目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

24 / 25
第24話

「朝じゃねえかよちくしょう……」

 

寝言とも呟きともつかぬ一言が口から漏れ出る。

目に痛いぐらいのカーテン越しの清々しい朝日は、憎っくき敵のように思えた。

そんなことはないと言う正論は聞きたくもない。

 

どうしてこんなに怨嗟をぶちまけているのかと言うと、今日が月曜日だから。

ちっとも休んだ気がしないが、休日はいつの間にか終わって、寝て覚めたらそうなっていた。

日付は変わり曜日も変わり、世界は何も変わらず朝日が世を照らす。俺の心も照らして欲しかった。

 

テレビ向こうの異様な光景にはなんだか慣れてしまった。

落胆はしたがそれも言う程のものではなく、淡々と身支度をして約束の時間の五分前をめどに家を出た。

 

どこかでチュンチュンと雀が鳴いている。

街路樹の葉にでも隠れてるんだろう。隠れ方がうまい。目を凝らしても見つからない。木を揺すれば出てくるかもしれない。

日が照っているおかげか肌寒さは感じなかった。風は春の心地よさから夏の暑苦しさに変わりつつある。

 

思い返せば暦は6月を終え7月になっていた。カレンダーを一枚破り取らなければいけない。

それを思うと多少の暑さも仕方がないと言う気がする。

これから気温は30度を越えてセミが鳴き出す。この程度の暑苦しさと雀の声で文句を言っていたら、日本の夏は生き抜けない。

 

7月には期末テストがあって、月末には夏休みに入る。

別にそれが楽しみだと言う気持ちはないけれど、高校生になって早3カ月が過ぎたのだと考えると少し驚く。

ここ一週間の濃密さとそれ以前の3か月のあっさり感。

高校生活もこんな感じで、一部の印象だけを残して過ぎていくのかもしれない。

 

欠伸を噛みしめて待ち合わせ場所に着くと、T字路の真ん中に会長が立っていた。

会長は何をするでもなく空を見上げている。

何を見ているのか。空を飛ぶ小さな雀か、あるいはカラス。もしかしたら雲を見ているのかもしれない。

 

その視線の先にあるものを追ってみても、何を見ているのかはまるで分からない。

見る物無しに眺めている。そんな気がした。

 

本当に何を見ているかなんて本人に聞かないと分からない。

他人のことなんて大抵はそんなものだろう。知ろうとしなければ知ることなんてないし、触れて良いことなのかも自信がない。

俺にとっては、こうして少し離れた場所で眺めるのがお似合いかもしれない。

 

無意識に止まっていた足に力を込める。

たった数歩近づいただけで会長は俺に気が付いた。

ふわっと儚げな笑顔を浮かべながら手を振ってくる。

 

その笑顔を見て、一瞬心臓がドクンと脈打った。

土曜日のことを思い出す。あの時に見た顔とは正反対。

なのに、無意識のうちにその唇に視線を向けてしまう。

あと一歩と言う所まで行ったのだった。

邪魔が入らなければどこまで行っただろうか。

あんな場所だったけど、もしかしたら最後までなんて思ってしまう。

朝っぱらからそんなことを考えている。健全かもしれないが、褒められたことじゃない。

菊池のことを笑えない。いや、笑ったことなんてないけれど。

 

一度足元に視線を落として、何度か深く息をする。

それから顔を上げて挨拶した。

 

「おはようございます会長」

 

「おはよう」

 

そう言って、左手首の腕時計に目を向けた。

 

「一分遅刻ね」

 

「うっそぉ」

 

出し抜けの言葉は強烈だ。思わず敬語が抜ける。

ちょっと失礼して会長の腕時計を見させてもらう。

言う通り、約束の時間を一分過ぎていた。

 

「……っ」

 

「うわぁ……」

 

家の時計が少し遅れていたのだろうか。

あれ確か電波時計だった気がするんだけど。

 

「五分前に出たつもりなんですけどねえ」

 

「あなたの家からここまで五分もかかるかしら?」

 

からかいを含んだ問いかけ。

少し真面目に考えてみる。

心あたりはいくつかあった。

 

「会長空見てたでしょ」

 

「ええ。見ていたけど?」

 

「それ見てたんですよね」

 

理解の及ばないと言う顔。

もっと具体的に言ってしまうとこうなる。

 

「空を見上げてる会長が絵になってたんで、見惚れてたんです。綺麗でした」

 

言葉を区切り、会長の腕時計をじっと見る。

皮のバンドで文字盤は四角い。小さめなのは女物だからか。

どれだけ見つめても針の位置は変わらなかった。

 

「ああ……思ってたより時間経ってたんですね」

 

多分そういうことだろうと思う。

家に帰ったら時計を確認しなくてはいけない。

早いならともかく、遅れているのは色々迷惑だ。時計にまで心を脅かされるなんて真っ平ごめんだ。

 

「じゃあ、まあ……行きましょうか」

 

「ええ。そうね。行きましょう」

 

早足気味の会長に置いて行かれないように、俺も少し早足で歩く。

後ろからだと顔が見えない。長い髪がなびいているから横顔すら覗きにくいが、無表情で怜悧な瞳が前を見ていた。

 

