目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

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第23話

買い物はつつがなく済ませた。

菊池が嫌にハイテンションで鬱陶しかったが、それものど元過ぎれば何とやら。

レジを通してエコバッグに詰めこむ頃には大分大人しくなっていた。

 

「バッグ二つ。結構買ったな」

 

「そう? 5人家族ならこんなもんだと思うけどなあ。七瀬が少なすぎるんでしょ」

 

俺が買ったのは一食分のハンバーグを作るのに必要最小限の食材だけ。

エコバッグ一つすらいらないぐらいだ。なんなら手に持ったまま帰れる。

 

対して、雪兎くんは籠二つを一杯にしていた。

買い物中、人見知りの雪兎くんは意外なことにキビキビと動き、菊池の鬱陶しさのせいもあって度々置いて行かれた。

菊池と二人っきりなんて冗談じゃなかったから、置いて行かれないように必死について行ったのだ。

 

会計を済ませた後、菊池と雪兎くんが分担してそれを詰め込んだ結果、エコバッグ二つに収まった。

見た感じそれほど重くはなさそうだが、2リットルのお茶も入ってるから、結構重いはずだ。

 

「一つ持とうか?」

 

「……んん?」

 

無意識に聞いていた。筋力が落ちてることなんかすっかり忘れていた。よくよく考えれば馬鹿な話だ。

案の定、菊池はふっと笑って「大丈夫」とバッグを二つとも両肩から提げる。

 

「そんなに重くないし」

 

「ふーん」

 

中身を考えれば、世界が引っくり返る前の俺でも苦労しそうだが。

しかし本人が重くないと言うならこれ以上は何も言えない。仮に言ったとしても役立たずだ。

 

「うーん……」

 

菊池は何か考え込んで顎に人差し指を当てている。

ニヤッと何か思いついた顔をして、

 

「雪兎ー。ちょっとジュース飲んで行こうか」

 

そう言って天井を指さした。

その指に釣られて雪兎くんと一緒に天井を見る。蛍光灯が光っている。

 

「上にさ、確かレストスペースあったでしょ」

 

「あー。あった……かな」

 

ここのスーパーの二階には、確か百均とか服屋が入っていた。

その一角に、小さなベンチがあったはずだ。

 

「いいの?」

 

「いいよ」

 

少々興奮した様子の雪兎くん。

菊池は鷹揚に頷いた。

 

「んじゃ、まあお金渡すから――――」

 

「ちょい待ち」

 

両肩にバッグを提げる菊池が、動きづらそうに財布を取り出そうとしたのを制止する。

500円玉を雪兎くんに握らせた。

 

「これで好きなの買っておいで」

 

掌の小さな硬貨を見つめる雪兎くんに念を押しておく。

 

「俺は緑茶で」

 

頷いて、嬉しそうに走り出した雪兎くん。

その背中を見送って、菊池が言った。

 

「あー……悪いね。奢ってもらっちゃって」

 

「別にいいさ」

 

悪いことしたわけじゃないし。

年下の子供が喜んでるなら、むしろ良いことしたんじゃないだろうか。

 

「ていうか、お前はいらないのか?」

 

「んー?」

 

「雪兎くん、俺の分と自分の分しか買ってこないんじゃないのか?」

 

「あー。まあ大丈夫だよ」

 

カラッと笑顔の菊池は、何を威張っているのかという調子で言う。

 

「私が飲むのはコーラって昔から決まってんの」

 

ふーんと興味なく頷いておく。

それから冗談交じりに訊ねた。

 

「コーラばっかり飲んで、骨は融けたりしない?」

 

「融けるわけないじゃん」

 

当然と言えば当然の返答を聞いて、二人で二階に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっこいせ」

 

爺くさい言葉を吐きながら、菊池はバッグをベンチに置いた。

 

「はーよっこいしょ」

 

そのまま腰を下ろす菊池の爺くささは留まることを知らない。

バッグに体重をかけ、立ったままの俺を見上げる。

 

「座りなよ」

 

