好きに書けばいいやとも思うのですが
奇遇だとか何とか言って近づいてくる菊池。その後ろにいる男の子。
たぶん小学校の高学年ぐらいだと思う。よくよく見てみれば、顔立ちだけでなく髪の色まで菊池そっくりだ。これで血の繋がりがなかったら凄い偶然。運命を疑う。
周囲の視線が二人に注がれている。
二人そろって美形だから、鬱陶しいぐらい電灯が光っているスーパーのど真ん中でも目立つ。むしろスポットライトみたいになっていた。
光を浴びて一層輝いて見える菊池の笑顔。どす黒い瘴気を感じて溜息を吐く。そんでもって胸の内を隠すことなく呟いた。
「会いたくなかった」
「うわー。初っ端からひどい」
演技がかった素振りを見て余計に気分が落ち込んだ。すでに術中に嵌っている気がする。
なんだって学校以外でこいつと会ってしまったんだろう。不運だ。
「七瀬は買い物?」
会話の取っ掛かりとは言え、分かり切ったことを聞いてくる。
「まあ一応。……そっちは?」
「もちろん買い物」
菊池はカートの籠を指さしながら答えた。
中には何も入ってない。来たばかりだろうか。
「ふんふん。合いびき肉? ハンバーグかな?」
「正解」
「ふーん……料理しないって言ってなかったっけ? なんかあった?」
一瞬言葉に詰まった。菊池の探るような目が痛いところを突いている気がした。
いや、何もやましいことなどないので、それは完全に気のせいなのだが、こいつの言動は一々心の内を見透かしているようで不安になる。
「たまにはする」
「たまにねえ……」
下から窺うように見上げられる。
これ以上詮索されるのはたまったものじゃない。話題を変えたい。
「そっちの子は?」
丁度いいところに所在なさげに突っ立っていた男の子がいる。
視線を向けたら、緊張した顔で俯いてしまった。若干傷ついた。
「ん。弟」
「弁当作ってくれるとか言う?」
「そ。てか一人しかいないし。名前はゆきと」
ゆきと。漢字にしたら幸人か行人か。ちょっと古いかな。
「雪の兎で雪兎。かわいいでしょ」
「かわいい」
俺のセンスはやっぱり古かった。予想はかすりもしていない。
脳裏に一面真っ白な雪原を跳びはねる兎が浮かぶ。そんなの可愛くないはずがない。
「よろしく雪兎くん。七瀬って言います」
「……よろしくおねがいします」
中腰になって目線を合わす。
恥ずかしがって視線を合わせてはくれなかった。
答えてくれた声は小さい。人見知りっぽい。
菊池がフォローに入った。
「ごめん。ちょっと人見知りだから」
「かわいいじゃないか」
「それは好き好きだと思うけどね」
菊池は雪兎くんの頭を掴んで、「もう中学生なんだからシャキッとしろ!」と叱咤した。
きつい言い方だったが、その声音にどことなく愛が感じられて微笑ましかった。この間脅迫してきた奴と同一人物とは思えない。
「て言うか中学生なのか」
「今年からね。ちょっと背が小さいから小学生に思われるんだけど」
内向的な性格も災いして実年齢より若く見える。
それでも中学生だと思って改めて見てみると少し大人っぽく見えた。印象の問題か。
「こんなんでも中学生だから」
ぺしぺしと頭を叩かれる雪兎くんは微妙な表情をしている。
それでも嫌がっている様に見えなかった。家族仲は良好なようだ。
「じゃあ、俺買い物あるから」
「え? 一緒にしてくでしょ?」
「しねえよ」
どうしてそうなるのか今一わからない。
菊池はニヤッと笑うと、
「買い物デートしようか」
「しない」
「じゃあしょうがない。新婚ごっこしよっか」
「断固拒否」
ニヤニヤと笑いながら「えー?」と声だけは不服そうにしている。表情がどう見ても揶揄っている時のそれなので、相手をしてるこっちは疲労感を覚えた。
「まあまあ」
腕を掴まれ胸に抱かれる。
柔らかい感触が伝わってきたが、今更そんなものに惑わされるほど無防備ではない。会長、俺成長してます。
「放せ」
「えー?」
頭を押さえて遠ざけようとしても、俺の力なんか屁でもないのか、表情一つ変わらない。