朝から良いもの見れて眼福でしたと言えば、その無表情を崩せるだろうかなんて性悪なことを思いつく。

まあ、絶対そんなことはしないけど。思うだけならタダだ。誰にも迷惑はかけはしない。

いつの間にか気分は上向いていた。これもきっと会長のおかげだ。心の中でこっそり拝んでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会長と分かれて教室に向かった。

早い時間だというのに、教室にはすでに何人か来ていてその中に北村もいた。

北村は登校してきた俺に手を挙げて「おはよう」と挨拶してくる。

 

「おはよう」

 

「ん」

 

催促するように差し出された手。

分かってるよと若干鬱陶しく思いながら、いくつかノートを渡す。

 

「あれ、これだけだっけ?」

 

「後は今日使う」

 

今日は例の国語がある。国語のノートは特に字が汚い。

解析に時間がかかるだろうから、放課後に纏めて渡すつもりだった。

 

「ケチくせえ」

 

「どうせそれ写すのにも時間かかるだろ」

 

「たったこんだけだぞ? どんだけ字汚いんだ」

 

「手元にあるのを見ろ。とくと知れ」

 

北村がノートを捲り、「うおっ……」と声を漏らした。

数秒見つめたまま動かなくなって、「あ、なんとかわかる」そう言った。

 

「特徴は掴んでんな」

 

随分な言い草だった。

具体的にどんな特徴なのか気にもなる。

 

「それちゃんと日本語だから」

 

「あとおの区別がつかねえ」

 

「なら文脈で判断しろ」

 

後は特に言うことはない。

北村は自分の席に戻ってノートを写し始める

時計の針が進むにつれて、だんだんと教室に人は増えてきた。

北村の体調を気にする声も多い。

それに笑って答える姿は本当に大丈夫なように見える。実際どうなのかは俺の知るところではない。

 

「ふう……」

 

10分も経って、一段落したらしい北村からノートを一冊受け取る。

することもないから、手慰みにそのノートを見返す。

 

「……七瀬さあ、今日も早織と来たのか?」

 

「来てないって言ったらどうする」

 

「え……どうしよう……」

 

考える程の冗談だったろうか。

 

「発起人のくせに適当だな。来たに決まってる」

 

「じゃあ……あいつ今学校にいるのかな?」

 

「帰ってなきゃいるんじゃないの」

 

北村はふーんと素っ気ない相槌を打って、二冊目のノートに取り掛かった。

その背中を見つめる。

 

土曜日のことを考えれば気になるのも当たり前かもしれない。

あの時、会長は北村家のお誘いを断っていた。

しかしその話をするだけなら携帯で事足りるような気もする。

こいつと会長が普段どんな話をしているのかは想像もつかない。俺のように普段連絡こそ取り合わないが、会えば適当な話をするような安い関係ではないと思うが。

 

「ちょっとトイレ」

 

「大小どっち?」

 

「言えるかバカ」

 

教室から出ていく北村を見送る。

出ていく北村とすれ違いにまた一人登校してきた。

眼鏡をかけたクラスメイトはすれ違った北村をチラと見て席に向かった。

 

さすが休み時間に保健室へと担がれた男は注目度が違う。

担いだ方は別の案件で注目されているし、ある意味で運命共同体のような感じだ。俺の注目のされ方のほうが数段たちが悪いと言うのは考えないようにしなければいけないけど。

北村の場合は盲腸説が流布されたから、暇つぶしのクイズ程度に思われているんだろうか。だとしたら可哀そうなことをした。面白半分の注目ほど身に浴びて不快な物はない。

 

そんな事を思いながらノートを捲っていく。

早く学校に来て復習するなんて、我ながら優等生やっている。

地道に勉強するしかないと言う会長のアドバイスに従う形だ。

上下関係が身体にしっかり染みついている。社会に出ても上手くやっていけるだろう。

……いや、どうだろうな。引っくり返ったこの世界では、上手くやっていけている様に思えて、見えない落とし穴がありそうだ。

 

まあ、成るように成るだろうと楽観的に考える他ない。

上手く適応できるならそれに越したことはない。

元の世界に戻るのが一番良いのだけど、今のところその予兆はない。

ある日突然戻っても、それはそれで困る話だ。どうせ戻るなら早めに戻ってもらいたい。

とっとと戻らないかな。この世界。

 

その後、予鈴ギリギリまで北村は戻ってこなかった。

直前になってようやく戻ってきた北村は少し不機嫌そうだった。だから聞いた。

 

「便秘なのか?」

 

「……うるせえよ」

 

この返答は正誤判断に困る。

むっつり黙り込む北村を見て、こっそり携帯を覗く。着信は一つもない。

 

俺が考えた所でどうしようもないことだと分かってはいるのだが、しかし交わされたやり取りを目の当たりにしているから、どうしても気になってしまう。

これ以上深入りするつもりはない。でも気になる。野次馬根性丸出しだ。まったく人のことを言えたもんじゃない。

 

携帯の電源を切り、カバンに押し込む。

代わりに教科書を取り出した。

切り替えて地道に頑張ろう。目指せ学年一位。瑠音先輩に負けないように。

ホントにあの人だけには負けたくない。いやまじでさ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告