村なら、一度会ってみたいぐらい言っただろう。
特に性欲モンスターの高校生なら鼻息を荒くして熱く語ってもおかしくない。
「最低か」
「ああ。あいつら腕力で勝ってるからって無理やり触ってきやがる。酷い奴は口塞いで来てな。くそったれだよ」
なんかやけに生々しかった。
たぶんこいつやられたことある。イケメンだから狙われやすいのかもしれない。美的センスは引っくり返ってない。
実際そこんところどうなのか気になったが、しかし聞き逃せなかった。腕力で勝てない?
「……男より女の方が力強いんだっけ」
「当たり前だろ。よっぽど鍛えてないと勝てねえよ、あんなもん」
悔しそうな口調だった。
半信半疑だったがこれで一つ分かった。この世界は腕力も引っくり返ってた。
朝のことを思い出す。腕力で勝てないとなると、あれってもしかして大ピンチだったのでは?
「なあ」
「ん……?」
「俺今日痴女られたんだけど」
「はあ!?」
大きな声に教室にいた数人が振り向く。
はっと口を塞ぐ北村は声を潜めて聞いてきた。
「お前、まじか?」
「ああ」
「……怖かったろ」
「いや、別に」
北村の憐れむ様な眼差しは変わらない。
頬杖ついてるの見たら気にしてないのわかりそうなもんだが。
「そう言う時ってどうすんの?」
「え、いや、冗談だよな?」
「まじでわからないんだけど」
「箱入りにも程があるだろ……」
嘆くように言われた。
箱入りと言うか引っくり返ったと言うか。無知であることは否定できない。
そこに俺の責任があるなんて一片たりとも思えないけど。
「いいか? そういう時は痴女の手掴んで痴女ですって周りに知らせるんだ。そうすれば周りの人が助けてくれる」
「ふーん」
対処法に変わりはない。
同じことすれば良いようだ。俺にそれができるかどうかはさて置き。
北村に聞かれる。
「お前駅どっち?」
「北村とは逆」
「そうか。そうだったな」
北村は腕を組んで真剣に考えだした。
途切れた会話に殺伐とし始めた雰囲気。
この空気を変えたい。
こういう時エロい話できればなあ。エロは偉大なのに。