むしろ余計に力が籠った。密着度が上がる。
「将来どうせ家族になるんだし、予行練習だと思ってさ」
「絶対ありえないから」
「絶対なんて100%のある人生はつまらないでしょ?」
「いま心の底から求めてる」
どれだけ拒絶しても、菊池は笑顔のままだ。
何を言っても手ごたえがない。将来家族になるとか、プロポーズに聞こえなくもないが、金曜日の決戦を思い出せばそんなつもりがないのは馬鹿でも分かる。
こいつの言動は不可解を極めている。軽薄っていうレベルを遥か越えて、宇宙人と話しているようだ。考えるだけ無駄なのかもしれない。
「買い物は一人で済ませたい。他人がいると落ち着かない」
「そう言うルーチンワークが続くと、たまに違った刺激が欲しくなるのが人ってもんでしょ。私って言う刺激、受け入れて見ない?」
「生憎と安定を求める性質なんだ。ルーチンワークほど安心する」
「安心も慣れちゃえば飽きがくるよね? お爺ちゃんじゃないんだから、適度に刺激的なスパイスはあった方がいいと思うけどなあ」
「お前とのそれは、想像だけで刺激的過ぎてちょっと無理。遠慮する」
「何事も慣れだって。私も初体験は気持ちよすぎて死んじゃうって思ったし」
「聞いてない」
会話の主導権が握れない。
暖簾を押してるような気分だ。何たる無駄な労力だろう。
会話の内容は屁理屈のこね合いでなんら生産性がない。こねるのはハンバーグの予定が、とんでもないものをこねてしまっている。
げんなりと旗色悪い中で、唐突に突飛なことを言いだされては白旗もあげたくなるというものだ。
「雪兎くんもいるのに何言ってんのお前」
「うふふ」
嗜虐的に口を歪める菊池から、じんわりと勝者の気配を感じてしまった。
こんなものを感じる時点ですでに俺は負けている。勝ち負けの問題ではなかったと思うのだが。
「分かった。聞きたいこともあったし、一緒に買い物しよう。デートでも何でもない、ただの買い物をしよう」
「やった! ……聞きたいこと?」
菊池は大仰に喜んだあと、人差し指を頬に当てた。
「それってなに?」
「今言うようなことじゃない」
雪兎くんもいるし、他の目もある。犯罪者の心理なんてあまり大っぴらに聞けるようなことじゃない。
菊池の目が横にいる雪兎くんに向けられた。雪兎くんは俺たちのやり取りを蚊帳の外でずっと眺めていた。
さぞ居心地が悪かっただろうと、最近似た経験をしたので分かる。
「いいよ。出来る限りなんでも答えてあげる。上限は一日のオナニーの回数あたりかな」
「聞いてないし聞かないぞ。もう大っぴらにそういうこと言わないでくれよ。本当に他人の振りしたくなる」
そう言いつつ、若干食指が動いたのは否めないが、それも知的好奇心から来るものなので、こいつに対してそう言う下心は一切ない。
スーパーのど真ん中でよくそんなことを言えるものだという感想が一番大きい。
「そう言いつつ気になってるのが手に取るようにわかっちゃうんだなあ、これが」
「妄想力逞しくて尊敬する。他人に迷惑かけない程度に大切に育んでくれ」
「これが妄想かどうかはその内分かるよ。ね?」
ぎゅっと抱かれた腕に力が込められる。
そんな日は一生来ないことを宣言しておく。来てしまったら、多分俺の人生はそこで終わりだ。その先の展望なんて100年かけても思い描けない。悪魔に魂を握られたのとどっこいどっこいの末路を辿る気がする。
「いい加減放せ」
「あいたっ!?」
チョップを一発。
菊池は大げさに声を上げた。
叩かれたところを抑えて「痛いよー」と棒読み風に自己主張している。
それを無視して、俺たちのやり取りを見つめていた雪兎くんに一つ訊ねた。
「こいつって家でもこんな感じなの?」
「……」
雪兎くんは答えてくれない。
ただ、何となく戸惑っているのが分かった。この反応はどういう意味だろうか。
考える視界の隅で菊池がべっと舌を出したのが見えた。
俺は溜息を吐く。こいつの相手するのしんどい。まじで。
その内チラ裏から通常に戻るつもりです