「やだ」

 

ベンチは一つしかなく、空いているのは菊池の左隣だ。

本当に人が一人だけ座れる程度のスペース。

接近したくないと本音が零れる。

 

「んー……。ま、いっか。で、話って? 愛の告白? 喜んで」

 

「違うけど」

 

頭の痛くなる会話だ。

なんでこいつこんなんなんだろう。

見た目は良いのに、色々勿体ない。

 

「誰にも言うなよ」

 

「あ、内緒話なんだ。嬉しいなあ。私口の固さは自信があるの」

 

「本当か?」

 

「お口ちゃーっく」

 

ジーッとチャックを締める振りを見せられた。

「ね?」と同意を求められても、今の行動のどこに固さの根拠があるのか分からない。

 

「ま、割かしどうでもいいことなんだけど」

 

前置きとしてはそんな感じ。しかし、いざ言おうとするといささか躊躇する。

太ももに肘を置いて頬杖をかく菊池は、黙って俺の言葉を待っている。

ここまで来て今更言わないなんて選択肢はないか。

 

「率直に言うと、一週間ぐらい前、電車で痴女られたんだ」

 

「ふむ。……んあ? え? 痴女?」

 

「そんで、昨日、痴女ってきた奴が超笑顔で手振ってきたんだよ。これどういうことだと思う?」

 

「……は?」

 

菊池の顔から笑顔は消え去った。口をぱっくり開けて呆けている。

理由は大体分かるが、とりあえず意味が通じなかった可能性を考えて、自分の言葉を見直した。

 

「……え、七瀬痴女られたの?」

 

「うん」

 

「で、その痴女が……なに? 笑顔? 手振ってきた? ……どういうこと?」

 

「その通りだよ」

 

未だに理解は追いついてないようで、眉間を揉みながら頭の中を整理しているようだった。

流石に、その様子を見せられては言葉足らずだったと反省せざるを得ない。

さて、どんな言葉を付け足せばいいだろうか。

 

「あー……。まあ、俺が言いたいのは、この場合の犯罪者の心理を教えてほしいってこと」

 

険しい表情でじろっと睨まれる。機嫌の悪さが見て取れる。

 

「そんなの分かるわけないじゃん。七瀬がどう思ってんのか知らないけど、私犯罪者じゃない」

 

「なんか完全犯罪がどうだの言ってたでしょ」

 

「だから、それはぁ! ……それは冗談だって言ったじゃん」

 

一瞬声を荒げた菊池は、すぐに我に返って普通の声音に戻した。

いくらひと気のない隅っこと言えど、怒鳴り声なんか出せば誰かしら人が寄ってくるだろう。

 

「気を悪くしたなら悪かったよ。ただ誰かに聞きたかっただけで、誰かに吐き出したかったんだ」

 

「……」

 

何も言わない菊池。その様子にいよいよ機嫌を損ねたのかと窺う。

下を向き、何か口元で呟いていた菊池は、突然顔を上げたかと思うと真面目な顔で尋ねてきた。

 

「私もいくつか聞きたいことが出来たんだけど」

 

「なに?」

 

「最初に痴女られた時、どんな対応したの」

 

「尻触ってきたから手に平手打ちした」

 

「……それだけ?」

 

「その後すぐ逃げて行ったからな」

 

学校行く途中だったし、面倒ごとは避けたかった。

そう言うと、菊池は顎に手を当て考え込む。

 

「んー……。それで、次にまた会った時に笑顔で手を振ってきたってこと?」

 

「そういうこと」

 

「なんで会ったの」

 

「なんか居た」

 

「偶然の出会い?」

 

「多分故意的出会い」

 

「警察行きなよ」

 

案外真面な答えにびっくりする。

 

「それで解決するか?」

 

「解決はしないだろうけど、やらないよりまし。舐められてるからそれ。その内絶対またやられる」

 

「その時はまた平手打ちするから」

 

次は手じゃなく顔面かな。

流石にフルスイングならふっとぶっぐらいの威力あるだろ。

それで痴女ですって周囲に知らせれば終了。大したことじゃない。

 

