目が覚めたらあべこべってた   作:紺南

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第4話

とりあえず北村をベッドに寝かせて伏見先生に事情を説明する。

恐らく北村が痴女にトラウマを持ってることは分かっていたが、敢えて言葉にはしなかった。

「たぶん痴女にやられたことあるんじゃないですかねー」とか、憶測なんて口にするもんじゃない。

そのせいで説明は要領を得なかったが、先生は神妙な顔で話を聞いていた。

 

「後は任せて、教室に戻りなさい。くれぐれも他言しないように」

 

頷いて保健室を後にする。

俺の言葉足らずの説明で状況を理解していたようだから、先生はトラウマのことを知っていたのかもしれない。

もしかしたらここに来る途中声をかけてきた先生も、同じように知っていたりしたかも。まあ、あっちはあっちで勝手に共有するだろう。

 

さあ、戻ろうと階段を昇ってる最中に携帯がバイブレーション。

会長から連絡だった。

 

『今日、生徒会室で会議をするから体調が戻っているようなら来ること』

 

内容はそんな感じ。

行きますと返信する。

そう言えば、北村は会長と幼馴染と言っていた。

伝えた方がいいだろうか。

 

迷った挙句、北村が保健室に運ばれたことだけ伝えた。

返信はなかった。

 

教室に戻ったところ、未だにたむろしていた野次馬たちに質問攻めにされた。

 

「北村どうした?」

 

「なにかあったの?」

 

「病気? 怪我?」

 

返す言葉は一つだった。

 

「なんかいきなり腹抑えだした。盲腸じゃね」

 

無責任で何とも適当な言葉だったが、クラスメイト達は納得している。

「私の弟も盲腸になった事ある。痛いらしいよ」と大声で言っていたのは、「運ぶの手伝うよ」と申し出た奴だった。

それが随分と調子のいい口調で、他の野次馬たちも好きなように同調して経験談やら見聞きした情報をあげつらっている。

 

喧騒を横目に見ながら席に戻る。

一仕事終えた達成感。うーんと伸びをした。

 

ふと、視線を感じる。

 

「……」

 

「……」

 

さっきの女子と目が合った。

彼女はじっと俺を見つめている。値踏みするような目でじいっと。

俺は不審気に彼女を見返した。その子は俺と視線があったと気付くや否やウインクを飛ばしてきた。

……は?

 

肩をすくめる。

それ以上は特に何もリアクションをしなかった。

視線を横にスライドさせて時計を見る。

食べかけで残しておいたパンを一口で頬張った。

 

丁度、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5時間目の授業は国語だった。

先生が教科書を読み、黒板にはこれでもかと言うほど例文と解説が書きつけられる。

その解説がテストの大部分を占めることになるのだが、恐ろしいことに、この先生は書ききれなくなると問答無用で消しに来る。直前に書いた部分も全部真っ白にしてくる。板書を写すにも時間と言うのは必要だ。生徒のことなんて微塵も考えてないオナニーみたいな授業だった。

 

オナニーすんなとどれだけ文句を言ったって先生はニヤッと笑うだけで聞きやしないので、とにかく板書に集中することになる。

当然、授業中に質問する暇なんてないから。ていうか聞いてる途中も手を止めやがらねえから。聞きたいことがあれば大抵授業前や授業後に聞きに行かねばならない。

貴重な休み時間を削ってそんなことをしているのだ。果たしてこれが正しい時間の使い方なのか自信がない。しかし聞かねばどうにもならないことだってある。理不尽だ。

 

もはや習慣がごとく、この日も俺の視線は黒板とノートを往復していた。

自慢じゃないが書くのは早い。先生が書きつけるすぐ後ろをぴったりついて行っている。

その代わり死ぬほど字が汚い。暗号と呼ばれるぐらいには汚い。俺がノートを貸し出せば、まずは暗号解析に勤しまなければいけない。自慢じゃないってのはそんな理由だ。

 

