昼休み。
北村は自分で作った弁当を食べていた。
その弁当は彩りや栄養のことばかりではなく、おかずの並べ方まで整然として、母親か誰かに作ってもらったのだろうと思えて仕方がない。
しかし聞けば自分で作ったのだと言う。何ともふざけた話である。
北村の弁当に疑惑の目を向けながら、コンビニで買ってきたパンを食す。
何かを食っている時ばかりは人間誰しもが静かになる。
かつての北村もそうだった。だから昼休みが始まって10分弱。廊下に比べて静かな教室は見慣れた光景だった。日常と言ってもよかった。変なのが来るまでは。
「よっすー」
気の抜けた挨拶と共に入ってきたのは目立つ髪色。茶髪。
最近この色嫌いになってきた。フローリングの色とかこんな感じなのに。不思議なこともある。食中りかもしれない。栄養過多なんだろう。行きすぎれば毒にもなる。
「あれ、北村じゃん。元気になったの? 良かったねえ」
様々な元凶である菊池はカラカラと笑いながら北村に話しかけていた。
「まあな」とミートボールを口に放り込みながら北村は頷いている。
こうやって普通に話している感じ、ひょっとして知り合いだったのかと驚きつつ二人の会話に耳を傾ける。
「盲腸だっけ? 私の弟もなったことあるよー。痛いんだってね。なんか泣いてた。どんまい」
「盲腸じゃねえよ」
これで今日何度目になる訂正か。
北村は不機嫌に弁当をぱくついている。
朝からずっと機嫌が悪い。ずっと何かを引き摺っている。
盲腸だと間違った噂が流布されていたのも拍車をかけている。話しかけてきた奴がそそくさと退散するぐらいには険悪な空気が滲み出ていた。空気悪いからさっさと治してくんないかな。
「うん? そうだっけ? あー……そうだったかも。でも入院したことには変わりないんだよね?」
「ああ。まあ……」
「うん。じゃあどんまい」
北村の苛立ちなど素知らぬ顔の菊池は、言い方も表情も何もかもが軽い。
病み上がりの奴に話しかける時、普通は気の毒そうな顔と口調でくるものだが、菊池はそんな素振り全く見せずにいる。
北村に興味がなくて、入院したことなんてどうでもいいと言う風だ。そこにいたから一応言っとくか的なおざなり感。
この接し方はちょっと意外だった。
北村はイケメンだから、媚びるように接するものとばかり思っていた。
男でイケメンなら誰でも良い的な奴だと思ってたのに。
北村は眉をひそめて菊池を見ている。
言いたいことがあるようだったが、それについては何も言わず弁当に向く。
「心配してくれてありがとう。で、お前何しに来たんだ」
「七瀬にちょっとね」
ついに菊池の目がこっちを向く。
もそもそとパンをかじり存在感を消していたが、透明になれたわけではなかったらしい。悔しい。
菊池は手に持っていた弁当らしき包みを俺の席に置いた。
まさかこいつここで一緒に飯食うつもりか。戦慄が走る。
助けを求めて北村を見る。北村は不思議そうな顔をしていた。役に立ちそうにない。
「これ、雪兎から」
「は?」
「お礼だって。昨日の」
理解するまでの間、包みを凝視する。
昨日。お礼。雪兎くん。
理解した。理解はしたけど……。
「……」
「受け取るよね。雪兎からの感謝の気持ち」
「いや、まあ……」
こいつの目には今俺が食べているパンはどう映っているのだろう。
もう半分ぐらい食い終わってるんだけど。弁当持ってくるのが大分遅い。
「私からじゃなくて、雪兎からだよ? これ私なんにも関係ないし。雪兎頑張って作ったんだよ。受け取るよね。ね?」
露骨に圧力をかけてくる。
溜息を吐く。どの道受け取らないなんて選択肢はないだろう。
純粋な善意に対して、気持ちだけ受け取るなんて詭弁はあまり使いたくない。
これがいつもの利己的な善意だったら好きなだけ使ってやるのに。
「受け取るっつうの。雪兎くんにありがとうって言っといて。で、お前はもっと早く持って来い」
「ごめんね。忘れてたの。雪兎には伝えとくから」
包みを自分の方に寄せながら一つ文句を飛ばした。今更菊池がこんなことでへこたれる訳がないと分かってはいたが、その予想は的中。悪びれもしない適当ま謝罪に辟易する。なんとも酷い理由だった。
「じゃ、放課後弁当箱回収するから、ちょっと待ってて」
「いや明日洗って返す」