「なんかさあ……甘く見てない?」

 

「散々言われてるけど、別に見てない」

 

「聞かされる方は心配になるんだよ」

 

ふーっと大きく息を吐き、「痴女って……痴女か。痴女……」とよくわからない言葉を呟いている。

いきなり異性に痴女被害をカミングアウトされるのは、さすがの菊池もショックだったらしい。

こいつのことだから、こんなの何のダメージもないと思っていたのだが、目算は外れた。俺への言動を鑑みれば、なんなら加害者経験ぐらいはありそうなのに。

 

「……七瀬って家どこだっけ」

 

「お前にだけは教えたくない」

 

「そういうんじゃなくて。いや、まあ、下心はあるけど」

 

カミングアウトの仕方が斬新だ。

俺の場合とどっちが衝撃的だろうか。

 

「ストーカーにしろ何にしろ、身の安全なら保障されてるから安心してくれ」

 

「なにそれ」

 

「会長と登下校してるから」

 

ピタッと菊池の動きが止まる。

 

「会長って、金折会長? この間邪魔してきた人?」

 

「あれは邪魔じゃなくて助けに来たんだって」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

疑り深い目を向けてくる。

 

「二人って付き合ってんの?」

 

「付き合ってない」

 

「でも年上じゃん」

 

「だからなに」

 

そこに繋がる意味がよくわからない。

訝しる俺に「えー……」といっそ面倒くさそうな声。

 

「彼女いないって言ってたのに」

 

「いないって」

 

だからと言って、こいつだけは絶対にお断りだけど。

 

「生徒会は、柏木先輩に土屋先輩もいたか……うーん……」

 

痴女相談の時よりも深刻に考え込まれる。

俺の女性関係など、そんなに重要なことではない。少なくともこいつには関係ないことだ。

 

むっつり黙る菊池。それを待っていた様なタイミングで、雪兎くんが足音を響かせて戻ってきた。

手にはペットボトルが二本握られている。

 

「あの……これ、お茶です」

 

「ありがとう」

 

走ってきたらしく息を切らす雪兎くんからお茶を受け取る。

「それとお金……」と残った代金300円ちょっとが返却された。

いっそお小遣いであげようかと思ったが、菊池の手前で変に遠慮されてしまった。仕方なしに受け取る。

で、気になるのは雪兎くんが飲み物を二本しか持っていないということだ。

 

「私の分は?」

 

「え、ないけど……」

 

「私のコーラはぁ?」

 

詰問しながらぐにぐにと頬を引っ張る菊池。そんなことをしても、コーラは出てこない。

先ほど私はコーラしか飲まないと豪語していたが、今思うと滑稽に過ぎる。以心伝心でも何でもない。これが菊池姉弟の限界らしい。

 

「これやるよ」

 

まだキャップも開けてなかった緑茶を不意打ち気味に放る。

器用にキャッチした菊池は微妙そうな顔をした。

 

「お茶かあ」

 

「文句言うなよ」

 

「文句はないけどさあ」

 

文句たらたらな顔では説得力がない。

「うーん」と何か言いたげな顔でラベルを眺め、いいこと思いついたと余計なこと考えた顔を向けてくる。

 

「間接キスなら――――」

 

「じゃあ俺帰るから」

 

バッグを持って階段に向かう。

背後から雪兎くんのお礼の言葉が聞こえてきたので、背中越しに手を振っておいた。

 

「また学校でご飯食べようねー。今度は邪魔はいらないようにして」

 

諦めの悪い菊池の言葉は無視した。

週明けから北村が戻ってくる。それを使えばなんとでもなるだろう。

間違っても一対一にならないようにしなければいけない。

なんなら北村に押し付けてやろうか。あいつはイケメンだし、菊池も気に入るんじゃないか。

あわよくば、そっちに照準合わせてくれたら最高なのだが。

 

捕らぬ狸の皮算用で、少し都合のいい未来を思い描いて帰路についた。

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