先生が黒板の端まで文字で埋め尽くした。

即座に黒板消しを掴み、手っ取り早く目の前から消し始める。

そう、目の前。なんとあのクソ野郎は、たった今書いたところから消しやがったのだ。

俺はなんとかギリギリ辛うじて間に合ったが、しかし大多数の生徒は間に合わなかっただろう。

ため息と嘆きの声がそこかしこから漏れている。

 

これがどれだけ理不尽か。お分かりだろうか。

席の場所によっては、先生の身体が目隠しになってどうしても追いつけないと言う奴もいる。

俺は単に席の位置取りが良かっただけだ。どれだけ早く書けても、まず見ないとどうにもならない。一瞬でも見れればどうにでもなるが、今回みたいに見る機会なく消されると、むしろお前を消してやろうかと狂いそうになる。

席替えが波乱万丈になる理由はこんな所にあったりするのだ。

 

そんな調子で5時間目が終わった。今日はいつになくハイペースで飛ばしに飛ばした先生は、何一つ言葉を発することなく、最後にニヤッと笑って教室を出て行った。

その背中を見つめる俺たち。どこかから「……藁人形」という呟きが漏れた。

……ついにやるか。丑三つ時。

 

疲労感その他諸々溢れるクラスに、一瞬にして活気が戻る。

先生が教師を出て行くのと入れ違いになるように北村が戻ってきた。

 

何人か仲のいい奴が北村の元へ行き、「大丈夫かよ。盲腸だって?」と尋ねている。

北村の表情は変わらない。けれど一瞬俺に視線を向けたように思った。あまりに一瞬だったから、気のせいかもしれない。

 

「まあ、盲腸かは分からないけど、ちょっと病院行ってくる。早退するよ」

 

「うわあ、いいなあ」

 

「ならお前が盲腸になってみろよ」

 

一笑い起きて北村は自分の席に荷物を取りに来た。

机の中を覗いて筆記用具を取り出す。

視線は俺の方を向かなかったが、微かに聞こえた。

 

「ありがとう」

 

それ以上は何も言わずに北村は教室を後にした。

その背中を見送っていると、なんとも寂しくなる。

あの北村が……。

 

俺にとって北村と言う男は、残念なイケメン代表のような生き物だった。

思い込みが激しく、一度目標を決めてしまったらそれに猪突猛進する男だった。

 

あいつの勇姿を思い出す。

購買を勘違いして「男の戦場だ」とぬかして乱闘になったことがある。最後まで立っていたあいつの手には、潰れた焼きそばパンが握られていて、なんか格好良かったのを覚えている。

「最近は虫食が流行ってるんだ」とか知ったかして家庭科室で虫を炒めたこともあった。即行で腹壊してたけど。

校舎裏で女の子に告白された時なんてテンパりにテンパってた。挙句「買い物に付き合えばいいの?」と素で言ってしまって、女の子を泣かせてしまった。

次の日には『女の敵』になっていて、ついでにモテない男子から『男の敵』認定もされてたっけ。

 

入学してたった一年足らずだが、あいつは面白い奴だった。

この三年間でどれだけとんでもないことをやらかすのだろうと楽しみで仕方がなかった。なんなら退学になるんじゃないかって微かに思ってた。

だというのに……。北村、お前……。

 

さようなら、人類の敵・北村。

ギャグ漫画みたいなお前にもう会えないのは残念だけど、俺はこっちの北村と仲良くやってくよ。

 

言い知れない寂しさを感じている間に休み時間はもうわずかだ。

次で今日最後の授業。これが終われば放課後になる。今日は生徒会に行かなきゃいけない。

 

金折会長は今日来るんだろうか。

北村がああなったし、そのことを伝えはしたけれど携帯には未だに何の返信もない。

幼馴染だと言うから北村に付き添っているのかもしれない。

 

もし会議がないようなら前もって連絡があるだろうから、放課後まで待てばはっきりするだろう。

いや、他の役員に言伝を頼んで会長抜きで会議する可能性もあるか。

こうやって色々考えてみても、結局放課後にならないと分からないな。

 

チャイムが鳴る。

先生が入ってくる。

 

教科書を取り出す。

今日最後の授業は英語だった。

 

 

 

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