「いいよ別に。一つも二つも変わらないって」
洗うのが雪兎くんだからって適当言ってるだろこいつ。
「しきりに間接キスがどうこう言ってる奴にまんま渡せるか。洗って返すよ」
「あらら……。ここに来て今までの言動が仇に」
残念無念と厭らしく笑う。煽るような表情に鳥肌が立つ。
今まさに仇を作っていることにこいつは気が付いているんだろうか。
「さっさと帰れ。消えてくれ」
「ん。今日はこの辺で退散。じゃあね-」
ぱたぱたと足音が扉の向こうに消える。
うるさい奴がいなくなって途端に静かになった。
周りの目が気になる所だが、あえて無視した方がいいだろう。どうせ何も変わらない。
弁当箱を持ち上げて重さを計る俺の横で、北村が「ふうん」と意味ありげに呟いていた。
「噂には聞いてたけど、菊池か」
「噂って?」
「付き合ってるとか付き合ってないとか」
「ああ。全部ウソ」
結び目を解いて丸っこい弁当箱が露わになる。
想像していたより小さい。これなら今からでも全部食えそうだ。
「付き合ってなくても、熱烈なアタックを受けてるのは本当みたいだな」
「嫌がらせを受けてはいるな」
ふっと北村は笑う。
小馬鹿にしたような笑い方が癪に障る。
「いいじゃないか。菊池由香。あいつクオーターらしくて見た目整ってるし、彼女にすればお前の鼻も高いだろ」
「そんなクソみたいな理由で恋人は作らない」
北村は顔を顰めた。
「クソってなあ……。試しに付き合ってみればいいじゃん。あのレベルの女に言い寄られる機会はそうそうないぞ。特にお前は」
「お前が俺を馬鹿にしてんのはわかった」
実際その通りだとは思うが、一応言わずにはいられない。
単純に菊池が可愛いってことだけ言えばいいのに、わざわざ悪口付け足すとか、一言多いやつ。
それはともかく、弁当箱の中身はおかずでいっぱいだった。
片隅に梅干しを乗せた白米があって、それ以外は卵焼き、エビフライ、ミニトマトなどがひしめいている。
結構手が込んでいるのが嬉しい。それと同時に、たかだか飲み物一本でここまでされるのも申し訳なかった。その内お返ししないといけない。
「美味いか?」
頬張る俺に北村は問いかけてくる。
答える口は一つしかなく、今は噛むことに専念している。
飲み下して答える。
「美味い」
「菊池は料理も出来るのか。ますます良物件」
「聞いてなかったのか。あいつが作ったわけじゃない」
卵焼きの感想を聞かれ、菊池の弟が作ったことを話す。
聞いた北村は何故か得意げな顔になった。
「外堀から埋めてんのね。堅実だけど、手口がいやらしい」
「お前もう黙れ」
美味いものを食べている時に邪推されるのは、弁当の価値を下げている気がする。
美味いものを美味しく食えないのは作ってくれた雪兎くんに申し訳ない。
「今時純愛なんて綺麗ごとじゃ恋人は出来ねえよ、七瀬。お前折角菊池からアプローチ受けてるんだから、夢見ずに目の前のもの掴んどけ」
「アプローチなんて受けてねえし。噂を真に受けんな。黙って昼飯食えよ」
多少の苛立ちを表に出す。
誰しも人を怒らせたいなんて思わない。だから大体はこれで引き下がるはずだが、北村は最後に「後悔するぞ」と念を押す様に脅ししてくる。どいつもこいつも脅すのが好きだな。
こいつは一々余計なお世話が好きすぎる。
そんなものいらないって断っても、会長の一件みたいにごり押ししてくるし。
て言うか断ったらトラウマが悪化するかもしれないって卑怯過ぎるだろ。あれで俺も会長も安易に断れなくなった。最悪のタイミングだった。
とっとと元の世界戻らないかな。
そうすれば余計なお世話は丸々消えて、いつもの奇行で楽しませてもらえるのに。
今の北村は半端に常識人だからそこんところ期待できないんだよな。
奇行とか絶対しないよなこいつ。
丁度弁当を平らげた北村をじっと見る。
俺の視線に気が付いた北村はお茶を一口飲んで身を乗り出してきた。
「付き合っちゃえよ」
「とっととノート写せよ」
それだけ言って、弁当の方に集中する。
北村はまだ何か言っていたようだが、俺に相手をする気がないと見ると素直にノートを写す作業に取り掛かった。
午後には国語が待ち受けている。ラスボス然として最後の試練を課してくる。
なんともやりがいがある。同時に気が滅入る。
少なくとも酷い一日であることに間違いはない。